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2022年ジューンブライド

リアクション公開中!

2022年ジューンブライド
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リアクション

 桐生理知(きりゅう・りち)辻永翔(つじなが・しょう)を連れて神前式の模擬結婚式会場へ来ていた。
 翔のことは好きだし、二人はすでに恋人同士。しかし、まだ結婚したいという強い気持ちはなく、漠然と考えているだけだった。
「ウエディングドレスも緊張したけど、白無垢はドレスと違った緊張感があるね」
 と、白無垢を着た理知は言う。
「昔ね、両親の写真を見せてもらったことがあるの。それが羽織袴と白無垢だったからかな? 憧れてたんだよね、白無垢……」
 と、わくわくした様子で改めて自分の姿を見る。
 理知はふと、翔の視線に気づいて尋ねた。
「ねぇ、翔くんの方はどう?」
「んー、慣れないからちょっと動きづらいな」
「そうだよね。羽織に袴なんて、滅多に着ないもんね」
 だけど、と理知は彼を見つめて笑う。
「すっごく似合ってるよ、翔くんっ」
 満面の笑みは白無垢の効果か、いつもより大人っぽく見えて翔はドキッとした。
「そ、そうか……神前式っていうのも、悪くないな」
 と、恥ずかしそうにする翔。
 理知はくすっと笑うと、会場へ向けてゆっくり歩き出した。

 去年、二人は教会式での模擬結婚式を体験していた。
 しかし今年は神前式で、式次第や行う儀式は去年と少し違う。
「よし、流れは分かったし、あとは失敗しないように気をつけなくちゃ。でも、楽しい式にしたいなっ」
「そうだな。教会の時より、ちょっとめんどくさいしな」
「うん。だけどほら、練習はたくさんした方がいいって学校で習ったし」
 と、理知は言う。
 すると翔は呆れた口調で彼女へ返した。
「イコンと結婚式を一緒にするなよ。そんなんじゃ、いつまでもたっても結婚できないだろ」
 言ってしまってからはっとした。
 天然ボケの理知でも、さすがに彼の言葉の意味くらい分かる。今はまだ漠然と考えているだけの結婚式だが、彼の中にも「結婚」という二文字は存在しているらしい。
「……じゃあ、始めよっか」
 と、笑う理知はすでに幸せいっぱいだった。

 模擬結婚式が始まると、理知は始終ドキドキしていた。緊張のせいもあるが、隣に彼がいてくれることが嬉しくてたまらなかった。
 いつか見た両親の写真のように、いまだに仲良くしている両親のように、理知もいつかは翔と共に歩むようになるのだろう。
 真面目な顔をしている翔をちらりと盗み見て、理知は心の中だけで頬をゆるませるのだった。

   *  *  *

 ウエディングドレスを着て恥ずかしいと思う男は少なくないだろう。
 アサルト・アーレイ(あさると・あーれい)もまた、そのうちの一人だった。
「ふぅん、白無垢というのもなかなか悪くないな。化粧もバッチリ似合っているし……」
 と、トリノフェザー・ソアリングリー(とりのふぇざー・そありんぐりー)はアサルトをまじまじと眺める。
 模擬結婚式をしたいと言いだしたトリノフェザーに押され、アサルトは神前式会場へ来ていた。
「な、そんなに見るなよっ。ほら、さっさと始めようぜ」
 と、歩き出すアサルトの手をトリノフェザーはすかさず掴んだ。
 びくっとする彼ににっこり微笑みつつ、隣でエスコートしてやる。
「……」
 アサルトは複雑な気持ちだった。
 彼のことは嫌いではないが、男同士であるということに引っかかりを感じていた。この世界では決して珍しいことでもないのだが、どうしても踏み出す勇気が出ないのだ。
 一方のトリノフェザーは上機嫌な様子で歩いていた。模擬結婚式をするということは、自分の気持ちを相手に伝えるいいチャンスなのである。
 
