シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション公開中!

胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション

 ツァンダのとある複合文化施設。そこにある多目的ホールに、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)とともに来ていた。
 ここは【Saoshyant】によるコンサート襲撃事件の現場である。
 壁に埋め込むかたちで設置されている告知掲示板にはまるで古代ギリシャの女神を思わせるドレープの衣装を着た美しい銀髪の女性が、神秘的な演出を施した背景のなかで歌っている等身大ポスターが貼られており、『天界の調べ〜奇跡の歌姫アストー』との文字が書かれている。開催日時は2日前のものだ。
「きれいね」
 リリアが率直な感想を口にする。
 ポスターのなかのアストーは、非の打ちどころのない、完璧な面、体をしていた。彼女は機晶姫で人為的に造られた存在だが、もしモデルがいるとしたらまさに傾国の美女と呼ぶにふさわしい人物だろう。
 これだけ美しい女性を目にして、メシエはどんな反応を示すだろう? ふと気になって横のメシエへと視線をずらす。だがメシエは、リリアが想像していたどれでもない、難しい表情で目を眇め、感心できないといった様子で小さく頭を振っていた。
「おそらくこういうのも襲撃者たちには気に食わなかったのだろうな」
「そうかもね。でも、気に食わないって思う人たちがいるからってあれもこれも自制してばかりいたら、何もできないわ」
 メシエはアストーに生身の人間としての魅力を感じてはいないようだ。内心ほっとしつつ、それを気づかれないように、リリアは素っ気なく肩をすくめて見せる。
「どうしたって何かしら、どこかしら気に入らない人っているものよ」
「リリアの言うとおりだ」
 同意するエースの声が掲示板の裏の方から聞こえてきた。脇から覗くと、事務所のある建物を出て彼らの元へ戻ってくるエースの姿がある。
「お帰りなさい。どうだった?」
 との質問に、エースは残念そうに首を振る。
「だめだ。許可は出せないの一点張りだった」
「そう」
 リリアはあらためて多目的ホールの入口に視線を向けた。そこにはテープが張られ、関係者以外立入禁止の看板が立てられている。そして要所要所に国軍の制服を着た兵士が警備についていた。テロリストによる犯行現場なのだから、当然といえば当然である。
 犯人が残した遺留品から何か発見できるものはないか調べたいと思って来たエースは、なんとかしてなかへ入れないか交渉しようと事務局へ向かった。そしてエースがここの責任者と話するのを待っている間にリリアもメシエと2人で国軍兵士と交渉してみたりもしたのだが、結果はやはり「許可できない」とのことだったので、エースの方もなんとなくそうなるのではないかと思っていた。
「国軍のだれかに根回しして、融通を利かせてもらえばよかったわね」
 今となってはあとの祭りだ。
 リリアは嘆息しつつ言葉を漏らす。
 知り合いに教導団員が何人かいる。彼らに連絡をとり、便宜を図ってくれるようお願いしても、今からでは手続きに時間をとられてしまって今日の話にはならないだろう。
 おそらく国軍兵士の目を盗んで内部に忍び込むことはできるだろうが、見つかれば相当面倒なことになるのは分かりきっている。
「せめて遺留品に触れられればいいのだが。保管しているそれらを見せてもらうことはどうだ?」
 メシエからの言葉に、エースはまたも首を振った。
 それについてはエースも考えていた。きっとメシエならそれらにサイコメトリをかけて何か情報を掴むことができるだろうと思い、それについても交渉してきていたのだ。
 エースはかなりねばったが、残念ながらこちらも許可はもらえなかった。この事件に関して、国軍の方から厳しく通達がきているらしい。
「コンサートの警備も国軍が受け持っていたらしい。これは話していて受けた俺の推察だけど、やつらの侵入を許してしまった、その失態もあってこの事件には相当カリカリしているんじゃないかと思う」
「なるほど。そういうことも考えられるわね」
「ま、真実はどうあれ、俺たちは教導団員じゃないから今のところこれ以上は打つ手なしってとこだな」
「そうか」
 許可がもらえなかった以上、現場検証はあきらめるしかない。
 3人はせめてとコンサート会場周辺で一般人に対する聞き込み調査も行ってみた。当初、あれから2日も経た今、犯行当時現場にいた一般人を見つけるのは難しいと思われたが、意外とまだ興味を持っている者たちがいたようで、野次馬的にここへ足を運んでいる者たちを数人見つけることができた。
 しかしその人物と話して得られた内容は、すべて少女アストーから聞かされた内容と大して変わらないものだった。
 事情も知らず、ただ音楽を楽しもうと現場に居合わせただけの一般人なのだから、そこにプロのような記憶力、観察力を求めるのはどだい無理な話である。
 始めたときからうすうすそうではないかとの予想もあったので、3人は驚かなかった。ただ、後々のために「もしかして」という可能性を排除しておきたかっただけだ。
 だがそれでも、これだけ動きながら何も得られなかったというむなしさを感じずにはいられない。
「シャンバラ大荒野へ向かおう。今からでも遅くないはずだ」
 エースはふさぎ込みかけた思いを払しょくするように首を振ると、ブラックダイヤモンドワイバーンの元へ向かった。




