シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

【4周年SP】初夏の一日

リアクション公開中!

【4周年SP】初夏の一日

リアクション



25.七夕祭りの日


「いやな、だから……そっちじゃない、こっちの道だって」
 ――まるで保護者だな、と。
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は思った。
 でも、嫌な感じじゃない。それは、三人のパートナーが笑顔だったからだろう。
「ねー、次はどっちですか? 早く行きましょうよー!」
 先頭で、一番はしゃいでいる千返 ナオ(ちがえ・なお)が振り返った。ナオは家を出てからというものずっと、今にも駆け出したいというようにうずうずしていた。
 ナオは見た目なら中学生。本当なら家族と出かけるなんて……という反抗期に入っていてもいい年頃だが、強化人間という生い立ちのせいか。自分自身を救ってくれたかつみたちを慕っており、家族のように思っている。
 みんなでお出かけできるのがすごく嬉しいのだろう。
 ナオが満面の笑顔なのを見て、かつみはそれだけでも出かけて良かったかな、と思っていた。
 そのナオが振り返ると、彼の両腕に抱えられている一冊の本、いや省エネモードの魔道書と向き合うことになった。より正確にはその名前の通り、魔導「書」ではなく研究「ノート」である。
「かつみよ、そのユカタなるキモノは、お祭りに行くための正装という位置付けでよいのじゃな」
 ノーン・ノート(のーん・のーと)はやたらもったいぶった口調で口を開いた。
「うーん、伝統衣装ではあるけど、元々は正装っていうかむしろ略装? だな。今の日本じゃ洋服の方が浸透してるから、浴衣の方が着るのに手間がかかるけど……。
 お祭りに行く時に着るのって、雰囲気が出るからとかじゃねーかな」
「そうだね、雰囲気は大事だ」
 頷いたのはエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)。こちらは吸血鬼の青年だ。
「たとえばタシガンの街中で日本風の太鼓を叩き鳴らすのはちょっと違う気がするしね」
「首都って言っても、この街は新しいからな……。開発始まったのが地球とパラミタが繋がってからだし、日本の文化が特に流入した上に、結界まであるわけで」
 かつみは立ち並ぶ高層ビルを首を伸ばして見上げた。初夏の日は長い。まだ空は昼間のように明るい光を空京に投げかけている。
「……だからこーいう日本風の祭りができたんだろうけど。それでいい機会だと思って」
 顔を正面に元に戻せば、目的地が見えてきた。
 高層ビルを抜けた先は、低層の店が立ち並ぶ商店街だった。現代日本と大して変わらない光景は、どこかかつみを懐かしい気分にさせる。
 あちこちに笹の葉に吹き流しや三角を連ねた七夕飾りが飾られ、お祭りのポスターが張られていた。日時は今日の午後六時から。今は五時過ぎだから、あと一時間ほどで始まる計算だ。
 ふと、ノーンが七夕飾りを指さした。
「かつみよ、あの笹に付けてある、札みたいなもの……あれは何だ?」
「あれは短冊って言って、願い事を書いて吊るすんだよ」
「何故願い事を? お祭りというのは神事ではないのか? 日本の願い事は絵馬に書くと聞いたことがあるが……」
「私も聞いてみたいですね」
 エドゥアルトも同意するので、仕方ないなぁ、とかつみは手っ取り早く『織姫と彦星』の話を三人に話して聞かせた。
「……ってことで、お祭りには一つ一つ由来があるんだよ。――ああ、ここだぞ、ナオ!」
 行き過ぎたナオの背中に呼びかけて、くるっと駆け戻ってくる彼を待ち、
「ここだよ、貸衣装は」
 とある建物の前でかつみは立ち止まった。


