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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

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●シェリー誕生日前日・夜



 夜の帳が降り、ネオンがやけに目に痛くなる時間帯――。
 ロンドの戦闘要員全てが黒塗りの高級車に乗って、エデンで最高のホテルの前に駐車を開始していた。
 ただ、その車から降りる人員は全て独自の迷彩服を着こんでいて、ある者は弾薬を背負って、ある者は無線機を携えて、先陣を切る者は小銃を手に飛び込んでいった。

「ポイント・マン――目標建造物に侵入開始」

 歩兵が続々と続き、衛生兵、通信兵、狙撃兵と順次突入していった。

「よろしい。テン・ミニッツで制圧を完了させろ。敵は契約者だ、ぬかるなよ」

 最後に車から降りたベレッタは戦場となるホテルを見上げて、にやりと笑った。
 さあ、戦争の開始だ――。



●シェリー誕生日当日まであと30分



「ボスッ! ラルクのボスッ!」

 ホテル前へ到着したラルクの元に構成員の1人が慌ててやってきた。
 まるで裏切るための特攻をしかけてきたような剣幕にガイがすかさず身体を割り入れ、要件を聞きだす。

「今事務所の連中から連絡が――ッ! ロンドの連中が仕掛けてきやがったッ! このままじゃ事務所が火星まで吹っ飛んじまうッ!」
「……だから――どうした? 俺達に退路など必要か。単純明快。俺がゴッドファーザーになればそれで全てのカタがつく。帰る場所の1つや2つくれてやれ」
「――ッ! では……命を賭して足止めをしろと……連絡を入れておきます」

 繋がる可能性などもうないとわかっていても、構成員はそう言わざるを得なかった。
 もう、繋がる先はない――オールドの事務所は崩壊に入っていた。

*

「キャハハッ! 撃っちゃえ、撃っちゃう〜♪」

 ハーティオンの肩に座るラブが高らかに笑い命令した。
 オールドの事務所を射程距離に捉えたところで、ハーティオンのハートビート・キャノンが建物を撃った。
 それがどれほど威力調整され、直撃コースでなくとも破壊力もオールドの事務所に残った兵隊達を一瞬でも停滞させるに十分で、一部崩落が始まった事務所へ向け2台の車が急発進で向かった。
 車は事務所の入り口でドリフトしてピタリと止まると、車の中からマシンガンを携えたラブ直々のロー・ライフとして見られた兵隊が数人とオクトパスマンが建物の中に忍び込んだ。

「チッ、人遣いが荒いぜ。俺様に鍵を探せだって――? ま、食うのは禁止されてないからな、美味しく頂くぜ」

 オクトパスマンの気配を感じたオールドの兵隊が武器を手に通路の角から銃口を向け、引き金を引く。
 が、そこにあるはずの姿形はなく、気付いた時には自分の影が伸びあがる様に後ろに回ったオクトパスマンに首を捻られ、背中からテンタクルスティンガーで一突きを浴びた。
 真っ赤に染まった手はオクトパスマンをご満悦にさせたが――、

「ヒケッ、ケケケッ! 脆い、脆いぜ人間共ォッ! このまま折って刺して、仕舞いにゃ蛸壺に詰めて海に沈めてやる――ゼッ……ハッ……ァッ……。ナンダ……テメッ……カギ、はっ……」
「鍵はここにはないよ。フィスもキミと同じで鍵を探しにきて無駄足でね。では――ごきげんよう」

 一瞬の油断でもって組織には属せずオールドを狙っていたシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)のブレードで一太刀を浴び、仕留められた。
 オクトパスマンが殺られた事も気付かず、ラブ達は彼がうまく鍵の在り処を嗅ぎ付け、脱出できただろうと信じて最後の仕上げにかかった。

「くふふっ、オールドの事務所を吹っ飛ばしましょう♪ ボイルド・エッグをあげるね♪ 電子レンジにいれてチーンして、ボーンッ!」

 玉入れでもする気楽さでラブは手榴弾を1つ、また1つ、建物に向かって放り投げた。
 爆発の連鎖は巨大な噴煙を生み、辺りを一気に文字通り平らにした。

「すっきりしたか、ラブ? オクトパスマンも拾ってこのままホテルへ合流しよう。ベレッタも今頃制圧を完了し防衛戦に移る頃合――!」

 黒煙の向こうから向かってくる一直線の閃光を放つ塊を見て、ハーティオンは肩からラブを下ろして抱きかかえて背を向けた。
 ボウフッ――!

