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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

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●聖夜の麻雀大会
 
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)はパティとローラを見つけると、「よう」と手を挙げて挨拶した。
「垂じゃない」
「垂、これ食べる?」
 同様に片手を挙げるパティ、ローストチキンを勧めてくるローラに、
「すまねえが今日は挨拶だけな。行く場所があって」
 と簡単に告げて垂は先を急ぐ。名残惜しいが仕方がない。パティにもローラにも『お相手』がいるわけで、邪魔をするわけにもいくまいて。
 それに、『行く場所』があるのは本当だ。
 垂は腕まくりした。
 目指すは、コタツが並ぶあの場所。

 パーティ会場から離れた別室では、コタツがずらーっと並べられ、そこに人々が集い牌と点棒のやりとりをするという奇妙な光景が繰り広げられていた。
 聖夜のコタツ麻雀大会……またの名を麻雀聖王戦
 といっても総当たり戦やトーナメントをするというわけではなく、めいめい手の空いた人同士で卓を囲むという交流を主目的とした大会なのだった。
「はいアッシュちゃんそれロン。……えっと、三千九百点になるのかな?」
 緑のフェルトの上にパタッと牌を倒し、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)はフフフと笑みを浮かべた。
「……なあ、リナリエッタねーさん、『麻雀はほとんどやったことがない』って嘘だろ」
 自分の手牌(ずっとテンパイ状態だった)を恨めしげに眺めて、アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)は口を尖らせた。
「えー? 本当本当ウソじゃないって、ビギナーズラックよお」
 リナリエッタはそんなことを言いながら、ピアノでも弾くような仕草で台をトトトンッと叩いた。
 ちなみに初心者というのは本当だ。彼女がほとんど負け無しの理由はビギナーズラックもあるが、主な相手がアッシュということのほうが大きい。はっきりいってアッシュは下手なのである。運は悪くないのに、自分の手が明らかに顔に出る。ポーカーフェイスとは正反対で、手牌が大きくなればソワソワするし、危険牌を教えるように凝視したりする。指摘されても全然直らないのだから重傷である。
 なお、二人は何を思ったか、アーケードゲームよろしく二人打ちを実践していたりする。
「リナリエッタ……リナリエッタねーさん」
「なぁに?」
「足」
「あら」
 コタツという環境はリナリエッタのように脚が長い者には意外と不便だったりする。
「ごめーん」
 などと言いながらツンツンと、足でアッシュの膝をつつきながらリナリエッタは言った。
「さ、アッシュちゃんの番よ」
「またかよー」
「だってそうでしょ? 私ネットとか本で見たことあるわ。麻雀って盛り上がるために服脱いでいくんでしょ?」
「それ絶対おかしいぞ。初めて聞いた」
「で、負ける度に脱ぐんだったわよね」
「さっきから俺様ばっかり負けてるじゃないか」
「勝てばいいでしょ? 坊や」
 それを言われると立つ瀬がない。アッシュは反論の言葉がなかった。
「ほーらほらほら、お脱ぎなさい♪」
 まったく……とブツブツ言いながらアッシュはシャツを脱いでランニング一枚になった。すでにマントも上着も奪われ、一回はスカーフを外して誤魔化したが、いよいよ上は後一枚という状況である。
 その脱ぎ方というのが、乱暴ながらなんとなく華があるというか、少年なのに妙に色っぽいというか、リナリエッタ的には『そそる』感じなので、彼女はねっとりと、舐めるような視線でこれを鑑賞した。
 アッシュの綺麗な鎖骨が見える。鎖骨は、男女問わずセクシーポイントだというのは本当だろう……図らずもドキドキしてきた。それに少年らしいつやつやの白い肌、ちょっと肋の浮いた腹、あと一勝で胸まで見れられるかと思うと、おねーさんんとしてはたまらないわけである。(実は前に見たことあるのだが)
「うう……暖房きいてても寒いな」
 肩を押さえるアッシュを見るなり、リナリエッタは意を決し立ち上がった。
「ここは文字通り一肌脱いであげよう!」
 言うなりショールを脱ぎ捨てる。
「実は麻雀って、盛り上げるために勝ち負け問わずに脱ぐのよね? そうよね? ここからはアッシュちゃんが負けても私、脱衣に付き合うわ」
「い、いやそうじゃねーだろ!」
 たかがショールを外しただけなのに、純情少年アッシュは顔が赤らんだ。
「さあ、じゃんじゃん行くわよ! ほら、牌を混ぜて混ぜて!」
「本当にやるのかよー」
 言いながらもリナリエッタには、まるで逆らえないアッシュである。
 はてさてどうなることやら。

