校長室
太陽の天使たち、海辺の女神たち
リアクション公開中!
●Fireworks(5) 誰もいない波打ち際。手をつないで打ち上げ花火を見上げるのは、匿名 某(とくな・なにがし)と結崎 綾耶(ゆうざき・あや)のふたりだ。 せっかくの環菜からの招待状、風光明媚な無人島でのバカンスというから、某としては他のパートナーたちも呼びたかったのだが、片や大切な女の子のためにと今日も出かけ、片や恋愛的な意味で気になってる相手のお店に遊びに行ったりで時間が取れなかった。 ……あ、髭野郎は別だ。彼は単純に、呼んでない。 そういうわけで二人きり、嬉しいけれど、寂しい気もしないでもない。 ――しょうがないとはいえ、最近なんだかみんなで集まることが少なくなってきたな。 パートナーだけじゃない。親友や友達とも、なんだか最近会えてない時が多くなってきている。 ――リア充ってそんなもんなのか? そんなことを思わないでもない。 リア充って、他の沢山のものを切り捨てて、シンプルになった人のことをいうのだろうか? だとしたら、リア充って、『充実』という文字が入っているのに……寂しい。寂しいのに『充実』って、どういうことだ。 「某さん、どうしたんですか?」 考えごとをしているのに気づいたのだろう、綾耶が呼びかけた。 「ああ、ちょっとな……考えこんでしまって。 パラミタにきて早数年、俺はこの数年で、沢山の変化を経験してきた。自分たちはもとより、世界を含めて各々色々と環境や身辺が変わるのも当然で……」 ――中には激変した奴もいたが……親友とか。 「同じ時間は永遠に続かないのはわかってる。それでも一緒に笑いあった相手と会えないのは、やっぱり寂しい気がするんだ。……変わらないものなんて、ないのかな?」 ごめん、まとまりのない言葉で、という某に綾耶はうなずいた。 「……某さんの言うことは、私にもなんとなくわかります」 「わかってくれるか?」 「ええ。私自身も、最近は親しい人たちとなかなか会えない時間が増えています。世界が色々と大変ですから、みなさんも巻き込まれたり何らかの理由で関わったりと忙しいのかもしれません。私たちが、最近そんな感じで色々やってきましたし……でも、少しでいいのであってお話とか、したいですよねぇ……」 「そっか、よかった。もしかしたら、『私とふたりっきりだとつまらないですか!?』とか怒られないかと思ったんだ」 「やだなあ。私、そんな無茶言いませんよ」 「そうだった。綾耶だもんな。俺の信頼してる……」 これを聞き、くすぐったそうに微笑して綾耶はさらに言った。 「変わらないものは、確かにないかもしれません。それでも、これだけは言えます。 私たち、今年も去年と同じように花火見てます!」 「ははははは」 「……わ、笑うことないじゃないですかぁ!」 「いや悪い悪い。でも、おかげで気づけたことがあったよ。変わらないものは確かにあったんだ。それも一番近い場所に」 「なんです?」 「綾耶だ。綾耶自身は様々な苦難の末に今に至ってるから、まるで変わらないというわけじゃはない。それでも、綾耶が俺にとっての『世界』である事に変わりはない。変わろうはずが、ない」 言いながら照れてきたのか、鼻の頭を某は軽くかいた。 「綾耶が言ったように、俺は去年と同じく彼女と一緒に花火を見てる。来年も、再来年もそうするだろう。その先も……パラミタの騒動が終わった後も、結婚した後も、子供が出来たり、孫ができたり、もしかしたらひ孫ができた後も、こうして一緒の空間で、一緒のイベントを共有する……その過程で変わることもあるだろう。それでも、大切な人と過ごすその時間だけは変わらないものにしたい」 それでいいかな、と某は言った。 それでいいです、某さんらしくてと綾耶は言った。 「抱きしめて下さい」 「ああ」 おいで、と某が腕を広げると、綾耶は黙って身を寄せた。 