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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

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 骨が折れたのか、それともただの打撲か――。
 とにかくこんな痛みとは無縁の生活を送ってきたのにどうしてこうなったのかと、マルコは自分を呪いながら階段を降り続けた。
 自分の体重を制御できず、何度階段からダイブして身体を打ったかわからない。
 それでも生きてここから出さえすれば、どうとでもなる。
 が――、

「おやおや、マルコ殿。そんなに急いで何処へ行かれるつもりです?」

 久我内 椋(くがうち・りょう)モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)が行く手を遮っていた。


 カジノへ向かう直前のロンド・セーフティー・ハウス――。
 ベレッタと顔を合わせることが出来た瞬間、幹部の1人としてカジヘに参加する椋はポツリと尋ねた。
「ロッソを殺るんですか?」
「それはあちらさんに聞くといい」
 外に止めた車へ歩んでいたベレッタが足を止めた。
 話を聞いてくれるということらしいが、下手なことは言えないだろう。
「殺るにせよ――貴女を殺りにくる面々がいるに違いありません。彼らの目的は鍵です。ですから、鍵を複製し、彼らと強調するのも一手では。こちらから鍵を提示すれば彼らも乗ってきます。少なからず正解を導き出してから、叩くべき相手を見極められます」
「……1つ、明確にしておこう。私は鍵を持っているが、この鍵自体にもロメロの遺産にも興味がない。寧ろ争いの火種になるなら大いに結構。そのために出向くということだ、下らん顔合わせにな――」
「……」
「成る程、私を前にそのような顔をする者は久しくいなかった。だから答えてやろう。故郷を追い出された私達のような『畜生』にここは居心地がいい。ただし、ここに居座るのに私は趣味を我慢せねばならない。戦争だよ、せ・ん・そ・う――。この街は一度余所の介入を許せば、砂上の楼閣のように消え去るだろう。我々が大きく暴れればリングが吹き飛ぶのは明白だ。だから、小競り合いの種は大事にしなければならない。我々が扱える小さな戦争は大事にせねばならん」
「――わかりました。ですが、下につく者として鍵、ボスの命というのは目下の懸念事項です」
「……マルコの鍵を狙おうとしているのだろう?」
 椋の眉がピクリと跳ねた。
 事実これからパートナーを使ってそうしようと思っていたし、最も組し易い相手なのは明白だ。
「豚の腹を裂けばわかる。あれとは一生手を組むことがない。何故なら私と『正反対』だからだ。カジノでの活躍、期待しているぞ」
 確かにマルコは臆病で、間違っても戦争が趣味とは言えないだろう。
 そして、正反対と言った言葉の意味を、椋はカジノで知ることとなった。


 悲願のマルコ狩りである。

「お、俺の首が目的か――。そ、それとも鍵か、金か――?」

 前者2つならもうどうしようもない。
 後者ならまだ何とかなるだろうと踏んでいたが、どうにも悪い予感が当たりそうだった。
 それは空気からピリピリと伝わって――。

「ひぃっ!」

 突然伸びたモードレットの槍がマルコのスーツに穴を空け、彼は驚きに尻餅をついた。

「全く――やってられませんよ。貴方の事務所にいったらもう制圧されてるし、これじゃあベレッタとの交渉材料がないに等しい」
「あ、あの戦争マニアに取り付きたいのか?」
「うーん……どうでしょう。相反する価値観を持っているわけではないですし、彼女が一番居心地のいい場所を作ってくれそうな気がしますから。対等な力を持つ遊び相手に立候補……と言ったところでしょうか」
「て、手前ら契約者の力なら十分あの女とも渡り合え――ヒイイッ!?」

 モードレットの変幻自在の槍が、今度はマルコの開いた股の間の地面に突き刺さった。
 危うく大事なモノを失いかけたて肝を冷やす――。

「口には気を付けようぜ、マルコ。貴様と俺達の優位差がまだわかってないなら――」
「わかった、わかった、悪かった――。力じゃなきゃ何が目的なん……ですか――」
「マルコ殿の錬金術の全てを頂ければそれで――。そうすればベレッタ殿も満足でしょう。金も出す、武力でも遊べる。そんな最高の友達の出来上がりですから、必然と俺達の居場所が出来上がるわけです」
「……1つ……訊ねたい」
「何です?」

 マルコは観念したのか俯いて聞いた。

「俺は……助かるのか――? 生きてこのホテルから出られるのか?」
「マルコ殿の返事次――」
「――そうか」

 椋が言い終わる前に、マルコが言葉を発した。
 その噛み合わなさの正体、不気味さは、すぐに表れた。
 マルコが腰を下ろす階段の踊り場が、ガラスにヒビを入れるように中心から一気に広がり割れ、そのまま穴を作ったのだ。