 その二階建ての建物は、商店街所有の建物のひとつ――いわゆる寄合所のようなものだった。
 今日はお祭りの参加者のために解放されており、お祭りの実行委員や、着物を扱う店の販売員や商店街の美容師などなどが集まって、参加者に貸し出しと着付けを行ってくれるという触れ込みだった。
 単なる慈善事業というわけではなく、日本文化に触れてもらいたい日本企業や日本から移住した住民、ついでに着物を売ったりしたい販売員、顧客を増やしたい美容師と意図はそれぞれ異なるのだけれど、かつみにとってはそれはどうでもいいことだ。
「これ何、トンボ柄? あっ、こっちは車だー!」
 ナオはハンガーに掛けられた浴衣の群れに突っ込んで、早速あれこれと引っ張り出している。
 かつみは苦笑しながら、
「それ子供用だからな、ちゃんと身長に合うの探せよ。……で、どうした、エドゥアルト?」
 エドゥアルトもそれなりに真剣な表情で、二枚の浴衣を見比べている。
「色合いがみんな似てるね。あまり違いがないような……? 浴衣ってこんなものなの?」
「そうだなー。レディースは色んな花やら金魚やらで華やかだけど、メンズは落ち着いた柄が多いな。あぁでも、素材も違うと雰囲気と着心地が違うぞ。麻とか綿とか。
 ……何だ、ナオ」
 かつみは袖をちょいちょいと引っ張られて後ろを向けば、顔を輝かせたナオが立っていた。
 両手に明るい水色の浴衣を持っていた。子犬かリスみたいだな、と思う。
「ねぇねぇ、これにしてもいいですか? 変じゃないですか?」
「いいんじゃないか、明るくて。帯は何にする?」
「えーとえーと、黄色にします!」
「……かつみ、私はこれにしようと思うんだ」
 今度はエドゥアルトが、かつみに尋ねてくる。
 彼の選んだ浴衣は、黒地に細い白系のストライプが入った浴衣と、目の色と同じ赤い帯だった。
「折角だから、下駄を履いてみたいんだけど。下駄と草履って違うの? どれがいい?」
「待て待て、急ぐなよ」
 かつみは、自身はベージュのような色合いをした生成りに、紺系の帯を選ぶと、
「俺が着替えたら、みんなに着付けてやるから、ちょっと待ってろ」
 ――と言いつつ。
 実はここで着替えに手間取った。というのも、そもそもお祭りに着たのはパートナーたちが「浴衣ってどんなもの?」とあまりに聞くので、このお祭りを選んで着ることにしたわけで……。
 かつみは特別浴衣に詳しいわけではない。
 浴衣は日本の伝統衣装だが、せいぜい旅館に泊まった時か、お祭りのときにしか着る機会がない、ごく普通の日本人である。
 自分は何とか着替えたものの、これから待っているのは二人分の着付け。甚平にすれば良かったか、という考えがちらりと頭をよぎったが、期待に満ちた目を向けてくる二人に逆らえず、当初の予定を粛々と遂行することにした。
「いいか、足を少し広げて立て。じっとしてろよ、ここに腕を通して……ここを引っ張って、っと」
 かつみはお祭りの前に勉強した知識を総動員し、四苦八苦、手間取りながらも何とかかんとか日本人の威厳? を保ち、商店街の人の手を借りずに着替えさせることができた。
「……わあぁ、すごい、すごい!」
 ぴょんぴょん跳ねてくるくる回るナオと、嬉しそうに微笑みながら袖を広げ、自分の姿を確認するように、部屋の中をぺたぺたと歩き回るエドゥアルト。
「じゃあ今度は俺の番ですね!」
 ――と、おもむろにナオは千代紙を取り出し、その辺の台に広げると折り始めた。
「折りおり、折りおり……」
「それは何だい?」
 横からエドゥアルトが覗き込む。
 ナオが折ったのは、青系統の色で刷られたシックな秋草文と、ちょうど中心に黒い千代紙を細く切って折って線を入れたものだった。
「先生の浴衣……は着れないので、浴衣の帯です。どうせならみんなで着たいじゃないですか」
 感心したようにエドゥアルトが頷く。
「優しいんだね」
「いえ、かつみさんがアイデアくれたんです! ……あ、言っちゃった」
 ナオは慌てて口を押えるが、飛び出た言葉は戻らない。
 ――俺からって言うなよ……絶っ対に調子に乗るから。
 かつみが千代紙をくれた時に、そう言っていたことをうっかり忘れてしまったのだ。
 だが、ノーンは聞かなかったふりをした。素直じゃないかつみの心遣いを受け取ったのだ。
 ナオがくるりとノーンのお腹に帯を巻いて、
「せっかくですので、こちらも作ってみました」
 ナオはノーンの頭に、同じ千代紙で作った栞を挟んであげる。
「どーだ、よく似合ってるだろう」
 ……ドヤ顔。
 着付けをしている三人を楽しそうに見ていたが、自分もその輪の中に入れるのは、やはり嬉しかったようだ。
「はい、お似合いですよ」
「うん、千代紙で着物風の帯を作るとはなかなかだね」
 満面の笑みのナオに続き、ねぇかつみ、とエドゥアルトが意味ありげに言うので、かつみは、あー、と誤魔化すように妙な声を出して鼻先をかいて。
「……いいから、祭りに遅刻しないうちに、さっさと行くぞ!」
 かつみは顔を見られないように、先に立って歩き出した。

 〜七夕祭りにて〜