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chapter.3 一日目(二時間目・美術) 


 少々内容は濃かったが、無事一時間目が終わり、次の授業が始まった。
 二時間目の美術に目を輝かせていたのは、言うまでもなくパパリコーレ族の生徒たちであった。ベベキンゾより一際期待を膨らませ、教師の登場を待つ。
 そんな期待の中、最初に出てきたのは久世 沙幸(くぜ・さゆき)だった。
「おはよう、みんな! 今日は、美術の一環としてねーさまが写真講座をしてくれるよ!」
 元気よく挨拶した後、沙幸はパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)を教壇へ上らせた。その間に沙幸は、用意していたたくさんのカメラを生徒たちへ配っていく。
 一通り配り終えたところで、沙幸は美海の講座が始まる前に説明をした。
「シボラの遺跡にあるような、荘厳な芸術もあるけど、もっと身近に、もっと手軽に体験出来ちゃう芸術もあってね。それが、このカメラなんだよ」
 そこまでを言うと沙幸は、美海にバトンタッチする。
「写真、それは記録であり、一瞬の輝きを捉える……まさに芸術そのものですわ」
 美海はもっともらしい切り出しで話し始めると、手元のカメラを持って扱い方の説明に入った。
「方法は簡単、ファインダーを覗き込んで、ここのシャッターという部分を押すだけですわ。まずは、体験してみましょう」
 言うと、美海は生徒たちにカメラをいじってみるよう促した。両部族が興味津々でその機械に触れていると、沙幸が提案をする。
「両部族同士、仲良くグループを組んで、お互いの写真を撮り合いっこしてみてね!」
 なるほど、確かにそれは授業の内容として申し分ない。後ろで見ていたメジャーは思った。ベベキンゾとパパリコーレは和解したとはいえ、まだその日は浅い。こういった何気ないコミュニケーションが、より親睦を深めることへ繋がるだろう。ここまでは、沙幸と美海の授業は満点だった。
 ここまでは。
「沙幸さん、沙幸さん」
「ん? なあに、ねーさま」
 生徒たちが写真を撮っている間に、くいくい、と沙幸を呼び寄せる美海。彼女は沙幸の耳に口を近づけると、そっとささやいた。
「今のうちに、準備ですわよ」
「え? 準備……って何の……」
「あら沙幸さん、こんなにたくさんの方がカメラを持っているんですから、やることはひとつでしょう?」
 ふふふ、と色っぽい笑みをこぼしながら、美海が言った。
「グラビア撮影会の準備ですわ」
「え、ええっ!?」
 思わず声が大きくなってしまい、沙幸は慌てて両手で口を塞いだ。
 それは、授業と関係ないんじゃ……。
 沙幸がそう言いかけるが、美海に「これはチャンスですわよ」と言われ、その言葉を呑み込む。
 確かに、こんなに大勢に囲まれて撮影する機会なんて、そうそうないかもしれない。これはチャンスであると同時に、試練なんだ。一流のグラビアアイドルを目指すための、ステップのひとつなんだ。
 沙幸は、美海に導かれるようにそう思考を発展させていった。
「そうだよね……うん。少し恥ずかしいけど、頑張っちゃうんだもん!」
 その思考はやがて決意へ辿り着き、沙幸はゆっくりと壇上へと上った。生徒たちが「なんだなんだ」と視線を集めると、さらに煽るようにして、美海が生徒たちに呼びかける。
「さぁ皆さん、写真講座の締めくくりは、沙幸さんを被写体としたグラビア撮影会ですわよ。どうぞ、お好きな角度でお撮りください」
「へえ。面白いね。おしゃれな写真を撮ってみせるよ」
「シャシン、トル! オウゴンヒ、カメラデトル!」
