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命の日、愛の歌

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命の日、愛の歌
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○     ○     ○


「レリウスもこちらに居てくれて助かった。皆が何とか一緒に来ようとして、大変だったからな……」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、ほっとした表情でレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)と肩を並べて歩いていた。
 2人は村に到着した後、宿で一休みしてから散策に出ていた。
 こうして穏やかな気持ちで散策ができているのは、彼のお蔭だ。
「体調、大丈夫ですか?」
 レリウスがグラキエスを気遣う。
「ああ、特に問題はない。ここは戦いとは無縁の地のようだ……。とはいえ、式の時には護衛役として気を張らないとならないけどな」
「武具がないのが心もとないですが……テロがあっても、最悪龍騎士団が駆け付けるまでもてば何とかなるでしょう」
 あまり、緊張せずにいきましょうと、レリウスはグラキエスに穏やかな笑みを見せる。
「そうだな。っと、見えてきたぞ」
 レリウスが道路の先を指差す。
 大木の上に、建物がある。
 ぶら下がっているガラス製の看板には、ハーフフェアリーのガラス工房と記されていた。
「まずはあそこからだな。後で果樹園にも行きたいなぁ」
「ええ、今日一日、自由に過ごせますから、色々回ってみましょう」
 戦いを忘れ、のんびり散歩を楽しんでいた2人は、最初にガラス工房でガラス細工を体験しようと、決めていた。

 清楚な印象のワンピースドレス姿で、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、村の中をふらふらと歩いていた。
 恋人……である、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は国軍の任務の為、訪れてはいない。
 招待された式は、明日。
 それまで特にすることも、したいこともなくて。
 ただ、ふらふらと村の中を歩いていた――。
(セレアナ、あたしはあなたのこんな顔は見たくない……)
 人々を、景色を見ているはずだが、頭の中に浮かぶのは、セレアナの姿ばかり。
 辛く悲しげな彼女の姿、ばかりだった。
 恋人同士であるはずなのに、もう長い間、二人の関係はどこかギクシャクしたままで。
 普通ならばもう、互いの関係は終わっていてもおかしくはないくらいだった。
 だけれど、未だに離れることもできないのは、互いに離れられないということが判っているから……そうだと、信じたかった。
(でも、何をやっても心の距離が……以前のようには戻らない)
 セレンフィリティの顔もまた、脳裏に浮かぶ恋人と同じような表情をしていることに、本人は気付いていなかった。
(あたしはバカだから、いつも思慮深いあなたを呆れさせたり、時には怒らせたり悲しませたりしたけれど、それでも最後は笑って……微笑んであたしのことを受け入れてくれた……もう、あのときのようには戻れないのかな……)
 彼女の笑顔を思い浮かべようとしても、それはすぐに消えてしまって。
 浮かんでくるのは、悲しみの表情ばかり、だった。
(……でも……でも、戻りたい……何故こんな風になっちゃったのかな……)
「ガラス工芸やってみませんか〜」
「えっ?」
 思い悩んでいたセレンフィリティは、突如上から降ってきた声に驚いて空を見上げた。
 ハーフフェアリーの少女が、ガラス細工のアクセサリーを持って、微笑んでいる。
「楽しいですよ!」
「あ……ええ……」
 セレンフィリティは僅かに微笑んだ。
 気を紛らわせるには、細かい作業をするのもいいかもしれない。そう思って、参加してみることにした……。