 そうして立場的な壁から情報を得るために苦労する者もいれば、立場的なものからまったくの労苦なしに得られる者もいる。
 シャンバラ教導団少尉メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)は、1枚のメモを手に【Saoshyant】の本部の入ったビル前に立っていた。
 メモに印字されているのはこのビルの住所と電話番号、代表者の氏名等である。
 こういったものを、はじめメルキアデスはDivasの入ったビル前でデモを行っているという者たちから得ようとした。しかしDivasのビル前に張りついているのはテレビ局のスタッフや記者ばかりで、肝心の【Saoshyant】の者たちはデモや座り込みといった活動を中止していた。コンサート襲撃事件の犯人たちと同一視されるのを警戒してのことと思われる。
 本来ならここで手詰まりかと思われたのだが、糸口は意外なところにあった。
「はい、これ」
 頭を抱えそうになったメルキアデスに、パートナーのフレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)が差し出したのがこのメモである。
「これ、って……」
「SAOの連絡先よ。情報部からもらってきたの」
 これまでにも【Saoshyant】は一般企業や有識者を相手にデモや座り込みといった抗議活動を行ってきている。最近では裏でテロ活動も行っている。そのため国軍から要注意団体としてマークされていたのだ。ツァンダの治安維持の役割を担う国軍として、考えてみれば至極当然のことであった。
 メルキアデスは素直に称賛した。
「フレイアちゃん、サイコー!」
「有能でしょ」
 フレイアは髪を肩向こうへ払い込み、得意げに胸を張る。豊満な胸が制服を押し上げて、今にもボタンがはじけ飛びそうだ。
「それにしても、まさかあんたが裏方へ回るとはねぇ。てっきり飛空艇に飛び乗って「タケシたちを助けに行くぜ!」と大荒野へ向かうかと思ったわ」
 なんだかんだで長いつきあいになるフレイアは、白いコートの男が松原 タケシ(まつばら・たけし)だというのが早々に判明して以後、メルキアデスが何かしら思い悩んでいることに気付いていた。
 頭部のヘッドギア型コンピュータ、白いコート。いずれも前の事件でタケシがルドラに操られていたときの特徴だ。またルドラが出てきている――タケシのなかに残っていた――ということは、前のときから彼を助けられていなかったということだ。
(こいつのことだから、すっごく責任感じてそうよね)
 もちろん口が裂けたってそんなことは口にしないだろうし、絶対表に出さないだろうが。
 そんなことを考えつつ、じーっと見つめるフレイアの前、メルキアデスは少し笑っておどけたふうに肩をすくめる。
「んー。いや、俺もそうしたいなーと思ったんだけど、大荒野っつっても広いだろ? 具体的に場所を特定する方法が思いつかなくてさあ」
 そんなことはない、とフレイアは思った。
 この件についてはかなりの人数が動いている。教導団の者たちもだ。直接であれ間接であれ、彼らと連絡を取りあえば場所の特定はそう難しくはないだろう。
(でもたぶん、こいつのことだから、ほかにも何かありそうよね)
「それに?」
「それに、軍人の勘ってヤツかな。うまく言えねぇんだけど、なーんかただのカルト組織って感じがしねーんだよな、ここ」
 デモや座り込みを行うだけだった弱小カルト組織。それがなぜ強化人間による戦闘部隊を持つようになったのか。
「ま、とにかく当たって砕けてくるわ。ポケットの携帯つなげっぱなしにしとくから、情報はフレイアちゃんの方でまとめて馬場さんに送っといてくれよな」
「はいはい。あんたに送らせたら、ひどい文章になりそうだしねぇ。
 あ、でも、もし危ないと少しでも思ったら、早々に逃げてくるのよ?」
 一応フレイアも殺気看破とディテクトエビルを働かせておくつもりだが、完全にはカバーしきれないことも分かっていた。いざ何か起きたとき、救援に向かうにしろ、それまで持ちこたえられるかはメルキアデス次第だ。
「りょーかい」
 手をひらひらさせてビルの入口へ向かって歩き出したメルキアデスが、ふと何かを思い出したように振り返った。
「あ、あと、送ったのはメルキアデス・ベルティ様だぜってしっかり書いといてくれよ、フレイアちゃん!」
「分かってるわ。――ちゃんと「メルキアデスとは一切関係ありません」って書いておくから」
 完全にメルキアデスが聞こえない距離まで離れたのを見て、フレイアは笑顔で最後につけ足した。



