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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

リアクション

★3章



 ロメロが二度目の死を身投げという形で迎えたが、これは、その時より少しだけ前である。

*

「さてと、素敵なパーティー会場であったカジノも、無残なまでに夢の跡――ですね」

 ベファーナはおよそ効果のないバリケードで固めて、保持・保全をするオープン・テラスとなったカジノの中を歩いていた。
 例えどんな姿形であろうとも、ここは歴然としてオールドのモノで領地で、しかもそれは使い古しとして玩具箱の奥深くにしまわれた類でもあった。
 忘れ去っている。
 もしくは、使い物にならない。
 カジノはその前者にあたり、再興よりも今すべきことがあるオールドにとって、ここは隙だらけだった。
 そんな状況を利用してベファーナは、こっそりカジノ内部で換金できるものを手下の構成員を遣って掻き集めては、それで懐を温める準備に取り掛かっていた。
 ある者にはいくらかをロンドへ回させる手配をして、共にロンドへ寝返ろうと――。
 ある者にはラルクがキアラを裏切る資金集めだと説得して、その逆のキアラがラルクを裏切るための資金集めだと――。
 こうしてオールドの中を荒らすだけ荒らし疑心を多く生み出してから、ベファーナは残った資金と共に闇へ溶けて行ったのだった。

*

 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)はニューフェイスの――それも出来る限りロメロに心酔していなかった人物を何人か引き入れ、カジノにやってきていた。

「ここはオールドの区画でありますが、果たしてそうでしょうか。面積の一部がこれは完全に中立区画と被っています」

 彼らは警戒心を解かないが、既にベファーナがここからあるだけの物を吸いだして逃亡したのを悪路は目撃していた。
 だから、抗争で生き残りにオールドのボスがでない限り、完全にここへ目が向かないだろうと踏んでいた。
 しかしながら、そんなことはどうでもいい。

「シェリーの仇討ち。貴方方が時代を担うニューフェイスという形の維持はここから始まるのです」

 彼らを最もな言葉で煽りに煽り、囁きに囁いて金を奪い取る――。
 それだけが目的だった。
 だが計算違いだったのは、ニューフェイスの金の流れはほとんどがロメロに心酔していた古株達と隠居した者が握っていて、残り粕をどれだけ絞ってもたかがしれていた。
 遠方の安いアルバイトで終わったのだ。

*

「ひぃ〜ひぃ〜ひぃ〜っ」

 ラズィーヤが描かれた『挑戦状』をバラまいて煽りに煽ったアドラマリアはこっそりとホテルへ戻ってきていた。
 呼吸は荒く、言葉を伴って息を吐かなければいけないほどに動悸は激しかったが、そこに怯えは存在しなかった。
 珍しく高揚――。
 ホテルで死力を尽くし死んでいった兵隊達が、アドラマリアにはロメロの遺産よりも宝に見えていたからだ。

「し、失礼しまーす」

 吹き飛んでいない綺麗な死体――それも出来る限りスーツ姿の者だけを選択し、指から首元、耳から歯へと探った。
 死者は語る舌を持たない。
 それは殺人を犯した者には最高の口止めだし、盗人にとってもそうだ。

「うわあ、あったぁっ」

 スプリンクラーの作動で薄紅色に溶けだした血だまりをピチャピチャ踏み、仰向けに倒れた死体の元に駆け寄った。
 指に高価な宝石のついた指輪――これはきっとカーズの兵隊だ。
 となるとネックレスも豪華だろうし、歯に貴金属をわざとらしく埋め込んでるかもしれない。
 手で身体を起こすのは盗人にしては丁寧すぎる。
 むしろ死体を漁るほど見下しているのだから、靴先を横っ腹に突き刺し、身体を思いっきり蹴飛ばしながら返せばいい。
 だから――死んだ。
 腹の下で爆発を待っていた爆弾のトリガーを欲で引いてしまったために、アドラマリアは吹き飛んだ。

