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リアクション
■ 窓の雪 ■
コタツの上に勉強道具一式を広げ、受験勉強をしていた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、組み合わせた両手を前に伸ばしてのびをした。
あまり根を詰めても効率が下がる。このあたりで一息入れるとしよう。
気分転換にとカーテンを開けて景色を見てみたら、外はすっぽりと雪に覆われていた。
真っ白な世界とそれを照らすお月様。
今は雪はやんでいて、空には雲ひとつ無い。
月明かりに照り映えて、雪はいよいよ白く浮かび上がって見える。
「蛍雪の功、か……」
そんな故事がふと脳裏に浮かび、祥子は部屋の明かりを消した。
勉強道具の向きを、窓からの雪明かりにを受けられる場所にかえてみると、薄ぼんやりとではあったけれど文字が読める程度には明かりが入ってきた。
ダークビジョンを使えば問題なく見えるのだから電気代の節約になるかも、なんて思いついたけれど、電気代の節約になっても力の無駄遣いになっては仕方がないかと、その案は忘れることにした。
薄明かりの中で勉強していると、高級官僚にまで出世したという車胤と孫康の故事にあやかれるような、縁起の良い気分になってくる。
そういえば日本にいた時には、受験合格を祈願して、天満宮に行ったり縁起物を買ったりした。
弘法大師にあやかった高野山の鉛筆を受験に持参したりもした。
(そう思うと、あんまり成長していないな、私)
三つ子の魂百まで、それとも知らず身に付いていた日本人の伝統なのか……ま、それもいいかと祥子はくすりと笑った。
こたつの中でぬくぬくしていた宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)は、部屋が暗くなったのに祥子がこたつの中に入ったままなのに気が付いた。
「お母さん、寝ちゃったの? おこたの中で寝るのは良くないんじゃない?」
祥子を起こそうとした義弘だったが、よく見てみれば祥子はいつもと同じように机に向かっていた。
「お母さん? 明かりつけないと暗いよー? ダークビジョン使ってるの?」
「ううん、使ってないわ」
「じゃあどうして真っ暗で勉強してるの?」
不思議がる義弘に、祥子は説明する。
「んとね。蛍雪の功といってね。大昔の中国で、役人になるための難しい試験で科挙というものがあったの。その科挙に合格するためにはたくさん勉強しなくちゃいけなかったんだけど、貧しい人は夜明かりを灯すための油を買うお金も勉強のために使っていたから、明かりを灯すことが出来なかったの」
「じゃあ夜は勉強出来なかったんだね」
「でもそれだと勉強の時間が足りないでしょ? 夜も勉強したい。じゃあどうする? その時にね、夏に捕まえてきた蛍を絹の袋に入れてその明かりで勉強した人と、冬に窓の近くに雪を積み上げて反射した月明かりを頼りに勉強した人がいたの。その2人ともが見事に科挙に合格したのよ」
「昔の人って大変だったんだねー」
祥子の話した故事に義弘は感心した。
「でもそういうことすると、試験とか必ず合格できるの?」
「ううん。皆が皆、そうして合格できたわけじゃないけどね」
すれば必ず合格できるものならば、すべての受験生がそうするだろうと祥子は笑った。
「じゃあどうしてお母さんはそんなことしてるの? 運動でも上手な人の真似をしたりするから、それと同じなのかな?」
「そうねー。私の場合は気分かな。そういう成功をした人と同じことをすることで、弾みをつけたいとか、不安を掻き消したいとか、さ」
験担ぎよ、と言いながら祥子は日本史の年病や日本地図をそらで書いたり、出来事人物の相関表を作ったりしていった。
「お母さん、頑張ってるんだね」
義弘は勉強する祥子の為に、自分も何かできないかと考えた。
(よし。お母さんがうっかり寝ちゃって風邪引いたりしないように、僕も飽きてよう)
祥子が勉強疲れで寝てしまったら自分が起こしてあげようと義弘は意気込んだ。
けれど。
「…………ぐぅ……」
コタツのぬくもりの心地よさに、義弘はいつしか眠りに落ちていったのだった。