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chapter.8 二日目(一時間目・道徳) 


 二日目の授業が始まった。
 午前八時。やや筋肉痛気味の体で、生徒たちは教室のイスに腰掛けている。
 一時間めは「道徳・マナー」の授業だそうだが、何を教えてくれるのか、生徒たちには皆目見当がつかない。ガラガラと教室の扉が開くと、彼らの期待は否が応にも高まった。
 と、入室してきた教師を見て、生徒は驚いた。
 そこには、五人――いや、正確に言えば四人と一匹の先生たちがずらりと揃っていたのだ。今まで突発的に何人かが組んで教えることはあっても、最初からこれほど大所帯で教えにくるというのは、初めてだった。
「タクサン、センセイ、タクサンデテキタ」
 ベベキンゾが、聞く人によっては下ネタになりかねない感想を言いながら、驚きの声を上げた。彼らの視界に写っている教師陣は、七枷 陣(ななかせ・じん)スウェル・アルト(すうぇる・あると)アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)。そしてスウェルとアキュートそれぞれのパートナー、アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)であった。
「おはよう。今日は、服装について、教えようと、思う」
 最初に口を開いたのは、スウェルだった。挨拶を済ませてから、彼女はちらりとアキュートの方を見る。それを受けてアキュートが、続きを話し始める。
 どうやら彼らは、同じことを生徒たちに伝えようとしているようだ。
「これが何か、わかるか?」
 アキュートがそう言って指差したのは、パートナーのマンボウ……いや、守護天使、ウーマだ。が、生徒たちはそんなことを知らない。当然返ってくるのは「サカナ」「魚」という言葉のオンパレードだった。
 アキュートはそう来ると予測していたのか、こほんとひとつ咳払いをしてから彼らに告げた。
「まあ、そう言ってくるとは思ってたよ。こう見えて、こいつは天使……って、そうじゃねえ」
「テンシ、チガウ?」
「天使なんかじゃない?」
 微妙にNGくさいセリフを言うパパリコーレ。アキュートは「そういうことじゃないんだ」と言ってから説明を始めた。
「俺が聞いたのは、こいつの今の状態だ」
 状態、といっても、ウーマはぷかぷかと宙に漂っているだけだ。しかし彼の言いたいところは、どうも違うらしい。
「よく見てくれ。こいつは今、全裸なんだ。魚だから……とか、そもそも人じゃねえし……とかそういうことじゃない。全裸なんだ」
 全裸を強調しつつ、アキュートはさらに話す。
「見た目はどうあれ、こいつは俺の相方だ。当然、公式な場に出ることだってあるし、そういった場所ってのは大抵ドレスコードがある。俺は困ったぜ。中身はどうあれ、こいつの見た目はお前らの言った通り、魚だ。パラミタ中探し回っても、こいつに合う服なんて無かったさ」
 そこからアキュートは、布をかけて誤魔化そうとしたこと、モザイクをかけてうまいことやり過ごそうとしたことなどを切々と語る。その間、ウーマはただじっと立っていた。いや、浮いていた。
「ところがだ。ちょっとしたきっかけで、こいつにぴったりの服を作ってくれるところが見つかった。もちろん俺は頼んださ。それが、この服だ」
 言って、アキュートはウーマに持ってきた服を着せた。
 されるがまま、ウーマはただ立っている。いや、浮いている。
「俺がなぜ、こんな話をしたかわかるか?」
 アキュートが聞くと、生徒たちは一斉に首を横に振った。単なるマンボウの身の上話にしか聞こえなかったのだ。すると、アキュートは突然机をバンと叩き、ベベキンゾの方を睨みながら言った。
「それだよ! お前らのそれだよ!!」
 アキュートの視線の先には、ベベキンゾ族の股間。なるほど、それとはつまりソレのことだ。作られて間もないであろうイスに、股間にあるソレがぺっちょりとついていることが、彼には我慢ならなかったらしい。
「お前らせっかく建った学校にまで、全裸で来るんじゃねえ! 主義主張、文化伝統には口出ししねえ。だがせめて! 自前の座布団ぐらい持ってきやがれってんだ!」
 アキュートが伝えたかったこと。それは、場所ごとに相応しい格好とマナーがあり、それを守ることが大事なのだということだった。