*

 軍人崩れのロンド兵が屋内戦で、しかも防衛をするとなればベレッタの指揮も相まってホテルなど容易に殺傷区域に出来た。
 ほぼ間違いなく彼女は盤面を支配していて、今も楽しんで次の一手を指している。
 ベレッタだけ常に二度指しができるようなもので、圧倒的な勝利が揺るがない。
 だからつまらない。
 だから完璧にしない。
 ロメロの棺があった場所もそうだが、本気で全てを支配するつもりはない。
 ほどよく手抜きで、締めるときは締める。
 そうして上がってきたら遊ぶに足る存在だと喜ぶのだろう。

「敵襲――ッ! 総員、密集防御陣形でボスを護りつつ進めッ! GO! GO! GOO!」

 相沢 洋(あいざわ・ひろし)がオールドの兵隊に指示を飛ばし、1階、また1階と進めていくが兵の負傷も疲弊も凄まじい。
 ペースが上がらず遅く、そんな進行速度で猛獣の檻の中にいれられた重圧を受け続けていれば、容易に想像がつく。
 かと言って脱落しようものなら、それこそ死して人生を終わらせてしまうことと同義で、彼らの疲労の色は言い難いほどに濃かった。

「チッ、指示は任せろと言った手前これか!」

 オールドのボスであるラルクの怒りも徐々に高まっていた。
 部下を使うもどかしさとでも言うべきか、そういった類の上に立った者が感じる苛立ちがあった。

「後ろから敵襲です。兵をいくらか回していただければ――。以上」

 エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)が洋の元にやってきて告げると、前線待機の兵をすかさず後衛に回した。
 ベレッタの押し引きのうまさも相当だが、洋達も十分に健闘しており、事実、ラルクには銃弾も届かず、手出しする状況も作らせてはいなかった。
 このまま壁に寄りかかって一服してもいいくらいに実力はあるが、もどかしい――。

「ボス、お言葉ですがね。この部下じゃこれが精一杯ですよ」

 相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)の言葉にムッとして「俺の部下の何処が悪い」と怒鳴りつけてやろうかと思ったが、よくよく考えればこれはロメロ、ルチ、ロッソと受け継がれてきた部下であって、自分が引き込み、手塩にかけたわけではない。
 ろくな財産も残さず死んでいきやがったせいだ、と呟くのが精々だった。

「むしろこれでも十分健闘してるくらいですわ。所詮成り上がったとしてもチンピラはチンピラ。軍人のようには行きませんわ」

 乃木坂 みと(のぎさか・みと)が言葉を付け加えるころ、ロンドの兵隊は十分に消耗させたと判断して再び退いていった。
 洋は銃声が止むと同時に、すかさずトラップの有無を確認して来いと前衛に声を飛ばし、ラルクに提案をした。

「今、みとが良い事を言ったと思います。オールドは現在、単純な戦力比率から言えばかなりの勢力ですが、これから街を治めていくにあたり、人材の確保がどうしても必要になります。新たなマフィアが立ち上がるごとに消耗品の如くチンピラ共を使っていけば、いずれ枯渇します」
「それは軍人とて同じだろう。戦争をすれば兵は命を落とす。当たり前の話だ」
「確かにそうですが、すぐさま補充でき、常に最大兵力で挑むことが出来る存在があります」
「不死身の兵でも作ろうってか?」

 あまりに洋が饒舌だったため、ガイが口を挟んだが、まさかまさかでそれに頷いたのだ。


 オールドであるというのは本当に好都合だ。
 隠し通せない者達は、間違いなく入口のボディ・チェックで獲物を置いていくハメになる。
 その分オールドの組員は『不測の事態』に備えてある程度武装できるし、カジノ内部の下見もできる。
 そんな中、洋はカジノの警備に充てられ、さも警戒しているかのように内部を好き勝手に動いて破壊工作を仕掛けた。
 機を見計らってこれらを爆発させ、混乱と疑心を生みたいのだ。
 爆破によって何人か仲間が負傷するのが良いが、そうはうまく行かないだろう。
 それでも場を掻き乱せば、大義名分を得て血の粛清を行えるというものだ。
「まずは絶対数を減らしておかないといけないな。それに常時付け入る隙が出来るほど街が緊迫すればなお良し」
 その爆弾の設置は1人の警備――みとに見られたが問題ない。
「怪しい落し物ですか、これは大変ですわ」
「ああ、落としてしまったよ」
「まあ、大変」
 猿芝居の予行練習をして仲間と笑い合って、洋は警備に戻ったのだった。


