シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

雪花滾々。

リアクション公開中!

雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



22


 雪が積もったりしたけれど。
 今日も一日、工房にはいろんな人がやってきた。
 リンスやクロエを尋ねてきた人。
 純粋なお客様。
 工房で過ごしていると、一日があっという間に過ぎていく。
 いつもと同じ、だけど確かにかけがえのない日常を、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は過ごしていた。
 いつものように、仕事をして。
 常連さんと談笑したり、クロエに癒されたり。
 リンス相手につんつんした態度をとってしまったり。
 それは普段と変わらないこと。
 だけど。
「…………」
 今日は、少しだけ違う。
 作業の手を止め、口を閉ざし、どこか遠くを見るような目をして。
「ねえ」
「えっ」
「ぼーっとしてる」
「あ、嘘。そんなことないわ」
「なくないでしょ」
「ないの。ほっときなさい」
 なんて、リンスと何度やり取りをしただろう。
 ……それ以上突っ込んでこないのは、ありがたいようなちょっとつまらないような。
 さて。
 そうこうしている間に、営業時間は終了し。
 お客さんは全てはけた。
 一日の仕事が終わり、あとは工房の後片付けをして帰るだけ。
 また明日、と言って帰るだけ。
「…………」
「ねえ」
「え、」
「今日、変」
 二人きりになった部屋で、切り込まれた。どうしよう。誤魔化そうか。そうしよう。
「だから、そんなことないって」
「いつまで下手な嘘つくの」
 無理そうだった。改めて、どうするかと考える。
 言おうか。
 言ってしまおうか。
「……私ね」
「うん」
「自分の工房を、持とうと思うんだ」
 驚きが、空気を通じて伝わってきた。
「まだ場所も決まってないし、すぐにってわけじゃないけど」
「そう」
「うん」
「寂しくなるね」
「……理由とか、訊かないのね。やっぱり」
 だと、思っていた。
 なんとなく、察していそうだな、と。
 ――普段は鈍いくせに。
 こういうときばかり、鋭いのだから。
「工房の住所や、開店時期が決まったら言うから。それまでは、この工房の仕事は続けるわ」
「平気? することたくさんあるんじゃないの」
「立つ鳥跡を濁さずっていうでしょ? やりかけの仕事を残したままじゃ、プロ失格ですもの」
「感服」
「でしょう」
 会話が途切れた。黙々と、片付ける。そんなところもいつも通り。
「これでよしっと」
 全て片付け終わったら、自分の荷物をまとめて。
 工房の入り口まで歩いていったら、「そろそろ帰るわね」と声をかける。
「寝る前にちゃんと戸締り確認するのよ?」
「わかってるって」
「なら良し。それじゃあ、……」
 なんと言って別れようか。
 また明日、でいいか。『いつも通り』で。
「また明日ね!」
 笑顔で軽く手を振って。
 踵を返して、一人、雪道を歩く。
 ――あと何回、今みたいに別れられるのかしら。
 確実に、終わりが近付いてくる。
 嫌じゃない。自分で決めたことだ。楽しみにしている部分だって大きい。
 けど。
「…………」
 立ち止まり顔を上げ、雪雲に覆われた空を見た。
 寒いと感じるまでの間、黙って、じっと。