 アキュートが叱咤する中、ウーマは彼の言葉が伝わってくれることを祈りながら、ただ立っていた。いや、浮いていた。
 そして彼が伝えたかったことは、同時に他の面々も伝えようとしていたことである。
「今、この人が、言ってくれた通り。服装に大事なのは、TPO」
 スウェルが言うと、生徒たち――主にベベキンゾたちは真剣な顔でそれを聞く。大体真面目に怒られた時というのは、どこの生徒もこうなるものなのである。
「TPO。それは、タイム、プレイス、オケイション」
 特に最後にボケることはせず、スウェルがTPOを説明する。が、それに横から茶々を入れたのはアンドロマリウスだった。
「そうそう、スウェルが今良いこと言いました! アンちゃんも今興味津々ですよ! TPPね!」
「……アンちゃん、今、そんな大きい規模の話、してない」
「はっはっは! うっかり! 心が大きいと、話も大きくなりますよね!」
 アンドリマリウスは、おそらく遊び半分でスウェルについてきただけなのだろう。完全に悪ノリしていた。スウェルもそれを分かっているのか、無視して話を進める。
「それぞれの文化は、とても、大事。でも、自分たち以外の場所へと、行った時、TPOを間違えると、大変」
「そう、大変なんですよ! え? どんな風に大変かって? それはね……」
 誰も聞いていないのに、アンドロマリウスが勝手に服を脱ぎだした。スウェルは慌てるかと思いきや、「まあこのくらいしてくるだろう」と思っていたのか、至って冷静にアルティマ・トゥーレで咎めた。
「おおおおっ!? 物騒! 物騒だよツッコミが! ねえスウェル!」
 むしろ慌てたのはアンドロマリウスだった。アイスフィールドでどうにか防いだ彼は、いそいそと服を着直す。
「つまり、このように、時と場合によっては、こんな風に、攻撃を受ける、かもしれない。私はそれがとても、心配」
 やってることは少々過激だが、スウェルは生徒たちを心配していたのだ。場にそぐわぬ格好をしていたというだけで、将来の夢や希望を狭めてしまうかもしれないということを。
「大事なのは、TPO」
 念を押すように、スウェルが言う。
「これを間違わなければ、大丈夫。きっとここが、人生のテストに、出るはず」
 そしてスウェルは、後に続けとばかりにTPOを連呼する。生徒たちはその思いに答え、スウェルの言葉を反芻した。
「T・P・O」
「T・P・O」
 そこまでを終えると、スウェルは満足そうな顔をした。授業をするにあたって、彼女は「物を教える時は飴と鞭が大事」ということを念頭においていた。結果としてそれは、アンドロマリウスの犠牲と共に成功をもたらした気がする。
「飴と鞭っていうより、ただの脅しだったような……」
 またアルティマ・トゥーレを食らわされるかもしれないとびくつきながら、アンドロマリウスがぼそっと呟いた。
「……むう」
 そんな彼に、スウェルは小さく唸った後、顔を近づけ例の言葉を口にする。
「TPO」
「え?」
「T・P・O」
「てぃ、てぃーぴーおー……」
 彼がスウェルと同じその言葉を言うと、スウェルは「よくできました」とでも言うように彼の頭を撫でた。

 その横では、陣がぽりぽりと頭をかきながら生徒たちに何を話すべきか、決めかねていた。
「オレが言おうとしてたこと、大体言われてしまったなあ……」
 服装に関するマナーを説こうと思っていたのだが、アキュートとスウェルがそのほとんどを伝えたため、陣は言葉に詰まっていた。が、やがて言うべきことを決めたのか、陣は口を開いた。
「……まあ、時と場合によって服ってのは変える必要があるよー、ってのは今他の人が言ってくれた通りや。でも、どんな格好がセフセフか、どんな格好がアウアウか、きっとみんなそのへんが曖昧だと思う」
 陣の言葉に、生徒たちはうんうんと頷いた。そうだ。確かにTPOが大事とは教わったが、どんな時、どんな格好をすればいいのかを教わっていない。
 たとえば、勉学、ひいてはシャンバラの文化に興味を持った彼らが空京にでも出てこようものなら、通報は必死である。パパリコーレはまだどうにかなるとして、ベベキンゾは完全にお縄になってしまう。
「とりあえず、これを見てほしい」
 陣はそう言うと、黒板にマグネットで写真を貼った。あらかじめ、両部族に頼み込み撮らせてもらった彼ら自身の写真だ。