 星の降る夜空からパーティ会場、そして麻雀大会の会場へ。
 レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)はそぞろ歩きしながら、日比谷 皐月(ひびや・さつき)の姿を求めた。
 レイナの頭に、ある『問い』が浮かんでいる。
 根拠はない。ただ、なんとなく思っただけのこと……でもなぜか、あの人にこの問い掛けを投げかける必要があると思った。
 問い……それは寓話のよう。
(「ひとつのガラス細工がありました。
 そのガラス細工は優しく、暖かい造形をしていながらも
 どこか物寂しい雰囲気をまとった……そんな一品
 しかし、そのガラス細工をよくよく見ると、中にひとつの宝石がありました。
 ガラス細工の中に入っているせいでよくは見えませんが
 冷たく、妖しい輝きを放つもどこか心惹かれる美しさを持っているように思える
 そんな宝石。
 宝石をよく見るにはガラス細工を壊さなくてはなりません。
 ですが……壊してしまったらガラス細工は二度と元の姿をとることはできません。
 中の宝石を諦めるのならば、ガラス細工はその姿を保ち続けます。
 しかし、宝石のすべてを見ることはかないません。
 選び取れるのはどちらかひとつ。
 手に入るのもどちらかひとつ。
 ガラス細工と内なる宝石、あなたはどちらを選びますか…?」)
 これがその問いかけ、あの人ならどう答えるだろうか。
 皐月の姿は、麻雀卓のひとつで見つかった。
「さて、オレの親からってわけだな」
 皐月は牌をかき混ぜる。手慣れた動作だ。そうして彼はぼんやり考えた。
 麻雀聖王戦……聖なる夜にひっかけたというわけか、コタツが台というのも、古典的で悪くない。まあ、全自動卓に比べるとかなり面倒臭いではあるのだが。
 右腕だけで器用に牌を並べ、皐月は並んだ手牌を眺めた。
 配牌は悪くない。悪くないのだが、いきなり判断に迷う局面だ。切る牌の候補は二つ。どちらかひとつ、捨てなければならない。
 捨て方によってこれからの展開が大きく変わるだろう。どちらを切るか……慎重に選ばなくては。
「日比谷さん……」
 そのときレイナが呼ぶ声を聞き、皐月は顔を上げた。
「少し待ってくれ。まず、選ぶから」
 選ぶ――その言葉にレイナは息を止めた。
 自分が求めているのがまさに、そのことだったからだ。
 皐月はまず、どちらの牌を切るだろう。
 そしてレイナの問いに、どちらを選ぶことになるだろう。
 
