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 第6章 悪友を前に、異端の排斥は意味を持たない

「「「とりあえず陣……氏ね」」」
「な、なんやお前ら!?」
 再会した途端開口一番にそう言われ、七枷 陣(ななかせ・じん)は面食らった。江宮 吉影(えみや よしかげ)田島 大樹(たじま だいき)相川 慎二(あいかわ しんじ)という陣が三馬鹿と呼ぶ悪友達から『遊びに来た、案内しろやゴルァ』とメールがあったのはほんの少し前のこと。突然の呼び出しながら懐かしさもあり待ち合わせ場所へ行くと、3人は揃って暴言を吐いてきた。田島と相川はジト目ながらノリで言っているようだが、吉影だけは何かちょっとマジ入ってるのが分かる。理由は何かと思ったが――
「結婚してただとぉ!? 写メ、写メの開示を要求する!」
 吉影のその一言で、全ての疑問は氷解した。

 ――この少し前。
「俺らが突然来ちゃったテヘペロってしたら、陣の奴どう反応すっかなぁ」
 契約していなくてもパラミタ大陸へ行ける、と知った慎二に誘われて空京に来た吉影は、皆で陣にメールをした後に悪戯心全開で友人の2人に言った。それを聞き、慎二が鼻歌でも始めそうな調子で明るく返す。
「久しぶりだよなあ、陣に会うの」
「陣と俺らが最後にあったのってだいぶ前だよな。マジ詐欺ktkr! って思ったのも懐かしい」
 そして、大樹は4人でつるんでいた頃を思い出しているようだった。実に呑気な様子である。
 実際、大学4年である自分達は既に就職も決定していて身軽な状態だ。吉影はIT企業にプログラマーとして、大樹は食品会社の開発担当として、慎二は商社の企画営業としての道が決まっている。これで、彼女がいればもう言うことなしという感じだ。否――慎二だけは彼女持ちで既に言うことなしなのだが。
「しかも、ついこの間結婚しました葉書くるし。これはkwsk聞かんいけませんよね?」
「…………何!? 結婚!?」
 ――そんな身の上だからだろうか。続けて大樹が言った台詞があまりにも思いがけなく、吉影は目を剥かんばかりに驚いた。
「陣の奴結婚していただと……葉書だと……なにそれきてないきいてない」
 結婚の事実と、それを聞いていなかったことに衝撃を受けつつ待ち合わせ場所に到着し、その上で再会の挨拶として――
「「「とりあえず陣……氏ね」」」
 と、3人は宣告したというわけである。

