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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

リアクション


●牌の音鳴り響く
 
 さて朝霧垂はコタツに着席すると、選手宣誓よろしく、かく告げたのである。
「スキル禁止の麻雀大会ならば、こちらからも一つ要求を出させてもらうかな……それはパートナーを隔離することだ」
「えっ」
 小山内 南(おさない・みなみ)はギョッとした様子で訊き返した。何やら思うところあったようだ。
「理由は簡単。契約者とそのパートナーとの間には特別な力が存在するからな、同じ卓……いや、同じ部屋にいると何をするかわからんから、片方が勝負中の際はもう片方は部屋から出ているように、な?」
 いわゆるコンビ打ち、二人協力して戦う戦法を使われてはたまらない。コンビ打ちには『通し』と呼ばれる符牒が必須で、これを使いこなすにはかなりの相性の良さが必要となるが、契約者とパートナーであれば実に容易だ。
「そんな殺生な〜。せめて別の卓で同時に麻雀やってればええ、ってことにせーへん?」
 カエルサイズの小さなおっちゃん……いや、おっちゃん口調でしゃべる小さなカエルの縫いぐるみことカエルの カースケ(かえるの・かーすけ)がうなった。
 ――どうやら本当にコンビ打ちをやる気だったようだな。
 カースケのうろたえぶりから垂は察したが、
「まあ、別の勝負をしているのならいいさ。俺は疑わしい対戦相手とは打ちたくないんでな」
「わかりました。ではカースケは別の卓に。そして私は、朝霧さんと同じコタツで勝負します」
 鈴が鳴るような声、凛乎とした表情で南は告げてコタツに入ったのである。
 ――いい表情するようになったじゃないか。
 垂が南を見るのは数ヶ月ぶりだ。以前の彼女は遠慮がちな……もっといえば弱々しい目をしていたと思う。それがいまではいっぱしの雀士の目だ。実力もかなりのものだと見た。そもそも、コンビ打ちはシロウトのできる技術ではないのだ。
 そこに二名、流れの参加者を加えていざ、勝負!
「筋が……読めない」
 垂はたちまち、南が真の実力者であることを知る。一定のクセがない。いわば定石がないということになろうか。ああ打てばこう返す。かと思えばこう打つ……。彼女の打ち方にはウナギのようにつかみ所のない部分がある。運命に翻弄されてきたその生き様が、牌に反映されているというのか。
 しかし、それならこちらも食らいつくまで。垂は卓越した推理力を総動員して南の手を読んだ。一度、大きく振り込んでしまったが次は逆に完封する。一方で自分も、安めの手で揃えて堅実に上がるという攻撃を繰り返した。
 まるで竜虎の激突、イルミン生の同席者はあっと言う間においていかれ、垂と南が激しくトップ争いするという展開となる。
「ポンです」
 南は長い指を使い氷でも滑らすようにして牌でコタツの縁を叩いた。明らかにピンズ狙い、ホンイツの捨て牌。ドラがピンズということもあり強烈な点数になる可能性がある。
 しかし垂は下りる気はなかった。こちらとて一気通貫が見えてきたところ、これを力業で押しのけなければ運の流れはこない。こなければ押し切られる……。
「だったらあえて」
 あえて、垂は切った。
 ピンズを。危険牌のピンズを。
 運の流れを……獲る!
