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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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『8月22日、土曜日。ツァンダの天気をお伝えします。本日は朝から晴れますが、昼から夜にかけて通り雨が降る可能性があります。傘の携帯をお忘れなく――』

『魂祭』の日を迎え、ツァンダは日中から明るい空気を孕んでいた。街の通りを、駅のホームを、浴衣姿の少女達が歩いていく。日常の中に1年に一度の非日常が混ざり、少しずつ賑わいを魅せていく。
 お囃子の音が、風と共に流れていく。


 第1章

 開催地に程近いショッピングモールでは、風森 望(かぜもり・のぞみ)アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)アクア・ベリル(あくあ・べりる)に張り切った笑顔を見せていた。
「さあ、アーデルハイト様もアクア様も浴衣にしちゃいますよ! 早速売り場に行きましょう!」
「……そういうことですか……」
 全てに合点が行き、アクアは息を吐いた。イルミンスールを出たのは午後早くで、花火を見るのに何故こんなに早く行く必要があるのかと疑問だった。他に何か用でもあるのかと思っていたのだが。
 時間が時間であるし、アクアは普段のゴスロリ姿だった。アーデルハイトも、普段のあのひも的な格好だ。普段がそれ? と突っ込んではいけない。スタンダードである。
「……ほう、浴衣か」
 アーデルハイトはまんざらでもなさそうで、機嫌も良く店内を歩いていく。浴衣売り場に行くと、そこにはファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)の姿があった。橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)も一緒で、彼女達と浴衣を選びに来たらしい。ファーシーが、ぱっと嬉しそうな表情になった。
「あ、アクアさん! ちょうどよかったわ!」
「ちょ、ちょうどよかった?」
 舞も顔を上げ、軽く会釈をして微笑んだ。この場で会ったのだ。アクア達の目的は考えるまでもなく明白であり。
「やっぱり、夏祭りには浴衣ですよね」
「そう花火大会! すなわち浴衣!」
 望が気合の入った声を出す。売り場には涼しげな浴衣姿の人形が立ち、色も柄も様々な浴衣が用意されていた。とはいえ、望はいつも大体和装なわけで、その意欲は“自分が着たい”というよりはアクアとアーデルハイトの浴衣姿を見たい、というところから来ているようだ。
「浴衣、ですか。ヒラニプラでも似たような事を言われましたが……」
 ファーシーの出産の時に、ピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)に。だがどこか躊躇いもあり、アクアは購入に踏み切れないでいたのだ。
 ――いや、恥ずかしいとかでは決してなくて。
「ファーシーの赤ちゃんも生まれたし、よかったわよね」
 その時の事を思い出したのかそう言い、ブリジットは続ける。
「そこのアクアおばちゃんは、浴衣持ってるのかしら?」
「! お、おば……ですか?」
「厳密には違うんだろうけど、似たようなもんでしょ」
「いえ、違います。その言葉は、あくまでも血の繋がりのある場合に使うもので……」
「で、浴衣は?」
「ありませんが……」
 鼻白んだり認めかけたり否定したりしていたら、簡単に話題を戻された。おばさんの話を続けるのは非常に不本意だったので安心したような複雑な気持ちだ。
「じゃあ、私が選んであげるわよ。似合わないけどアクアなんて夏っぽい名前なんだし、ここはちゃんと決めないとね。変な格好で来られたら同行するファーシーや私達も恥ずかしいし。ここは、私がアドバイスしてあげてもいいのよ」
「……! べ、別に、必要ありません!」
 白い頬を少々赤くし、アクアはブリジットひいては皆から離れた。視線を落として浴衣の群れを見ていると、ファーシーが話しかけてくる。
「ブリジットさん、さっきからアクアさんの浴衣を見てたのよ?」
「わ、私の……ですか?」
 だから会った時に『ちょうど良かった』と言ったのか。
「自分のは持ってるんですって」
「……?」
「ブリジットはつんでれさんなんで、アクアさんもあまり気にしないでくださいね」
 舞もそっと近付いてきた。パートナーに聞こえない位の声量で言葉を継ぐ。
「アクアさん用に浴衣を選びたがっているんですよ。ただ、ブリジットの服のセンスは時々流行の斜め上を行ってしまうことがあるんですよね。洋服は普通なんですけど、和服系はちょっと……」
 ちらりと目を遣るが、ブリジットは3人の話には気付いていないようだ。服を選ぶ時というのは得てして素に戻るもので、何か思案気な表情をしている。
「ブリジットの浴衣って、荒波模様に大きな字で『大漁』って書いてあるんですよ。まれに、外国人の方で日本人から見ると首を傾げたくなるような漢字がプリントされた服とか着てる人がいますけど、感覚的にそれに近いのかもしれないですね……。私は慣れてしまったのであまり気にならないですけど……」
「たいりょう……?」
「ああいった、筆文字だけのものですね」
 アクアが上方を指し示す。太い柱の天井付近に掛かったどこか雄々しい浴衣に、ファーシーは何となく納得した。『喝』という字が織られている。読めないけど。
「うーん……? 可愛くはない、かも?」
「そう呼ばれるのが目的では無いと思いますよ」
 捕捉するアクアの横で、同じ浴衣を見ながら舞は苦笑する。
「……まあそういうことですし、ちょっと変わったのを押してきたり、変なチェック入れてきたりしても、本人に悪気はないんですよ、たぶん」
 穏やかなその口調はどうやらブリジットをフォローしているらしい。舞から目を逸らして、口を開く。
「……それは、分かっていますけど」
「それはそうとして、たまには浴衣もいいものですよ。アクアさんにはやっぱりドレスが似合ってる気もしますけど、せっかくの夏祭りですしね」
「…………」
「ほらアクア。名前にちなんで、これなんかいいと思うわ」
 そこで、ブリジットが歩いてきた。『海』という文字が入った青い浴衣を持っている。それに対して、舞は訂正を入れた。
「あの、こまかいことですけど、アクアって海じゃなくて水って意味だったと……」
「もちろん、アクアの意味が水ってのは知っているけど、さすがに水ってロゴのはないわね。外国人が入れてる変な漢字タトゥーじゃないんだから。ほら、着替えてみなさいよ」
「……着替える、ですか? ここで?」
 ロゴの問題ではない、と突っ込むのも忘れてアクアは困惑した。着ろと言われても――
「アクア様、もしかして着付けができないのではありませんか?」
 話を耳にした望の声に、ついびくっ、と反応する。図星だった。これまでに、着物を着る機会など訪れようも無かったのだ。勝手が解らないのも仕方がない。
「なら、私がやっちゃいますよ! さあ、試着室へ入りましょう! さあさあ」
「え? あ、あの、望……?」
 背を押されるままに試着室に到着する。少し狭いその中で着替えを済ませ、ドアを開けた。
『…………』
 舞とファーシーがコメントに困る隣で、ブリジットは満足そうに携帯電話を掲げた。
「悪くないわね。記念の写真も撮っておきましょう」
「……却下します。せめて、他ので」
 アクアが変更を申し出たのは、シャッター音が耳に届いた後であった。

