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リアクション
雲海に浮かぶ葦原島。
マホロバの文化を基点として、そこからさらに発展した独自の文化を持つ、シャンバラでもかなり独特な街並みが広がっている。
飛空挺から降りると、さっそく待ち合わせ場所に急ぐ。
「あ! こっちだよー!」
レモとカールハインツの姿を見つけ、マーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)が手を振る。
長身の上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)のかたわらに、しゃんと背を伸ばして立つ戒 緋布斗(かい・ひふと)の姿もあった。
「久しぶり!」
レモが駆けより、明るく挨拶をする。
「ああ。……元気そうだな、少年」
「?」
アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)の挨拶は、どこか歯切れが悪い。
「まったく、なぜ行き先がよりにもよって葦原なのだ! マーカス、俺様は聞いてないぞ!」
「別にいいじゃない。……そういえば秋日子さんたちがここにいるんだっけ? せっかくだから一緒に観光できればいいよねー?」
「冗談じゃ……」
苦り切った様子で、アーヴィンは腕組みをして口を閉じた。
「アーヴィンさん、良いのかな?」
「良いの良いの。大丈夫だよ」
マーカスはにこにことレモに答えた。なんというか、アーヴィンに対して強気なマーカスというのも新鮮だ。
「ありがとうな、唯識」
一方、カールハインツはそう唯識に挨拶をする。
「楽しみだね。葦原島は、僕も初めてなんだよ」
ここに同行することにした理由は、もう一つある。マホロバ人の緋布斗が、マホロバに近い雰囲気に触れることで、なくした記憶をとりもどすきっかけになればよいと思ったからだ。
「じゃあ、行くか」
「うん」
さっそく一行は、葦原島の城下町に繰り出すことにした。
「せっかくだから、着物で回るっていうのはどうかな。きっと似合うと思うよ」
唯識の提案に、「それは良いな!」と食いついたのはアーヴィンだった。
「そして着物といえばやはり、 帯び回し だろう! 実際には出来るかどうかは微妙なところらしいがそこはあえて浪漫だけを求めて!」
(やはりお代官的な役職のものが女中の代わりに下働きの少年がくるくると!
「ひ、ひどい…なぜこんな仕打ちを」
「君の魅力が俺を狂わせたのだ…」
そういって組み敷いた少年にゆっくり近付いて…………)
「帯回し?」
がつっ!!!
容赦なくマーカスのげんこつが、アーヴィンの後頭部をはたく。どうせろくでもないことを考えているに違いないわけで、そしてそれはド正解だ。
「アーヴィン、あのね」
呆れた顔のマーカスに、アーヴィンは咳払いをして。
「さすがの俺様もレモ少年の前ではそこまでコアな話をするわけがないのだよ。信じたまえ!」
「アーヴィンさんを信用するなんて、ありえねぇこってす」
その突っ込みに、アーヴィンの顔がひきつった。
「ようこそ、葦原島へ!」
にこやかに声をかけてきたのは、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)。その隣に、やはり不機嫌そうな奈月 真尋(なつき・まひろ)が立っている。
「秋日子さん! よかった、会えて」
「せっかくだから、明倫館を案内しようかと思って待ってたの」
「レモさんだけやと思っとったんですが、余計な三次元男子までおるんですね。というかアーヴィンさんは、なじょして葦原島に来とるんですか? あんたは薔薇学で薔薇な妄想に耽っときゃええんですよ」
「お言葉だが、俺様はあくまでレモ少年との思い出作りに来ただけでな。それがた・ま・た・ま葦原島だったにすぎないのだよ」
「思い出作り? 妄想作りのほうがなんぼかあってますやん。で、薄い本作りゃあええです。学校ものなら先生×生徒……いや、生徒×先生な下克上モノも捨てがたいですね! で、生徒が鬼畜属性持ちやったらなおよろし」
「甘いな。学校もので保健医を出さないのは素人というものだろう! 鬼畜生徒に傷ついた教師を言葉巧みに誘い込んでだな……」
二人の妄想対決からさりげなくマーカスが距離をとり、秋日子に相談する。
「今、せっかくだからみんなで着物を着ていかないかって話をしてたんだ」
「それなら、案内するよ!」
「助かります」
「じゃあ、行こうか」
さっそく六人が連れ立って、城下町の呉服屋へと向かう。……白熱する二人は置き去りにして。
「秋日子さん、ひどいですわ。置いて行くなんて」
ようやく追いついた真尋が、呉服屋の店先で秋日子に抗議する。今、レモたちは着物を選び終えて、着付けをしてもらっているところだ。
「だって、楽しそうだったし。邪魔しちゃ悪いかなと思って」
「! 秋日子さん、変な冗談は言わねえでください。ウチがアーヴィンさんとの会話を楽しんどるやなんて、そんなこだねえです! 決してねえです!」
「まぁまぁ。ほら、みんな用意できたみたいだよ」
「三次元の男には興味ねぇです」
つん、と真尋はそっぽを向くが、なにげに気にはなるようだ。
最初に出てきたのは、すっきりとした麻の着物姿のカールハインツと唯識。マーカスとアーヴィンは浴衣だ。レモは格子柄の木綿の着物で、最後に出てきた緋布斗は……。
「わぁ、可愛い!」
「そう、ですか……?」
町娘のような可愛らしい、芥子色の女の子用の着物姿で、緋布斗は戸惑いつつ小首を傾げる。
女装男子、キタ−!!! と、内心で真尋とアーヴィンが叫んだのは言うまでもない。
「うん、似合ってると思う」
にこにことレモが言うと、緋布斗は少しほっとした。
一人だけ女装ということに疑問がなくはないが、レモがそうやって笑ってくれるなら、良かったと思う。
「みんな似合ってるね」
さっそくデジカメで、マーカスが着物姿の一行を写真におさめる。
「じゃあ、さっそく城下町を案内するね! まず、あのお城があるのが明倫館だよ」
「立派な城だな。和風の城は、俺も見るのは初めてだぜ」
秋日子が指さす方を見やり、カールハインツが感嘆する。
「明倫館は元々マホロバって所にあったんだけど、2020年に葦原等に移転したんだよ。マホロバの文化っていうのが百年くらい前の日本によく似てるから、葦原島もその影響受けてるんだけど、葦原島にはそこに更にハイナ総奉行のちょっと間違った解釈が入ってるんだよね……。でも、だからこそ葦原島の独特な文化は面白いと思うんだ」
「ジェイダス様のお屋敷で、こんな雰囲気のものってよく見ます」
「ああ、ジェイダス理事長は日本贔屓だからね」
レモの言葉に、秋日子はそう頷く。
「……なんだか、良い匂いがする」
くん、とマーカスが鼻を動かす。城下町の店先から、煮物や焼き物の良い匂いが漂っているのだ。
「あ。そうだね。少し何か食べようか!」
「良いね。できれば蕎麦とかがいいな」
「……そうか、唯識は日本出身だっけ」
「そうだよ。ああ、カールハインツは、剣道って経験ある? もしよかったら、手合わせしてほしいな」
「剣道か……日本の剣術だろ? 経験はないが、興味はあるな」
「よかった」
唯識は微笑んだ。以前の怪我の具合が心配ではあったが、もうなんともないらしい。
それから、彼らは蕎麦屋で食事を楽しみ、再び城下町へと繰り出した。
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