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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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7


 愛しい相手とデートする、というその日。
 間の悪いことに、あれこれと用事が重なってしまい、大遅刻をしてしまった。
 もちろんそうなれば、誰だって慌てる。芦原 郁乃(あはら・いくの)だって例外ではない。
 待ち合わせ場所に到着しても、秋月 桃花(あきづき・とうか)の姿はなかった。
「怒ったかな……?」
 それで、帰ってしまった? でも、何も言わずに帰ってしまうような娘ではない。それは郁乃がよく知っている。
 携帯電話を取り出して、彼女の番号にコールする。しかし、桃花の声は聞こえてこなかった。代わりに聞こえてきたのは、『電源が切れているか、電波の届かないところに……』という機械的なアナウンス。
「おっかしいなぁ……?」
 怪訝に思い、辺りを歩いて回る。
 ほどなくして桃花を見つけた。道路を挟んで向こうの通り、数人の男に囲まれている。
「桃花ぁ〜っ!」
 大声で呼びかけると、桃花が郁乃の方を見た。嬉しそうな、ほっとしたような表情。
「郁乃様ぁ〜」
 返事をしたかと思うと、桃花はそのまま道路に飛び出した。周りの様子も見ずに。桃花にしては珍しく、勢い任せの行動だ。よほど困っていたんだな。こっちに来たら抱き締めてあげないと。
 なんて悠長に思っていたら、車のクラクション。
 ――ああ、なんてお約束なっ!
 慌てて郁乃も飛び出した。
「危ないっ」
 そしてそのまま、桃花を突き飛ばす。直後、身体に衝撃が伝わった。撥ねられ、道路に倒れ伏す。ふと見ると、桃花を囲んでいた男たちの姿はなくなっていた。まあいいか。いたところで桃花を怯えさせるだけだ。
「郁乃様、郁乃様っ」
 ぼんやりと状況把握していると、桃花が泣きながら駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ」
 しかし、無事だと笑ってみせる前に救急車が到着して。
 郁乃だけ救急車に乗せられたため、あのあと桃花がどうなったのか、わからない。


「……心配だなぁ……」
 怪我は、予想通り大したことないものだった。念のために検査しておきましょう。そう言われたため、やむなくの入院だ。
 だから自分のことよりも、桃花のことの方が心配だった。
 ばん、と。
 病室のドアが、開いた。ドアの先には桃花の姿。
「桃、」
 桃花は、郁乃の顔を見ても何も言わなかった。表情も変えずに、つかつかとベッドに近付いて。
 突然、掛け布団を剥いだ。
「なにするの、いきなり」
 ねえちょっと、と呼びかけても、桃花の耳には届いていないようだ。先ほどと同じ表情のまま、何かをぼそりと口にした。
「え? 何?」
「……ある……足、ちゃんとある……」
「足ぃ? 当たり前でしょ、人を幽霊みたいに言わないでよ」
 苦笑混じりに桃花を見る。と、桃花はぼろぼろと大粒の涙を零していて、驚く間もなく郁乃の胸に飛び込んできた。
「桃花」
「郁乃様。郁乃様。ごめんなさい……」
「桃花のせいじゃないって。それに怪我もなんてことないから」
 だから泣かないで。背中を撫でて、優しく言い聞かす。
 桃花は、それでも落ち着かないのかひっく、ひっくと泣きじゃくり、縋り付いてきた。
「大丈夫だからね」
 ――安心するまで、こうしていてあげよう。
 ごめんなさいと謝り続ける小さな彼女を抱き締める。
 生きている人間同士の、暖かな肌と肌が触れ合った。


*...***...*


 聖アトラーテ病院、駐車場。
 静かであるはずのその場所から、不穏な歌声が響く。
「どなどなどなどなど〜な〜
 駐車場に放置される我輩〜」
 歌声の主は、ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)
 倒れ、入院した深澄 桜華(みすみ・おうか)のお見舞いに来たのだが、門前払いを食らった。
 悪いことをしたとか、そういう理由ではない。いや、ある意味そちらの方が納得できただろう。
 病院の入り口が狭く、ガジェットが通れるだけの余裕がなかった。
 そんな、拍子抜けするような理由だった。
「まあ我輩、人の二倍以上のサイズであるから……」
 けれど一応、納得はしていた。大きすぎて不便なことだってあるあるなのだと。
「でも、入り口にすら立てないって酷いのであるよ……」
 せめて、入り口にくらい立ちたかった。あまりにも蚊帳の外すぎる。
「はぁ……」
 なので、重い息だって出てしまうわけで。
 だってここは病院。
 白衣の天使が笑顔で働く、神聖な場所。
「…………」
 じぃ〜っくり、鑑賞したかった。
 病院に入れずとも入り口にいられたならば、自身の全能力を以って一秒たりとも時間を無駄にせず眺めることができたのに。
「心残りであるよー」
 もしかしたら、ルイ・フリード(るい・ふりーど)はガジェットの気持ちまで見通して「ガジェットさんは駐車場で待っていてくださいね!」と言い放ったのかもしれない。
 ああ、それにしても暇だ。
 何か楽しいことはないものか。
 先ほどから、悪ガキたちが走って寄って、ぺしんと叩いては逃げ……といった度胸試しのようなことをしているのがなんとも。
 しかも度胸試しはどんどんエスカレートして、今現在なんて十ゴルダ傷をつけられているし。
 頭上では、鳥のつがいがいちゃいちゃしているし。
 だけども大人しくしているだけしかできないなんて。
「紳士って辛いのであるな」
「きゃー! 喋ったあぁぁあ!」
「喋っただけで子供たちからあの反応を引き出せるとは……さすが我輩であるな。エンターテイナーとしての才能が溢れすぎなのである。
 …………何か良いこと、ないかなぁ……」