「似合ってますよ、アクア様」
 結局アクアは、望の選んだ白地に淡い青色の模様が入った浴衣に落ち着いた。だが、本人は落ち着かないようで戸惑っている。
「何か、落ち着かないですね……」
「大丈夫です! 良い感じです。アーデルハイト様も、素晴らしいです!」
「そ、そうかの……?」
 アーデルハイトも、望に渡された子供用の浴衣を着用していた。ピンク色で、金魚帯を締めている。どこか嬉しそうだ。
「はい! それで花火大会に行きましょう」
「花火大会のう……」
 もう一度自分の格好を見下ろしてから、アーデルハイトは言う。
「席を取ってるんじゃったよな? 生徒に呼ばれておっての。夜に合流でも構わんかの?」
「夜、ですか?」
 望は一瞬きょとんとし、それから、彼女に微笑んで時計を見せる。
「わかりました。でも、この時間までには来て下さいね」
「ん? ……おお、必ず行くとしよう」
 それは、花火も佳境に入る予定の時間だった。
(そんな遅くでも、良いのかの……?)

 ベンチのある休憩所では、フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)が赤子を抱いて座っていた。彼の傍には、まだ真新しい乳母車がある。ファーシーを見ると、フリードリヒは「おっ」と笑って彼女を迎えた。
「ど、どう……?」
「かわいいかわいい。オマエは何着てもかわいいけどなー!」
「えへへ……よかった」
 白地にハイビスカス柄が散りばめられた浴衣姿。帯にも大きな花飾りをつけた彼女は、袖から出した両手指を胸の前で軽く絡めて照れたように笑った。
『いいぜ? 行ってきなって。だけど、無理だけはすんなよ?』
 当日になってから皆で浴衣を買いに行くという彼女に、フリードリヒはそう言って、進んで子守を引き受けてくれた。子供は彼の腕の中で落ち着いているようで、ファーシーはその様子に、安堵した。
 子供に顔を寄せた上で、2人に対して言う。
「ごめんね、待たせちゃった……?」
「俺様がいたから寂しくなかったよなー。なっ!」
 フリードリヒが陽気に言うと、子供は「う」とか「ぶ」とかそういう類の声を出した。2人の相性は、幸いなことに悪くないようで。
「ありがとう……」
 気付くと、彼女はそう口に出していた。
「んじゃー、祭に行くとすっか!」