 しかしその意志は脆くも崩れ去った。南が言ったのである。
「ロンです」
 視界に雷光が走った。牌を雷が直撃し、粉々に粉砕したかと錯覚する。
 逆さ吊りにされたかのように、さあっと血の気が引くのを垂は感じていた。
 やられた。
 まずい。
 そう思って顔を上げると、
「はい、食いタンです。ありありのルールでしたからね。……千三百点」
 けろりとした顔で南は言うのである。見れば確かにそんなヘボ役、じらしまくってこちらの精神力を削ぐという作戦だったか。
「まったく」
 だがむしろ、垂は笑った。
「まったく……やりがいのある相手だぜ」
「こちらこそ、垂さんと打てて嬉しいです」
 むしここからが本番か。
 力と力、運と運、そして技と技……死力を尽くして戦わん。

 火を噴きそうに熱い南たちのテーブルから離れ、カースケは別のコタツに潜り込んだ。
「ほなお邪魔しまっせ。どないでっか? 一勝負?」
 カースケが呼びかけると、そこに最初から居た久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、本当に意外そうな顔をした。
「え? 勝負って?」
 半身以上つかっていたコタツから、にょきにょき生えるようにして出てくる。
「麻雀ですやん。麻雀」
「コタツで麻雀するの?」
 なんとも話がずれているようだがそれには理由があった。
 クリスマスイブのパーティに来てみたものの、なにせ真冬のしかも陽が落ちてからの催しだ。冷気が骨にしみこんでくるくらい寒い。道中の道のりで沙幸は、すっかり体が冷えてしまった。会場に入ってもしばらく震えていたが、気づいたのだ。
「あ、でもコタツのある部屋が……」
 コタツは魔のトラップ、ふらふらと引き寄せられた沙幸はするりと潜り込み、そこでうつらうつらしているうちに、周囲が騒がしくなって目を開けたところなのである。
「あれれ、寝てる間に……?」
「沙幸さん油断大敵ですわね」
 と口では言いながら、負けないくらい眠そうな顔で藍玉 美海(あいだま・みうみ)は欠伸をした。
「だって寒かったんだもん」
「寒いならそう言って下されば……そんなに寒いのなら、わたくしが人肌であたためてさしあげ……」「ねーさま、また変なこと言ってる……」
 かくかくしかじか、と、端的に麻雀のことをカースケが話すのを聞き、合点がいった様子で美海はうなずいた。
「そらなら半荘、やってみるとしましょうか。沙幸さんもいいですわね? 大学生になるならば必要なものですわよ。先日手ほどきしてさしあげましたでしょう?」
「まあルールくらいはなんとか覚えたけど……」
「ならオレも、混ぜてもらっていいな?」
 と声のするほうを見上げれば、がっしりした体格の長身、レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)が立っていた。
「ちょうどええ、ニイちゃんもやるか?」
「教導団は中国資本だ。それなりに麻雀はやっている。実力を披露するいい機会だな」
 レオンは爽やかに笑ってコタツに身を沈めた。コタツが似合う風貌ではないが、それでも映える男前。
 かくてレオン、カースケ、沙幸と美海で一勝負となったのだ。
「はい沙幸さん、その牌ロンですわ。平和(ピンフ)のみですが」
 開始早々、ぱたっ、と美海が牌を倒した。
「うーん、いきなりやられちゃったんだもん」
 牌を並べる手つきも不慣れな沙幸だ。見え見えの手の美海なのにあっさりと危険牌を放っていた。
 ふふーん、とネズミの玩具を眺めるネコのような視線で、美海はそっと、耳朶を噛むようにして沙幸に囁いた。
「……そうそう、振り込んでしまったときに。一枚脱ぐのが麻雀の正式なルールらしいですわよ」
「えっ……冗談だよね?」
 うん、きっといつものいたずらなんだもん――とは思うのだが……。
 そういえば。
 そうえいば、ゲームセンターにある麻雀ゲームってそんなのばっかりだった気が……。
 沙幸の頬が熱くなる。クリスマスイブだというのになんてこと。
 ここは公衆の面前、ぬいぐるみっぽいカースケはまだいいとしても、健全な男子のレオンの前でそんなことをするのは……そんなことをするのは……。
「うわーん、どうすればいいんだもん!!」
「はいはい、ルールですわよ。ルール」
 問答無用といった感じで、美海は沙幸のセーターを剥いでしまった。
「わっ、それ沙幸はん!」
「お、おい……!」
 当然カースケとレオンは色めくわけだが、美海は、
