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【2021クリスマス】大切な時間を

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第34章 心揺れて、涙、落ちて

 アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、島でのパーティーが終わった後。
 一人で、ヴァイシャリーに戻ってきていた。
 アレナは百合園の寮には戻らずに、はばたき広場へと向かい。
 待ち合わせをしていたユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)と合流をした。
「こんばんは、ユニコルノさん」
「こんばんは、アレナさん……」
 だけれど、挨拶だけで、会話が途切れてしまう。
「寒い、ですから……。お店に入りましょう」
 アレナはユニコルノを近くの喫茶店へと誘う。
「クリスマス限定メニューがあるみたいですよ。お菓子のおまけがついてるみたいです。お土産にできますね」
 そうアレナが微笑むと、ユニコルノもちょっと笑みを浮かべた。
「……といっても、寮の部屋に優子さんはいないですけれどね」
 冬休み中は、教導団の優子の部屋で過ごしてもいいのかな? それとも優子は戻ってきてくれるかなと、そんなことを……アレナは変わらず優子のことばかり話していた。

 クリスマス限定メニューの、フルーツをたっぷり使ったスィーツと、お茶が届き。
 ほっと息をついてた後で。
「アレナさん……。ごめんなさい」
 ユニコルノは表情を曇らせ、アレナに謝罪をした。
「え?」
 突然の謝罪にアレナは不思議そうな顔をする。
「あいつを倒せませんでした。それに……要塞にいたあなたのお友達も、壊してしまいました」
 ユニコルノが気にしていたのは、アルカンシェル――かつて、アレナ達十二星華の住居だった要塞でのこと。
 過去にアレナを封印したという人物と、ユニコルノは刺し違えても良いとまで考えていた。
 もう離宮やゾディアックの時のように、何も出来ないのは嫌だと……。
「……」
 その話に、アレナの表情も曇っていく。
「あなたが辛い思いをして泣いていないか気掛かりでした」
 多分、泣いていただろう。
 今も、心から元気なわけではないだろう。
「……初めてお会いした時も泣いていましたね。
 でも、素直に涙を流せるあなたが、本当は少し羨ましかったのかも。……兵器として作られた私には、そんな機能きっとないから……」
 ぽつり、ぽつり、ユニコルノは語った。
「もし、そうなら。私もユニコルノさんのことが、少し羨ましいかも、しれません。いつもちゃんと笑っていられたらいいのに、ちゃんと我慢しきれないことが……あって。そういうところばかり、ユニコルノさんには、見せてしまっています」
 そんなアレナの言葉に戸惑いつつ、ユニコルノは言葉を続ける。
「私、自分がアレナさんの傍にいてはいけないと思っていました。戦いの道具として生まれた私ではご自身の事と重ねて嫌な思いをしないかと……そうではなかったとしても」
 不安そうな目をしているアレナをユニコルノはまっすぐ見つめる。
「アレナさん。矛盾してる気がするのです。アレナさんは剣の花嫁として優子様の役に立ちたいと仰ったけれど、そして今の言葉も。それって自らを道具として見ている部分、ないですか?」
 ユニコルノの言葉に、アレナははっとした表情になる。
「優子様も身近な方々も、あなたが何者かなんてきっと関係ない。私も……私はあなたに、剣の花嫁というよりも前に、ただのアレナとして生きて欲しい」
「……私は、剣の花嫁として、優子さんの剣の守り手として……しか、生き方を知らない、です」
 混乱していくアレナに、ユニコルノはゆっくりと語りかけていく。
「一人の人を愛する……ユリアナ様の生き様は綺麗だったかもしれない。でもそれは、悲しいものでした。独りぼっちで、道具のように利用されて……アレナさんは耐えられますか?」
「道具……優子さんだけの、道具なら、それでも……」
「私は嫌です」
 はっきりとユニコルノは言った。
「アレナさんが独りで苦しんだり、悲しんだりするのは嫌です」
 ユニコルノは、アレナが優子が知らない場所で、独りで苦しんだり、悲しんだりしていることを見たこともあるし、解っている。
 微笑みの裏に、苦しみや悲しみを隠していることが多いことも。
「ひとりで抱え込まないで、もっと周りの人を頼ってください」
 自分のことばかりだって良い。