「まずこれや。ベベキンゾ族の写真やな。これは公の場では、問答無用でアウトや」
「アウト? コレ、キンシ? ワルイコト?」
「ああ、もちろんディスってるわけやない。すまんすまん。普段はその格好で問題なしや。ただ、たとえば日本に観光に来た時、その格好だと酷い目に遭わされてしまうってことやね」
 ベベキンゾは、先程のスウェルの放ったアルティマ・トゥーレを思い出す。なるほど、日本では、ああいう暴力がまかり通るのか。ニホン、コワイトコロ。ベベキンゾ族は、またひとつ賢くなった。
 陣は、さらに続ける。
「この点に関してだけは、オサレ族の人らはクリアや。隠すとこキッチリ隠してるからな」
「ベ、ベベキンゾ、ドウスルガイイ?」
「うーん……多少肌が出るのはセフセフだけど、隠す部分はちゃんと隠すようにすれば、とりあえずは」
 指摘を受け、彼らは先程アキュートにも怒られたソレ――ベベキンゾで言うところのコエダを見つめた。朝だからか、今ひとつ元気がない。あ、気分のことです。
「とはいえ、オサレ族の人も、イタい衣装は極力抑えた方が無難や」
 陣が、今度は話題をパパリコーレ族に移した。「イタい」の意味が分かっていない様子の彼らに、陣は改めて説明する。
「たとえば原宿とかああいう場所なら、その格好で問題ないんやけど……ああ、あとおっきいイベントとかでコスプレする時とかもそれで平気やな」
 ただ、と陣が付け加えた。
「露出が激しすぎたり、長物を持ってたり、ごちゃごちゃしすぎてる衣装は、いろいろ問題になることが多いので注意が必要や。今は色々呟いたりするツールがあるから、ほんと、油断してると晒しあげられて叩かれるから怖い。ほんと怖い」
 確かにアレは怖い。これは両部族たちの衣装に限った話ではない。我々も注意が必要である。
「そして、自分が叩かれると周りも同類扱いされて迷惑がかかる。これ重要なので、憶えとくこと」
 はい。憶えておきます。
「でも、僕らはおしゃれだから、どんな格好しても大抵おしゃれになっちゃうんだけど、どうすればいい?」
 パパリコーレから質問が来ると、陣は少し考えてからこう答えた。
「そうやな……基準は、行きたい地域の衣装を参考にするってことかな。郷に入れば郷に従えって言葉もあるくらいやし。
「ゴーハイレバ、ゴーシタガエ?」
「新しいとこ来たら、その周囲の風景に合わせとけってことやな。余計なトラブルを防ぐにはそれが一番だと思う。それが出来れば、行く先々でもいろんな文化を学べると思うから、ちゃんと心に留めてくれな」
 最後にそう締め、陣はひとつお辞儀をした。
 彼の言っていることはもっともで、教え方も素晴らしいものであった。
 ただ、彼が前にシボラを訪れた時、郷に従っていたかは怪しいところである。まあそれはともかく、彼らの服装マナー講義はこうして無事に終わり、ベベキンゾ族は以降、イスに座布団を敷くようになったのだった。
 あれだけ学んで、座布団ひとつかよ、という話ではあるが。

 四人と一匹の教師が去った後、さらに服装についての話をしにきた者がいた。どうやら前の集団とは話す内容が微妙に違うため、あえてタイミングをずらして出てきたようだ。
 少し遅れたタイミングで入室してきたその人物は、樹月 刀真(きづき・とうま)。その後ろには、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がついてきている。
 刀真はゆっくりと教壇の前へ移ると、生徒たちに向かって口を開いた。
「今から、服装のマナーについてお話します」
 あれ? と生徒たちは思う。今の今まで、その話を聞いてきたのだ。どうせなら違う話をしてほしいな、と彼らはちょっと残念に思った。
 だが、もちろん同じ内容ではない。刀真は、続きを話す。
「衣装というのは、その場にあったものを着ることも大事ですが、場所ではなく、人によって変わってくるものでもあるのです」
「人? おしゃれは、会う相手によって変わると?」
「会う相手というか、特別な人のための衣装がある、という方が正しいですね」
 含みを持たせた刀真の言い方に、パパリコーレはますます首を傾げるばかりだ。刀真はそこで、アシスタントとして呼んだ月夜を近くに招いた。
「良いですか? 衣装には、多数の人たちに見せるためのものと、特別な人だけに見せるためのものがあります……たとえば、コレとコレ」
