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リアクション
答え、出せずに
賑やかな百合園女学院の廊下を、教導団の制服姿の女性2人が並んで歩いていた。
傍から見ると普通の友人同士に見える、2人。
昔はそうではなかった。
2人は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、恋人同士――のはずだから。
仲の良い、カップルに見えていたはずの2人だった。
今日はデートというほどのものではない。
たまたま、任務で近くに来ていたため、人の流れに乗って顔をだしに寄ったといったところだ。
「……賑やかね」
「そうね」
「あれ、可愛いわね」
「ほんと」
「……」
「……」
話はするものの、会話が弾むことはなかった。
1年前ならそんなことはなかったのに。
手を引き合って、一緒に楽しく出し物を回っていただろう。
(あれから、もう1年近くになるのに、あたし達はすれ違ったまま……)
セレンフィリティは心の中で、ため息をついた。
(ううん、夏の打上げ華美の時に、少しは心を通わせられた……のかな)
あの時は、小指を僅かに絡めあっただけだった。
だけれど、それでもまだ、繋がっていることを感じられて。
それだけで、本当に幸せだった。
でも、その後は任務に追われたり、共に息をつく時間なんてなくて。
また、2人の距離は遠くなってしまったようだった。
それが怖くて、この賑やかで華やいだ雰囲気の中を。
セレンフィリティはただ、愛する人と共に歩き続けていた。
(華美の時は、私が臆病なのと、あの一夜のことに後ろめたさを感じていて……)
セレアナには、他にもセレンフィリティに歩み寄れない理由があった。
だから、この学園祭のような機会をずっと求めていた。
(セレンもきっと、きっかけがほしいと思ってるはず)
そう心の中で唱えながら、一緒に出し物を見て回る。
ふと、外へ出た2人の目に『猫&うさぎガーデン』が入った。
可愛い猫や、うさぎが目に留まり、どちらからというわけでもなく、2人は猫とうさぎ達に近づいて行った。
「軍人さんですね。動物達を可愛がってあげてくださいね」
百合園生の少女が近づいて、2人にドリンクを提供してくれた。
紅茶を選んで、ベンチに腰かけて、2人は近づいてくる猫を愛しみ、真っ白なうさぎの姿を眺める。
「可愛い。ふふ」
セレアナが小さな声をあげて、子猫を抱き上げた。
少しずつ、彼女の気分が晴れていく。
「……」
紅茶を飲みながら、うさぎを眺めていたセレンフィリティは、そんなセレアナの様子に、彼女の微笑みに気づき――胸が痛くなった。
彼女の笑顔を見たのが、久しぶりだったから。
2人で笑いあえたのが、もう遠い過去に思えてしまって。
ひどく、惨めに感じてしまった。
浮かんでしまう涙を、落とさないよう必死にこらえながら、セレンフィリティは近くの猫をなで、うさぎを眺めつづける。
「あっ、またね」
セレアナの膝の上から、子猫が飛び降りて、ミルクが入った皿の方へと向かって行った。
見守りながら、彼女は紅茶を飲み始め。
セレンフィリティも、カップに手を伸ばして紅茶を飲み、共に動物たちを眺めていた。
ふと、セレアナはセレンフィリティに目を向けて、気づく。
彼女の寂しく哀しげな表情に。そして、セレアナもまた、胸に突き刺さるような痛みを感じた。
「うさぎは寂しいと死んでしまうっていうけど」
ぽつりと、自分の口から出た言葉に、セレンフィリティは首を左右に振る。
「……ダメね、なんか間の抜けたことしか言えなくて」
それから、セレンフィリティはセレアナに目を向けた。
うっすら涙が残る目を。
「どうしてこんなことになっちゃったのかな?」
「……」
「あたしって頭悪いから、どうにもロクでもない事しか口に出せなくて……セレアナ、本当はあなたに見捨てられて当然のことをしちゃったのに、今もこうしてあたしに付き合ってくれて……本当に感謝してる……ごめん」
セレンフィリティのその言葉と表情から、彼女が自分自身を酷く責めて苦しんでいることを知って。
セレアナは思わず、セレンフィリティの手を握った。
「やめて……もう……苦しむのはやめて……セレンが苦しむのはもう見たくない……」
吐き出されるような言葉を受けて、自分の態度と言葉が、セレアナの笑みを、安らぎを奪ってしまったのだと、セレンフィリティは気付く。
自分が、苦しめてしまった。また、苦しめてしまった。悲しませている。
大切な人を、愛する人を。
「……ごめ、ん。……どうしたらまた、元に戻れるのかな……?」
震える手で、セレンフィリティはセレアナの手を握りしめた。
だけどやっぱり、この手を掴んでいたい。
握り合って、抱き合って、微笑み合って幸せな時間を共有したい。
その為に――。
どうしたらいいのか、どうすればいいのか。
わからない。
2人とも、未だ答えを出せずにいた。