ふたりのシルエットがかさなり、ひとつとなる。 白いサマードレス、そしてサンダル、沢渡 真言(さわたり・まこと)は軽装、心も軽い。 「夜の海って、綺麗ですよね」 真言は振り返ってマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)を待った。 光精の指輪は用意してきたが、使う必要はなさそうだった。 なぜって空は一面の星空、黒い布の上にダイヤモンドをちりばめたような明るさだったからだ。 「ああ、来て良かったと思うよ」 マーリンはややゆっくりと、真言の通った道をたどってくる。 その声にリラックスしたものを感じて、真言は少しほっとしていた。 ――良かった。やっぱり夜にお誘いして正解でしたね。 昼間が苦手であろう彼のために、夜の海へ誘うという配慮を真言はしていた。 この日、招待状を受け取ってからずっと、真言には葛藤があったということは記しておきたい。せっかくもらった招待状である。もちろん恋人のマーリンの顔は一番に浮かんだが、どうしたらいいのかという悩みは長く続いた。 決してマーリンと二人きりが嫌なのではない。まだキス止まりだが互いの気持ちはわかっていると思うし、彼になら、いくらか甘えることができるはずだ。 けれど……マーリンはこのところ、なにか悩んでいるようなのだ。 この旅行に誘えば気晴らしにはなるかもしれない。 けれど、マーリンに気疲れさせてしまうだけかもしれない。 どうしても気になって真言は訊いた。 「あの……私に気を遣って、そんな場合じゃないのに来ざるを得なかったというのなら……」 「なに言ってんだ。来て良かった、って言ったろ? 気を遣ったとかそんなんじゃない。俺は真言からお誘いされたら、後のことなんて構わないでホイホイついてきちまう人間なんだぜ」 軽口を叩いて、マーリンは笑みを見せた。 「大丈夫だ。なにを心配しているのか知らないが、俺は楽しんでる」 ほっと安堵の息をはくと、真言はまた、砂浜を踏みしめつつ歩いた。 マーリンも歩き出す。今度は、彼女に並んで。 「なにか悩みがあるなら、私にも教えてくれませんか……」 「参ったな。やっぱり、そう見えたか」 「だって、マーリンは私の……」 「すまない。隠そうと思っていたわけじゃないんだ」 実は、とマーリンは前髪をかきあげながら話し始めた。 「あえて名前は言わないが、このところ、とある金髪のクソガキにわずらわされててな」 真言はすぐにそれが、誰のことであるか理解した。 「敵意剥き出しでかかってきたかと思えば、ふらりと現れてちょっかいかけてくる。……俺に対しての嫌がらせというのは良く分かるんだがな、一体何を考えているのかとずっと考えては腹立たしくも感じてる」 忌々しい、といった口調で続ける。 「俺は、奴をどうするべきなんだろうな……」 「わかりません。でも……」 真言は足を止めた。彼を見上げる。 「今は答えが出せないかもしれませんが、一緒に悩むことなら、できますよ」 「二人で悩めば、重みは半分うくらい、って思いません?」 「はは、違いない」 マーリンから笑みがこぼれた。いかにも真言らしい答だと思ったから。 でもこの答を、待っていたようにも思う。 「今の一時くらいはあなたの支えになりたいと思っています。いつもあなたが支えてくれて、私は強くあれるから」 「そう言われた俺の方がいつも助けられてばかりな気がする」 すっと手を伸ばし、マーリンは彼女の手を握った。 「立ち止まっている時にその手を差し出してくれるから、また立ち直らせてくれるから。 ……その手を離したくない」 「離さないでいて下さい、ずっと」 「ああ」 二人は両の手を結びあい、見つめあった。 何秒も。 何十秒も。 「あの……それで、ですね」 急にもじもじとしながら真言は言う。 「今夜……コテージに宿を取ってるんです……と、泊まりませんか?」 そうしよう、とマーリンは答えた。