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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 世界樹ユグドラシル 1 





 世界樹ユグドラシル内でも、華やぐ帝都から離れた、複雑に枝分かれを繰り返す通路の中、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は表の喧騒から背を向けるようにして歩いていた。
「まだ本体を倒したわけでもねぇってのに、気楽なもんだぜ」
 以前、選帝の間へ向かう際に通った道の入り口は、世界中の遥か上空にあったため、ルートを逆行する足取りだ。普段は樹隷すらも余り通ることがないらしい場所のためか、日が過ぎた割にはまだそのときの傷跡が、かしこに残ったままだ。
「この分なら、死体も残ってやがるか……?」
 呟いて、竜造はゆっくりとした足取りの中で、ここに至るまでの経緯を思い返していた。

 始まりは、ナッシングの噂を確かめに来たことだった。
「それが、気がつきゃ、セルなんたらの皇位継承問題になってやがったんだからな……」
 話がでかくなりすぎだろ、とぼやきながら、思い出す旅は、随分と長かった。闘技場に行き、コンロンの遺跡へと至り、極寒のジェルジンスク監獄から、帝都ユグドラシルにまで辿り着いた。目的はナッシングとの殺し合いであったはずが、神出鬼没のためになかなか捕まらず、捕まってもタイミングが悪い、という繰り返しだ。
「その上、オリオンだかっていう秘密結社の仲間になったつうしな」
 今はオルクス・ナッシングと名を得たそのナッシングは、今やオリュンポスの一員であり、彼らも幹部と扱っている以上、手を出せばまとめてくっついてくるだろう。そうなると、タイマンで勝負したい身としては、有難くない。
 そんな折のことだ。ジェルジンスク監獄で、一人の少女と刃を交えたのは。一度では殺しきれず、二度、三度と刃を交えていた瞬間は、竜造にとっては退屈しないで済んだ時間だ。
「名前ぐらい、聞いておけばよかったか」
 意味はない、と知りつつ竜造は呟いて、その足を止めた。
 丁度、その三度目の殺し合いを行った場所に着いたのだ。だが、流された血や剣戟の跡は残されていたものの、その死体はそこにはなかった。息絶えていたのは確認している。調べるためか、単純に葬るためだかは知らないが、回収されてしまったのだろう。
「ま、そりゃそうか」
 肩を竦めて、血溜まりの跡を見下ろして竜造は目を細めた。回収されていれば、松岡 徹雄(まつおか・てつお)が見つけるだろう。そう考えて、不意に少女が投げたダガーを探すように視線をめぐらせた、その時だ。
 どこかの通路の分岐を辿って来たのだろう、ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)が、近付いていた。
 この辺りに人が居ると思っていなかったためか、一瞬ぴくりとお互いの手が自身の得物へ伸びかけたが、敵ではないのも直ぐに判ると、関心を向けるでもなく、ちらと視線をかわしただけに終わったのだった。


 そのまま先へ進むファドラの足取りは、どうやら選帝の間へと向けられているようだ。暫くして、竜造のいた地点からいくらか遠ざかったところで、ファドラが足を止めた。
「いかがでしたか」
 その声に、すっと姿を現したのは辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)だ。一足先に選帝の間へ向かっていたのだが、浮かない表情を見るに、あまり成果はなかったようだ。
「流石に、アールキングが消えた今、監視が厳しくなっておったよ」
 元々、選帝の儀以外では皇帝も入れないと言う場所だ。龍騎士が目を光らせる中での進入は流石に危険すぎるのだ。
「まぁ、遠目にだが見たところでは、魔法陣以外で収穫できそうな情報は無かったようじゃがな」
「そうですか……」
 残念さがにじむ声音で、ファドラはしゃがみ込んで、ユグドラシルの壁に指を這わせた。戦闘が行われていたコースからはやや離れていたため、戦いの傷跡は無い。ならば、あちこちに蔓延っていたアールキングの根が残されているのではないか、と思ったのだが、召喚が止まり、顕在していた一部が消滅したことで、残っていた根もエネルギーの供給源を失って、灰に帰ってしまっている。
「……結局、石化した根も崩れてしまっていましたし、手がかりを残さないようにできていたのですかね」
「まるで暗殺者の所行じゃの」
 抜け目の無いことじゃ、と呟く刹那に頷いてファドラは小さく息を吐いた。アールキングの根が、パラミタへの復讐の為に役に立つのではないか、と思っての探索だが、余り良い実りは無さそうだ。いっそのこと、パラミタの崩壊をもくろむアールキングに接触を持つ方が手っ取り早いのかもしれない。そんな事を考えていたファドラが、再び息をついた、その時だ。
「……っ!」
 しゅるり、と飛び出したきた根が、足元に絡み付こうと伸びてきたのだ。とっさに投げつけられた刹那の短刀が根を床に繋ぎ止めて事なきを得たが、息をつきながらしゃがみ込んで眺めたそれは、まだ力が残っているのか、うぞうぞと蠢いてユグドラシルの中へもぐりこもうとするように動いている。断ち切られてもまだ失われない、憎悪にも似た執着がそこに見えた。
「……悪あがきにしても、凄まじい執念ですね」
 呟いて、サンプルにしようとファドラは手を伸ばしたが、案の定、それも力を失って動かなくなったと同時、ざらりと灰になってしまうのに、ファドラは思わず溜息をついた。
「灰でも無いよりはマシですかね……」
 もしかしたら、何か判るかもしれないし、と手に残った灰と、落ちたものとをかき集めて袋に集めていきながら、ファドラは不意に、疑問を抱いた。
「しかし、何故突然襲い掛かってきたんでしょうか」
「おそらくは、あれじゃろう」
 呟いたファドラに、刹那が通路の先を指さした。首を傾げて耳を澄ましていると、遠くから小さな声がする。いや。
「歌、ですね、なるほど……あれに反応していたわけですか」