 両部族がどどっと教室の前へ詰めかけた。沙幸は集中する視線に恥ずかしさを覚えたが、考えて見れば以前シボラに来た時もっと恥ずかしい格好で大勢の視線に晒されたのだ。今着ている制服姿など、至ってノーマルである。そう思えば、この視線も受け入れられるような気がしてきた。
 が、そんな刺激の少ない撮影会では、美海が満足するはずもなかった。彼女はそっと沙幸に近づき、また小声で話しかける。
「素敵ですわ、沙幸さん。でも、生徒の皆さんはおしゃれな写真や黄金比を求めているみたいですから、もう少し沙幸さんの体のラインを見せましょう」
「え、え?」
「さぁ、一枚脱ぎましょう」
 実に狡猾な美海の誘導に、沙幸は流されるまま自らの制服に手をかけ、上着を一枚脱いだ。一際フラッシュが多くたかれると、沙幸は堪らず顔を赤らめる。
「いいですわ、いいですわ沙幸さん」
 美海はもうノリノリだった。となれば当然、さらに過激度は増していく。
「裸にはならなくていいですから、ブラだけ取りましょうか」
 美海が甘く声をかけると、沙幸は最初こそ戸惑う様子を見せたものの、これも試練なのだと覚悟すると、タイを緩め、一番上のボタンを外した。そのまますべてのボタンを外すと、流れのまま下着も脱いでいく。実は、沙幸もノリノリなんじゃないか説がここで浮上するが、どうなのだろうか。
 最終的に沙幸は、肌蹴たブラウスとマイクロミニのスカート以外なにも身につけていない状態となった。胸の頂はかろうじてブラウスで隠れているが、かなりアウトに近い。
「こ、これ以上はダメだからね……!」
 それはメジャーたちも同感だった。危険が好きなメジャーとはいえ、教育上、あと色々な事情によりこれは危険だ。
「そろそろ、他の先生と代わろうか」
 メジャーが言うと、撮影会会場と化していた教室のざわつきが引いていき、そこに新たな先生が登場した。とてとてと教壇に向かって歩いてきたのは、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)だ。
 ネージュは、沙幸と美海が脇にどいたのを見届けてから、生徒たちに向かって第一声を告げた。
「被写体を写真に収めるのもいいけど、自分で何かをつくるのも、アートだよね」
 そう言って彼女がごそごそと取り出したのは、種族は魔道書だがその形状はスマートフォンであるパートナー、庵堂楼 辺里亜(あんどうろう・ぺりあ)――通称ぺりあであった。
 薄い青紫とピンクのグラデーションを帯びたボディのぺりあを手に持つと、ネージュはこれから何をするのか、話し始めた。
「あたしが教えるのは、アイテムのデコり方。これをマスターするとね、とってもおしゃれになるんだよ」
「何、おしゃれに……! 聞こう、ぜひ聞こう」
 そのワードに、身を乗り出すパパリコーレの面々。ネージュはにっこり笑って、さらに道具を取り出した。
 それは、スワロフスキーやヴェネツィアンガラスなどのキラキラした装飾品だった。さらにネージュは、グルーガンやスティック、接着剤など装飾品を取り付けるためと思われる小物類もどんとまとめて机の上に置く。
 結構な量の材料がお披露目されたところで、ネージュはいよいよ本題に入った。
「道具はここにいっぱいあるから、好きなものを使って自分の感性で……って、やり方が分からないと困るよね。じゃあ、まずあたしがやってみるね」
 言って、ネージュがぺりあに保護カバーを取り付ける。そして彼女は、その部分に何かのゆる族かと思われる模様のデコレーションを施していった。と、ぺりあがおもむろに喋り出す。
「……わらわを実験台にするのは」
「ぺりあさん、ノリ悪いよ? このあたしご自慢の超デコスワロフスキーがお気に召さない?」
「せ、せめてもう少しマシな図柄で……これは恥ずかしいのじゃ」
「一応保護カバーの上からだから、気に入らなかったら後で外してもいいから。授業の間だけ、我慢してよ……」