「ではそういうこと(脱衣麻雀)で」
 と、さっさと話を進めてしまった。
 かくして、振り込まれたら脱衣、という危険な麻雀が始まった。
「さて、面白いメンバーになったと言えるかな」
 レオンは豪快、大きい役を狙うことに躊躇がない。国士無双や大三元を平然と狙ってくる。その一方で下りると決めると迷いがなく、滅多に放銃しなかった。
「せやな、レオンはんも美海はんも一筋縄でいくタイプちゃうわな。その一方で沙幸はんも怖い」
 カースケもなかなかの巧者だ。安あがりを続けたかと思えば大きな手でリーチをかけるなど、小山内南同様の読みづらい手を多用した。
「ふふふ、沙幸さんの柔肌をさらすのは、見たいような惜しいような……」
 美海は安手でコツコツあがるタイプで、リーチをかけないいわゆる『ダマテン』が多めだ。勝ち目がなさそうなときはすぐ下りるなど逃げ上手である。
「ねーさま怖いことばかり言わないでほしいんだもん。あ、牌が来た! ツモだもん!」
 こうなってくると沙幸はなんとも辛い。覚えたてらしく長考が多く、それでも筋など読めないので危険牌をぽいぽいと切って他の三人をヒヤヒヤさせる場面はしばしばだった。しかしピンフやタンヤオを狙っていくという基本姿勢ということもあり、またビギナーズラックゆえか、ツモることも少なくなかった。
 いつの間にやらレオンはシャツ一枚、カースケもちゃんちゃんこを脱がされ蝶ネクタイ(意味府三井の組み合わせだ!)を外し、沙幸は髪留めを外すという手段で、なんとか下着姿は免れていた。
 意外、ピンチは美海の身に訪れた。
「え!? 沙幸さん、またわたくしですの……!」
 実は彼女、沙幸をフォローすべくコンビ打ちのサインを送ってみたりしたのだが、シロウトにはまるで通じず、逆に沙幸に打ち込まれ自分が追い込まれるという格好になっていた。
 帽子を脱ぎ、ファーも外して、そして……。
「……沙幸さんならともかく、殿方の前でこんなことになるとは」
 あと一枚、あと一枚でとうとうランジェリー姿ではないか。
「オレたちは別に構わないよ。もう脱衣はここまでにしたって……」
「せやせや。若い娘さんがはしたないことするもんとちゃう」
 唇を噛み、それでもルールはルール、と美海は心を決めた。
「聖夜だけにサービスですわ。ほうら、ご覧なさい」
 口調こそ優雅だがその実、恥ずかしさに真っ赤になりながら美海は背のチャックを下ろし、黒のランジェリーに包まれた姿を解放したのだった。
 これでは、と美海は思った。
 ――これでは普段と逆ですわ……。
 でもたまには、こういうのもいいかも。
「もうやめようよう、ねーさま」
 哀願する沙幸を鼻で笑って、
「さ、続行ですわよ」
 と美海は、牌をかき混ぜるのだった。

 さて美海が決意を見せているその卓から、二つ右隣へ行ったコタツでは、
「さあ、こっちこっち」
 と遠藤 寿子(えんどう・ひさこ)の手を引くようにして、茅野 茉莉(ちの・まつり)は彼女と、アイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)を座らせたところであった。
「はう〜、麻雀〜?」
「そう、アイリと……」
「我の四人でな」
 ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が言葉を継いだ。それにしてもダミアンとコタツ……奇妙な取り合わせである。
「要は、『スーパーロボット理論研究会』の忘年会といった具合だ。深く考えずともよかろう」
「そうそう、今年一年を振り返り、会話しながら遊ぶには最適でしょ?」
「まあ、私たちも魔法少女として麻雀の訓練だって一通りしてきましたけど」
 アイリも一応は納得したようだ。魔法少女になぜ麻雀が必要かって? その昔、アイドル雀士を名乗るスーパーヒロインがおってな……という昔話は本編の主旨ではないのでやめておこう。
 実のところ茉莉が、二人を誘ったのには別のれっきとした理由があった。
 それは寿子というよりはアイリにある。
 ――寿子はともかく、アイリがまた魔法少女勧誘とかして騒動を起こさないか監視しておかないとね。
 信用していないわけではないが、今夜のように人の多い状況では、以前のような事件を起こされては大変だ。同じ『スーパーロボット理論研究会』の仲間として、無事にことを終える義務を茉莉は感じているのである。
 といっても義務感だけではない。本質的に麻雀は……楽しい!
