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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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「……ふぅ」

 地球の企業『ラッキークローバー』社の社長令嬢、四葉 恋歌(よつば れんか)は自身の携帯に届いたメールを見て、軽くため息をついた。
 今さっき届いたものではない。先日、顔見知りのコントラクター全員に送ったメールの返信。
 何度か連絡をしようと、電話をかけて来ていた者はいたが、メールはこれ一通だった。
 それは、彼女にとって幸運を示していることなのか、それともそうではないのか。
 今の彼女には分からない。

――――――――――――――――――――

 わかった、必ず助けるよ。

――――――――――――――――――――

 ただ、そのメールの文面にすがるように。
 ただ、目を閉じて祈った。



『ひとりぼっちのラッキーガール 前編』



第1章


「それでは、これより『ハッピークローバー』社、本社ビル落成式を執り行います……!!」

 空京に新しく建った30階建てのオフィスビル。その最上階でパーティが開催されている。
 司会者の宣言に拍手が巻き起こり、最上階を丸々使いきった広いパーティ会場ではあちこちで乾杯の声が上がっていた。

 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)と共に参加している紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は、パーティの雰囲気に喜びの声を上げた。

「わぁ、キレイ……!!」
 真新しいビルは天井も高く、調度品や照明に至るまで細部に凝った作りで、普段は味わうことのない空気に遥遠は上機嫌だった。
 楽しそうなパートナーを眺める遙遠もまた目を細め、手元のグラスを傾けた。
「ふむ……見た目の美しさも良いですが……お酒や料理もなかなか。来て良かったです」
 くいっとグラスを開けたところに、微笑みかける遥遠。
「あ、ほら。何か始まるみたいですよ……!!」

 会場の前方に設置されたステージでは、参加者による余興が始まろうとしていた。

 琳 鳳明(りん・ほうめい)のベースが会場に響き渡る。
「うう……緊張するなぁ。いつもアイドル活動は二人だったから……」
 練習どおりにベースを弾きながら、鳳明は会場に目を走らせる。
 アイドル活動を始めてから焼く1年。鳳明は基本的にコンビを組んでの活動だったのだが、今日は都合によりソロ活動だ。
 鳳明のパートナー、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)はその晴れ舞台を横目に、立食パーティの食事に夢中である。
「ほうほう、これほど旨いものを食べ放題できるとは、鳳明の芸能活動とやらも捨てたもんじゃないのう!!」
 ジューシーなローストビーフを詰められるだけ口に詰め込んだヒラニィは、会場の様子を眺める。
 もちろん、更なるご馳走を目指してであるが――その視界の端に知り合いの姿を認めた。

「ん? あれは……鳳明の相方か」

 そこいたのは、鳳明と本来アイドルユニット『ラブゲイザー』を組んで活動している響 未来(ひびき・みらい)だ。
 そもそも鳳明や未来は、コミュニティ『846プロダクション』に所属している。未来はその846プロのリーダー、通称『社長』こと日下部 社(くさかべ・やしろ)のパートナーなのだ。
 その社は今、このパーティの主催者であり『ハッピークローバー』社の社長である四葉 幸輝(よつば こうき)に挨拶に来ていた。今日の未来はアイドルではなく社長秘書としてパーティに参加していた、というわけだ。

「いやぁ今日はどうも、おめでとうございます。四葉社長!」
 社は『ハッピークローバー』社の社長、四葉 幸輝に祝辞を述べた。幸輝もそれに応え、微笑みをもらす。
「ああ、ありがとうございます。広報部から話は聞いていますよ、日下部さん。
 今日はわが社のパーティのために、大切なアイドルさんたちを使わせていただいて」

 社は事前に846プロに所属するアイドルのステージを余興として使えないかと『ハッピークローバー』社と交渉し、その許可を得ていたのだ。
 だが、実際に幸輝と顔を合わすのはこれが初めて。
 何しろ、わずか3年で急成長を遂げた貿易会社。素人考えでも裏で何かあるのではないかと思うのが人情であろう。
 そのため、とりあえずアイドルの営業という体で幸輝に接触し、妖しい所がないか確かめよう、というのが社の真意であった。