「……むう。まさかこんなことになるなんて……」
 ネージュに説得され、ぺりあは渋々大人しく装飾されることにした。体を張って見本となったぺりあだが、一方ではパパリコーレにおしゃれと言われることを、僅かに期待していなくもなかった。
 しかし、ネージュのつくりあげたデコレーションを見たパパリコーレの反応は、どうも今ひとつだった。
「なんだかこれは、下町のヤンキーが着てる服みたいな柄だね」
 パパリコーレがやけに下町事情に詳しいのは置いておいて、確かに言われてみれば、ネージュのつくったデザインは、背中に刺繍の入ったスカジャンのそれに似ていた。
「あれ? こういうのはあんまり好きじゃないのかな」
「ほら、だから言ったじゃろう……」
 自分に施された装飾を受け入れてもらえず、ぺりあが文句を言う。しかしネージュはそんなぺりあに構わず、パパリコーレの若者たちに道具を渡すと、「大丈夫、みんなは自分の好きな模様でつくっていいから」と彼らの感性に任せた。
 と、ここで割り込んできたのがベベキンゾ族である。
「コレ、キラキラスル! ニクタイニハレバ、カラダキラキラ!」
「確かに、それも一種のアートでありおしゃれかもしれないね」
 パパリコーレも不思議と、それに賛同した。スカジャンを否定し、体にビーズ類をくっつけることを肯定する文化はネージュの理解を超えていたが、これが異文化なのだと言われれば納得できないことではなかった。
 そんな両部族が視線を向けたのは、先程まで教壇でセミヌード撮影会まがいのことをやっていた沙幸だ。
「コレハル。ハレバ、キラキラスル! ソレ、ベベキンゾ、トル!」
「え、ええっ!?」
 突然のベベキンゾの提案に、沙幸は驚きネージュの方を見る。せっかく持ってきた装飾道具を、そんなことに使っていいはずないよね? という意思を込めた視線だ。
 だが、その意図はネージュには残念ながら伝わらなかった。むしろ、「つけたいのかな」と勘違いしたネージュは、沙幸に接着剤を渡した。
「そうだね、そういうデコり方もアリだと思う」
「良かったですわね、沙幸さん。素敵なオプションをいただけて」
 ネージュだけでなく美海もそれを後押ししたことで、沙幸に逃げ場は完全になくなった。
「うう……これはなんかグラビアと関係ない気がするよ……」
 涙目になりながらスワロフスキーを接着剤で自らの体につけようとする沙幸。と、思わず接着剤を強めに絞ってしまったのか、中身の白いものが沙幸の顔にかかってしまった。
「ひゃうっ!?」
 どろっとしたそれは沙幸の髪に張り付き、奇跡的に危険な光景となってしまった。あくまで奇跡的に。それを写真に収めるベベキンゾとパパリコーレ。これはグラビアアイドルというより、それをもう一段階飛び越えた職業の人がやることだと思われる。
「ストップ! ストップだよ君たち!」
 当然そんなものは教育現場で許されるはずもなく、メジャーのティーチャーストップによって授業は一旦中止された。
 ちなみにこの時、まだ朝の九時過ぎ。テレビで言うならお子様用のアニメなどが流れている時間である。



 沙幸や美海、ネージュやぺりあらが去った後の教室では、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が前に立ち、何やら生徒たちに提案をしていた。
「あー、今から俺の授業を始めるけど、女子は禁制にしとこうか」
「なんでよ。女子こそ美術を学んでおしゃれになるべきでしょ?」
 彼の提案に真っ向から反対したのは、パパリコーレ族の女性たち。するとラルクは、バツが悪そうに答えた。
「いや、参加してもいいが、授業内容が目に毒かもしれないぜ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ君! さっきのアレの後で一体君は、何をする気なんだい?」