「祖父の虎蔵はね、それはそれはすごい博徒だったんだって」
 言いながらじゃらじゃらと、手際よく牌を混ぜ、並べ始める茉莉だ。強面(コワモテ)な虎蔵と小悪魔的な茉莉では、容貌は一見、似ても似つかないが、ときおり彼女が見せる鋭い眼光や、牌を手にするときの見得を切るような姿勢は、往時の彼をしのばせるものがあった。
「おやおや……」
 茉莉の手牌を目にして、ダミアンは内心肩をすくめた。
 なにせ三元牌(白・発・中)がほとんど、綺麗に集まっているのだ。白と発はすでに三枚ずつ、中も二枚という凶悪な配牌……まだゲームが始まっていないにもかかわらず、である。
 ダミアンならずとも即わかるだろう。茉莉はイカサマをしている。
 寿子とアイリと和気あいあい、『スーパーロボの必殺技大賞・イン・2022』なんて話題をしながら、しっかり積み込んでいるのはさすがだ。昭和の名博徒、イカサマなしの平打ちでも天才の名をほしいままにし、イカサマが可能とあれば鬼神のごとき強さを発揮した茅野虎蔵の孫たる血は本物というわけだ。だがそんな茉莉も、いまなお健在な虎蔵にはまったくもって歯が立たず、彼と卓を囲んで勝ったためしはないという。(なお、茅野家のハウスルールは『ばれなければ何でもあり』という強烈なものである)
 ところで読者諸氏は気になったことと思う。
 なぜ、対戦相手であるダミアンが茉莉の手牌を知っているのか?
 それはもちろん、ダミアンもイカサマをしているからに決まっている。
 ダミアンの場合、フラワシをさりげなく用いて偵察させるといういささか乱暴な手法だったりする。本当は負けがこんでからやるつもりだったが、あまりにも茉莉が平然としているので、逆に怪しいと思い試みてみたというわけだ。だからダミアンは、寿子とアイリの手牌は覗いていない。その二人とは正々堂々(?)とやりたい。
「はう〜。今月は苦しいから負けたくないんです〜」
 寿子が親。彼女は眼鏡を直しながら、おずおずと最初の牌を切った。
 ここであろうことか、
「あらら? ツモです。はい、地和(チーホー)
 いきなりアイリが上がった!
「えっ!」
「ええっ!?」
「何……!」
 寿子はもちろん茉莉もダミアンも、これは騒然とならざるを得ない。
 たしかに、上がっている。安手だが地和には関係がない。
「いやあ、ラッキーだったわね」
 だが驚くでもなく、実に平然としているアイリなのである。
 ――これは……。
 茉莉はギリリと奥歯を噛みしめた。
 ――まさか。
 ダミアンもこれは予想外だった。魔神が裏をかかれるとは、不覚。
 イカサマかどうかは判らない。だがアイリも、要チェックすべき対象であるのは確実だろう。
 されどそのダミアンの心を読んだように、
「ああ、フラワシは使用禁止でお願いします。そもそもアビリティ全般禁止で」
 にこりとアイリは微笑んだのである。
「もちろんだ」
 と言いながら、ダミアンの赤い目に光が灯った。
 ――こうなれば数千年に及ぶ経験と知識、さらに自身の雀力を全開にして挑もう。
 当然、茉莉がアイリの腕に、闘志を燃やさぬはずがない。
「こうなったら張り切っちゃうよ!」
 ――負けられない。茅野虎蔵の名にかけて!
 牌を握る手に力が籠もる。指先に汗がにじむ。祖父から引き継いだ運と駆け引き、さらにはイカサマまで、持てるすべてを使って勝ちに行く!
「はう〜、なんだか私以外、すごい熱気を感じるんだけど〜」
 寿子はきょろきょろと三方を見回した。
 永劫を生きる魔神。
 奇跡を起こす魔法少女。
 伝説の博徒の血を引く者。
 とんでもないメンバーに囲まれてしまったものである!
 さあ、それでは次の勝負と行こう。