 皆で考えれば、別の道が見つかるかもしれない。
 疑念がありのなら、勇気を出して聞いて欲しい。
「静香様だって、頼りなく見えるかもしれませんが、何度も目の前の困難に立ち向かわれた方です。きちんと向き合えば、真摯に応えてくださるはずです」
「でも、それで……静香校長が悩んだり私のせいで、校長を辞めたりしたら、私はラズィーヤさんや、静香さんに校長でいてもらいたい人に、許してもらえません。ラズィーヤさんに、今以上に私の感情を疎ましく思われたら、私は、もっと優子さんの傍にいられなくなるかもしれません」
 そう言うアレナの目に涙が浮かんでいく。
 でもすぐに、彼女は微笑みを浮かべて。
「寮に戻ったら、考えてみますね」
 そう言った。微笑みの裏に、恐怖を抱え込んで。
 クリスマスの今日。
 幼子が母を必死に求めるように、ただ、優子の傍に居ることを願うのに。
 アレナは独りで夜を過ごす。
 だから、今晩はこれ以上追い詰めてはいけないなと思って。
「いえ、独りで考え込まないでください。時間がある時にこうしてまた話をしましょう」
 ユニコルノも微笑み返して。
 それから、鞄の中からプレゼントを取り出す。
 シルクのクリスマスローズと、濃淡の違うピンクのレースやリボンをあしらった髪飾りだ。
 ユニコルノが25日の夜まで、アレナを誘うことが出来なかったのには、いくつか理由がある。
 ひとつは、迷いがあったこと。
 もう一つは、迷いがあった為にこのプレゼント作りに着手するのが遅れてしまったこと。
「間に合ってよかったです。この花には『不安を取り除いてください』という花言葉があります」
 だけれど、不安なのは……ユニコルノも一緒だった。
 だから箱から取り出して、アレナに近づき、隣に座って。
 微笑んでいても不安そうな彼女の髪に、自らの手でつけてあげた。
「……大切なものが多いと良くないように言われて、悲しかった。私も必要ないと言われたみたいで……」
 ユニコルノの切なげな言葉が、アレナの心に響いていく。
「それに私、大切が沢山あって……アレナさんだけでも幾つもあって。友達の好きと、友達とは違う好きもあって……」
「ユニコルノ、さん……?」
「……故障かとも思ったのですが、異常はないようで」
 少し俯いた後、アレナを見上げると。
 彼女はじっとユニコルノを見ていた。
「……おかしいですか? やめた方がいいでしょうか?」
 アレナは首を左右に振って。
 嬉しい……のとは少し違う、笑みを浮かべる。
「おかしいことじゃ、ないと思います。やっぱり、私はユニコルノさんのこと、羨ましい、みたいです」
 ユニコルノは、兵器でもなく、機晶姫でもなく、1人のユニコルノ・ディセッテという人として、生きることができから、と。
「あの人……ズィギル、さんがもし、今の時代でも倒れたとしても……私が生きていたら、同じことの繰り返し、なんです。アムリアナ様も、優子さんもいない時代に、蘇った彼と私は会うことになってしまいます」
 でもそれだけが大きな理由ではなくて。
 優子を失い、彼女の剣の花嫁としての生きる道を断たれてしまったら。
 自分に、生きる理由はないのだとアレナは言う。
「私は、優子さんの剣の花嫁としてだけ生きて。優子さんがいなくなったらい、一緒にいなくなるのが、いいです。お友達も、白百合団の仲間も、ロイヤルガードの人達も、皆大切で、私自身が好き、と思っています、けれど……。この世界に、私の柵を作ってはいけないと思っています。いつでも、優子さんと一緒に逝けるように」
 生きる理由はなく、生きなければいけない理由も作りたくはないのだとアレナは言う。
「それ、とも……」
 アレナの瞳が少し揺れて。
 ユニコルノを切なげに見つめながら言葉を漏らす。
「ユニコルノさんは、ずっと一緒に居てくれますか? 私が話しかけたら、答えてくれますか? ……手を握ったら握り返してくれますか? 100年後も1000年後も、1万年後も……」
 ユニコルノはアレナの問いに、即答は出来なかった。
 それは、無理だということは……分かっている。
 メンテナンスを続けても、機晶姫の寿命はそう長くはない。
「困らせて、ごめんなさい。できれば、会わない方いいかもなんて、もう思わないで……また会ってほしいです。刺し違えるとか、絶対しないで、ほしいです。私より先に、いなくなったり、壊れたりしないでください。私……ユ…ノさんが、好きです、から。お願い、です……」
 我侭、ばかりでごめんなさい、と。また涙を溜めながら。
 アレナは持ってきていたプレゼントを……花柄の手鏡を、ユニコルノに渡した。