 慌てて止めに入ろうとするメジャー。しかしラルクは落ち着いて授業の説明をメジャーと生徒たちに話す。
「とりあえず美術ってことで、俺は楽しく授業がしたい。そこで思いついたのが、これだ!」
 言って、ラルクが取り出したのは絵筆や墨、絵の具やロウソクなど様々な絵画用具だった。一部微妙に絵画用具ではないものが混じっているが、ラルクはあえてそれに触れず説明を続けた。
「今から始めるのは、全裸アートってヤツだ!」
「ヘイ! 君! さっきの惨状を見てなかったのかい!?」
「いや大丈夫だって。全裸アートって言ってもそういうことじゃなくて、ただ素敵なタトゥーとか絵を肉体に描いちゃおうぜってことだから」
「それ、そういうことだろう!?」
 ここにきて、ロウソクがラインナップに入っている理由がようやく把握できた。ただそれは、アートというよりプレイの一種な気がするが。
「君たちはなんだい、担当マスターのところに彼の名前があったら、脱がずにはいられないのかい!?」
「まあまあ、固いことはなしだぜ教授! せっかくだから他のヤツの体をキャンバスにしたら、楽しめるかなって思っただけだからよ!」
 ラルクとメジャーが問答を続けていると、そこに新たな人物が入り込んできた。
「タトゥーだって? そいつは聞き捨てならねえな」
 やや乱暴気味な口調でふたりの間に飛び込んできたのは、弁天屋 菊(べんてんや・きく)だった。自らの背中に入れ墨を背負っている彼女としては、ラルクの言葉を聞き逃せなかったのだろう。
 あるいは、初めから菊もそのような授業をやろうとしていたのかもしれない。菊が背中の弁財天を日の下に晒すと、生徒たちは元より、ラルクからも感嘆の声が上がった。
「おぉ、これは見事なアートだな! 俺も負けてられねえぜ!」
 言うと、ラルクは勢い良く服を脱ぎだした。今までの流れに沿っているといえば沿っているが、もう美術の時間が完全にストリップ劇場になっている。
 まあ、ベベキンゾたちの歓声が上がっているので良しとすべきなのだろうか。
「最近になってなんか胸毛とか体毛が増えちまったけど、まぁ、これはこれで色々と描けそうだし、問題ねえか! さあ、俺の体に何でも自由に描いてくれ!」
 ラルクはそう言うと、大きく両腕を広げ、すべてを受け入れる体勢を取った。ベベキンゾやパパリコーレがラルクに近寄ると、彼はあろうことか自らハードルを上げだした。
「表面積がある分、描けるスペースとか大きさはあると思う! たとえロウを垂らされようが股間を筆で塗られようが、気にしないぜ!」
 おそらく菊の入れ墨に張り合おうとしているのだろうが、勝負の土俵がどうもずれていた。彼の土俵は、そういう専門のクラブにあるはずだ。
 対する菊はといえば、古今東西の入れ墨が載っている図鑑を生徒たちに見せ、「そういや、別に入れ墨に呪術的な文化持ってたりしねぇよな?」と確認を取りつつ説明をしていた。
 一様に首を縦に振ったのを見ると、菊は改めて入れ墨の知識を披露し始める。
「ベベキンゾ族も、裸で暮らしてるんだから、刺がどっかに刺さったり何かしたりで怪我したことあるだろ?」
「アル。キリキズ、トキドキデキル。デモソレ、シゼンヲイキルアカシ」
「そうか。パパリコーレ族はたぶんねぇんだろうけど、そうやって怪我をした時、皮下着色ってのが起きることがあるんだ。まぁ難しい言葉はナシにして、要はそれを放置するんじゃなくて、隠したり模様の一部に組み込んだりしたらどうだってことだ」
 菊の説明を聞き、面白そうだと興味を示す生徒たち。と、ここで菊はふと思った。
「ただ、入れ墨の練習をどうするかだな……」
 自らの身体を使う以上、極力失敗は避けたい。動物などを捕まえてきて、毛を剃り、そこに彫ることも考えたが、それよりも手っ取り早い方法が菊の視界に映っていた。
