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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

リアクション

★2章



 エデンが崩壊の序曲を進み始めたことは言うまでもない――。
 何故なら、中立区画で小規模な戦闘も起き、その上エデンを象徴するホテルでマフィア抗争が起こっているからだ。
 誰が勝利を手にしても、これからのエデンは混沌とするだろう。
 それでも――。
 それでも――。
 ゴッドファーザーになれば何かが変わるのだろうか。
 崩落を止めることができるのだろうか。
 既に血だまりの鉄臭さと薬莢の臭いを纏ったホテルで全てが決する。

*


「申し訳ありません、ニューフェイスとの交渉は不発に終わりました」
 ブルタは失敗を認め、マルコに謝罪した。
「……何、いいさ。丁度いい兵隊が揃わなかった。それだけの話だ。逆に考えれば、俺は常々戦う意志がない事を示している。今回の件もまた、カーズは非戦闘でいくと示せたのだよ」
 叱責もなく、安堵感が漂うマルコを見てブルタは思うのだ。
 この方は本当にゴッドファーザーになる気がないのだと。
 鍵のレプリカを配る件もそうだ。
 場を混乱させるだけ混乱させ、弱さだけを全面に出して、1人黙々と金を稼いで女を抱く。
 それしか考えていないのだ。
「偽装死の件、どうされますか?」
 ステンノーラが口を挟むと、マルコはそれを完全に否定した。
「シェリーが頷かない以上、俺だけがドタバタ足掻いても仕方あるまい。それにな、いいか、よく聞け。俺のイエス・キリストは金だよ。お前らがどれほど『うまく偽装』しようが、できようが、引き金を引くお前の指を信じられない。成る程、いい案だ。地下に潜って事が済んだらまた商売を始める。いい展開だ。だがな、俺は金しか信じない。ただし――偽装死以上の結果を得た事には感謝している」
「と、言いますと?」
「墓だよ、ロメロの墓だよ。今頃他の奴らは、ロメロの墓の事で頭が一杯だ。それは結果的に俺に被害をもたらさなくなる。お前を信じてはいないが、最高の結果に見合う報酬はくれてやる。世の中は金だろ、兄弟」
 怪我の功名なのかもしれないが、マルコの下にこれ以上ついていてもいいのかという疑問がふつふつと湧いてくる。


 ベレッタ率いるロンドがホテルを制圧した直後、カーズの一員であるブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)はホテルにてステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)と共にベレッタとコンタクトを取っていた。
 しかしながら、戦争が始まる高揚感で目が据わり始めたベレッタに生半可な言葉は届かない。
 だからステンノーラが、まるで手品でもするかのように不可思議な籠に『本物のダイヤの鍵は誰が持っている?』と書いた紙を目の前で入れ、再びその紙を取り出し、ヒントの文字が増えた部分をベレッタに見せた。
 しかし、さも当然だと言わんばかりの結果で、あまり興味をそそるものではなかったが、結果として目先の信用は得た。
 ブルタが望むは、マルコとベレッタの利用しつつされつつの関係の維持とその強化。
 カーズの中にも戦闘要員の手駒がいると見せつけておけば、後々自分自身も動きやすいだろうとの算段だ。
 1階の広いロビーで防衛線を張っても、あれよあれよと戦場が膨らんでちり紙のように自身も吹き飛ぶに違いない。
 そこでホテルの中で商業的な意味合いも兼ね、ブティック店などが並ぶ10階のフロアに陣取り、優れた指揮官ぶりを発揮して、カーズとロンドの連合隊を率いて防衛線を張ることにした。

「しかし、ダイヤの鍵をマルコから頂きましたが、これは完全に偽物でしたね」

 先のヒントが書かれた紙を思い出しながらステンノーラが言った。

「まあ、ボスは狸だからな、仕方ないよ。それよりもシェリーはやはり偽装死かな? まあ、今となってはどうでもいいことかもしれないけどね」
「もし誰かと繋がっていたらまずいですわ」
「う〜ん、そうだけど、そうじゃないと思えるよ。まあ、ボク達はベレッタに媚を売ったんだ。しっかり防衛しなきゃね」

