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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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〜名牙見砦の攻防 二階その二〜


 話がやや前後するが、六黒たちとほぼ同じくして黒装束たちの中から出て来たのは、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)だった。
「姉さん……」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は呆然とその名を口にした。
 ここに来るまでの間に、罠や戦闘を潜り抜けてきたのだろう。エクスの装束は斬られ、焼け焦げ、面は割れて顔が半分覗いていた。だが、本人には傷一つない。
「エクスさんっ……」
 来るかもしれないとは思っていた。だが、来てほしくはなかった。
 リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)は、ロングソードを手にどうすればよいか、まだ迷っていた。
「守る」ために戦うことを決めたはずだった。だが、「守る」べき相手が敵に回ることなど、考えてもみなかった。
「しゃっきりしろ」
 ぽん、とダリルが背中を軽く叩く。「そんな調子では、やられるぞ」
「ダリルさん、でも」
「目の前のことに集中しろ」
 そう言うダリルの声音には、切迫感がある。ああそうか、とリーズは思った。
 ダリルは剣の花嫁だ。本来「道具」であるという事実は、耐え難く、彼にとっては克服するべき敵であった。今回のことは、彼に現実を突きつけ、更に目の前のエクスは鏡を見せられているような気分だろう。
「倒す気で戦え!!」
 ダリルは両手に「魔銃ケルベロス」を構えた。ほぼ同時に、エクスがブライドオブブレイドを取り出した。光の束のような、長大剣だ。「魔銃ケルベロス」から発射された弾と、飛ばされた光の束が、二人の中間でぶつかり合う。
 これでいいのか、とリーズは己に問う。
「……いいわけ、ない。私は、そんなしおらしい子じゃない」
 ロングソードを握る手に、力がこもる。
「リーズさん」
 そっと睡蓮が囁くような、小さな声で呼んだ。額に汗を浮かべ、顔色は真っ青だ。視線は階段へ向けられている。
「何か来ます……そちらは、お任せしていいですね?」
 リーズはこくりと頷いた。
 その何かは、あちこちにぶつかり、破壊し、ずる、ずる、と音を立てながら近づいてくる。そして――小次郎たちと戦っていた黒装束が、階下へと引きずり込まれた。
「離れろ!!」
 小次郎が叫び、霜月と共に飛び下がった。
 階段が弾け飛び、不気味な姿のそれが現れた。
「エッツェルさん……!?」
 睡蓮はエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の名を呼んだ。
 エッツェルの左腕は、今やワームのようだった。いたるところに目のようなモノがつき、手の平だった部分には巨大な開口部がある。それが、黒装束を捕食しているのだ。ごり、ごりと骨を砕く音が聞こえてきて、霜月はぞっとした。
 そしてエッツェルの体が、ゆっくりと宝物庫に向いた。
 睡蓮は、魔神のランプを呼び出そうとした。が、ここで使えば天井が崩れ落ち、建物自体が崩落しかねない。
「時間を稼げばいいんですね!?」
 小次郎がレーザーガトリングを撃った。しかし、神霊結界がその威力を弱めてしまう。
 霜月は「狐月【空】」で斬りかかる。だがこれも、水晶翼に遮られる。
「何て硬さだ……!」
「ありがとうございます! 離れて!」
 睡蓮はアルテミスボウを引き絞る。ありったけの【浄化の札】をつけた矢が、過たずにエッツェルへ突き刺さった。
 ダメージはないが、絡みつく魔瘴気が少しずつ晴れていく。
 しかしエッツェルはそのまま、宝物庫に向けて虚空の門を放った。貪り喰らった様々な血肉や魂、エネルギーを燃焼させることで生じた爆発的な魔力により、宝物庫にぽっかりと穴が開く。
「何てこと……」
 エッツェルは身体を引きずりながら、中へ入ろうとした。それを抱きついて止めたのは、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)だ。エッツェルの怪異の躯からワームが伸び、イングラハムと争う。傍から見ると、触手同士が絡まり合って、どちらがどちらの身体なのか分からない。