*...***...*


 仕事をしていると、どうしても身体が空く時間は夜になってしまう。
 前回、クリスマスに引き続いて今回も、若松 未散(わかまつ・みちる)は夜道を走っていた。
 既視感を覚えながら、工房に辿り着いた。今日は電気が点いていた。まだ起きている、らしい。
 ドアを叩き、出てきたリンスに「よう」と声を掛ける。
「若松はさ、どうして夜中に来るかな? 女の子が夜道を一人歩きするって危ないと思わない?」
「そんなん平気だよ。いざとなったらハル呼ぶし。
 ていうか名前! 名前で呼べって言っただろ!?」
「うん。わざと」
「お前なぁ……、……まあいいや。じゃ、行くぞ」
 ちょっと、いやかなり言いたいことはあったけど全て押しやった。こんなところで無為に時間を使いたくない。
「行くってどこに」
「ピクニック。紅茶とケーキと乗り物もあるぞ?」
 ほら、とバスケットを掲げて見せ、次いでジェットドラゴンを停めた場所を指差した。
「今日はあれに乗ってきたんだ。これなら夜道も安心だぞ?」
「でも夜中に来ることは推奨しないけど」
「仕事の都合で仕方なかったんだよ」
 別に、もっと時間を取れる日に来る、という選択肢がなかったわけではないけれど。
 今日、会いたいと思ったから、会いに来た。
「悪いか」
「……まあいいけどね。最悪俺が送るし」
「えっそっちのが危ないだろ」
「何で」
「何でも。……ってこんな話したいんじゃなくて! ほら早く支度しろよー。帰る時間どんどん遅くなるだろ」
 行くことは確定なんだ、とリンスがぼやいていた。確定に決まってるだろ。
 リンスは室内に戻っていって、ややしてからコートとマフラーを身に着けて出てきた。戸締りをしてから、ドラゴンの背に跨る。
「工房の近くで、ヴァイシャリーの夜景が綺麗に見えるところ見つけたんだ」
「へえ。そんなとこあったんだ」
「歩くと遠いけどな。空飛んだらすぐだよ」
 丘の上からさらに上へ。山に着いて、てっぺんまでのぼって。
 ドラゴンから降り立つ。雪夜の景色は、また一段と美しかった。
「工房からじゃ絶対見れない景色だろ」
「うん。……すごい」
「だろ? あとな、気温が低い日は星がよく見えるんだ」
 見てみ、と空を見上げる。雪も止んで、雪雲もどこかへ言ってしまった後の空は、どこまでも透明だった。汚すものがないせいか、空気も澄んでいる。
 しばらく黙って、空を、夜景を、見る。
 寒くなってきたので、ティータイムの準備を始めながら。
「お前ももっと外に出た方がいいよ」
 未散は、作り手としてリンスに声を掛けた。
「工房に篭ってるだけじゃいい作品なんて出来ないと思うんだ」
 出来たとしても、それは才能でどうにかできる範囲まで。いずれはなくなるものだ。
「私も噺のネタは自分の足で探してるしな。
 よし。準備できたぞ、ケーキ食べよう」
「うん」
 レジャーシートの上に座って、紅茶とケーキで乾杯。
 ケーキもまた、絶品だった。景色に見合う、質の良いものだ。他の種類も食べてみたいな、と思った。
 あっという間に平らげて、温かい紅茶で一息ついてから。
「お前まだ姉さんのことで悩んでるんだろ」
 突っ込んで、訊いてみた。
 夜景を見ていたリンスが、未散を見た。「気付いてたんだ」と言って、また夜景に視線を戻す。
「わかるよ」
 似ているところが多いからこそ、わかる部分も多いのだ。
「お前さ、何を一番に望んでるんだ?」
「……姉の幸せ。かな」
「じゃあさ。お前の姉さんの幸せって、なんだと思う?」
 簡単なことなのに。
 どうして、こいつは答えられないんだ?
「死んでしまった人の幸せなんて……そんなの、残してきた人の幸せに決まってるだろ」
 ――私も同じ。
「あの日、気付いたんだ。
 お前も私も、姉さんのためにも幸せにならなきゃいけないんだよ」
 ずっと。
 ずっと、考えていた。
 自分はリンスとどうなりたいのか。
 リンスのために、自分は何をすればいいのか。
 何が出来るのか。
 いつの間にか、リンスは未散を見ていた。未散もリンスをじっと見て、言葉を紡ぐ。
「姉さんが死んだとき、もう人と関わるのは嫌だと思った。だって皆いつか死んじゃうだろ? ……私を置いて」
 それがどうしても耐えられなくて、だったら独りでいようと思って。
「そしたらハルが、自分は吸血鬼だから死なない。だからずっと一緒にいられるから……って。約束だって。それが契約したキッカケだったんだけど」
「…………」
「リンスとも、同じような約束をしたい」
「……同じようなって」
「……悩みも、痛みも。
 二人で全部、共有したい。
 リンスとずっと一緒に生きていきたい」
 この言葉が、どれほど重いか。
 わかっている。だけど、伝えなければいけないと。
「本気?」
「本気」
「……どうしよう?」
「いや首傾げられても。私は真面目だぞ、言っておくけど」
 うん、と頷いてからこっち、言葉がない。
 ――……先走りすぎたか? いやでも、言っとかないと。けど、うう。いつまで黙るんだよ。
 何かを言おうとして、迷って、やめているようだった。それがなおさら、緊張する。
「俺は」
「……うん」
「まだ、ちょっと、怖いよ」
「……そっか」
 仕方ない、か。
 未散はハルと違って不死じゃないし。
 絶対に、この先ずっと、リンスより先にいなくならないなんて、言えないのだ。
「でも、」
「……?」
「怖くない、って気持ちもある」
「……なんだそりゃ」
「未散がああ言ってくれたからじゃない?」
「……そっかー」
「そ」
 なら、何かしらの意味はあったのだろう。
 気持ち全部を受け取ってもらえなくても、伝えたことには、確かに。
「そろそろ帰るか。紅茶も冷めちゃったし」
「ああ。本当だ」
 立ち上がり、ドラゴンの顎を撫でてから跨った。
 行きと違う道を通って工房の前でリンスを降ろして。
「じゃな」
「またね。気をつけてね」
「大丈夫だって。
 ……あのさ」
「?」
 最後に、もう一度だけ。
「お前は独りじゃないから」
「……うん」
 微笑んだときの、リンスの顔が。
 なんだかとっても優しかったことを、強く覚えている。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 雪ですよ! 雪!
 というわけで、去年からずっと書きたいといっておりました雪の日シナリオ、ついにお目見えが叶いました。
 どうか皆様にも楽しんでいっていただけますように。

 この間、二月も終わるというときに雪が降りましたね。
 執筆期間中ということもあって、はしゃいでいる余裕はあんまりなかったので遊んだりはしませんでしたが、テンションがとても上がりました。
 雪。いいですね、雪。何故か知らないけれど、すごく好きです。台風とか雷とかも好きです。
 また、こういった気候ネタをやりたいですね。
 雨の日シナリオは、いつかやろうと目論んでます。
 その時、お付き合いいただけましたら幸いです。

 では長くなりましたし締めの挨拶へ移らせていただきましょうか。
 今回も、楽しいアクションや嬉しい私信をありがとうございました!
 今年も元気にやっていきたいと思います。頑張ります。

 それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。