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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●愛と想いの混じりあうころ

 今日はピクニック。秋月 葵(あきづき・あおい)エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)秋月 カレン(あきづき・かれん)と連れだって自然公園にやってきた。
 一面の緑、といった雰囲気の小高い丘だ。夏はかなり暑くなりそうな場所だが、いまの季節は過ごしやすい。
 時計と携帯電話は家に置いてある。今日はのんびり、時間もスケジュールも気にしない一日にしたかったからだ。
「カレンちゃん、そんなに走ると危ないですよ……って葵ちゃんまで一緒になっちゃって……もう」
 やれやれ、といった風にエレンディラは肩をすくめるものの顔は笑っていた。このところ忙しい日々だったから、解放感たるや半端ではない。
「待て〜」
 と葵に追いかけられてきゃっきゃと声を上げ、カレンは子雀みたいにくるくると駆け巡るも急旋回、
「えれんママ〜」
 とエレンディアの胸に飛び込んで来た。花柄のワンピースにジャケット、この服装はエレンディアが選んだものである。
「お花さんがいっぱい咲いてるね〜」
 満面の笑顔だ。たしかに、咲き誇る花の見事さたるや、これを見ただけでも来た価値があるというほどのものだった。白に黄色に紫に……クローバーや菜の花、タンポポ、アザミのような野草はもちろん、丘を下ったところにはチューリップの花壇も見える。
「そうね。一緒に歩いてお花を楽しみましょう」
 カレンは「うん!」と元気に声を上げた。右手をエレンディアに握られると、空いたほうの左手を振る。
「あおいママも〜」
 こうして三人、数珠つなぎの姿となるのだった。
「カレン、あおいママとえれんママとこうやってお散歩するの好きなの」
「いい気分だよね」
 葵も満更ではないらしい。
「ねぇ、このお花さんのお名前はなんていうの?」
 なんて二人に訊いたりして、はしゃぐ気持ちをカレンは抑えられない様子だ。さもあろう、カレンにとっては、生まれて初めて見るものばかりなのだから。
「さあ、お弁当のお披露目だね!」
 丘の頂上で、葵はレジャーシートを広げた。
 本日、葵はまだ暗いうちから早起きして、一生懸命に弁当を作ったのだ。
 サンドイッチとおにぎり……どちらを作るか悩んだ末、両方作ってみたりした。卵焼きにタコさんウインナーとか、可愛いバスケットにいっぱい詰めてあある。春らしく、花形に切ったおかずは葵のアイデアだ。
「じゃーん、こっちはサンドイッチだよ。ちょっと形はイマイチだけど味は保証するよ」
 おにぎりは楽だったがサンドイッチはかなり苦労した。実際、切り揃えるだけで一苦労だったということは特筆しておこう。
 照れながら披露されたこのお弁当、カレンが大喜びし、エレンディアも手放しで激賞したのは言うまでもない。
 作りすぎたかと思った葵の弁当が、気がつけばきれいに空っぽになった。
「ふぅ〜、おなかいっぱい。もう食べられない。ごちそうさま〜」
 カレンは苦しそうにそう言ったものの、
「お弁当は、葵ちゃんが用意してくれたので、デザートを用意しました。日本でこの時期に食べられるという柏餅と日本茶ですよ」
 とエレンディアがクーラーボックスに入れたデザートを取り出すや、
「食べる食べるっ!」
 と目を輝かせたりした。別腹、別腹。
 結局デザートも平らげて、そこからボール遊びに興じたりして、子どもらしい無尽蔵の体力を見せつけたカレンなのだが、付き合う葵のほうはさすがに息が切れてきた。
 小一時間もボール遊びをした後、
「ふぅ〜ちょっと休憩」
 張り切り過ぎたか座り込み、エレンディアに背中を預けたまま、葵はたちまち眠ってしまったのである。
 エレンディアはそんな葵を慈しむように髪をかきあげてあげた。
「葵ちゃんは寝顔も可愛いですね」
「あれ? あおいママ、お休みしてるの?」
「カレンちゃん、あおいママ、ちょっと疲れてお昼寝中ですから起さないようにね」
 エレンディアは、しっ、と唇の前に指を立てる。
 もっと遊んでとワガママを言うかと思いきや、カレンは素直にうなずいて腰を下ろした。
「じゃあ、カレンも一緒にお休みするの〜♪」
「ええ、みんなでちょっとだけ、休憩」
 身を寄せ合う三人は、まるで三匹の猫のよう。

