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2022年ジューンブライド

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2022年ジューンブライド
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リアクション

 純白のウエディングドレスに身を包んだシベレー・ウィンチェスター(しべれー・うぃんちぇすたー)は、バージンロードを一歩一歩踏みしめるように歩いた。
 新郎のアクロ・サイフィス(あくろ・さいふぃす)は優しくも、どこか緊張した面持ちでシベレーを待つ。
 結婚式が行われているのは、空京市内にある小さな教会だった。友人や知人などは呼ばず、ごく親しい者たちだけでのひっそりとした式だ。
 やがてシベレーはアクロの隣へ並ぶと、二人で祭壇の前へと歩き始めた。

 幸せなどとは縁遠いものだ、とアクロは思っていた。地球にいた頃、彼の恋人は家族共々何者かに殺害されたのだ。
 以来、彼はこうして穏やかで幸せな日を迎えることなど出来るはずもないと思っていた。……彼女に出会う前までは。
 シベレーと出会ったのはここ、空京でのことだった。お互いに惹かれ合い、日々を共にし、今ではかけがえのない存在となっている。

 誓いの言葉を口にした二人を見て、フィンラン・サイフィス(ふぃんらん・さいふぃす)はぽつりと呟いた。
「羨ましいなぁ」
 隣に座って式を見守っていたルカーディア・バックライ(るかーでぃあ・ばっくらい)は、くすっと小さく笑う。
 普段はメイド服ばかり着ているせいか、今日のシベレーはとてもキレイに見える。それがフィンランの心をくすぐったのだろう。
「かつては……ボクも……シベレーちゃんと同じように、ドレスを身にまとっていたのを……思い出すよ……」
 と、ルカーディアは懐かしむように遠い目をした。
「誓いのキスも……幸せそうに……していたのも……」
 彼女にも昔は将来を誓い合った相手がいた。今では過去となってしまっているが、あの頃の自分たちとアクロたちを重ね見て、ルカーディアは微笑ましい気持ちになる。
 そしてアクロとシベレーは向かい合い、そっと口付けをかわした。
 嬉しそうに微笑むアクロを見て、シベレーもにこっとはにかむ。誓いのキスを終えた二人は、もう夫婦だった。

 式が無事に済んだところで、フィンランは二人へぱちぱちと拍手を送った。
「結婚おめでとう。兄さん、シベレーちゃん」
「おめでとう……」
 ルカーディアもぱちぱちと祝福の拍手をし、にっこりと微笑む。
 アクロと腕を組んでいたシベレーは、嬉しそうに満面の笑顔を見せた。
「ありがとうございます。ルカーディア様、フィン様……いえ、フィン姉様」
 フィンランは目を丸くしたが、すぐに明るく言い返す。
「ふふっ。シベレーちゃん、兄さんをよろしくね? もう私たちは家族なんだから」
「はい、もちろんです。ずっと、アクロ様のおそばに付かせていただきます」
「……ええ、そうですね。これからもずっと、一緒に歩んでいきましょう」
 と、アクロも微笑む。
 夫婦として同時にスタートラインへ立ったアクロとシベレー。今感じている幸せを一日でも長く維持していけるよう、いつまでもお互いを想い合っていけるよう、胸の奥でそっと願う。
「さて……フィンちゃんもそろそろ……彼氏を作らなきゃ、だめなんじゃないかな……?」
「もう、ルカ母さんったら。言われなくても分かってるわよ」
 と、フィンランはルカーディアへ顔を向け、やる気を見せた。

   *  *  *

「模擬結婚式、ですか?」
「ええ、そうよ。ウエディングドレスを着るいいチャンスでしょ?」
「は、はぁ……ドレス、ですか」
 と、詩壇彩夜(しだん・あや)は戸惑いながらも、ドレスと聞いて楽しみになってきた。
 彼女を誘ったのはアリス・クリムローゼ(ありす・くりむろーぜ)だった。
「ほら、このミニドレスなんてどう? 彩夜によく似合いそうだわ」
 と、アリスはオフホワイトのミニウエディングドレスを彩夜の身体へあててみる。
「わぁ……可愛いです。でも、ちょっと丈が……」
 と、不安を口にする彩夜だが、近くに置かれた姿見で確認を始める。
「あ、こっちのドレスにはたくさんフリルが付いてるわよ」
「うわぁ、そっちもいいですね! 女の子らしくて素敵です」
 と、彩夜はアリスの手にしたドレスに見入る。
 うきうきした様子でドレス選びを楽しむ彩夜の姿に、アリスは満足していた。彼女に楽しんでもらえなければ、誘った意味がないからだ。