「いやぁハハハ、こちらこそええアピールになりますわ」
「それならば結構です。こちらとしても、一般の方からの余興の参加などがあると、会社のイメージアップに繋がるのですよ。
 名刺は先ほど頂戴しましたし――これからも何かありましたら、よろしくお願いしますね」
 軽く会釈をする幸輝。しゃれっ気のないメガネとやや痩せぎすな身体つきで、体力はなさそうな印象は受けるが、スラリと背は高く、身のこなしは洗練されていて、不快感を与えるものではない。
 まさに社交辞令、という感じの挨拶を交わしただけで、幸輝は他の客のところへ足を運んでしまった。

「……どう、マスター?」
 幸輝の背中を見送った未来は、そっと社に問いかけた。
「――普通、やな。あれだけではなんとも……。
 まぁ、『ウチは妖しいことして急成長したんでっせー』とか言う社長がおるわけもあれへんしなぁ」
「……そう、よねぇ」
「……せやけど、なんつーか……」
「?」
 首をかしげた未来に、社は説明する。
「生命力っつーか、オーラみたいなモンをまったく感じんなぁ。
 普通、これほどの大きな会社の社長……しかも、短期間でこれほどの急成長をした会社であれば、そのトップはもうちょっとエネルギーに溢れるモンやと思うんけどなぁ」
 社は、改めて幸輝の背中に視線を送る。
「それに……基本的に俺の目を見てへんかった……本来は、あまり社交的な人物とは違うのかも知れんな」
 そつのない対応ではあったが、それゆえに大きな壁……自分の本性を覆い尽くす厚い殻のようなものを、社は感じた。

「そう、ところでマスター……あの娘」
「……どうした、あの娘が気になるんか……?
 ん〜? パッと見は地味かもしれへんけど……磨けば光るかもしれへんな〜♪」
 そう言うと、社はパーティ会場にどことなく所在なげに佇む一人の少女――四葉 恋歌に近づいていった。
「あ、気になるってそういう意味じゃ……ちょっと気になる『音』が……」
 未来は人の雰囲気や様子、気持ちや心の具合などを『音』と表現する。
 今回も、恋歌の心中の何かを『音』として感じ取ったのであろう。

「ちぃ〜っす、そこのキミ! 俺はこういう者なんやけど……アイドルに興味はないかな?」
 いつもの調子で話しかけた社。恋歌はきょとんとした瞳で社を見返した。
「え、アイドルですか?
 えーと、846プロの……社長さん……。ああ――衿栖さんのところの」
「お、衿栖のお知り合い?」
 逆手を取られたような恋歌の返答に戸惑う社。恋歌は懐から2枚の名刺を取り出して笑った。
「ええ。以前CMに出ないかって誘われちゃって。その時はお断りさせていただきましたけれど。
 それに今日も、『今日一日よろしく』ってご挨拶に来ていただいて……。
 あ、申し遅れました。四葉 恋歌です。本日はよろしくお願いいたします」
 社としては目ぼしい娘に声を掛けて回るのはプロダクション社長としての営業活動にすぎない。だが、まさかその相手が今現在パーティを開いている会社の社長令嬢だとは思わず、面食らった。
「え、あれ……ひょっとしてこちらの会社のシャッチョーさんの娘サンデシタカ……?」
「ええ、そうなんです。今後もよろしくお願いしますね」
 ちらりと、恋歌は手元の名刺に視線を落とす。
 その2枚の名刺、1枚は夏の街角で受け取ったもの。もう1枚は今日、受け取ったもの。
 今日の名刺の裏には、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)からのメッセージが書き込まれていた。


『メール見ました。私は恋歌の味方です』
 と。


                    ☆


「よーっし、これだけのパーティならばできる! できるぞ、あの時のネロ祭りの続きがべふっ!?」
「はいそこまで。そういうことできる環境じゃないでしょ」
 と、ステージの脇で燃え上がりそうになったネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)の魂の炎を、拳ひとつで鎮火した多比良 幽那(たひら・ゆうな)がマイクを片手にアピールを開始した。