「ウオアッ、アアアア゛ッ――」

 まさか槍の一撃で崩壊か――と椋達は思うが、そんなはずはない。
 少々表面を突き刺しただけで穿つほどではなかった。
 マルコはどうなったのか、急ぎ駆け寄って穴を覗くと――モードレットの顎が跳ね上げられた。
 寸での所で穴から飛び上がってきた影からの一撃を腕で防いだものの、そのまま上から弾き飛ばされ、地面に背中から落ちた。
 椋が飛び上がって行った影を追う。
 そこには階段と階段の隙間から、上の階段差に手を掛けてぶら下がる人の姿があった。
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。

「いいですねぇ――。ベレッタが遊べる最高の友達ですか。美人の女友達なんて羨ましくてもうね――」


「まさかベレッタ自ら報酬をくれるとはねえ」
 カジノで護衛を果たした報酬は金――。
 そしてマフィア内部の情報だった。
 もちろん、それほど深くまで突っ込んだ内容の『モノ』が貰え、調べられるとも思わなかったが、まるでもう一度依頼するために聞かせた感じでもあった。
「我々は軍隊同然だ、殺し屋。まあ『崩れ』ではあるが、少なからずマフィアに興じている連中とは関係性は強固だと信じていたよ。手懐け難い契約者でさえ何人も私の元では忠実な部下となってくれている。が、カジノの一件で確信したよ。少なからず片手ほどは私の椅子を狙い、余所を情報を流している契約者がいる。オールドやカーズ、それにニューフェイスよりは断然少なくまだ寝首を掻くには至らないが――」
「それをまたどうして俺に話す。依頼か?」
「ふふ……何故話したと思う――? コソコソ嗅ぎ回られるのは好きではないからな。まあ――よく考えればいい――」
 ベレッタと話す一室の廊下から人の気配がすると、唯斗は逃げる様に部屋の窓から飛び出した。
「おっかねぇ――」
 個々の力関係で言えば自分が圧倒的に有利であるはずなのに、彼女の鋭さは常に喉にひっかかる骨のように思い過らせるものだった。


 既にベレッタ側で一度護衛をした唯斗だったが、今回はマルコについていた。
 カジノ同様、緊急回避の一手として雇われていたが、しかし、それでもマルコのしぶとさには恐れ入ると苦笑いだった。
 だからこう言える。

「この街で遊びたいなら、たった1つの誰よりも尖ったものがないと――ねぇッ!」

 空中で器用にクイック・ターンをし、掴まっていた手摺りを足場に、唯斗が一気に椋目掛けて飛んだ。
 手に目立った獲物がなく、その掌を向けて突っ込んでくるのが逆に戦闘力の把握を難しくし、回避を選択――。
 倒れ込んでいるモードレットを抱えながら廊下へと飛び退いた。
 何故マルコが落下したのか、今その証明が成される。
 唯斗の手に触れた部分に超理の波動が伝わり、それが波紋のように広がって、崩れ落ちていったのだ。
 受け止めていたらどうなっていたか――などと考える暇は与えない。

「マルコじゃ物足りないからの立候補でしょうッ? 逃げたままでいいんですかねッ」

 ポイントシフトで即座に間合いを詰め、再び床を壊していく。
 1つ、2つ、穴を開け続け、少しずつ椋にも見極めるタイミングを掴めつつあった。
 刀に手をかけ、避け幅も小さく、機を窺っていたのだが――、

「そろそろ変化が欲しいでしょう?」

 波動で叩かれた床の破片がそのまま落ちていく今までから今度は火山のように噴火した。
 グラビティコントロールでベクトルを変えたのだ。

「まだまだ行きますよ」

 次の一手は飛び込めるのか、否か――。
 このまま逃げ続けては埒が明かない中、唯斗は波動で床を砕き、破片をベクトルコントロールして椋へ雨風のように降らせる。
 しかしながら、椋は1人ではない――。
 吹き飛ばされフラついていたモードレットが槍を手に破片を1つ1つ突き砕き、椋が突撃できる状況を作り出した。
 それを信じていた椋が穴を飛び越え、唯斗に一太刀浴びせにかかるのだが殺気看破で見破られ、大きく後ろへ飛んで距離をとられてしまう。
 仕切り直し――第2ラウンドの開始なのだが、唯斗にはこれ以上戦う理由はない。

「もうマルコが逃げる時間は十分に稼げたでしょう。俺は最後のお守りみたいな役目でしたから、十分です。では――」

 こうして唯斗は脇目も振らず戦いの場を後にした。
 馬鹿騒ぎの結果に何も得られない――そうやってベレッタに小さな対抗ができればそれでいいのだ。