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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 新帝誕生 




 荘厳かつ広大なエリュシオン宮殿の中でも、最も華やかで美しい大広間では、式典のための最後の準備が行われている所だった。儀式官たちが粛々と場を清め、玉座を整えて、その主を迎える準備を進めている様子を、遠巻きにしながら帝国内外の賓客たちは、さわさわと細波のようなざわめきと共にその時を待ちわびていた。流石に式典に参加できる資格を持った者達は皆、騒ぎ立てたり落ち着かなさを顕にすること無く、皆思い思いに寛いだ様子だ。

 そんな中、広間とバルコニーで繋がる小広間で暇そうな様子が隠しきれていないティアラの傍に、挨拶に訪れたのはエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)だ。普段のアイドルの衣装ではない、豪奢な礼服を纏ったティアラに優雅に頭を下げるとにっこりと笑いかけた。
「直接お目にかかるのは、初めてでございますわね……海音☆シャナのパートナーのエレナ、と申します」
「あぁ……」
 不思議そうな顔をしていたティアラは、ようやく合点がいったという様子で頷き、にっこりと笑って「その節はお世話になりましたねぇ」と柔らかな口調とは裏腹に、ひんやりとした声音で言ったが、直ぐにそれもかき消して、僅かに肩を竦めて見せた。
「まったく、手こずらせてくれたって言うかぁ……予想外の邪魔をしてくれましたよねぇ」
 怒っているのではないだろう。皮肉めかしてはいるが、どこかからかってもいるような声だ。エレナは少し表情を緩めると「本日は、お願いに上がったのですわ」と切り出した。
「お願い、ですかぁ?」
「ええ。これからも、彼女の……そう、ライバルとして、お付き合いさせていただきたいのです」
 首を傾げたティアラは、その言葉に意外そうに目をぱちぱちとさせた。今までのいざこざを忘れて、と言うのでも、逆に決して許さない、と言うのでもなく「ライバル」として「お付き合い」、という言葉が新鮮だったのか、ティアラはくすくすと笑って口元を覆った。
「……それってぇ、お友達じゃ駄目ってことですよねぇ?」
 試すような口調にも、エレナはにっこりと笑う。
「恐れながら、あなたは同じアイドル相手に仲良しこよし、で満足される方とは思えません」
 しれっと口にされる言葉に、更に笑いを深めたティアラに、エレナはその笑みを柔らかく緩めた。
「同じアイドルとして、ライバルとして、高みを目指しあう方が面白いのではありませんか?」
「それってぇ、ティアラに叩き潰されても文句は言えない、ってことですよぉ?」
 目を細めたティアラは、脅しのような言葉を口にしたが、その声は笑っている。半分本気の半分冗談、といったその声音を理解しているのかいないのか、エレナはにこやかに笑みを湛えたままだ。根負けしたように肩を揺らして「これは、甘く見れないですねぇ」と呟いて、ティアラはにっこりと笑って見せた。
「あなたのパートナーに伝えてもらえますかぁ? ……ティアラは、優しくないですよ、と」
 そのライバル宣言にも似た言葉に、エレナは満足げに微笑んだのだった。