「リーチ!」
 点棒をくるりと一回転させ、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は台に置いた。
 ピシャァァン! ……といった効果音を鳴らしたいところだが実際には聞こえない。しかしそれは、金元 ななな(かねもと・ななな)の心の中で鳴ったことだろう。
「え……あ? ここでリーチなの?」
 手牌が大きいのだろう、少なからず動揺している。やっぱりな、とシャウラは不敵な笑みを浮かべた。
「そういうこと。なななだからって手加減はできないぜ」
 実のところシャウラが組んだのは、リーチのみの雑な手、しかしドラ牌『西』を三つも抱えている。なななが「ズルなしの勝負がしたい」と言ったからイカサマはしていない。これであとは運任せ、しかし牌が来る自信は大いにあった。
 ところが、
「盛り上がっているところ申し訳ないのだが」
 ぱたっ、とナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)は牌を倒した。三暗刻。
 目が点になっているななな、シャウラをよそに、ナオキは悠然と片手を出して点棒を求めた。
「なななもシャウラも相手を意識しすぎたな。伏兵ってのはこんなときにやりやすいのさ」
 ――意識しすぎ……そりゃそうだろ。
 シャウラは苦い顔をして点棒を払う。
 ――だって、マジ告白した相手なんだぜ。
 なななのことをいつから意識するようになったのか、正確なところは判らない。だが今のシャウラは、彼女以外、ほとんど目に入らないくらい彼女に誠実だ。
 しかしそのなななとロマンティックなクリスマスをすごすつもりだったのに、なんともはや麻雀大会とは……まあしかし、それはそれでよかったかもしれない。
 なぜって席は、シャウラの正面がなななとなったからだ。彼女が活き活きと牌を切る表情、かき混ぜるさいの悪戯っぽい笑顔、そして、上がったり上がられたりでくるくる変わるさまざまな顔つきが、なんともシャウラには楽しく、愛おしい。
 なおコタツの左右は、ナオキとユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が占めている。
「私は麻雀は一寸……」
 と言うユーシスが、正座してコタツに収まっている様はなんとも微笑ましい。
 ユーシスは実に慣れない様子で牌を混ぜながら言う。
「ポーカーやルーレットなら十八番なんですが。あとビリヤード」
「見事にインドアだな」
「……ほっといて下さい」
 ちゃかすシャウラに、ぷい、と横を向き、ユーシスはしばしナオキの手を眺めた。
 さすがギャンブラーでならしただけあって、隙一つない見事な牌さばきだ。あっという間に並べてしまう。
「どうかしたか?」
 ユーシスの視線に気づいてナオキが訊いた。
「いえ……凄腕だな、と思って」
「どうも、素直に喜んでおくよ。だがいつも好調とは限らない、ってのが厄介だけどな」
 そこからナオキは、本当の意味で『凄腕』なところを見せた。
 彼は手先が器用だ。イカサマの技術にも熟達している。積み込み、ぶっこぬき、ツバメ返しなどはお手の物、正直、目をつぶってでもできる。
 イカサマなし、と決めたのだからそれは守るつもりだった。
 しかし、イカサマをしなくてもできる牌回しはいくらでもある。
 彼が見たところ、なななは運任せの乱暴な麻雀しかできないし、シャウラはシロウトよりは多少マシな程度、ユーシスは鍛えればすぐにものになりそうだが、現時点では初心者だ。この三人に見抜かれないよう、徐々になななを勝たせるのは本当に簡単だった。
 そして最後に、ナオキからのプレゼント。
「ツモ! 国士無双だよっ!!」
 なななが大物を上がった。
「参ったな……完敗だぜ。雀姫なななの爆誕だな」
 ぺたっとシャウラは自分の額に手を当て天井を仰いだ。シャウラはナオキの技術に気づいていないから、これはまったく演技ではない。
「面白いゲームでした。もっと私も学びたいですね」
 ユーシスも拍手する。おや、くらいは思ったかもしれないが、今日はななながツイているとでも言いたげな顔だ。
「今日のラッキーガールだな。クリスマスに華々しく勝利というのはいいもんだ」
 ナオキは立ち上がって、
「……さて、喉が渇いたな。パーティ会場で何か飲んでくる」
 さらりと告げ、コタツから抜けた。
 嘘だった。廊下に出たところで彼はよろめいている。
 急速に施した強化改造の副作用が出たのだ。高熱を伴う激しい頭痛がナオキの頭を苛んでいた。頭の中で鉄製のウニが、暴れ回っているかのような。しかも、キンキンという激しい耳鳴りまでする。教導の医師からは次第に頻度は減ると言われてるが……。
「しっかし、頭、痛い」
 パーティ会場なら氷くらいあるだろう。冷たい何かを額にあてたら、少しは楽になるだろうか。
 このとき、
「お疲れ様です」
 ぴたりと冷たい感覚が、ナオキの額に当たった。
「う……」
 それは、よく冷えたトマトジュースの缶。
 缶を手にし、空いたほうの腕でナオキを支えているのはユーシスだった。
「大丈夫だ」
 ナオキは払いのけようとするも、ユーシスは意外に力強い。
「大丈夫には見えませんよ……」
 優しいが、有無を言わさぬ口調で続けた。
「ナーシングをかけました。根本治療にはならないでしょうが、症状は軽くなりますよ」
 その通りだった。ナオキの顔色が戻るのを見て、ユーシスは缶を開けて彼に手渡した。
「健康的でしょ? トマトジュース」
「自前か」
「ええ。吸血鬼ですから」
 はは、と笑ってユーシスは言った。
「吸血鬼なら血だろ、とでもおっしゃる? まあ、そちらはそのうち味見させて下さい」
「ふざけた奴だ」
 と言いながら、ナオキの口元には笑みがあった。
「パートナーとして私も末永くよろしく」
 ユーシスも笑みを返した。
 この流れでコタツでは現在、なななとシャウラが二人きりとなっている。
「本当はヤドリギの下で渡したかったけど……」
「ヤドリギ?」
「いや、こっちの話」
 ほら、クリスマスプレゼント、とシャウラは彼女に、紙袋を手渡した。
「ありがとう!」
 なななは喜色満面だ。袋から出てきたのがスキー用の手袋だったから。
「なななはスキーが得意で好きだから、俺なりに似合うの選んだよ」
 照れくさげにシャウラは言ったのである。
「この冬の間にもう一度行こうぜ、スキー」
 なななの返事は……次回(?)のお楽しみということで。