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そんな、一日。~夏の日の場合~

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そんな、一日。~夏の日の場合~
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9


 夏といえば?
「海だ! スイカだ! 花火だ!」
 祭り! 浴衣! となおもはしゃぐウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)に、リィナ・レイス(りぃな・れいす)はにっこりと笑いかけた。
「うん。式の準備は?」
「……忘れてないぜ、大丈夫!」
 ウルスがぐっと親指を立ててみせる。リィナは、「微妙な間だなぁ」と苦笑した。
「ウルスくん、準備とかそういうのより行動派だもんねぇ」
「勿論だ!」
「…………」
「……いやあのだからって別に。そう、うん、準備が嫌いってわけじゃ。ナイデスヨ?」
「一生に一度のイベントだから、いいものにしたいなぁ。私」
「オッケィ。リィナが望むなら」
「うん。じゃあ、一緒に考えよう?」
 リィナは、ウルスと並んでソファに座り、結婚式関連の雑誌を広げた。決めなければいけないことを、あれこれと話しながら決めていく。
 大まかな部分が決まり、あとは手伝ってくれる人を選ぶだけ。
「バージンロードの父親役はやっぱりリンス?」
「かなぁ。やってくれるかな?」
「大丈夫だろ、姉の晴れ舞台なんだし」
「だといいな。あ、ブライズメイドはテスラさんにお願いしたいんだけど」
「わかった。頼んでおく。リングガールは?」
「クロエちゃんはどうかな」
「おー。いいんじゃね?」
「じゃ、決まり」
 雑誌を閉じて、伸びをする。ふっと頭を過ぎったのは、マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)とディリアーのこと。
 彼らは、来てくれるだろうか。
 マナは、来ると思う。けれどディリアーはどうだろう。推測だけれど、来ないと思った。
 でもきっと、見守ってはいてくれる。そんな気がした。
 目を閉じ、目を開け、立ち上がる。
「じゃ、ウルスくん。付き合って?」
「へ?」
 どこへ? と目を丸くするウルスの手を引いて、向かうは――。


 ヴァイシャリーで一番大きい、ドレスショップにて。
「リィナおねぇちゃんもテスラおねぇちゃんも、かわいい!」
 テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は、ウエディングドレスを試着していた。暇をもらって馳せ参じたマナの手によって、しっかりメイクまで施された上で。
 リィナからドレス選びに付き合って欲しい、と言われたのはしばらく前だった。てっきり、テスラに見立ててほしいのかと思って来てみれば。
「ねえ、テスラさん。これも似合うと思うよ」
「は、はい」
「クロエちゃんは、こっちが似合うと思うなぁ」
「わたしも? きていいの?」
「うん。いいよー」
 どちらかというと、リィナが女の子たちのドレスを見立てる側に立っていた。自分のドレスを選ぶ素振りのないリィナを少し心配に思ったが、なんてことはない。彼女の見立てはウルスがしていた。いや、あれは、見立てというより着て欲しいデザインのものを好きに着せているだけか。あれもこれもと、試着待ちのドレスがラックに並べられている。
 ちらりとテスラはウルスの方に視線を向ける。正確には、ウルスの隣だ。彼の隣で、リンスが何か喋っている。たぶん、リィナに着せるドレスについてだ。
「…………」
「テスラさん?」
 ぼうっとしていたら、リィナに声をかけられた。首を振り、笑顔を浮かべる。
「あ、いえ。なんでもないですよ」
 そう、なんでもない。
 自分の時も、ああして選んでくれたら、なんて、ただの夢物語でしかないのだ。
(夢物語、か。でも、いつか)
 実現すればいいと、心の奥で強く願った。


 最初はどこかそわそわとしていた女性陣は、いつしかドレスに夢中になっていた。装飾品も選び、つけたりポーズを取ってみたりとちょっとしたファッションショー状態である。
 完全にほったらかし状態となったリンスとウルスは、ソファに座って着替えを待った。
 なんとはなしにウルスの方を見て、少し驚く。随分、大人びた顔をしていたから。
「…………」
「なんだよリンス。どした。俺があまりにいい男だから見惚れたか」
「それはない」
「乗れよそこは。乗ってくれよ」
「なんかね」
「おう?」
「大人っぽくなったなあと」
「俺?」
「うん」
「……まあな。そうだな。考えごとしてたんだ、今」
 考えっつーか、とウルスは天井を仰ぐ。リンスは、ウルスを見ながら続く言葉を待つ。
「感慨にふけるモノがあるわけよ」
 感慨。口の中で繰り返すと、ウルスがおう、と頷く。それから、上に向けていた視線を試着室の方へと向けなおす。
「一昨年さ、PVとか撮ってたろ。あん時は俺、自分が主役になるなんてこと考えてなかった。小道具作ったりさ、そういう、なんつーの。裏方? それでいいやって思ったりもしたよ」
 再び、視線が動く。今度はこちらに向けられた。ウルスの目には、家族に向ける情のようなものがあった。
「そんな俺が主役になる日が来るんだ。リンス、お前が主役になる日も来るよ」
 自分が主役なんて、ちっとも想像がつかない。
 けれど、
「リンス君。これ、どうでしょう?」
 その時は、きっと彼女が隣にいるのだろうな、と思った。