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がエッツェルの背後から斬りかかるが、ワームで跳ね飛ばされる。エッツェルは別のワームを宝物庫の壁に伸ばした。
 それが何かに遮られる。
「悪いが、中に入れるわけにはいかないんだ」
【壁抜けの術】で外に出た紫月 唯斗が「不可視の糸」を指先で器用に操りながら、言った。くい、と引っ張ると、糸がエッツェルのワームを千切れんばかりに締め付ける。本体と違い、ワームは脆かった。すっぱりと切れ、床に落ちると二〜三度跳ね、やがて静かになった。
「離れてください!」
 吹雪の警告に、イングラハムも距離を取ろうとするが、エッツェルのワームが絡みついて動けない。唯斗が居合の刀でワームを斬り、吹雪はエッツェルに体ごとぶつかった。
 そのままエッツェルと共に倒れそうになるところを、イングラハムが引っ張り戻す。
 小さな、爆発が起きた。
 吹雪が最初の一刀で、機晶爆弾を仕掛けたのだ。
「オオ……オォ……オォォ……」
 声とも叫びともつかぬ音を上げ、エッツェルは体を引きずりながら部屋の隅へ向かった。そして壁を壊すと、その身を投げた。
 咄嗟に吹雪は追おうとしたが、唯斗に止められる。エッツェルの目的が何かは分からない。だが、「風靡」でないことだけは確かだ。
「終わった、か――?」
 ハイナが「風靡」を持って逃げ、六黒の傷も深い。後は悪路共々捕え、エクスを確保できれば――その唯斗の希望を打ち砕くかのように、頭の中に声が響く。
(歓迎のセレモニーとしては、なかなか面白いことになっているな)
 六黒の開けた穴から現れたのは、白いローブのようなものを着た人物だった。灰色の瞳が、くるり、と六黒を見る。
(満身創痍だな)
「問題ない」
 肩の剣を投げ捨て、腹部を押さえながら、六黒は悪路共々、オーソンの横に立った。悪路の手の傷は、既に治りかけている。
(さあ、来てやったのだ……姿を現すのが、礼儀ではないか?)
「その通りでありんすね」
 夏侯 淵(かこう・えん)に守られながら、ハイナ・ウィルソンが宝物庫から出てくる。――クコと逃げたのは、<漁火の欠片>で化けた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
「初めまして、と言うべきでありんしょうかね?」
(そうだな。だが、これ以上の挨拶は無用。訊きたいことがあるのではないか?)
「いくつか。そう、たとえば五千年前に、イカシに力を貸したのはぬしでありんすか?」
(少し違う。私は教えてやっただけだ。アモン・ケマテラ――貴様らがミシャグジと呼ぶあれの封じ方を)
「それは真の王のため?」
(そうだ)
「では、今、この島に向かっているものは、何でありんす? アールキングではないでありんしょう?」
(アールキングではない)
 オーソンの目がころんと一回転した。
(だが、その正体は今しばらく秘密にしておこう。楽しみは後になればなるだけ、増える。人間はそうだろう?)
「よく言うぜ!」
 淵が吐き出すように言った。
(質問はこれまでだ)
「最後にもう一つだけ。……『風靡』を狙うのは、を壊すためでありんすか?」
 オーソンは答えなかった。
(終わりと言ったはずだ。さあ、引き換えに、貴様は何をくれる?)
「最後の質問に答えてもらってないでありんすからね。……欲しいのは、これでありんしょう?」
 ハイナが背負っていた「風靡」を見せた。「欲しければ、無理矢理にでも奪う――それがぬしらの手でありんしょう?」
(そうだな)
 オーソンの手が伸びた――と、天井裏を破って、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が降ってくる。
「でやああああ!」
 勢いに任せ、長ドスでオーソンの右腕を切断する。だがオーソンは眉一つ動かさず、ローブの下から螺旋状に飛び出した何かが「風靡」を掴み、元に戻った。
(確かに頂いた)
「貴様!!」
 牙竜は返す刀で、オーソンの首を狙った。――しかしそこに、オーソンの姿はなかった。
「待て!!」
 オーソンは既に、六黒が開けた穴の前にいた。そのまま外へ飛び出し、六黒もワイバーンウイングを背に、悪路と共に飛び去った。