 説明しつつ、刀真は月夜の着ている服を指していく。上から順に、白いノースリーブのシャツ、赤いリボン、黒のプリーツスカート、そしてガーターベルトで吊った黒のストッキング。
 刀真がひとつ指差す度に、生徒たちはうんうんと頷いている。ちなみに個人的には、黒のストッキングに一番頷きたい。
「あれ、刀真が真面目に授業してる……」
 彼に指さされながら、月夜は小声で呟いた。どうも、今までの刀真を思い返すと、こういう時は大抵悪ノリするのだと思っていたが、今回は違うのだろうか。
 半信半疑のまま、少し顔を赤らめながら月夜は直立不動を続けた。と、その直後だ。
「はっ!」
「!!???」
 百戦錬磨の手さばき、そしてウェポンマスタリーによって達人の如き速度をもって、刀真は月夜の衣服を思いきりめくった。
 リボンを解かれたシャツの下にある柔肌がちらりとのぞき、スカートは風になびきその下にあった情熱の赤が晒される。悲鳴をあげる月夜だったが、神風のような神業に、一同は思わず拍手を送った。
「見ましたか? 今の下着は、俺に見せるためだけに付けてくれているものですが、今回授業に参加してくれた皆さんのため、あえて特別に公開しました。しかしこの行為は、特別な衣装を着てくれた人の気持ちを裏切ることになるので、その点にちゅうごっへあふあっ!?」
「公開するなっ!!」
 言い終える前に、月夜のボディブローが刀真にクリーンヒットした。
「いきなり何してくれてんのよ!」
 もう一度、同じ箇所に拳を見舞うと、月夜は涙目で刀真を訴えた。
「もうっ、恥ずかしい……!」
「ご……ごめんなさい」
 よりによって、刺繍が可愛い、赤いシルクのレース下着を見られるなんて。確かに刀真のためにはいてきたものだったけれど、こんなことされるなんて。
 月夜は、顔を真っ赤にして刀真を睨んでいた。慌てて刀真は彼女に謝り、生徒たちに向き直った。
「い、痛かった……ええと、ね? つまり、こういうことです」
 刀真が言いたかったのは、「自分にとって特別な人にだけ見せる衣装があるということは、それ自体がアピールになるよ」ということなのだが、いまいち伝わっていないようだった。
 それもそのはず、端から見たらこれはただの羞恥プレイの一環である。
「うーん……あまり伝わってないみたいですね」
「当たり前でしょ」
 生徒たちの反応に、刀真は腕を組み悩みだす。彼は、ベベキンゾが特別な服を着たり、パパリコーレが体にペイントをしたりすればお互いの気持ちをもっと伝えられるはずなのに、ともどかしい思いを抱えていた。
「それなら……」
 こうなったら、最終手段だ。刀真は、自らその見本を見せようと、服を脱ぎだした。要するに、特別感さえ出てればいいよね戦法である。が、これも端から見たらいきなり裸になったただの露出狂である。
 刀真は変態プレイに露出狂と大忙しだ。心なしか、股間の黒い刀剣も光って見える。実際光ってたらアウトだけど。
「何してんのよっ!!」
 見かねた月夜がマシンピストルに込めたゴム弾を放つと、刀真は窓を突き破り、外へ吹っ飛んでいった。
 結局この時間彼が伝えたことは、「俺は変態だよ」ということだけであった。



 怒涛のマナー講義が終わった後は、道徳についての講義だ。
 道徳、それは人の道を説くなんとも高尚な香りのする科目である。さぞお固い先生が来るんだろうな。そんなことを思う生徒たちだったが、彼らの予想は大外れであった。
 ガラッ、と勢い良く開いたドアから現れたのは、金髪と微妙に悪そうな目つき、そしていかにも不良っぽい姿勢をした瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。むしろビジュアル的には、道徳を教わる側っぽい感すらある。
 とはいえ、人を見かけだけで判断するのは失礼というものだ。彼が何を教えようとしているのか、それを聞いてからでも判断するのは遅くない。
 そして、壮太は口を開いた。
「あー……オレな、結構今まで色々なバイトしてきたんだよ」
 そんな切り出しで、壮太は話し始めた。
「でだ。その経験を活かして、人を思いやる気持ちみてえなもんを教えられればと思ってる」
 おお、なんと真っ当な発言だろうか。やはり人は、見かけで判断してはいけないのだ。外見特徴が不良っぽいからといって、不良とは限らないのだ!