 その時――エレベーターが上がってきて、10階で止まった。
 正確には、1階1階で止まってきたようだ。

「撃てぇッ!」

 ブルタの掛け声でエレベーター前に向かって一斉射撃が開始された。


 カジノに全てのマフィアが勢揃いし、爆破によって戦争のゴングが鳴らされる前、彼女達は搬入に使ったトラックをカジノから離した路肩に止め、話し合っていた。
「うえーん、見取り図が無くなってしまいましたぁ」
 シィは自分の服の内側を弄って、最後はラズンのみを纏う姿となったのだが、カジノの見取り図を失っていた。
(さっきの人が盗んだのよ、やっぱり)
 そうとしか思えなかった。
 となると、この街にはマフィア以外も成りすましで戦争に参加しているという事になる。
 ――自分たちのように。
「まあ、カジノ内部の細かい構造はわからなくとも、飾りでうろついただけあって出入り口の場所は全部把握しましたわ。いくつかある中で……少佐はどこがポイントだと?」
「契約者相手なら広い出入り口よりも狭い出入り口――もしくは彼らなら平然と入口を作って入るから、普通のマフィア相手を考えるなら裏口。表は犯罪者を追い詰める警官隊のように武装したマフィアが出る者出る者を射殺しようとするはず。だから、突入組も脱出組も多くは裏口。それも相当数入れる――」
 正面入り口、二階裏手からのVIP専用入口、従業員裏口、大型物搬入口――いくつもある場所から、リクは大型物資の搬入口を提案した。
 そして彼女達は、その入り口の大きなシャッターの向こうで機を待ったのだ。
*
 爆発音、叫び声に断末魔――。
 ついに抗争が始まると、シャッターの向こう側――外に駆け寄ってくる足音の大きさに気付いた。
 彼らがどこのマフィアかは興味がない。
 大事なのは、彼らがジェスチャーで合図を取り、シャッターをグレネードでぶち抜くと察する事だ。
 轟音と共に大穴を開け煙を吐き出すシャッターの中をマフィアが1人、2人と飛び込んでいったのだが、一番槍の彼らの耳に嫌な声が絡みつく。
「さぁさぁ、地獄の始まりだ。いや、ここは元から地獄だったのさ。罪がこびり、ヘドロの様な世界なんだ。みんな死のうッ! キミも! ワタシも! ボクも! 誰をもォッ!」
 クキャハハハハハハハッハハハハハッ――!
 あまりにイカれた声。
 夜中に1人でいれば酒を煽らなければ正気を保てなかったかもしれないが、ここはエデン――オツムのイカれた奴なんてごまんといる。
 一瞬後ずさりそうになった心身を再び前に突っ込ませたのだが、 契約者相手に1秒たりとも他に気を遣る時間など存在しない。
「ようこそ、こちらへ。私も貴方も――死にましょう?」
 ア……アア゛ッ――。
 ナコトから魔力を増幅させてもらったシィのカタストロフィがラズンの不気味な声にも後押しされ、マフィアを1人、また1人と崩壊させていく。
 そうして準備を整えていくのだが、今度は挟まれる形でカジノ内部からマフィアが溢れてきた。
「お行きなさい」
 しかし後方に気を配っていたナコトのサンダーバードが彼らに突進し、電撃を撒き散らして魂と焼けた肉煙を上げさせた。
 そうこうしているうちにシィのカタストロフィは範囲を広げ、一個小隊ほどの人数が臨死となり、彼女のフールパペットによって力無く立ち上がった。
「お、おい、どうしたんだ」
 後方の仲間が声をあげたかと思うと、次に聞こえたのは彼の絶叫だった。
「これより、殲滅戦へと移るッ!」
 リクが指揮すると、操られ自我を失った彼らは銃を手に、共食いを始めたのだった。
 クキャハハハハハハハハッ――!
 ここにきた全てのマフィアが地面に果てるまで、ラズンの笑い声が響き続けた。


「きゃふっ♪ 楽しい楽しいお芝居第2話の始まり――その拍手が聞こえるよぉ」

 エレベーターの方向から、くぐもった女の声が頭にクリアに響いてきたため、ブルタは一斉射撃を止めるよう合図し、注視した。
 また女の声が聞こえる。

「べレッタさんは良い線いってますよね。金庫は開けなくて良いから戦いで解決する。でも――全員死ぬ、が抜けててちょっと残念です。きゃっ、私ってば超怖い」

 薄暗い中、ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)を魔鎧として纏ったシィ・ショウル(牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ))の姿が浮かんだ。
 イカれた女の子がやってきたと誰もが思い、撃つのか撃たないのかブルタの指示を待っていたが――、