 と、ガジェットが哀愁を漂わせていることなんて知る由もなく。
「はぁ〜……」
 小児病棟にて、桜華は深い深いため息を吐いた。
「わしはきっと、あの樹の葉がすべて落ちたら眠るように……」
 続く言葉は、あえて言わない。
 ベッドの脇にある椅子に座るルイも、何も応えない。
「……短かったが、今まで楽しかったぞい」
「桜華」
「ふふふ。わしらしくないか。忘れてくれ」
 しかし、このままでは。
「わし、もう駄目じゃ」
 ベッドから上半身を起こす。降りようとしたが、ルイに止められた。
「もう駄目じゃよ。だって、わし、もう……」
 俯き、息を吸い。
「もう三日も酒を口にしていないのじゃ!! 死んでしまう!!」
 叫んだ。
 あまりの声の大きさに、同室に入院する子供たちが一斉に桜華を見た。
「ああああああ。酒……酒が飲みたいのじゃあぁぁ〜……」
「桜華……やっぱり全然反省していませんね」
「すこ〜し悪酔いして倒れただけではないか。なぁにが『これを機に少しは禁酒しなさい』じゃ。そんなの契約者の職権乱用じゃ! 保護者の横暴じゃ! おーさーけー!!」
 叫ぶ。叫ぶ。
 声を聞いて、今度は子供たちがざわついた。
「すげー、あのねーちゃんお酒飲んでるんだって!」
「お酒はハタチになってから、なんでしょー?」
「ワルだ! ワル!」
 ささめき声に、頬を膨らます。
「そもそもなんでわしが小児病棟なんどに入れられにゃいかんのじゃ」
「見た目が見た目ですから。自制と反省をさせる意を込めたのですが……そんな気配は一切ありませんね」
「こんなところじゃ反省する気持ちも無くなってしまうわ。何せ回りは子供ばかりじゃからの」
「下手な良い訳ですね。する気もないのでしょう?」
「ない!」
 ずばり断言してみせると、ルイが呆れたように息を吐いた。
「しかし何故見舞いの品が果物ばかりなのじゃ。酒が一番に決まっておろうが」
「禁酒だからですよ」
「えっ。本当にわし、禁酒しなきゃいけないの?」
「当たり前でしょう?」
「えっ……」
「えっ、じゃないです。禁酒です」
「…………」
 ルイの目は本気だった。簡単には酒を飲ませてくれないだろう。
「桜華が入院している間は私が責任を持って監視します。外にはガジェットさんを配置しておりますので病院の外へお酒を買いに行くのも禁止です!」
 しかも、この用意周到ぶり。本気だ。奴は、本気である。
 睨んでみた。無駄ですよ、とばかりに真正面から視線を合わせられた。くそぅ。桜華は視線を逸らす。
 無理なのか。禁酒せざるを得ないのか。
 ――いや……ガジェットが相手なら、なんとか目を誤魔化せるのではないか?
 やって損はないだろう。怒られても、酒のためなら後悔はない。


 反省の色が一切ない桜華を見て、ルイは幾度目かのため息を吐いた。
 自分が××歳の大人である、という自覚を持ってもらいたくて、あえて小児病棟に入院させてみたがそれも効果はないようだ。強敵すぎる。
 ――ここにいる子供たちに悪影響がでないといいのですが……。
 むしろ、懸念が増えた。ないと信じたいところだ。
 けれど、ここ数日の禁酒には成功している。こうして飲酒量が減っていけば、日々の節約にもなるし健康的だ。
 なにせ桜華を診た医者が、「少しは肝臓を休ませてあげなさい」と言うほどだから。それなりに、桜華の肝臓は弱ってしまっているのだろう。
 ――禁酒、とまでいかなくとも、休肝日くらいは作らせないと。
「ああ、そういえば桜華。あとで人形劇を観に行きませんか?」
「人形劇?」
「はい。私の友人が、小児病棟で劇をやっているそうなんです」
 挨拶ついでに、リンスやクロエから何か言ってくれないかな、と淡く期待してみる。
 クロエのあの純粋な目で「だめよ!」と怒られれば、ちょっとは効いてくれないかな、とか。
「酒、くれるなら行っても良いぞ?」
「駄目です」
「じゃわし行かないもん。ルイ一人で行けばいいじゃろ」
「行ってる間に抜け出す気でしょう」
「ギクッ」
 お見通しですよ、とまた息を吐く。
 桜華の傍を離れることは、まだ難しそうだ。