 模擬結婚式で着る衣装が決まって着替えを済ませると、二人は教会の中へ入った。
 花嫁衣装を着ているのは彩夜だけであり、アリスはタキシードをきちっと着こなしていた。
「それで、何をしたらいいんですか?」
「そうね……とりあえず、神父の指示に従って誓いの言葉と指輪交換ね」
 と、アリスは言ったが、彼女はその次にするはずの誓いのキスに期待をしていた。
「そうですか、分かりました」
 と、彩夜はにこっと笑う。
 そして式が始まると、彩夜はアリスにエスコートされる形で祭壇の前へ立った。
 進行も務める神父が口を開く。
 彩夜はおめかししていることがよほど嬉しいのか、先ほどからそわそわとしていた。
 何かあればすぐにフォローするつもりのアリスだが、可愛らしい彩夜を間近に見られることを嬉しく思っていた。
 それに、二人が行っているのはただの模擬結婚式だ。本番とは違うのだから、少しくらいトラブルや失敗があったっていいだろう。
 隣で浮かれる彼女から視線を外し、アリスはじっと前を見つめるのだった。

   *  *  *

 シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)小谷愛美(こたに・まなみ)を模擬結婚式へ誘っていた。
「それじゃあ、やっぱりウェディングドレスが着たいから教会でっ」
 と、愛美は目をキラキラさせながら言う。
「ふふ、やはりマナも憧れるのかい?」
「もちろん。純白のドレスとヴェールに、隣にはステキな王子様が居て……」
 想像にドキドキと胸を高鳴らせる彼女を見て、シルヴィオは目を細める。
「よし、じゃあ決定だね。模擬結婚式の予約、入れておくよ」
「うん! 当日はよろしくお願いしますっ」
 ぺこりと頭を下げる愛美に、シルヴィオはにっこりと微笑みを返した。

 そしてやって来た模擬結婚式当日。
 パールベージュのフロックコートを着こなしたシルヴィオは、先にチャペルで待っていた。
「お待たせ」
「ああ、マナ……綺麗だよ、とても似合ってる」
「えへへ、そうかな?」
 Aラインのウエディングドレスを着た愛美は、恥ずかしそうにはにかんで見せる。
 シルヴィオはそんな彼女を微笑ましく見守ると同時に、出会った頃の彼女のことを思い出していた。
 あの頃はまだあどけなさの残る少女だったが、大学生になった今は立派なシニョーラ(令嬢)だ。色っぽさすら感じさせる姿に、シルヴィオはしみじみと時間の経過を感じてしまう。
「それじゃあ、始めようか」
「っ……はい」
 差し出したシルヴィオの腕に、愛美の手がそっと触れる。
 教会の扉が開くと、シルヴィオはまず、バージンロードをエスコートする父親役として愛美の隣を歩いた。
 次は新郎役として、愛美を恭しくも優雅にリードする。
 そうして一歩一歩とバージンロードを進んでいき、二人は同時に足を止めた。
 ――模擬結婚式は、まるで本物の式のように厳かに進行していった。
 誓いのキスでシルヴィオは、愛美の手を取った。優しく手の甲にキスをして、彼女へにこっと微笑みかける。
 愛美はどこか楽しそうに頬を染め、笑みを返す。

 模擬結婚式を終えると、二人は会場近くの店でお茶をしていた。
「模擬結婚式はどうだった?」
「楽しかったわ、とっても。本物の花嫁になったみたいでドキドキしちゃった」
 と、愛美は笑う。
 お茶を一口飲み込んで、シルヴィオはふと尋ねた。
「そういえば、最近気になってる人はいるの?」
「うーん、それはちょっと……」
 と、答えにくそうにする愛美に、彼は口元をゆるめて言った。
「そうか、恋愛も経験だよ。マナには良い恋をたくさん経験してもらって、ステキな女性になって欲しいな」
 にこにこと笑うシルヴィオには、大人の余裕があるように見えた。
 愛美だっていつかは精神的に成長して、もっと大人になる日が来る。その時にはきっと、もう一度ウエディングドレスを着ることになるだろう。
「もし手痛い目にあって辛くなったら、俺のところにおいで。気持ちをスッキリさせて、新しい気持ちで飛び立つ手伝いくらいは出来るからさ」
 そう言って微笑むシルヴィオに、愛美はにこっとうなずいた。
「ええ、ありがとう」