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命の日、愛の歌

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命の日、愛の歌
命の日、愛の歌 命の日、愛の歌 命の日、愛の歌

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 遺品を届けに来た者達が退出し、部屋の片づけが終わった頃。
 挨拶に訪れた契約者達が、レストと晴海の元に通された。
「こうして、ご招待いただき、お話しが出来るようになれたことを、とても嬉しく思います」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、私服のスーツ姿で訪れていた。
 隣には、同じくパンツスーツを纏った女性の姿がある。
「お招きいただき、光栄です」
「ロイヤルガードの君達までもが来てくれるとは思わなかった。時間をとらせてしまい、すまない」
 レストがそう答える。
 ロイヤルガードの制服や紋章をつけてはいないが、ルカルカが、そして隣にいる女性が、シャンバラのロイヤルガードであることは、彼にもすぐに分かった。
「今日は仕事できたのではありません。彼女の先輩として」
 ルカルカと訪れた女性――神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、晴海を見て、淡い笑みを浮かべ「おめでとう」と言った。
「ありがとうございます」
 晴海は深く頭を下げた……優子が顔を上げるように言うまで、ずっと下げたままだった。
「お2人の戦いはアルカンシェルの操縦室から見ていました。皆に希望を与えてくださる、戦いでした」
 ルカルカは月軌道上での戦いの際の、レストと晴海の参戦を感謝し、称えた。
 そして、ユリアナの冥福を心から祈り、今後も龍騎士団と、帝国と良い関係でありたいと伝える。
「これは私からではないのだが、差し入れだ」
 優子が晴海に箱を一つ手渡した。
「お菓子、ですね」
 晴海が中を確認する。
 中には、フィナンシェなどの焼き菓子や一口ゼリーが入っていた。
 全て手作りのようだ。
「シャンバラの絵葉書――」
 箱の中には、お菓子の他に絵葉書が入っていた。
 その一枚に、文字が書かれていることに気付く。
 レストと晴海の名前と、祝いの言葉だった。
「志位、大地さん……」
 葉書に記されていたその名はよく知っている。
 離宮で、優子を庇い晴海の攻撃を受けて。
 晴海を尋問し、刺した人物だ。
「彼が経営しているイナテミスファームでの農産物で作ったお菓子だそうだ。絵葉書は、その農場の写真をもとにしたもののようだな」
 覗き込んで、優子がそう説明をした。
 お菓子は、披露宴用ではなくて、準備や休憩時間に、レストと晴海がつまめるようにと作られたものだ。
 服を汚したりしないような、配慮も施されている、真心を感じるお菓子だった。
「……ありがとう、ございます」
 晴海はただただ、真剣に箱の中を見詰めていた。
「……」
 そんな彼女を、同じような真剣な目で、隅で見つめている女性がいた。
(あれから、随分経ったね)
 晴海を見ながら、その女性――琳 鳳明(りん・ほうめい)は、離宮での、苦しかった日々を思い出す。
(あの時の彼女は本来の任務に戻っただけだろうけど、私は未だに裏切られたという想いは消えないし、彼女のパートナーがやった事も含めて許そうとも思ってない)
 だけれど、鳳鳴は晴海のことを知らない。
 彼女の生い立ちも思いも。何も知らない。
 知っているのは――。
(過去に鏖殺寺院に所属、任務の為に百合園女学院に潜入。ヴァイシャリーの地下に眠る離宮を探索した際に、指揮官であった神楽崎優子暗殺を目論んだが未遂に終わる。探索隊により捕縛され、その後エリュシオンに身柄を移された)
 そんな客観的な事実だけ。
(その御堂さんが……龍騎士さんと婚約する)
 そこにどんな思惑があるにせよ、彼女はもう未来(さき)に進もうとしている。
(私はどうだろう?)