「簡単です。国軍がそれに当たります。国は半永久的に滅ばないと言える存在ですから――」
「ハッ――! ゴッドファーザーになった暁にはエデンを独立国家としますとでも言えってェのか? それじゃあ俺は大統領か、馬鹿馬鹿しい――笑わせるぜ」
「……いえ、私達のプランはこうです」

 そう言った直後、洋がラルクに、エリスが光条兵器の銃をガイに向けた。

「おいおい、獲物のまずい部分がこっちに向いてるが――、これは一体どういうことだ」
「ゴメンネ、ボス。あんたには借りあるけどさ……やっぱり男なら英雄にはなってみたいだろ? オレッチもチャンスがある以上狙わないと」
「私はぶっちゃけ、街なんてどうでも――。ですが、この街は地獄です、最悪です。軍が介入すれば、今よりマシになるでしょう。以上」

 フゥとラルクはため息をついて言った。

「こんな悪の街が日向の介入を一度でも許して存続していられるとでも考えているのか」
「思っていませんのでご安心下さい。エデンの街が残らずとも土地が残るでしょう? ならそれで十分ですわ」
「そういうわけで申し訳ありません、ボス。平和のためです」

 今度はため息の代わりに笑みが漏れた。
 それは洋の夢想に笑ったのではなく、自分がオールドというマフィアの歴史に認められたのだと思ったからだ。
 オールドの歴史――それはロメロと裏切りの歴史。

「何をやっているッ、早く裏切り者を撃てェッ!」

 ガイが声を上げるが、兵隊達は形をとるだけだ。
 それが彼らの生き方なのだ。
 強い者に巻かれて立場を決めればいい。
 決して誰かを心の底から支持したりしない。
 ラルクが窮地を脱すれば「さすが我らのオールド・ボス。俺達は貴方を盾にされて何もできなかったのに、人質の貴方は脱して見せた」と褒め称える。
 洋が勝てば「さすが新たなオールド・ボス。俺達は貴方がボスに相応しいと感じたから何もしなかったのに、貴方は1人で勝って見せた」と褒め称える。

「俺はよ、まだ死ぬ訳にはいかねェんだよ。ロメロの遺志は俺が継ぐ! そのためにベレッタをぶっ潰して俺の目の前に跪かせてやるッ!」

 散り際の言葉だから、それが妙に頭に響いた。

「――ッ!」

 最も後衛――。
 それもいつ同行していたのか、これまで戦ってきたのかわからないほど気迫に、自然と溶け込んでいた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、ライフルで狙撃した。
 パワードアーマーを着ているからといって、銃弾をまともに受けては衝撃で身体がぐらつく。
 狙撃されたエリスが大きく身体を揺らし銃口をガイから離すと、ガイはすかさずインテグラルポーンに命令して洋とラルクの間に割って入った。
 頭に突きつけられた獲物がなくなれば、自由に動ける――。
 雷霆の拳で素早く洋孝に叩き込んで吹き飛ばし、インテグラルポーンを叩いた洋相手に、滅殺脚と七曜拳のコンビネーションで攻め立てた。

「くっ――!」

 援護を――とみとが飛び出そうとした瞬間吹雪のパートナーであるイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が隠形の術を解き彼女の前に立った。

「我がお相手しよう――。頭領に謀反を働く愚か者共めッ」

 刀とレーザーブレードの二刀流で、イングラハムがみとに襲い掛かる。
 突き、突き、薙ぎ――。
 攻撃の手を緩めることなく攻め立て、4人の謀反者を分断していく。

「その調子であります、ハムッ! やればできる子じゃないですか!」
「そう褒めるでない。我ほどの小物でもたやすいわ」

 狙撃に専念できる状況で吹雪はシャープシューターとして丁寧に何度も何度も同じ部分に銃弾を当てていく。

「いくら強固だからと言って、同じ個所に集中攻撃されては脆いものであります!」
「わらわ達の邪魔をしないでくださいまし!」

 吹雪にその身を蝕む妄執で狙いを定めにくくするものの、吹雪とイングラハムに挟撃をされている形なのだ。
 どちらか一方に意識を向ければ、必然的にもう一方が自由に攻撃をできる。
 まるで稽古や練習の類のように、いとも容易く――。