 そう、全裸で受け入れ態勢を整えているラルクだ。
「まぁ、彫るわけにはいかねぇだろうが、せっかくあそこまで道具用意してんだ。丁度いい」
 言うと、菊は自分の話を聞いていた生徒たちをラルクの元へ連れていき、思うまま彼の体に模様を描くよう指示した。
「おっ、集まってきたな! よっし、どんどん描いてくれな!」
 ラルクも嬉しそうな表情で、肉体を生徒たちに預ける。四方八方から筆や指、ロウが彼の筋肉に触れ、ラルクは段々とボルテージが上がっていった。
「お、おっ……! い、いいぜ! こいつはいいぜ!」
「ヘイ! 良くないよ! 下半身が危険なことになっているよ!」
 どうやら興奮のあまり、ラルクの体には変化が起きてしまっていたらしい。慌ててメジャーが止めに入り、ボディアートの授業は中止となった。
「……まぁ、こんなことになっちまったけど、入れ墨って文化がパパリコーレにとって最後の衣服、ベベキンゾにとって最初の衣服になることを期待してるぜ」
 とばっちりを食う形で、ラルクと一緒に退室を促された菊は、そんな締めの言葉でどうにか授業をまとめたのだった。



「ふう……思っていたよりみんなが暴れてるね。僕もなんだか楽しくなってきちゃったよ」
 ラルクと菊がいなくなった教室で小さくそう言ったメジャーに、隣にいた式部が言葉を返した。
「いや、楽しくなってたらダメでしょ。責任者じゃない教授」
「おっとそうだった、いけないね、つい危険なものを見ると気分が盛り上がっちゃってね。ははは」
 メジャーも元々危険好きな性格なのだ、楽しくなってくるのも無理はない。が、シャンバラからわざわざ文化を広めに着ている以上もうちょっとちゃんとしてよ、と式部は思わずにはいられなかった。
「で、美術の授業はこれで終わり?」
「いや、あとひとり確かいたはずだけど……お、来たようだね」
 メジャーが言うと同時、新たな美術教師の師王 アスカ(しおう・あすか)が教室へと入ってきた。
 アスカは軽く挨拶を済ませると、生徒たちの机に彫刻刀や鉛筆、木材などを置いていく。一通り渡り終えたところで、アスカが話を始めた。
「は〜い、こんにちは〜! 今から教えるのは、彫刻っていう芸術よ〜」
 お、まともじゃないか。メジャーと式部はここにきてようやく美術らしい美術の授業になってきたことに、少し安堵した。
 そんな視線を浴びたアスカは、彫刻についてレクチャーしていく。
「彫刻っていうのは、様々な素材を掘り込んで、立体的に制作する技法なのぉ」
「……? ムズカシイ、チョウコク、ムズカシイ」
 説明の難易度がやや高かったのか、ベベキンゾからそんな声が漏れると、アスカは少し考えた後、説明を噛み砕いた。
「要するに、芸術よぉ。芸術作品ってことよ〜。みんなには、そこにある木材を使って体験してもらうわ〜」
「芸術か……芸術ってのはおしゃれだからね。興味があるよ」
「ありがと〜パパリコーレのみんなぁ。ベベキンゾの人たちも良い機会だからやってみてね〜」
 言って、アスカは彫刻をするにあたってのテーマを発表した。
「テーマは、『自分の好きなもの』よ〜。動物でも何でもいいわぁ、思いついたら木材にその絵を描いて、その通りに彫り刻んでみてね〜」
「好きなもの……?」
「そうよぉ。何を彫ってもいいわ〜。あ、でも、怪我だけしないように、力加減には充分注意よぉ」
 アスカがそう言って生徒たちに彫刻刀を持たせるが、どうもやり方がまだ分からないのか、木材を前に悩む両部族。それを見た彼女は、まず自分で手本を見せることにした。
「仕方ないわね〜、先生がお手本見せるわぁ。よく見ててね〜?」
 すっと鉛筆を持ったアスカがそう言って視線を移したのは、メジャーだった。
「?」