「ハーティオンッ!?」

 背中を大きく抉られながら、それでもラブを潰さないように手と膝をついたハーティオンの隙間から辺りを伺うと、いつの間にか包囲されていた。
 数はさほど多くないものの奇をてらわない包囲で、確実にその網から逃れようとすれば頭を吹き飛ばされる。

「オールド本部制圧にどっかの兵隊も処理――ってか。これで及川の兄貴の野望に近づいたかね」

 ハーティオンを撃った合図の手を下げた神崎 荒神(かんざき・こうじん)は、口と鼻から煙草の煙を大きく吐いた及川 猛(おいかわ・たける)に向き直って言った。

「……アカン、まだや。わしらはまだあの嬢ちゃんに顎で使われてるだけや。せっかく潰れかけのニューフェイスっちゅうマフィアを拾うて頭になろうとしたのに……完全に計算違いや」
「まっ、最後に出し抜けばいい。次はカーズを叩くアナスタシア達に合流だったな」

 荒神と猛は組織の体を失いつつあったニューフェイスをそっくりそのまま自分たちのモノにしようとしたが、アナスタシアの支配が意外に強く、渋々彼女の手駒になった。
 無論、機を窺っていて、いつでも寝首を掻く用意はできている。
 それも遠くない未来だろうが、今は目の前の――、

「あの女はいつまであたしに突っかかるぅッ!」
「ウ、オオオオッ!」
「……やれ。女子供とてわしゃぁ容赦せん。ロボットはスクラップにしとき。ほな、さいなら」

 溶岩にでも叩き落さない限り動き続けるかのような怨念混じるハーティオンとラブは、荒神と猛の手駒の構成員を全て道連れに――散っていった。

*


「ぐあっ!」
 路地裏でまた1人、リカインに手を出そうとしたマフィアがのされた。
 性差を意識するマフィアにとって、女1人相手に後ろ手をとられ、ポキっと折れた骨は屈辱以外の何物でもないだろう。
 リカインは酒場を後にした直後から、オールド、ロンド、カーズの区画を回っては様子を探っていた。
「満足に手下の教育も出来ないようなレベルで街を支配しようなんて――。思い上がりにもほどがあるわ。フィス姉さん、ヴィゼントの方はどう?」
 パンパンと掌を叩いてほこりを落とすような仕草を見せ、彼女は虚空に呟くように言った。
「はいはい、こちらフィス。彼の方はね、愚痴がいっぱいで堪らないよ」
 エデンの外、リカインとヴィゼントから情報を集めているシルフィスティは少し笑いを堪えるような声色だった。
「あら、やっぱり見た目的な?」
「そう。でもちゃんと仕事もしてるみたい」
 通じ合い笑い合った2人だが、すぐさま目的へと移る。
「エデンは……そうね。住民は住民で何とかやってる感じがするわ。それに優しさも持ち合わせて、マフィアには呑まれちゃいない」
「そう、それは良いね。ヴィゼントが言うにはね、金稼ぎにご執心なのがオールドとカーズ。そして武力ではロンドなんだけれど、どうやら最も街の均衡に気を遣ってるのはロンドみたいだね。売春宿や危ない畑なんかは全然少ないけど、他の2つのマフィアを潰してもどうにかエデンの体裁は保ちたいっぽいね」
「確かにロンドの区画だけはロンドを騙るチンピラレベルしか襲ってこなかったわ」
「……じゃあ、どうしようか?」
 シルフィスティの問いに答える時間はあまり残されていない。


「その顔を見ると、失敗ですか?」
「まあね。まさかオールドのボス2人共出るなんて予想外だよ」

 オールドの事務所から脱出し、猛達の兵隊ともカチ合う前にその場を離れることができたシルフィスティは、区画の外れでヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)と合流した。
 ヴィゼントは順番的に言えばカーズの事務所へ殴り込みだったのだろうが、本人はあまり乗り気ではなく、むしろ原因に近い部分に興味を持っていた。
 契約者を大勢引きこんだ原因――ラズィーヤに対してだ。

「シルフィスティのテレパシーでラズィーヤさんと連絡はとれますかい?」
「……いけるけど、何が聞きたいの――?」
「それは自分が――」

 わかったと目を閉じたシルフィスティがラズィーヤにコンタクトをとる。
 頭の中が一瞬朦朧とした後、クリアになれば完璧に繋がった証拠だ。

「ラズィーヤさん、いくつか質問させて下さい。エデンがこうなると想像出来たのに何故もっと早い段階で自分の息がかかった人間を送り込まなかったんです? それにこの地に定住する可能性の極めて低い契約者が統治者となることは問題でしょう。そしてね、自分は思うんです。ここの住人たちとラズィーヤさんが思い描く理想に大きな隔たりがある、と」

 ラズィーヤがテレパシーで通ずるシルフィスティに答えた。
 ――私と通じる人間をエデンに送り込まなかったのは、私自身が単独でシェリーと繋がっているためで、彼に利用されているのを良しとしたからよ。
 ――そして契約者がゴッドファーザーになろうが、街は変わらない。暴力こそが正義であるという価値観を変えるにはこの街は長い歴史を持ち過ぎた。
 ――住民それぞれに理想があるから一概に言えないけれども、この街に住む人間の臨機応変の適応能力は本人の意に関わらず高く、適者生存の仕組みが強すぎる。

「ラズィーヤさん……貴女はニューフェイスと協力を……」

 そこでテレパシーはプツリと途切れた。