 晴海をじっと見つめても――やはり、鳳鳴にとって彼女は裏切り者で、許していい対象ではない。
 許すつもりはないし、必要もないと鳳鳴は思う。
 だけれど、少しでも彼女の事を知ることが出来れば、自分の中で何かが変わるかもしれない。
 もっと許せなくなる可能性もあるけれど。
 それでも、知ることで何か1つのけじめがつけられる気がする。
 そう思って、親戚の護衛の仕事を受けて、鳳鳴はこの場に来ていた。彼女を見ていた……。
「結婚はまだ先なんですか……? でも、プロポーズはもう済まされたんですよね」
 本当の友達のように、親しげに七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が2人に話しかける。
「まあ……」
 ちょっと目を逸らしたレストが、歩には少し可愛く見えた。
「お二人はどういうところがお互いに好きになったんですか? あと、結婚しようっていったのどっちからですか?」
 歩の質問に、レストは困った様子だった。
「契約の申し込みは彼から。結ばれたいって言いだしたのは私」
 晴海がちょっと恥ずかしげに、歩に話す。
「彼のパートナーとして、共に行動しているうちに――もっと、彼を支えたいなって思うようになって」
 エリュシオンに渡ってから、晴海はレストの求めに応じて契約した以外、全てレストの世話になりっぱなしで、何も彼の役には立てなかった。
 ユリアナが契約をしていた魔道書は、彼女の呼びかけに応えはせず、契約を結ぶことが出来ずにいた。
 だけれど、そんな彼女にレストは常に優しく接してくれて。大切にしてくれた。
 そして、共に過ごしているうちに、彼が抱えている葛藤や不安、弱さを感じ取っていき、晴海は自分にできることを見つけた。
 多分、それはユリアナには出来なかった事――母性で彼を支えること。
 晴海がレストの精神面のサポートをしだして、レストにとって必要な女性となった時。
 魔道書は彼女の呼び声に応え、契約に応じたのだ。
 晴海はこれらのこと全てを……特にレストの弱さについては、歩に話すことは出来なかったが、レストと本当に愛し合っていることを頬を赤く染めながら、歩達に話したのだった。
「こんな場で、すみません……」
 晴海が歩に説明をしている最中。
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)がレストに近づいて、小声で尋ねた。
「レストさんのなかで、ユリアナさんのことは……どうなんですか……?」
 彼女の言葉に、レストの眉がピクリと揺れた。
 リネンはユリアナとレストのことを、良くは知らない。
 ただ、ユリアナという女性は、命を賭けて彼を愛していた。そんな話は聞いていた。
 1年前、彼女は彼への愛を全うし、死んだ。
 1年前……そう、たったの1年前のこと、だ。
(たった一年で、結婚とか考えられるようになっちゃうものなのかな……?)
 『死者の想いに勝てる生者はいない』……そんな考えが、リネンの中にはあった。
 死んでしまえば……それも想い人に衝撃を与えるような形になれば、その人の心の一部は永遠に奪える……そんな考えを持っていた。
(この人は、1年足らずで……一番大事な人を変えてしまう、の?)
 愛する人の為に死んでも、特別な存在にすらなれないのだろうか。
「死んでしまったから、もう思い出でいいんですか……? 今は、生きている御堂さんが一番大切なんですか……?」
 切実に聞こえる、問いだった。
「何故、そんなことを聞く」
「私にも好きな人がいます……けど、その人を好きな人はいっぱいいて……その人の特別になれるなら、私、私……!」
 リネンのそんな言葉に、レストは軽く息をつき。
 少し考えた後、こう言った。
「ユリアナ・シャバノフが私と結ばれることを望むのなら、私は拒みはしない。忘れはしない、永遠に」
「でも、結婚するんでしょ? 御堂さんが一番になるんでしょ?」
「順位などない。相棒としての腕はユリアナ、妻としての資質は晴海の方があるだろう。共に大切であることに代わりはない……。私が婚約をする相手は、晴海、そしてユリアナもだ。その誓いのためにも、彼女が望むのであれば、私の元に迷わず戻れるように、彼女の残したものを譲り受けた」
 龍騎士団の団長として、前線に出ることが多い彼が、どれだけの時を生きられるのかは判らないが――。
 自分が生きている間に、ユリアナが再びパラミタに戻って来たのなら。
 そしてレストを求めるのならば、彼は彼女を迎え入れるつもりだった。……迎え入れたかった。
 だが、彼女は役目を全うして、未練なく眠っていることも分かっている。
 遥か未来に蘇っても自分のことを覚えてはいないだろうということも。
「少なくても、彼女は私を独り占めしたいとは思っていなかった。私の役に立つことを喜びとしていた。私が良き伴侶を得て、躍進し続けることを彼女は喜びと感じるだろう。私の幸せを願ってくれるだろう。君は……?」
 レストの言葉を聞いたリネンの目から涙が溢れた。
 ユリアナ・シャバノフという女性は、自分とは違う。
 レストとも、晴海とも――。