 色々なドレスを着て満足したからか、テスラは不意に我に返った。
「って、そもそも私やクロエちゃんのドレスを選ぶのが主目的じゃありませんよ?」
 早くも次の衣装に目をつけていたリィナが、気付かれちゃったかぁと笑う。故意か。わざとか。あれでなかなかしたたかなのだな、と思った。
「リィナさんのドレスを、ちゃんと選んでください。ウルスとふたりで。さあどうぞ」
「もうちょっとふたりの晴れ姿見たかったんだけどなぁ」
 などと言われても、知らない。ウルスのところへと連れて行き、ふたりで選ぶよう背中を押した。そして、テスラは今までウルスが座っていた場所に腰を下ろす。ちらりと、隣のリンスの様子を見た。リンスは始終表情を変えずにいたけれど、ドレス姿を見てどう思っていたのだろう。なんとも思ってない、なんてことはない、と思う。ないといい。
「あの。……どうでしたか?」
「ドレス?」
「はい」
「新鮮。かな」
「新鮮?」
「あまりああいう格好見たことなかったから」
 実のところ、仕事でそれに近い格好まではするのだけれど。雑誌の表紙を飾ったこともあったりするのだけれど。
「……見てないですよね。うん。いや見られてても恥ずかしいからそれはそれで……でも、うん……」
「どうしたの、ぶつぶつ言って」
「なんでもないですー」
 ぷいとそっぽを向いてから、ふと閃いた。
「どのドレスが一番よかったですか? 百文字以内で答えて下さい」
 これなら具体的な感想が聞けるかもしれない。妙案だ、と笑顔を向けたが、
「多すぎて覚えてない」
 あっさりと答えられてしまった。拍子抜けなんてものではない。
「少しは考えてみて下さいよ……」
「だって、どれもいいと思ったんだよ」
「……どれも?」
「どれも。……ああでも色は、白が一番似合ってた」
 白が似合う、なんて、感想ともいえないようなそれなのに、どうして嬉しく思うのだろう。見ていてくれたということが、ただ嬉しいのだろうか。
 自然と会話が切れた後は、特にどちらが話を切り出す等はなく、ただじっとリィナの試着を眺めていた。無言でいるせいか、色々と想像してしまう。
 例えば、自分の結婚式のことだとか。
「マグメル?」
「はい?」
「顔赤いけど」
 指摘に、さらに頬が熱くなった。
「どうしたの。具合悪い?」
「いえ、そうではなくて。……結婚のことを、考えてしまって。ほら私、もう十八歳ですから。リンス君も、もう二十歳ですし」
「俺の年?」
「あ、いえ。リンス君の年齢は関係ないですね、はい。ええ。一切。全然」
 不必要なまでに言葉を重ねたせいか、リンスが怪訝そうに首を傾げる。それでも察した様子は皆無だった。ほっとするやら空しいやら。
 再び落ちた沈黙に、ぐるぐるとした思考は続く。
(結婚……いやいやその前にキス、くらいは。とか。……言わないですけど)
「マグメル、また顔赤い」
「色々思うところがあるんです。女の子ですから」
「はあ」
「大事なので二回言いますね。女の子ですからね」
「??」
 大きな疑問符を出すリンスに、心の中でため息を吐く。わかっている。わかっていた。こういう人だ。そもそも、ここで気の利いたセリフがすらすら出てくるのはリンスじゃない。
(でもでも、だけど。うう)
 いっそ自分から言う? ああでもそんなこと、口にした瞬間恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。そしてずっとここにいても、同じようなことばかり考えてしまうので心臓に悪い。
「そろそろ帰ります」
「そう。送る?」
「いえ、いいです。選ぶの、手伝ってあげてください」
「わかった」
 それでは、と手を振ってドレスショップを出た。
 外の空気は蒸し暑く、道行く人の顔はほんのり赤い。
(私の熱さも暑さのせい)
 なんて心の中で呟いて、一歩、歩き出す。