 首を傾げるメジャーに「動かないで」のジェスチャーをした。どうやら彼女は、メジャーをモデルに実演するようだ。が、ここで生徒たちが異変に気付く。それはアスカの隣にさっきからそびえ立っている、大きな丸太だ。
「それも、おしゃれのひとつかい?」
 パパリコーレが尋ねると、アスカはにっこりと笑って返事をした。
「え? そうねぇ、おしゃれっていうか芸術っていうか、まあ、見てれば分かるわよ〜」
 もしや、その丸太を彫るつもりでは。
 何人かはそう予想し、事実その通りであった。アスカはなぜかひとりだけ、二メートルは超えているであろう巨大な丸太を素材にしていたのだ。等身大の彫像でもつくるつもりなのだろうか。
 生徒たちの期待と不安が交じる中、アスカはデッサンを終え、すっと持参してきた彫刻刀を手にした。
「さあ……今から彫る私の姿を、ちゃんと目に焼き付けるのよ〜」
 気合の入った言葉と共にアスカが、丸太に彫刻刀を入れる。
 と、次の瞬間。突然大きな破裂音と共に爆発が起こり、教室に煙が立ち込めた。
「!!?」
 あまりにいきなりの事件に、困惑する一同。なぜ急に爆発が起きたのか。その答えは、アスカの彫刻刀にあった。
 彼女のそれは、「彫刻刀【爆】」と名付けられた特別製のものであり、物体に触れると爆発するという何とも物騒な機能を備えていたのだ。
 これはもう、授業というか半分テロである。
「ゴホ、ゴホ……くっ! 油断したわぁ……」
 間近で爆破に巻き込まれた……というか爆破事件を引き起こしたアスカは衣服の一部を焦がし、むせていた。
「ジケン! ジケンオキタ!」
 騒ぐベベキンゾの生徒の何人かが急いで教室を出て水を持ってこようとするが、アスカは大丈夫、とそれを止めてから言った。
「心配しなくていいわぁ。どこかの偉い人も言ってたのよぉ、芸術は爆発だ、って」
 そういう問題じゃない。
 せっかく建った校舎が、火事になる一歩手前なのだ。生徒たちはアスカの制止を振りきって、外へと出た。

 生徒たちが近場にあった池から水を運び出し、爆発源であるアスカの丸太にかけたことにより教室の焼失は免れた。小さい規模の爆発で、それにより生じた火もまだ種火程度だったことが幸いしたのだろう。
「そ、その彫刻刀はもう使わない方がいいんじゃない……?」
 それでも丸太を彫ることを再開しようとしているアスカに、見かねた式部がやんわりと中止を求めた。が、アスカは爆発をむしろ歓迎していた。
「問題ないわぁ、爆発を制する者は芸術を制すっ!」
「制せてないから! ぼや騒ぎになってるから!」
 式部の声が思わず大きくなる。よく見ると、生徒たちも自分たちの机に置かれた彫刻刀に触れることを恐れているようだ。
「大丈夫よぉ? みんなの彫刻刀は爆発しない市販物だから〜。ただちに影響はないわぁ」
「ただちに!?」
 アスカはどうにか安全性を強調し、彫刻の授業を進めようとするが、あまりに爆発のインパクトが強かったせいだろう、その後生徒たちが彫刻刀を持つことはなかった。
 一度事故が発生した後で信頼を取り戻すのは難しい。それは彫刻に関してだけではなく、もしかしたらあらゆる企業にも言えることなのかもしれない。



 アスカが教室内で爆破騒動を起こしていたその時、丁度学校の外から中の様子を伺おうとしている人物がいた。
「な、何今の爆発……いと驚きし!」
 思わず後ずさりながらそう言ったのは、メジャーや式部たちの後をつけてきた英霊、清少納言だった。彼女は式部だけ教師にスカウトされたことに納得がいかず、授業の邪魔をするためわざわざここまで来たのだ。
 その少納言は、爆破自体には驚いたものの、心臓の鼓動が収まってくると、小さく笑みをこぼしていた。
「あたし以外にも授業の邪魔をしようとしてる人がいるのかな。だとしたら、げにおもしろし!」
 少納言はそのまま校舎の壁に身を寄せ、さらに中の様子を観察しようとしていた。