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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

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 他方、源 鉄心(みなもと・てっしん)はパートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)スープ・ストーン(すーぷ・すとーん)たちとともに【Saoshyant】の強化人間たちの動向をうかがっていた。
 彼らの探知能力がどこまで有効範囲であるか測る術がないのが難点で、並の機器なら範囲外となる距離を保っているため、細かな所作までは分からないが、武器を廃棄したあと数名を撤退させたように見える。
「コントラクター7名で中破5か。
 あれをこれ以上進ませるのはまずそうだな……」
 とはいえ、7人がかりでその状態に追い込むのがやっとだった者たちを相手に、自分たちに何ができるのか。
 頭の痛いことではあるが、このまま行かせればほかの者たちと合流する前に再びルドラたちは追いつかれてしまうだろう。
「鉄心」
 策を思案していると、ティーが後ろから呼んだ。
「馬場校長と連絡がとれました。Divas本社前にいるルー少佐からの報告によると、14時現在何者によるデモもデロ活動も起きていないということです。「アストー」は13が起動し、本日のテレビ収録やラジオ放送を順調にこなしています。また、SAO本部へ向かったベルティ少尉からは、SAOは今回の襲撃が自分たちの意図とはまったくかけ離れたものであると説明した上でコンサート襲撃にかかわった者たちの組織からの追放を正式に発表したとのことでした」
「ほう」
「あと、これは関係ないと思いますが、アストーを造ったルガト・ザリチュ博士は現在長期休暇をとって居所不明で、コンタクトはとれなかったそうです」
「テロはなし、組織からの追放、か。このあたりに糸口がありそうだな」
「そうですか?」
 ティーは小首を傾げる。
「とにかく彼らと接触してみよう」
「それは危険すぎるのではござらぬか?」
 ミニいこにゃミニうさティーを従えたスープが、おずおずと意見を出した。
 うさぎ耳をピクピクさせてそれを聞きとったミニうさティーたちがミニいこにゃたちとともに『はたらくにゃ! まじめにやるにゃ!』と言うようにほっぺをぷっくりふくらませ、ぺちぺち、ぺちぺちとスープの足をたたいてくる。
「い、いた、痛い。いや、決してサボりたいというわけではなく……今回は働いておるでござろう……」
「危険だな」
 ぷーぷー怒られてとまどっているスープの姿に、くすっと失笑して、鉄心は答える。
「コンサート襲撃犯である上、すでにやつらは教導団と銃火を交えている。しかし、ただこうやって見張っているだけというのは能がない。少しでも時間稼ぎができないか、試してみるさ。
 撤退ということになったらスープ、おまえとイコナが頼りだ。任せたぞ」
「う、ぬ……」
「はいっ! 任されるのです!」
 今度の出来事に、イコナはイコナ自身不思議なほど奮起していた。
(わたくしのなかで何かが……めざめたの……ですにゃ?)
 よく分からない。
(よく分からないですけれど、アストー01さんやルドラさんをお守りする一助となるのです!)
 イコナは自分のした考えにうなずくと、胸の前でかわいらしい両手をぎゅっと握りこぶしにした。