 ハーフフェアリーの村の、はずれにある工房では、押し花ガラス細工を体験することができる。
「俺はこの花を……」
 レリウスは、数ある花の中から、クンシランの花を選んだ。
「俺は……そうだな、こっちにしよう」
 グラキエスは、コデマリを選び、2人はその他にも、メインの花に合う花を、いくつか組み合わせていく。
「別の物を作ってみましょうか」
「そうだな……俺は、パートナーの分も」
 何にしようか考えた結果、レリウスはガラスのプレートを。グラキエスは自分とパートナー分のコースターを作ることにした。
「フォトフレームを作ることはできますか?」
 六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、工房の中の作品を色々見て回った後、職人のハーフフェアリーに尋ねた。
「出来ますよー。まずは、どのようなものを作りたいか紙に書いてくださいね。お花はこちらから選べます」
 職人は、紙とペン、そしてお花のサンプルを優希へと渡した。
「そうですね……」
 優希は席に着いて、デザインを決めていく。
 上手くできたら、パートナーの皆と一緒に撮った写真を飾りたいなと思う。
(思い起こしてみれば、パートナーの皆と冒険をしたり『六本木通信社』として取材をすることはあったのですが、その時に写真を撮ったりすることはほとんどなかったんですよね)
 日記やメモなどに記録することはあったが、対象をカメラに収めることはほとんどなかったのだ。
(もったいない事をしたのかもしれませんね)
 だから、今日、ここでフォトフレームの押し花ガラス細工を作ることで、写真も撮ることを始めるひっかけにしたいと、優希は思っていた。
「フォトフレーム……いいアイディアだね。写真をより引き立てるだろうし、入れていない時でも綺麗だから」
 工房を見学していた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が、優希の絵に目を向けてそう言った。
「ありがとうございます。写真でお花を隠してしまったり、写真よりお花に目がいってしまうのも残念ですから、配置に迷います」
「そうだね、いいものが出来るといいね」
「はい」
 優希とロゼ(ジェライザ・ローズ)が微笑み合う。
「私は婚約されるお2人に何か贈りたいのだけれど、縁起の良い花はどれかな?」
 ロゼがハーフフェアリーの職人に尋ねる。
「この花は是非入れて欲しいです。あとは、この花とバランスの良い花がよさそうです」
 職人が勧めてくれたのは、赤い花――愛の花と呼ばれている花だった。
 それから、小さくて白い花も。
「この花も組み合わせたら可愛いね」
 自分では、黄色の小さなマーガレットのような花を、選んだ。
「では、この花を使わせていただいて……私は、キーフォルダーを作るよ」
 見本のキーフォルダを手に、ロゼは懐かしい気分になる。
 彼女が生まれ育った場所は、坂とガラス工房が沢山ある町だった。
 だけれど、自分自身でガラス細工を行ったことはなかった。
「まさか、故郷でも、シャンバラでもなく、このような場所で体験できるとは」
 心を弾ませながら、ロゼは職人の指導のもと、キーフォルダーを作り始める。
「お花決めました。作り方、教えてください」
 優希が簡単なイラストと、選んだ花を手に職人の元に行くと、職人がトレーの上に並べたガラスを、優希に見せた。
「土台となるガラスを選んでくださいね。ここに綺麗にならべていって……」
 丁寧に優しく、作り方を教えてくれる。
「はい。ずれないように気をつけませんと」
 悪戦苦闘している優希に職人はそっと手を貸してくれたり。
(ここのハーフフェアリーさん達は優しい方が多いですね。それにとても可愛いです)
 優希の顔に、自然と微笑が浮かぶ。
 パラミタは危機に瀕していて……色々なことがあり、とても大変な事態も多多あるけれど。
 いつかはこの村のように、皆が手を取り合って、平和に過ごせるようになればいい。
 そんなことを思いながら、美しいフォトフレームを完成させていく。
「よかった……なんとか、まともなものが出来そうだ」
 ロゼも慎重に重ね合せて、キーフォルダーを完成させていく。
 明日の披露宴では、直接プレゼントを渡せる機会もあるだろう。
 新居の鍵……とまではいわないが、2人で共有する鍵に使ってもらえたら、嬉しいな。
 そう思いながら、丁寧に作り上げる。

(あ……)
 工房に入ってから、セレンフィリティは必要最低限しか喋らず、黙々と作業を進めていた。
 だけれど、気づいてしまう。
 作っているボードの中に入れた花。
 それはフリージア。
 セレアナの誕生花であり、彼女が好きな花……。
 普段は大雑把で細かい作業が苦手なセレンフィリティだが、今は別人のように繊細といっていい手つきで、作業を進めていた。
(気を紛らせるために作り始めたのに……)
 作っているのは、やっぱり最愛の人を想起させる物だった。
(……こんなに苦しいのに、でも結局は……私はセレアナのことが……本当に好き)
 改めて思い知って、セレンフィリティは涙を落とした。
「うまくいかない……それに壊れやすい……でも……壊れたら、また作り直せるのかな……?」
 そうして、何度も涙を落しながら、切ない想いを胸に、ガラス細工を作り上げていった。

「よし完成」
 グラキエスは出来たコースターを一つ一つ、袋に入れると――自分用を、すっとレリウスに差し出した。
「いつもありがとう」
 レリウスはグラキエスの抱えている事情を知っており、共に戦ってきた気の置けない戦友だ。
 仲良くしてくれて、ありがとう。そんな思いを込めて、自分用をグラキエスはレリウスにプレゼントした。
「ありがとうございます。俺も、これはグラキエスに作ったんです」
 レリウスが選んだ花――クンシラン。
 花言葉には『幸せを呼ぶ』ともある。
 事情を抱えているグラキエスに、幸せが来るよう願って選んだ花だった。
 グラキエスはちょっと驚きながら、プレートを受け取った。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありががとうございます。嬉しいです」
 互いに互いの作ったガラス細工を手に、穏やかな笑みを浮かべた。