「怖いって言えば――死霊って怖いですよね」

 次の瞬間自体が一変した。
 ロンドの兵隊のうち列の中腹あたりにいた3人の兵士の服が弾け飛び、一瞬のうちに肉体が若干隆起したと思うとゾンビと化したのだ。
 ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が人間に偽装した死霊をマフィアの中に放っていたのだ。

「ベレッタはやりますわね。見事なまでに怪しい存在を押し付けたのですから」

 ナコトは感心しつつ、相手の気が逸れた一瞬で叡智の聖霊を唱え、シィと自身の魔力を強化し、すかさず彼女の前に立って不滅兵団を召喚した。
 何重にも壁を作る様に肉壁の兵団を生み、行進を命じた。

「死霊はわたくしが押さえますから――」
「撃てぇっ!」

 ステンノーラが死霊に飛び掛かって絡み合いの相手をし、味方の兵に危害が及ばないよう力を尽くし、その間に殲滅を狙って一斉射撃をブルタが命じた。
 が、不滅兵団の肉壁の前に、銃弾がシィ達に届くには物量が足りな過ぎる。
 兵の1人が手榴弾で吹き飛ばし、ようやく『底』が見えたのだが、抜けた銃弾はナラカの息吹によって防がれ、その影響で周囲にナラカが展開された。
 その瘴気にあてられ、兵隊は一気に戦闘能力を失う。
 集中力を保ちたくとも、瘴気の影響をまともに受けて身体に影響が出ないわけもなく、脂汗を垂らしながら頭の中をかきまぜられる錯覚に膝をつく。

「皆もう夢の中さ、夜が明けて陽の光を浴びようとも溶け行く定めの六花さ、正気に戻ることなんて無いよ」

 ラズンがケラケラとした調子で言うと、リク・ショウル(シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ))が前に出て構えた。

「ブヴァァッ――!!」
「ロクでナシはここで『皆』死にましょう」

 クライ・ハヴォックを上げ警告すると、ウォーマシン――キリング・マシンとして剣を構えて崩れ落ちた兵の中に飛び込む。

「ウヴォッ! アア゛ッ!」

 兵たちも最後の力を振り絞ってリクに引き金を引くが、銃弾を浴びようとも彼女は構わず、1人、また1人と鮮血の噴水を生み出し、刎ねていく――。
 このままでは全滅してしまう――。
 どうかブルタだけでも逃がせるようにとステンノーラが飛び掛かるも止めることはできず、一突きで身体から生気を失った。

「きゃふふっ、ざ〜んねん」

 そのラズンの言葉に戦う術を持たぬブルタでもパートナーをやられたことに対して一矢報いたいという思いに駆られた。
 彼は嫉妬の弓矢をリクに放つ――。
 ハートの矢の能力でリクをときめかせるのだが、関係性の薄さから効果はないと思われた。
 しかし、戦闘に全ての感覚を回している相手だからこそ、その1つを書き換えるだけで済むのだから変えやすい。
 情熱に燃えるリク相手に鬼ごっこをしながら、ブルタは廊下の先の窓から地上へ追い駆けてきたリクと共に落ちていった。

「リ、リクがやられたの……?」
「ん〜、そうみたいですな。いやはや、相手の起死回生が見事だったとしか――」

 シィ達が振り返ると、そこにはファンタスティックの面々がアルクラントを筆頭にやってきていた。

「いやいや、上にいる仲間の所まで行こうとしたんですがね、エレベーターは乗ったら最後逃げられませんから怖いですし、こうやって色んな場所の非常階段を使って登って行こうとしたわけで。そうしたら、あら、中々大所帯で防衛線を張っているじゃないですかと。どうしようか迷ってたら貴女達が見事に撃退してくれて――。いやあ、これはどうも。では――失敬」
「何なんですか、貴方……ッ」

 シィの怒気を含んだ声に、ナコトが反応しサンダーバードを召喚しようとするのだが、その背後から降って湧いた咆哮に驚き未召喚に終わる。

「貴女、ベレッタに詰め寄って色々聞いたんでしょ?」

 色々とこちらも情報は入ってるのでと、アルクラントは陰に隠れていた女性に言った。