「さぁみなさ〜ん、パーティを楽しんでいますか!? これから846プロ主催ビンゴゲーム大会を始めます!!
 特賞には豪華景品もあるかも!? これからビンゴカードを配りま〜す! その間に、1曲お楽しみくださ〜い!!」

 と声高に宣言して、ステージに上がる幽那。彼女もまた846プロダクションに登録しているアイドルの一人だ。

「うう……なんで我がこんな雑用など……」
 流れ出した幽那の歌声をバックにして、パーティの客にビンゴカードを配るという地味な作業にいそしむネロ。
「はいはい文句は言いっこなしですわ。むしろわたくしはこちらが本職でございますしね」
 文句たらたらのネロに比べて、織田 帰蝶(おだ・きちょう)はてきぱきとカードを配りながら客の間を見事にすり抜けていく。
 カードと同時に飲み物の補充や空いた食器の片付けなど、さすがの手際であった。

「やぁ、これはお疲れ様です」
 ネロからカードの束を受け取って、帰蝶とネロに挨拶をしたのは蘭堂 希鈴(らんどう・きりん)。衿栖のパートナーだ。
「は〜い、遅れて登場! 846プロの人形師アイドル、茅野瀬 衿栖でーっす!!」
 ステージを見ると、その衿栖が幽那の隣に並んだところだった。
「おお、そなたらも来ておったか」
 挨拶を返すネロ。そこに、さらにレオン・カシミール(れおん・かしみーる)が現れる。
「どうだ希鈴、そちらは」
 ステージを横目に帰蝶とネロに軽く会釈をして割り込んだレオンは、周囲をうかがうように希鈴に尋ねた。
「ええ。目星はついています……そちらは?」
 希鈴の返答に頷くレオンだが、こちらは逆に首を横に振った。
「いや……パーティの参加者のうちから、ハッピークローバー社の取引先と思しき会社にあたりをつけてみたのだが……」
 レオンは846プロのアイドルマネージャーという肩書きを利用して、営業活動という名目でハッピークローバー社の社長である四葉 幸輝の資金源を探ろうとしていたのだ。
 恋歌からのメールによると幸輝は研究者として裏の顔を持っているという。ならば、その研究資金を提供している存在があるのではないかと踏んだのだったが。
「名刺から人物背景を調べてみたが……今のところ妖しいところはないな」
 軽くため息をつくレオン。今夜このパーティ会場になっているビルで、恋歌が何らかの行動を起こすことは明白だった。
 ならば、少しでもその手助けができればと思ったのだが、と。
「まぁ、言っても仕方ないことです。それに、表のルートがクリーンであることもひとつの情報ですしね。
 とりあえず僕は事前からウェイターとして間取りなどは把握しておきましたし……。あと」
 希鈴は、ちらりとレオンに目配せする。
「……」
 視線の先をたどると、その先にはステージの衿栖と幽那を眺めている恋歌の姿。
 注意してみると、その恋歌の様子を伺うように数人の男たちが配置されていることがレオンにも分かった。
「……監視か」
「ええ、ステージの合間に連絡が入ってきています。やはり恋歌お嬢様の動きを警戒しているようですね」

 そしてさらに、衿栖のパートナー茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が恋歌とステージを同時にカバーできるような位置に陣取っていた。
「今のところ何も起きてない……でも、気は抜けないわね」
 846プロの社長やアイドルも多数参加するこのパーティに、朱里は護衛という名目で参加していた。
 もちろん、本当の目的は恋歌の護衛だ。衿栖がステージ上から人の配置をチェックし、希鈴やレオンが客側から怪しい人物に警戒する。
 また朱里が恋歌の傍に控えることで、有事の際には護衛として動くという布陣なのだ。

 各人の思惑が交差するパーティ会場。
 もちろん、ほとんどの客にはそんなことは関係なく、思い思いの楽しみ方をしている。

「あ、ほら。そろそろビンゴですよ!!」
 珍しくはしゃいだ様子の遥遠。きらびやかなパーティ会場と、846プロの催しで会場は賑やかな盛り上がりを見せている。
 その様子を、遙遠は微笑ましく見守った。
「ええ、何が当たるか楽しみですね」

 たまにはこういうのも悪くないな、と。