 そんな二人の様子を微笑ましげに、一際貫禄をまといながら眺めていた選帝神ノヴゴルドの傍に寄り、恭しく頭を下げたのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。行方不明とされたジェルジンスクから、ユグドラシルに訪れるまでの危険な道のりを護衛として共にしたからだろう。今までお世話になりました、と頭を下げた詩穂に、ノヴゴルドは表情を緩めた。
「何、世話になったのは此方の方だ。わしのことも、ユグドラシルのこともの」
 その言葉に、恐縮するのと同時に誇らしさも感じて表情を緩め、式典の行われる広間へ向き直ると、こみ上げる感慨に思わず息をついた
「やっとこの日が来たのですね」
 ノヴゴルドの暗殺計画を防ぎ、セルウスの無実を証明し、正統な手順に則って選帝の儀を行う――そのために、奔走し、ようやくそれが報われる時がやって来たのだ。勿論これはただの節目の1つで、エリュシオンの新たな時代はこれからが始まりであるのはわかってはいるが。
「今、どういうお気持ちで戴冠式を迎えていらっしゃいますか?」
 思わず訊ねると、ノヴゴルドは真っ白な髭を撫でながら「そうじゃの」と目を細めた。
「感慨深いものはあるが……ここだけの話じゃぞ。少々、不安でもあるの」
 そう言いながらもちっとも不安げではない様子なのに詩穂が首を傾げると、ノヴゴルドは意外な茶目っ気で声を潜めると「間違って裾を踏んで転んでしまわぬかと、はらはらしておる」と笑った。その声音は、臣下としての年若い皇帝への親愛と言うよりは、幼い子供を見守る年長者のそれである。
「ノヴゴルド様から見たらセルウスさんや詩穂は孫みたいなものなのでしょうね」
 くすりと笑って、再び視線を広間側へと戻すと「思い出すなぁ、アイシャちゃんがシャンバラの国家神になったときの戴冠式」と詩穂はしみじみとした口調で呟くように口を開いた。その時とは、感慨の種類も想いも違ってはいるが、その時の光景は、豪華な宮殿から連想されてまざまざと脳裏に蘇ってくる。その横顔に目を細め、ノヴゴルドも大広間を向き直ると静かに息を吐き出した。
「空座のエリュシオンはここまでじゃが……新たなエリュシオンは、ここからじゃの」
 小さいが、重たい一言に詩穂も頷いて、セルウスが座ることとなる玉座を眺めた。
「アスコルド様の後を継いだセルウスさんもこれからの時代の国家神なんですから、様々な試練が待ち受けているんでしょうね」
「左様であろうの」
 頷くノヴゴルドの目は、既にこの先の、しかも直ぐ傍まで迫ってきている脅威を見ている。それを悟って「アールキングの脅威が去ったわけじゃないです」と、詩穂はあえてそれを口に出した。
「いつまた、エリュシオンが、ユグドラシルが狙われるか……いいえ、パラミタに害を成すか」
 祝いの日に相応しくない言葉かもしれなかったが、それでも言わずにはおれない、といった調子で、詩穂はノヴゴルドに誓いを立てるように、国の垣根を越えた信頼を確かめるように、胸に手を当ててノヴゴルドを真っ直ぐに見やった。
「詩穂は……もしエリュシオン帝国に何かあったら、また駆けつけますから」
 その言葉に、ノヴゴルドは静かに目を細めると、言葉の代わりにゆっくりと頭を下げたのだった。


 


