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 一方、こちらは移動を続ける巨猿の軍団。
 その内の一匹の背に乗ったエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は、バツの悪そうな顔で後方を振り返っていた。
「(あのシェアとかいう男……警備員の人やヒヨコの人は大丈夫だっただろうか?」
 クンとエールヴァントの鼻孔をくすぐる匂い。独特な温泉の匂いだ。
「それにしても温泉か……僕の故郷ドイツにも沢山あったな」
 エールヴァントが思い出すのは、故郷ドイツの温泉地の風景。例えば最も有名な温泉地『バーデン・バーデン』。
 ドイツ語で「バーデン」とは「入浴する」という意味であり、直訳するならば、さしづめ「温泉の中の温泉」という意味でもある。その地にある代表的な温泉施設『カラカラテルメ』は、水着着用の巨大な温泉プールである。
 設けられた屋内の大浴槽、と言うよりプールに近い浴槽は巨大であり、数百人は入れるのではないだろうかと思えるほど。湯温は30度前半と低く、風呂好き民族である日本人の感覚で言えば温泉というより限りなく温水プールに近い。
 また、屋外にはやはり巨大浴槽があり、一応の体裁は露天風呂なのだが、やはりどこからどう見てもプールである。ともあれ、これほど巨大な風呂を賄うのであるから、相当な湧出量だろう。
 その他にも、古の王族や富豪達が使用した高級保養地『バート・ライヒェンハル』、『ヴィースバーデン』や古代ローマ由来の『アーヘン』等、ドイツの温泉地は多い。昔は、風呂もサウナも『男女混浴・裸』だったが、近年は水着着用を求めるのが大半だ。
「(パラミタの温泉がどんな感じか興味があってきました……が、良く考えたらシャンバラは日本文化がかなり浸透しているので日本式温泉が多いのかもしれないな……)」
 基本インドア派のエールヴァントだが、スパリゾートアトラスを彼なりに楽しみにしているようだ。エールヴァントは、ショットガンに弾を込めながら顔に笑みを浮かべる。
 そこに、別の巨猿に乗ったアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)が接近してくる。
「おい、エルヴァ! 温泉についても、俺の足を引っ張るんじゃないぜ!? あと、自分の身は自分で守ることだ!」
「……そろそろお前も素行を少し改めたらどうだい?」
 ショットガンに弾丸を込め終えたエールヴァントが、アルフを見る。その青い瞳は今度は笑っていない。
「お。ちゃんと武器持参か! 燃えてるんだな、エルヴァ!」
「……お前と一緒にしないでくれないか?」
 エールヴァントの訴えをスルーするアルフ。アルフの手にも巨獣撃ちの猟銃が一丁握られている。中身は強力な麻酔弾である。
「……あのさ、どうしても行くのか? 普通に入浴しようよ」
「入場券は買うぜ!」
「そっちじゃない……お前の、その覗きの方だ」
 怪訝な顔でアルフがエールヴァントを見つめる。何か気分が害されたようだ。
「ちち・しり・ふともも! がそこにある限り、覗かないのは男じゃねぇだろ! 但し外見14歳未満は射程範囲外だけどな!」
 エールヴァントとは確実に異なる温泉に対するベクトルを持つアルフの熱い叫び。
「昔、日本のポップスであったな。男は狼なのよ、気をつけなさい、て……」
 尚、奇しくも獣人のアルフが変身できる獣は狼である。
「俺は行くぜ、そこに裸体がある限り!(今ニンジャで本当に良かった、神様ありがとう!)」
 アルフが吠える。
「アルフ……もうこういう軍団に入ってしまったから遅いかもしれないけど。何か、僕には裏がある気がするんだ……」
「あぁ!? 今更遅いだろう? ……ま、確かに、俺もあの男は怪しいと思ったけどな」