 かなり離れた地点とはいえ、実は葵たちと同じ自然公園に東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)らも来ていた。
 ただこちらは、葵たちとはいささか様相が異なるようで……。
 できるだけ不快感は表にしたくない。したくない、けれど。
 ――要とデート、だと思ってたんだけどなあ……。
 期待してたのに、と眉間にシワが寄ってしまう秋日子なのである。
 ――真尋ちゃんまで一緒だとは……。
 口には出さないが、どうしてもその言葉が脳内をちらつく。
 なにか言いたげな秋日子の視線に気づいたのか、要・ハーヴェンス(かなめ・はーう゛ぇんす)はことさらに笑顔で告げた。
「ちょうどお休みだしこの晴天、絶好の外出日和ですよね」
 これでちょっとは空気が和むかと思いきや、
「『デート日和』やなかとね?」
 ぴしゃりと奈月 真尋(なつき・まひろ)が言った。
「え、ええ、そういう意味じゃありません。外出日和」
「せやったらええが」
 にこにこしていれば相当な美人だろうに、真尋はナイフのように目を尖らせているので猫科の肉食獣じみた雰囲気があった。
 事の起こりは、今朝。
「天気もいいですし、秋日子くん、自然公園に行ってみませんか」
 と要が秋日子を誘ったことにある。
 要は口には出さなかったが、「二人で」というメッセージが組み込まれているお誘いであった。
 ところがそれを聞きつけるや、
「ウチも行くさぁ」
 問答無用で真尋がついてきたのである。
 ――邪魔……じゃねがった。変なことせんように監視しちゃらんと。
 このように使命感に燃える真尋を、一体誰がはねのけられようか。
 そんなわけで秋日子と要のあいだには、しっかりと真尋が入っている。
「うわ、きれいな光景〜」
 公園の全景が目に入るや秋日子は言った。
 この言葉は嘘ではない。ないのだが、心が百パーセント自然観賞に向いているかといえばそうではない。実際は半分くらいではないか。
 じゃあ残る半分はというと、やはり要に向けられているということになる。
 昨年のクリスマス、秋日子は要に自分の気持ちを伝えた。
 つまり、告白した。

「私が本当に好きなのは…………かっ……!」
「……か?」
「飾り付けなのよ、クリスマスツリーの!」


 ……あれは、ちょっとやってしまった感がある。勇気を出したのはいいのだけれど、勇気、出し過ぎて駆け抜けてしまったかもしれない。
 でも告白は告白だ、ちゃんと「ずっと好きだったの!」と告げている。メッセージはストレートに届かなかったけれど。
 ――ああ、ダメだダメだ。
 自己嫌悪気味の秋日子である。
 失敗を悔やんだり、今日デートできなかったことを思い悩んでいるばかりじゃダメダメだ。今日はそういうの抜きにして、三人で楽しく過ごそうと考え直す。
 けれど、どうしてもギスギスした空気があるのは事実だ。
 それはつまり、真尋がほぼ一方的に要に敵意を向けているからだ。
 こうなったら――秋日子は心を決めた。
 思い切った方法を取るしかない!
「ちょっと飲み物買ってくるから、二人ともそこで待っててね」
 出し抜けに告げると、二人の返事など聞かず秋日子はダッシュでその場を離れた。けれど足は売店には向かない。その方向には行くが、自然公園の門柱の影に隠れる。
「うぐ!?」
「え……あ」
 残された真尋と要は、動くわけにもいかず立ち尽くす格好となった。
 ――秋日子さんと要さんを二人きりにさせまいと思っちょったのに、いつのまにかウチと要さんが二人きりにさせられやんした?
 ――真尋くんと二人きり……少し気まずい……ああ、また睨んでる。
 どうしよう。
 なにか、話したほうがいいだろうか。いいに決まってるけど。
 先に口を開いたのは真尋だった。
「要さんは、秋日子さんのこと好きなんですか?」
 ジャブなんてものはない! いきなりの超豪快ストレートな問いだ!
 はぐらかすような返事さしたら、許さねえですから――と言わんばかりの目で要を見据えた。
「ええと……」
 さすがの要も言葉に詰まってしまった。
 ――『彼女は自分にとってパートナーで、大切な人ですし』 この言葉をそのまま言ったのでは、閻魔大王みたいな今の真尋に許されるはずもないだろう。
 それに、これじゃなんだか言い訳してるみたいだ。
 言い訳はしたくない。する必要だって、ない。
 深呼吸して胸の高鳴りを押さえると、落ち着いた声で要は言った。
「俺は秋日子くんのこと好きですよ」
 はじめて言葉にできた。はじめて、自覚した。
 はじめて、自分の心に気がついた。
 口に出してみると不思議とすっきりした気分で、要は優しい表情になることができた。
「そ、そうどすか……正直なんは、ええこときに」
 訊いた真尋のほうが赤面してしまった。
 なんだろう、しゃくに障るが……ちょっと、格好いい。
 今の要は似すぎである。顔や口調というより、その優しさと強さが。
 ――要さんが兄さんに似てねがったら、ウチもここまで気にならへんのに。
 なんだか涙が出そうだった。悲しいからではない。会いたかった人に、再会できたような心地がしたから。
 悔しいけど。
 それはとても、悔しいことだったけど……真尋にとっては。
 秋日子の隠れた場所からは、二人の話までは聞こえない。けれど、要と真尋が会話していることだけならわかった。
 なんの話をしているのか――気になる。けど、悪い雰囲気ではなさそうだ。
 ほっと胸をなで下ろすと、秋日子は今度こそ本当に売店へと走ったのだった。