 そんな彼らを遠巻きに、氏無やアーグラ達と共に、エリュシオン、シャンバラ両国の賓客たちの警備に勤めていたのは叶 白竜(よう・ぱいろん)ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。警備とは言え、式典の場だ。龍騎士たちの装いも式典用の豪奢なもので、ニキータ達も普段の軍服姿ではなく、飾緒のついた華やかなものだ。
 そんな中で、彼らと同じ教導団員でありながら、軍服ではなくドレス姿をしたスカーレッドを見て、ニキータは目を瞬かせた。
「うわ……迫力あるわね、大尉のドレス姿……」
 顔の傷を器用に隠すように長い髪を結い、深みのある赤のドレスは、派手さも無く、意外に露出も少ないものだが軍人であるため女性にしては体格も良い上、胸元は言うに及ばずだ。美醜云々ではなく、妙な迫力がある。生半の男性は気圧されてしまいそうな姿に、ニキータは羨ましげに溜息をついた。
「あたしも、ドレス来てダンスパーティーに参加したかったわ〜」
「それは是非、拝んでみたかったわね」
 本気でそうしたがっているという口調に、スカーレッドはくすくすと笑った。スカーレッドの方は本心でそう言っていた様だったが、引き締まって均整は取れていても、男性的な種類で体格は良いのは制服からでも明らかで、それがドレス姿……と、想像したらしい周囲がちょっとどよめいた。それには構わず、ニキータはちらりとその視線を白竜へと向けた。
「叶少佐も、舞踏会に参加するんでしょう?」
 そのじっとりと羨ましげな様子に、苦笑気味ながら白竜が頷くと、ニキータの溜息は更に深いものになった。
「まぁ、大尉も楽しんできてよね。あたしは仕事だけど……」
 のの字を描きながら呟く様子に、スカーレッドも苦笑して肩を竦める。
「私も仕事だもの。壁の花よ。まさかそこの髭面を、賓客の前に晒すわけにもいかないでしょう?」
「個性だよ、こ、せ、い。この髭の魅力がわかんないかなぁ」
 唐突に引き合いに出されて、氏無は目を瞬かせたものの、すぐに戯れに口を尖らせて見せる。そのふざけた様子を横目で見ていたアーグラは「キリアナがこの場に居ないのが残念だ」とぼそりと口にした。
「その髭を綺麗に削ぎ落としてくれるだろうに」
「そこの傷の赤みたいなこと言わないでくれる?」
 淡々としていて冗談と判りにくいアーグラの言葉に、露骨に顔を顰めた氏無に、白竜はじっと視線を向けた。
 いつもはだらしない着こなしも、流石に今回は儀礼祭典用の制服をきちんと着用しているが、妙に新品臭い。だが着慣れていない、という風でもない。それに僅かな違和感を覚えながらも、やや圧力の篭った目線を送り続けていると、根負けしたのか「なんだい?」と訝しげに氏無は首を捻るのに、白竜は漸く口を開いた。
「エリュシオンの奥棟に位置する騎士団の長と、どういった縁故なのかと思いまして」
 アーグラの率いる第三龍騎士団は、ユグドラシルを守るのが役目の騎士団だ。キリアナの例を除けば、エリュシオンの外へ出てくることが無いはずの相手と、友好かどうかは別として、縁ができること自体が妙である、と。言外に、今回のエリュシオンとシャンバラを秘密裏に繋いでいる存在を尋ねていることを悟りながら、氏無は「年も食えばねぇ、それなりに色々あるんだよ」とはぐらかした。その反応も半ば予想通りだったので、祝いの席であるというのもあって、それ以上は追求せず小さく息を吐いた。
「……いつか紹介していただけるのでしょうね」
「そうだねぇ」
 それでも一応念押しするように口にすると、のんびりとした口調で言って、氏無は目を細めた。
「その内判る、と言いたいとこだけど、まぁヒントぐらいは、教えておくべきなのかな」
 その言葉に意外そうな目をする白竜に、なぞなぞでも出すような気楽さで、氏無は続ける。
「今度の事は、両国にとってものすごく微妙な問題でね。帝国としても、国軍としても、最悪の場合に働く安全弁を用意しておく必要があったわけだけど、直接かつ最短でそれを動かすにはその「誰かさん」は現場にいるのが一番いいよね?」
 まぁ、そういうことだよ、と肩を竦める氏無に、「それは……」と言いかけて、白竜は口をつぐんだ。
 ファンファーレが鳴り響き、選帝神たちが移動を始める。
 式典が始まりを告げたのだ。


 選帝神達の祝祷から始まり、七つの地方を示すそれぞれの神器が、セルウスに手渡されていく。ずっしりと重みのあるそれらを受け取るセルウスの顔は、遠目には判り辛いものの、いつになく緊張しているように見える。ノヴゴルドではないが、感慨と同時に手に汗を握る心地で、契約者たちはバルコニーから式典の様子を眺めていたが、普段のセルウスを知らないから、というのもあるだろう。バルコニーが相当分である貴族たちに混じって、普段は宮廷に入ることが滅多に許されない下級貴族たちが、ほう、と感動したような息を漏らすのが見えた。
「お若いですが、頼もしい顔つきですね」
「指先まで、力が入っておられるご様子。皇帝たる決意が滲むようではありませんか」
 見方が変わればこうも違って見える、という良い例だが、それはそのまま、彼らがセルウスに抱く期待の表れでもある。些か興奮した様子で、式典の感想を囁きあっていたうちの一人が、ふと気付いたように警備にあたる白竜たちを振り返った。
「あなた、シャンバラの方でしょう?」
 あなた方から見ても、そうは思いませんか、と同意を求めるように微笑まれ、白竜は頷くと共に「帝国の今後の繁栄と平和を願っております」と続けて、白竜は僅かに表情を緩めたのだった。