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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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「これでおしまいかな?」
 ぱんぱんっと埃まみれになった両手をレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は叩いた。
「助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
 額の汗を拭い、レキはにっこりと微笑む。レキもまた、尋人と同じように、瓦礫撤去の手伝いをかってでていた。いつものTシャツにスパッツという軽装だが、そのTシャツも埃で汚れまくっている。
「せっかくだから、家で風呂使っていきなよ。服も貸してあげる」
「いいの? ありがと!」
 あたりはすっかり綺麗になった。まとめた瓦礫は、飛空艇に積み込み、あらかたは廃材置き場に運び済みだ。
「って……あれ、チムチムは?」
 そういえば、パートナーの姿がない。きょろきょろとレキが探していると、女悪魔の一人が、「あのもふもふした奴なら、あっちにいたよ」と教えてくれた。
「どこいったんだろ?」
 小首を傾げながら向かった先ではチムチム・リー(ちむちむ・りー)が、小さな子供の前に座り込んでいた。両手には、なにやら小さな箱を手にしている。泣きそうな顔をした少女は、慰めを求めるように、チムチムの柔らかな体にしがみついてその手元をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「あ、おねえちゃん」
「ここ、この子のお家だったアル。瓦礫の中から、コレを見つけたアルね」
 壊れた家の前で、宝箱がなくなってしまったと困っている少女を見かけて、『トレジャーセンス』でチムチムは小さな箱を探し出してあげていた。
 先ほどようやく見つかった箱は、しかし、内部が壊れてしまっているらしく、少女の鍵では開かなかったのだ。
「チムチムが開けても良いアルか?」
「うん。お願い」
「任せるアルよ」
 チムチムは眠たげな目のまま頷き、ぽんぽんと少女の頭を撫でてから、『ピッキング』で鍵を開けてやった。かち、と微かな音がして、チムチムの肉球の上で箱がぱかりと開く。
「わぁ!」
 中から出てきたのは、貝殻細工のネックレスや指輪だ。おもちゃのようなものばかりだが、それでも彼女にとっては大切な宝物だった。
「ありがとう、ありがとう!!」
 もふもふの首にしがみつき、少女は歓喜する。
「よかったね。チムチム、やったね!」
「チムチム、役に立つアル」
 レキの賞賛に、チムチムは胸をはった。
 だが、そのとき。
「……チムチム、彼女といて」
 そう言い残し、レキはその場から走り去る。『イナンナの加護』の力によって、なにものかの気配を敏感に察知したからだ。
「ったく、もう!」
 見つけた影は、ほんの小さなものだった。だが、まだタングートの内部に、ソウルアベレイターの残していったものはあるということだ。
 穢れを発しながら、物陰に潜んでいた幽鬼を、すかさずレキは『破邪滅殺の札』を投げつけた。
 甲高い断末魔をあげ、黒い影は不気味に身をよじり、のたうちながら消えていく。
 それほど手強い奴じゃなかったのは幸運だが、まだ安心はできないということか。
「もう、こんなことしてるから男が嫌われるんだよ。もちろん、男の人にもいい人はいるけど、あのオカマ達は最低だよね!」
 思わずレキはそうひとりごちた。それから、以前窮奇にタングートでも使用可能にしてもらった銃方HCで、珊瑚城に連絡をする。
「あ、レモさん? レキだよ!」
「レキさん? どうかしましたか?」
 すぐさま、レモから反応が返ってきた。マイクにむかって、レキは手短に状況を報告する。
「あのね、まだ幽鬼の類いが、都の外れには残ってるみたいなんだよ。見つけ次第やっつけてるけど、他にもいると思うから、そっちも注意してね」
「わかりました。どうもありがとうございます。レキさんも、気をつけてくださいね?」
「ボクは大丈夫! じゃあ、またね」
 レキはそう言うと、通話を終了した。そこへ、チムチムがやってくる。
「大丈夫アル??」
「あれ? あの子は?」
「お母さんと一緒に戻ったアル」
 そう答えるチムチムの首には、ヒモがぶら下がり、先端には可愛らしい貝殻細工がついていた。ほぼヒモは毛皮に埋まってはいるから、白い貝殻だけが揺れているようだ。
「どうしたの? それ」
「お礼にもらったアル」
 チムチムはそう答え、やや照れくさそうに柔らかな肉球でふわふわの耳のあたりをかいた。



「店長が、タシガンに??」
 紅華飯店では、もはやだんだん慣れてきたゆる族着ぐるみ姿のスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が、花魄に店長のことを伝えに来ていた。
 店には『臨時休業』の張り紙がされていて、花魄はすでに旅支度は調えている。……が、一体どこへ行くつもりなのか、持っているのは調味料と鍋と包丁だけなのだが。
「どこへ行くつもりだったんですか?」
 高い裏声で、スレヴィは尋ねる。
「それは……ナラカです! ソウルアベレイターのところに店長がいるなら、なんとかしなくちゃと思って……!」
(やれやれ、明るくなったら無鉄砲になったか??)
 一発ド突いてやろうかとも思ったが、今の着ぐるみはそういうキャラじゃないと思いとどまり、スレヴィは「だめですよ」とだけ首を振った。
「あいつらのところに行ったところで、素直に教えてくれるとは思えませんし、逆に利用されるのがオチですよー」
「そ……そう、ですか」
 どこか花魄はほっともしているようで、握りしめていた両手を降ろすと、恥ずかしそうに目を伏せた。
「……ありがとうございます、止めてくれて」
「え?」
「ほんとは、私怖くて、……全然どうしたらいいか、やっぱりわからなかったんです。あんなにみなさん、色々教えてくれたのに。動けば少しは変わるかと思ったんですけど、やっぱり足が竦んでしまってて……私、ほんと、だめですね」
 己を恥じて、花魄は涙ぐむ。スレヴィはやや躊躇ってから、ぽんぽんとその頭を撫でてやった。
「でも、勇気が必要なのは同じですよ? 一緒に、タシガンに行きましょう」
「タシガンって……地上、ですよね? その、男の方が、いっぱい、いる……」
 花魄の顔色が、再びみるみる青ざめていく。怖さにしてみたら、ナラカとどっこいどっこいらしい。
「大丈夫ですよ!! ついていきますから。それに、ええと、佐々木の親族もいるそうですよ?」
 事前に佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)からは、そのように伝えてくれと言われている。
 当の弥十郎たちは、タシガンで店長捜しを先に始めてくれているはずだ。
「花魄に、協力してくれるって。……だから、行きましょう?」
「…………」
 迷いに迷って、花魄はぎゅうっとスレヴィの着ぐるみの手を握りしめた。スレヴィのあげた指輪が光る細い指先が、かたかたと震えている。
「スレヴィさんが、……一緒なんですよね?」
「はい」
 しっかりと、スレヴィは頷いてみせた。
「それ、なら……行きます。私、タシガンに行ってみます!」
 勇気を振り絞り、花魄はそう言うと、スレヴィを縋るように見つめた。
 どうやら、すっかり信頼されているようだ。
「よし、そうと決まれば、善は急げだ!……ですよ」
 つい素に戻りそうになるのを慌てて修正し、スレヴィは咳払いをすると、花魄の手を握りかえしたのだった。