「我らの勝ちよッ!」

 みとが吹雪に意識を向け、背が窺えた瞬間、イングラハムは絶え間ない斬撃を背後から浴びせた。

「みと様ッ――! ッゥッ、敵は今取ります。一撃で吹き飛ばしてッ!」

 エリスが再び光条兵器の対戦車ライフルを手に、イングラハムに向けて引き金を引いた。
 そんなものを生物に撃ったらどうなるか――。
 答えは簡単でミンチである。粉々である。

「はふっ――!?」

 二刀を十字にして受け止めようとするが、それで防げるはずもなく、イングラハムが弾け飛ぶ――が、

「2人目でありますッ」

 吹雪は冷静に、エリスの獲物が大きく、身体をしっかり固定して撃たなければいけない状況をいいことに、装備が及ばない生身部分を一撃で撃ち抜いた。

「畜生……ッ……オレっち達こそエデンを統制できる存在になれたのにィッ!」

 2人やられて頭に血が上った洋孝が吹雪目掛けて駆けだすが、すぐに足をすくわれた。
 ガイのインビジブルトラップから、シリンダーボムの誘爆であった。

「ルチやロッソと俺達を一緒にされてもらっちゃ困るぜ。腕が違いすぎるんだよ」

 身動きがとれなくなった洋孝相手に、ガイは容赦なくトゥルー・グリットで撃ち抜いた。

「オラッ!」
「ぐっ――!」

 ラルクの回し蹴りが、ついに洋の手から2丁の銃を弾き飛ばした。

「勝負ついたな。俺がオールドのボスで絶対だ。それは裏切り程度じゃ揺るがないってことだぜ」

 トドメをささず、優位を見せつける様に攻撃の手を止めたラルクが襟を正しながら言った。

「よく見て覚えておけ。裏切り者の末路を――。そして俺を助けた者にはきちんと報酬を出す。そこの女スナイパー。お前は今日から俺の――」

 部下に示すために大きく手を広げ、洋から吹雪へ振り返ったラルクだが――撃ち抜かれた。

「ラ、ラル――ッ」

 ボスであるラルクが撃たれ、近寄ろうとしたガイもまた吹雪によって後ろから撃たれた。

「ご苦労――。ご苦労だった、オールドの諸君。君たちはこれでホテルから解放される。家に帰って女でも抱きながら、ゆっくり今後の身の振りを考えてくれ」

 吹雪の後ろから拍手をしながら現れたのはシェリーで、彼は吹雪と共に悠然とラルクの元まで行くと彼の上着からスペードの鍵を奪った。

「辛かったろう、ベレッタが占拠したホテルを進んでいくのは――。だが、もう十分君たちは働いた。誰も君たちを見下すことはないだろう。勇敢だったと、誰もが認める」

 1人、また1人とマフィア達は銃を下ろしていった。
 仕えていたボスが死んだところで、それの仇討などは誰もしない。
 シェリーに納得したわけでも、託そうと決めたわけでもない。
 ロメロ亡きオールドなど、こんなものだ――。
 兵隊達が少し軽やかな足取りで階下へ戻る中、シェリーは洋の銃を手に取って、マジマジと観察し、

「へえ、契約者はこういう銃を使うんだ」

 未だ息のある洋を撃ち、更に振り返って吹雪を撃った。

「なん……で……で……あり、ますか……」

 立っていられなく倒れ、傷口に手を当てる吹雪のその血まみれの手を取ってシェリーが言った。

「君のおかげで鍵を手に入れられて本当に良かった」

 そんなことをにこやかに言うのだ。
 これが本性なのか、それとも狂いだしたのか――。
 気弱なシェリーが姿を消し出した。