 がしかし。外見の不真面目さと話す内容の真面目さとのギャップが思いがけずツボに入ったのか、つい笑いをこぼしてしまった者がいた。
「ふふっ……」
 小さく含み笑いをしたその人物は、教室の後ろにいた式部だった。すると途端に、壮太の声が低くなった。
「おい、誰だ今笑ったヤツは。前に出て来い」
 怖い。なんとなくその言葉が、不良オーラを漂わせていた。これ、普段から言ってる人のトーンだ。どうしよう笑っちゃった。式部は冷や汗をかきつつ、自分だとバレないことを祈った。
 幸い犯人を壮太が見つけることはなかったが、彼の心は予想外にへこんでいた。
「先生ちょっと傷ついちゃったじゃねえか……ヤンキーみてえな格好したオレが道徳教えたらおかしいってか? ああ? そういう偏見と差別が、新たなヤンキーを生み出すんだよ。ヤンキースパイラルなんだよ。分かったか? 分かったら真面目に授業受けやがれよ」
 完全にヤンキー口調になった壮太が、睨みをきかせながら生徒たちに告げると、彼らの姿勢はしゃきんと伸びた。どこの国でも、ヤンキーは怖いらしい。
「えーっと、なんだっけ。そうそう。まあこんな感じでよ、髪の毛染めてるだとか、チンピラシャツ着てるだとかそれだけで世間の風当たりってのは冷たい。お前らに言う必要もねえかもしんないけど、人を見た目だけで判断するってのは間違ってると思うんだよな」
 そう語る壮太。授業の内容としてはいたってまともなはずなのだが、風当たりうんぬんに関しては、どうも見た目の問題ではないのでは、という疑問が浮かんで仕方ない。
 壮太はいかに世間が冷たいか、力説し始めた。
「こないだだってよぉ……こちとら真面目に明るく接客してんのに、オレが金髪だってだけで頑固なジジイの印象最悪だったらしくてよ。ヒヨコみたいな頭しおって、とか言われたんだよ。そのせいで店長まで、普段はなんも言わねえくせに
『まあ確かにその色はちょっとね』とかぬかしやがるし。別に真面目にやってりゃ髪の色とか関係なくね!?」
 なくね!? と迫られた生徒たちは、「は、はあ……」としか返せない。壮太の話は、まだ続く。
「常連のおばちゃんからは『壮ちゃんいつも頑張ってるね』って言われてんだぜ? 頑張ってるご褒美とかいってお菓子とか貰ってんだぜ? 大体、もっと奇抜な頭してる奴なんてパラミタには腐るほどいんだろが!」
 授業というより最早愚痴と化した壮太の話に、生徒たちはただただ黙って頷いていた。何か言おうものなら、とばっちりを食らいそうだったからだ。
 とはいえ、このままでは壮太の愚痴で授業が終わってしまう。そこでメジャーが、助け舟を出した。
「ヘイ! 君のアンラッキーはとても分かったよ! それで、人を思いやるということについてを……」
「あ……やべえ、ちょっと我を忘れかけてたな。悪かった」
 その一言で自分の口が動き続けだったのに気付いたのか、壮太は大人しくなり、話の要点を口にした。
「まあ、そんな感じでだな。偏見を持つのはよくねえってことだよ。分かったか?」
「ハイ」
「はい」
 生徒たちは、これ以上ないくらい素直に返事した。まだちょっと彼が怖かったのと、これ以上こじれる前に終わらせたかったからだ。
 が、運命とは無常なものである。壮太にとって、その素直という単語が思わぬ引き金となったのだ。
「お、素直だな。素直ってのはいいことだ。そうそう、素直で思い出したけど、やっぱり人ってのは素直な方がいいんだよ。ひねくれてるとロクなことがねえ。あのジジイだって、人のことグチグチ言うくせに客としてのマナーがなってねえんだよ。会計の時そのジジイの小銭がたんない時があってよ、こっちは優しくそれを言ってんのに『今出すとこだった』とか抜かしやがる。素直に自分の間違い認めろっつうんだよ。あとそのジジイな、お札出してから、『あ、やっぱり小銭あった』とかもよくやるんだよ。もうこっちはレジに打ってるっつうんだよ! アレ処理めんどくせえのに! そもそもあのジジイ、自分はタメ語で話しかけてくるくせに『若いモンは礼儀がなっとらん』とか冗談かっつうの。あーそうだあとこんなこともあった。あのジジイがよ……」
 この後約数十分、延々と壮太の愚痴は続いた。