 教導団少尉の訪問を、【Saoshyant】側はあきらかに歓迎してはいなかった。しかし、これを釈明の機会と捉えたのはたしかだった。
 全員からジロジロ見られ、案内も終始不愛想な態度をとられてしまったが、イヤミの1つ2つ投げられることを覚悟していたメルキアデスにしてみればこんなことはなんでもない。むしろ、無碍に追い払われたりせずに代表との面会がスムーズにかなえられたことが驚きだった。
「わたしどもも今度の事件には困惑しているんですよ」
 たいして待たせることもなく応接室に現れた【Saoshyant】代表の青年は、ほとほと困ったという表情でそう話を切り出した。いかにもな姿だったが、嘘や偽りのポーズには見えなかった。
 青年はさらに、あれは本当にごくごく一部の者たちの仕業であることを強調し、それも、おととい限りだと言い切った。
「わたしたちは、彼らが脅迫文を出したことも知らされていませんでした。報道されて、初めて知ったのです。
 あのような行為は、あきらかにわたしたちの運動とは反します。わたしたちも古王国時代を崇拝し、彼らがなんらかの意思を込めて後世に託そうとしたに違いない聖遺物をあのように商業化するなど腹が立ちますが、それでも力ずくでどうにかしようとは思わない。武力で真に解決することは決してありません」
「決裂したということですか?」
「そうです。彼らは以後【Sanctus】と名乗るでしょう。以前からもたびたびその名前を用いていましたから。
 彼らは自分を神につかわされた聖戦士(ベラトー)であると言っていました。なぜ聖遺物として武器が見つかるのか。それは自分たちに戦えと古代の英霊たちが言っているのだと。彼らを守るために武器を与えているのだと信じているようでした。いわゆる、聖剣です。これは聖戦で、彼らは殉教者であり、戦って死ぬことにより聖人となるのです」
 青年はふーっと息を吐き出し、メルキアデスに理解を求めるように少々卑屈な笑みを浮かべて下から見上げた。
「いくら暴力では何も止まらない、ただ一時つまずかせることができるだけだ、と言っても彼らは理解してくれませんでした。壁に向かって武器を放つ。その壁は砕けるかもしれない。けれど、またすぐにより強固な壁が築かれる。ただその繰り返しです。何の意味もない。しかし彼らは言いました。1枚壁を砕くことができるなら、そしてそれを10回繰り返せば、10歩下がらせることができるのだと」
「だれが彼らを導いているんですか?」
「分かりません。わたしは会うことを望んだのですが、一度も会ってはもらえなかった。ただ、科学者であるのは間違いないでしょう。彼らに強化手術をほどこし、聖遺物を埋め込んでいるのですから」



 メルキアデスの携帯とつながった携帯を横に銃型HCに情報を打ち込んでいたフレイアは、ふと手を止める。
「科学者ね……。
 なまじ知識や腕があるものだから、歯止めが効きにくくてやっちゃうんでしょうね」
 困ったものだわ、とため息をつく。
(――でも、これって偶然なのかしら? あっちも科学者、こっちも科学者、って)
「……偶然よね。あっちは商業向け機晶姫開発、こっちは強化人間改造。しかも敵視してるわけだし。つながる要素なんてないじゃない」
 偶然偶然。
 そう結論づけながらも、フレイアのなかではどこか釈然としない思いがまだたゆたっていた。