 黒衣流水(くろい・なるみ)は新郎側の席に、ルルナ・イリエースト(るるな・いりえーすと)は新婦側の席に座っていた。
 場内へ入ってきた二人を見るなり、流水はどこかわくわくした気持ちになる。
 羽織袴姿のトリノフェザーと、白無垢姿のアサルト。ただの模擬結婚式だと分かっていても、二人を見ていると、本物の結婚式に似た神聖さを感じた。
 やがて誓詞奏上(せいしそうじょう)、いわゆる誓いの言葉を告げる時が来た。
 前へ進み出たトリノフェザーは、堂々と言葉を読み上げていく。
「私たちはご列席いただきました皆様方の前で、夫婦の契りを結ぶことができました」
「これからは夫婦の道を守り、苦楽を共にして明るい家庭を築き、思いやりを忘れずにともに歩んでいくことを、ここに誓います。トリノフェザー・ソアリングリー」
「ぁ、アサルト・アーレイ」
 新郎の後に新婦が自分の名前を告げ、誓詞奏上は終わりだ。
 何故だかドキドキしてしまうアサルトに、トリノフェザーは意味深長な微笑みを向けた。
 次は指輪交換の儀である。
 今回は模擬結婚式ということで借り物の指輪だと聞かされていたのだが……巫女が持ってきたのはとても美しい指輪だった。
 トリノフェザーは指輪を手に取ると、アサルトを正面から真っ直ぐに見つめた。
「アサルトさん……いや、アサルト。正式に俺と付き合ってくれないか?」
「は?」
「俺が流水と契約した時のこと、覚えているだろう?」
 ――アサルトさんを僕に下さい。
「で、でもあれは……」
「俺は本気なんだ。アサルトのそばにいられる今も幸せだが、もっと幸せになりたい」
 アサルトは突然のことに戸惑ってしまう。式に組み込まれてはいない、サプライズの告白だった。
 流水はトリノフェザーの真っ直ぐな態度に感心しながら、自分はどうだろうと考えていた。
 恋人が出来た今、いつかは流水も相手との結婚を考えるようになるだろう。それはまだ遠い未来かもしれないが、この場にいると考えずにはいられなかった。
 一方、新婦側の席にいたルルナはのほほんと二人の様子を見守っていた。アサルトが赤面して視線を逸らしても、トリノフェザーはじっと彼を見つめて離さない。
「叶うなら、いつかまたここで、ちゃんとした結婚式を挙げたいと思っている。だから……この指輪を受け取ってくれないか?」
 と、トリノフェザーは指輪をアサルトへ差し出した。
「……っ」
 指輪を受け取ったら「YES」、受け取らなかったら「NO」だ。
「も、もう少し……考えさせてくれないか? と、トリのことは嫌いじゃないけど……その……」
 と、アサルトは曖昧な返事を返した。指輪を受け取ろうともせず、拒絶する意思もなく。
「……そうか、分かった。それなら、俺は待つよ。はっきりとした返事がもらえるまで」
 トリノフェザーはそして、にっこりと優しく微笑んだ。

   *  *  *

 特にやることのない休日。
 四谷大助(しや・だいすけ)は勇気を出して雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)を誘って教会へ来ていた。
 併設されているホテルではウエディングドレスなどの衣装展示もあり、賑わっていることが一目で分かる。
「まぁ、模擬結婚式っていっても、実際に体験はしなくてもいいみたいだし……今日くらいは落ち着いて楽しめるかなって」
「そうね、見ているだけなら何とかなりそうだわ」
 と、雅羅は返す。
 こうして二人で歩けるだけでも、大助にとってはとても嬉しいことだった。
 衣装展示のされているフロアへ行くと、何組ものカップルがデートを楽しんでいた。
 シンプルなAラインドレスにマーメイド、トレーンのある形もあるし、デザインは様々だ。
「やっぱり、ウエディングドレスには憧れるものなの?」
 と、大助は尋ねた。事前に仕入れた雑誌の情報では、『女は誰しもウェディングドレスに憧れている』とあったのだ。
「うーん、そうねぇ……いつかは着てみたい、と思うけど」
 そう言って雅羅は順にドレスを見ていく。
 人や物にぶつかったりしないよう、大助も気を配りながら彼女の隣をキープするが、雅羅はすっかり展示に夢中の様子だ。
 せっかくだから試着だけでも……と、大助は考えるがすぐには言い出せなかった。彼女のドレス姿はもちろん見てみたいけれど、どんなドレスが似合うだろうかとあれこれ妄想がふくらんでしまう。
 しかし、雅羅と大助はまだ深い関係ではなかった。
「あら、素敵……やっぱりトレーンには憧れるわね」
 ぽつりと雅羅が呟き、大助ははっとした。
「そ、それなら、せっかくだから試着させてもらったらどう?」
「え、試着も出来るの?」
「うん。スタッフに声をかければ……あ、ほら!」
 と、大助は別室に連れて行かれるカップルを指さす。
 雅羅は目の前に置かれたドレスをじーっと眺めた後、うなずいた。
「そうね、試着だけなら」

 別室に移動したところで、大助もタキシードを試着することになった。
 先に着替えを終えた大助は、鏡の前でドキドキと胸を高鳴らせていた。
 がちゃりと試着室の扉が開き、純白のウエディングドレスを着た雅羅が出てきた。
「……キレイ、だ……」
 大助は彼女に目を奪われながら、無意識に呟く。
「ちょっと着替えるのに時間かかっちゃったわ……。どうかしら?」
 と、彼の呟きに気づかず尋ねる雅羅。
 大助は頬を真っ赤にさせると、すぐに彼女のそばへ寄った。
「似合うよ、すごく。雅羅は背も高いから、モデルみたいでキレイだ」
「そ、そう? んー……だけど、本番はもう少し長いトレーンがいいわね」
 と、雅羅は誰かも分からない相手との結婚式を想像して言う。
「え? だけど、あんまり長いと不安にならない?」
 大助の問いにふくまれた意図を知りながら、雅羅は返す。
「トレーンはね、長ければ長いほど幸せになれるって言われてるのよ?」
 一人の女の子として、雅羅もまた幸福な結婚や人生に憧れを持っていた。
 その気持ちは大助にも分かるような気がしたが、ドレスに浮かれる雅羅を見ていたら、返す言葉を見失ってしまった。
 大助は少し気まずくなったが、雅羅を笑顔にすることが出来て良かったと安堵するのだった。