 そうしてファドラが視線を向けた、その先の通路では、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)の歌が通路に響いていた。まるでその歌声を恐れるようにして飛び出してくるアールキングの根を、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)の二人が排除していた。
「セルウスの晴れの日に、ケチが付いてはいけないのだ」
 不安の目になりそうなものは、取り除いてしまっておかなければ、と、通路のあちこちを通りながら根の残りを駆除して回っているのだ。
 アールキングの幹が健在の内は、協力かつ厄介だった根も、今はその殆どが灰と変し、残ったものもその執念はともかく、大使達からもないため、駆除は順調に進んでいる、かに思えた。
「きゃ……っ!」
 ユリが声を上げた。小さな根が、ユリの足下に潜んでいたのだ。伸びた根の先は、まっすぐにユリを狙って襲いかかって来る。
「クッ!」
 とっさにララが飛び出し、リリの火術が放たれたが、僅かに遅かった。ララの槍が枝を真っ二つにした瞬間、最後のあがきとばかりにその樹液をユリに向かって吐きかけたのだ。
「……っ!」
 一瞬遅れて空中で焼き尽くされた根を後目に、座り込んでしまったユリにリリが顔をのぞき込むと、ララが駆け寄って心配げに眉を寄せた。
「大丈夫か?」
「弱い毒だが目に入ったのだよ。毒消しはしたが、腫れが引くまで湿布しておくのだ」
 軽く診察して、継承であるのを確認して息をつくと、リリは包帯を取り出してユリの目をふさぐように巻いていく。その痛々しい姿に、ララは自分を責めるように眉を寄せた。
「やはりユリを引っ張り出すべきじゃなかった……」
 そんなララに、ユリは笑って首を振る。
「いいえ、これで良かったのです。一般の方なら怪我で済まなかったかもですから」
 そう言って微笑むユリに、強張ったララの表情も緩み、気を取り直したようにすっと膝を折って、騎士のようにしてその手をユリに伸ばした。
「ではレディ、お手をどうぞ」
「あら、騎士様のエスコートなら安心なのですよ」
 そうしてユリと腕を組んだララが、先へと進んでいくリリの後をついて、帰路へつくこと暫く。
 ふと前方から感じた気配に、リリとララの顔に緊張が走った。人ではない気配、そして虚ろな影のようなボロボロのローブ姿は、ナッシングだ。よく見ればそれは、オルクスの方ではあったが、いつかは助けられ、また共闘したとは言え、未だ得体の知れない存在である。いつその立場が変わるとも知れないのを警戒して、ユリを庇うようにして二人は前へ出た。だが。
「アルケーの気配がするのです。アニューリスが居るのですか?」
 オルクスの気配をまるで脅威と感じていないのか、包帯で目を覆ったユリが、ひょいと二人の間から顔を覗かせた。彼女の言うアルケーとは、ディミトリアスの双子の兄、アルケリウスのことだ。今は超獣の残滓と融合したような状態にあるため、その巫女であるアニューリスの傍に居るはずである。当然、二人ともその場に居るはずもないのだが、ユリはその見えないはずの目線を真っ直ぐオルクスの方へと向けている。
 リリとララが首を傾げていると、何を考えたのか、オルクスはゆっくりと近付くと、ユリを庇って前へ出たララに向けてその不気味な手を伸ばしてきた。
「これは……」
 その手にあったのは、黒いダガーだ。
「……探す物……と、違えた、ようだ……これ、の……必要は、我……に、では無い」
 攻撃しようとしているのではなく、渡そうとしているのだと悟ってそれを受け取ると、それで満足したのか、ララが呼び止める間もなく、オルクスは現れたときと同じように、唐突に消えていってしまったのだった。
 半ば呆然としているララに、ユリが恐る恐る手を伸ばして、黒い刀身のダガーに指を触れさせた。
「これから……アルケーの気配がするのです」
「もしかして、この刻印か?」
 ユリの言葉に、ダガーを覗き込んだリリは眉を寄せた。超獣事件の際に見た覚えのある、黒い太陽を象った紋様が、刃に刻まれているのだ。術的なものはもう既に効力を失っているようだが、むう、とリリは眉を寄せた。
「もしかしたら、これはアルケリウスを封じるときに、使われたのかもしれないのだよ」
 その言葉に、首を傾げる二人に、リリは続ける。
「超獣が復活したとき、一緒に蘇ったアルケリウスは、魂だけの存在だったろう?」
 では、その体のほうはどうしたのか。ディミトリアスの話では、巫女の死体を操るための屍術士が存在したと言う。彼らの一族を滅ぼし、更には復讐に力を貸すと嘯いて、その憎悪を利用して超獣をさせたアールキングである。強靭さと太陽を名に持つ程の力を持っていたアルケリウスの体を、ただ放置した、とは考えにくいのは確かだ。
「アルケリウス、それにディミトリアスの体が、奴の手に渡っている可能性もある、ということか」
「あくまで可能性の話なのだ」
 養分にしてしまった可能性も無くは無い。だが、もし体が残っていれば、アルケリウスを今の中途半端なものでなく、ちゃんと人の形で復活できるかもしれない。そう言って、はあ、とリリは溜息をついた。
「そうでないと、四六時中双子の兄が恋人にくっついてる、ディミトリアスが不憫でしかたがないのだ……」
 その言葉に、思わずララとユリの二人も、顔を見合わせて笑ってしまったのだった。