 『愛』の形が違う。
 それとも、ユリアナはレストの記憶の中でレストに都合の良いように美化されてしまっているだけなのか……。
「辛いことがあったのかな? でも今は、一緒におめでとうって言おうね。話しならあとでいくらでも聞くから」
 リネンの涙に気付いた歩が彼女に近づいて、頭を撫でて落ち着かせる。
 こくりと頷いて、リネンは後ろに下がった。
「お2人が、穏やかで幸せに暮らしていけるように祈ります。……何となくですけれど、レストさんとクリスさんは似ている気がします」
 歩は再び、レストと晴海に話しかける。
「クリスさんの時は、晴海さんがついていっちゃう感じになっちゃってましたけど、今度は晴海さんが普通の幸せを皆に教えてあげてください。晴海さんはきっとそういうことを教えていける人だと思うから」
「幸せ……」
 微笑んで、歩は言葉を続けていく。
「だって、白百合団の班長までなるくらいまで努力してたんじゃないですか。 それなら、幸せになるのだって、きっと努力すればなれちゃいますよ。
 二人が幸せにしてるの見てたら、それが周りにも広がっていくんじゃないかなぁって、甘いかもしれないけどそう思うんです」
 彼女の言葉を聞いた晴海は、レストに目を向けた。
 彼はただ、小さく首を縦に振って見せた。
「頑張ります。もう、間違えたくない……。ありがとう」
 晴海は微笑むと、歩にそう答えた。
「えっと……」
 鳳鳴も複雑な想いを抱えながら、晴海をまっすぐ見た。
「私は、あの時のことを忘れるつもりはないし、許すつもりもないです」
 鳳鳴の言葉に、晴海は首を縦に振った。
「けど、明日は一人の女性として幸せになってください」
「はい……ありがとうございます」
 晴海は鳳鳴に深く頭を下げた。
「それじゃ、また明日」
 鳳鳴はわずかに笑みを残すと、その場を後にする。
 仕事で訪れた以上、明日の披露宴にも参加をする予定だ。
 その後は――。
(もう、道は交わらないかもしれないけれど……今回が最後かもしれないけれど。それならなおさら、そう思うんだ)
 ドアの前で振り向くと、晴海はまだこちらを見ていて。
 再び鳳鳴に頭を下げた。
「おめでとうございます」
 最期に、ルカルカが用意してきた花束を晴海に渡した。
「こっちは、君より彼女へがいいかな」
 ルカルカと共に花束を用意してきた優子は、レストへではなく……ユリアナの遺品に花束を供えた。
「明日の婚約披露宴、楽しみにしています」
「ありがとうございます」
 ルカルカと晴海が微笑み合う。
「今のパラミタの状況を考えると、国元ばかりいるわけにもいかなそうよね」
 結婚してからも、新婚生活を堪能する暇はなさそうだよなあと思いながら、ルカルカはレストに笑みを向ける。
「あんまり彼女を寂しがらせちゃわないでくださいね」
「晴海は部下でもある。どこにでも連れていくつもりだ」
 ぶっきらぼうにレストが答える。
(一緒にいないと寂しいのは彼の方なのかもね)
 ルカルカはそんな風に感じ取ったが、言葉には出さないでおいた。

○     ○     ○


 志位 大地(しい・だいち)は、宿の側で美しい景色を眺めていた。
 宿の中には、晴海の親戚たちがいる。
 今回の――御堂晴海の親戚の護衛の話を聞いた時、大地は非常に悩んだ。
 離宮で、自分がしたこと、そして自分のあの時の判断には全く後悔していないが。
 だが、そういう合理性と、人としての感情はやはり違っていて。
 はっきりとした言葉には出来ない、何を話せばいいのかも、正直分からない。
 ただ、晴海のその後を知っておきたいということ。自分は見届けておいた方が良いような気がして。
 この場に来ていた。
「志位、大地さん」
 呼び声に気付いて、大地は振り向いた。
「少しだけ、いいですか」
 控えめに声をかけてきたのは……御堂晴海、その人だった。
「……お土産、受け取っていただけましたか? うちの農産物で作ったお菓子です。お口に合えばいいのですが」
「はい、ありがとうございます。彼と、戴きます」
 大地と晴海は、木蔭で隠れるように向かい合った。まるで、逢瀬の様に。
「ありがとうござい、ます」
 晴海はもう一度、礼を言った。
「そんな大層なものじゃないですよ」
 そう答える大地に、晴海は首を左右に振って、話し出した。
「いつか、貴方にはきちんとお礼がいいたかったんです。副団長を守ってくれて、ありがとう。私達が行おうとしたことを力づくで止めてくれて、ありがとう。私達は、自分自身の未来は勿論、沢山の人々の未来を滅してしまうところでした。私の言葉だけでは、貴方にとって何も癒しにはならないと思うけれど……今、私は貴方に深く感謝しているということを、どうしても自分の言葉で、伝えたいと思いました」
 言って、晴海は、深く頭を下げた。
 しばらくして。
「わかりました」
 と、大地は答えた。
「互いに、あの日のことを忘れずにいましょう」
 そして、顔を上げた晴海に――。
「あなたの新たなスタートをお祝いいたします。これからの人生が幸多きことをお祈りします」
 微笑んでそう言った。
「は、い……っ」
 晴海の目にうっすらと涙が浮ぶ……。