「え、犯罪? 18以上と生後……ってか起動後4年? 合法ロリと違法ロリの組み合わせ……だと……」
「これは両方晒し上げ一択しかない流れだな」
『写メ、写メの開示を要求する!』という吉影の強い主張の結果、陣は謹んで携帯を提出させられることになった。それを見て慎二は愕然と声を震わせ、大樹は大型掲示板とつぶやきツールの名前を出してからかうように笑っている。そして「…………」と画面を凝視していた吉影は呆然と陣の袖を引っ張った。
「……おまわりさんこいつです」
「うぉい!」
 陣にツッコミを入れられた時点で我に返り、そこで本音をぶちまけるように頭を抱える。
「畜生……陣もあいかーも彼女持ちでうらやまけしからん! ※か、やっぱ※なんか! なぁ!?」
 ちなみに、※とは「※ただしイケメンに限る」の略である。眼鏡で痩せた吉影もそうだが、メタボ一歩手前の大樹もイケメンとは言えない。
「こうなったら俺はもう相川でいいや……。男でも良いー! 避妊するからー!」
「飛び死ねやっ!」
「ぶふぉお!」
 ぎょっとした慎二は即座に鉄拳を見舞い、彼は分かりやすく悶絶する。さすがは空手黒帯だ。目の前で繰り広げられるそんなやりとりは陣が地球にいた頃のままだった。
「再会して早々に写メ公開させられるわ氏ね言われるわ……お前らホント言いたい放題ですね。そんなに変わってなさそうで安心したわ」
「そういう陣は、結構雰囲気変わったよなあ」
「? ……そうなんかなぁ」
 未だ続く漫才を尻目に大樹が言い、以前の自分を思い返してみる。どうにもピンと来ない気もしたが、自覚はないままに変わった部分もあるのかもしれない。
「まぁ……楽しかったことは沢山あったけど、きっついこともあったからな」
 その声音に何かを感じたのか、ん? と3人は同時に陣に注目する。それぞれ何度か瞬きを繰り返す友人達に、彼はどこか寂しげで、それでいて達観したような笑みを浮かべた。
「そう……色々あったんよ、ホント」
 最近のことを例に挙げれば、保護していた機晶姫の子が同シリーズを示す文字を持つ機晶姫に殺された、ということがあった。助けに行けずに当時は激しくへこんだが、その仇ともいえる機晶姫が重傷を負った上で教導団の虜囚になっていると知って彼は罪を償わせようと決意した。彼女を更生させ、やがて訪れるその時まで生きる力を与えようと。
「選民思想の塊みたいな子やからなぁ……難易度半端ないけどさ」
「うーん、なんかヘビーでよくわかんねぇけどよ」
「まぁなんとかなるんじゃね?」
「そうそう。合法ロリと違法ロリをモノにできたんだから問題ロリもオトせるだろ」
「問題ロリじゃねぇしオトすのとは違うからな!?」
 真顔で話を聞いていた大樹と吉影と慎二は順にそんなことを言い、陣はツッコミも兼ねて訂正を入れる。それからは軽口を言い合ったり3人の近況を聞いてみたり。取るに足らない馬鹿話をしながら、陣達は繁華街を歩いた。ドラゴニュートの2人組を見たのはたつのあなというアニメゲームの専門店に行く途中のことだ。物珍しさに、友人達は感想を言い合う。
「おー? あれがドラゴニュートってやつか。マジででっかいトカゲだなー」
「トカゲでも服とか着るんだな。ドラゴンになったら脱ぐんだろ?」
「そりゃ着れねぇだろ。にしても、何か古いマンガに出てきそうな格好だよな」
「「……あ?」」
 ドラゴニュート達が振り向いたのはその時だった。人混みと雑音の中ででも話が聞こえたらしく、険のある表情で近付いてくる。片方が緑色で、片方が茶色の鱗を持っていた。
「俺達を馬鹿にしてんのか? ただの地球人がナメた口叩くじゃねえか」
 現状に気付いて慎二達は後退るが、ドラゴニュート達は数秒待たずに接近して3人の胸倉を掴み上げた。話の内容から非契約者であると分かったらしい。
「あ〜すんません、そいつら空京初めてで浮かれてまして……まぁ悪気ないんで勘弁したって下さい」
 先程の会話は、確かに本人達が聞けば愉快なものではない。彼等の怒りも理解はできる為、陣は下手に出る形でドラゴニュート達を宥めにかかった。間に入り込み、友人達を掴む手をゆっくりと外そうとする。だが、それで場が収まることはなかった。
「悪気がねぇんならますます問題だ。現実を知ってもらわねぇとな」
 牙を剥いて緑が凄み、硬い鱗だらけの拳を振り上げる。それを見た瞬間、陣は呪文を唱えて不死鳥・アグニを召喚していた。蒼紫色の焔を迸らせるアグニを見て、ドラゴニュート達は驚愕で口をわななかせた。
「あんま調子こいてたら……燃え散らせっぞ、てめぇ」
 実力行使も辞さない構えで睨みをきかせる。普段は大人しいアグニが、陣の感情を受けて攻撃的に体を震わす。圧倒的不利を悟ったのだろう、ドラゴニュート達は手を離して競うように逃げていった。
 一方、解放された3人は路上に尻餅をついたまま、空中ではばたき消えていく不死鳥を放心したように見詰めている。その様子を見て、陣は彼等の内心を自ら代弁するつもりで頬をかきながら口を開いた。
「しっかし、契約者じゃない側から見たら、オレの力は異質なのもえぇとこやよな。……んー、壁になっちまいそうだ」
「「「…………?」」」
 友人達は、揃って顔を見合わせる。その表情のまま立ち上がり、最初に吉影が「ああ!」と叫んだ。言葉の意味が解ったらしい。
「……壁っつってもさ、俺ら高校の頃からの腐れ縁だし、それが切れるとか想像出来ねーんですが?」
 それで繋がったのか、数秒を経て慎二も口を開く。
「……んー、別に、見慣れたら済む話じゃねーかな」
「……そういうもんか?」
「そんなもんだよ、悪友っ」
 慎二はにしし、と歯を見せて笑う。大樹も続けて、彼に言った。
「陣の契約者としての力を見て、引かないって言ったら嘘になるし壁が出来ざるを得ないのも事実だけど、まぁ、細かい事ぁいいんじゃね? そんな事より、まずはたつのあな空京支店に案内早よ! あそこ限定の特典付商品買い漁る方が重要だろうが」
 それぞれに対し方は違っていたが、彼等はよそよそしくなることもなくそのつもりも全くないようだった。そこまで浅い関係でもない。陣はその反応に拍子抜けし、気の抜けた笑顔を大樹達に向ける。
「……だな。店はもうすぐそばや。二次元のパラダイスが待ってんぞ!」