「止まれ」
 スレイプニルやペガサスにそれぞれ騎乗して、彼らの進行方向をふさぐ。
 突然現れた鉄心たちに、当然ながら強化人間たちは無言の冷たい敵意を向けた。銃撃しなかったのは、リーダーのアエーシュマが手を上げて止めたからだ。トリガーにあてた指の動きは止めたが、銃口は鉄心たちに向けたままだ。
 いつ踏み破るともしれない薄氷の張った湖を渡っているような危うさを感じつつも、そうとは気づいていないフリをして、鉄心は視線を大男のアエーシュマに固定し交渉を開始する。
「きみたちはSAOの者だね? こんな所に何用かな」
 偶然出くわしたように、何食わぬ顔をして、まずはそんなふうに切り出した。
「ここは教導団だけのナワバリではない。どこにいようがおれたちの自由だ」
「たしかに。しかし国軍として、その重武装は見過ごすわけにはいかないな。加えてSAOには現在ツァンダにてコンサート会場襲撃というテロ行為を行った容疑がある。きみたちの名前、所属、目的、ついでに当日の動向を教えてもらおうか」
 アエーシュマの影にいる強化人間が何事かをささやいた。
「……まあ待て。
 おい、おまえ。ひとに問うからにはまずおまえから答えてもらおうか」
「俺か? 俺は教d」
「うどん教団員ですうさ!」
 えっへん! と胸を張って、ティーが会話に割り込んだ。鉄心は思わず片手で顔をおおう。
「うどん教団というのは、月見うどんのファンクラブですうさ。邪教とかではないのでご安心くださいうさ!」
 きゅぴりん☆ ウィンクを飛ばしてアピールをする。
 光速の素早さでがしっと鉄心が両肩を押さえ、正面から真面目に、真剣に、さとした。
「……ティー。口を閉じて、一歩下がって、そこで待機していてくれないか?」
「どうしてうさ? 場を和ませるという援護射撃をしてるでうさ!」
 なってない。なってないから。
 はーっと重い息を吐いたのち。鉄心はスープと一緒に後方にいたイコナに視線を投げた。
「イコナ」
「は、はいなのですっ」
 イコナがぱたぱたっとやってきて、ティーの腕を引いて行った。
「……鉄心に怒られました……うさ……うさぁ〜……」
「大丈夫ですわ、ティー。鉄心も心のなかでは分かってくださっていますわ」
 きっと、たぶん。そのはず、と鉄心の方をチラ見する。
 次の瞬間、まさかと目と耳を疑うことが起きた。アエーシュマが大爆笑をしたのだ。
 部下の強化人間たちも鉄心も、その豪快な笑いにしばしあっけにとられてしまう。アエーシュマはさんざん笑って、笑い終えると、口端をヒクヒクさせながら言った。
「――ふん。
 それで? 何の用だ。俺たちはどちらも暇じゃない。お互い言葉遊びに費やしているのはバカらしいだろう。言いたいことはストレートに言え。いくら言葉を弄しようと結果は変わらん」
「……今回の件、落ち着くべき所に落ち着けたいと考えている。現状を良しとしない立場同士、場合によっては協力も可能かもしれない。できればきみたちの指揮官と連絡を取りたいのだが、取り次ぎを頼めるだろうか」
 最初から鉄心には彼らの動きが不自然に見えていた。
 なぜDivasのしていることを冒涜であると捉えるのであれば、それをしている科学者たち当人をねらわず、その手駒である「アストー」を襲撃するのか。7体のアストーを破壊してきていることからして、アストーにスペアがあるのは彼らも承知しているだろう。なのに「アストー」の破壊にこだわり、Divasから逃亡している「アストー」に標的を絞っている。彼らの主張を世間に訴えるにはもはやアストー01は適していないにもかかわらず、だ。彼らが現在のアストーである13も標的にしているなら、まだ分かるが。

 もしかすると、本当のねらいは「アストー」でも「マスターデータチップ」でもないのかもしれない……。

 ルカルカやメルキアデスからの報告は、彼のその疑問を裏付けるものだった。
 彼らは本来の目的の隠れみのとしてSAOを利用し、アストーをねらっているのだと派手に印象づけたのかもしれない、と。
(あるいは、黒幕がいて、それがこの強化人間たちをも利用しているのかもしれない)
 強化人間は依存傾向が強く、洗脳を受けやすい。彼らを懐柔し、今度のような行為に駆り立てるのは簡単だろう。
 じっと黙して反応を待つ鉄心に、アエーシュマはニヤリと笑った。
「運がいいぞ、おまえ。じきにあの御方がここを通られる」
「御方?」
「おれたちの創造主だ。しばらくここで待っていろ。取り次ぎはしておいてやる。あの御方が応じられるかどうかは知らんが。なにしろ、気まぐれな方だからな」



 てっきり交渉は決裂するとばかり思っていた。自分の要求が通る可能性は低いと。
「鉄心……」
 彼らが去ったあと、おずおずとティーが近づいてくる。
「ごめんなさいですうさ!」
 思い切りよく頭を下げたティーに、鉄心はふっと笑みを浮かべた。
「いや。もしかするとおまえのあれが意外と効いたのかもしれない。ありがとう、ティー」
「えっ? ……そ、そうなのですうさ……?」
「よかったのですわ、ティー」
 鉄心に礼を言われて気分が浮上したティーを、イコナがさらに元気づける。その傍らで、もう鉄心の思考は彼らの――メルキアデスからの報告によれば新しい組織名は【Sanctus】となるらしい――指揮官へ向けて飛んでいた。
 彼らの創造主というからには、間違いなく科学者だろう。その者は、強化人間たちを利用し、アストー01をも利用して、何をたくらんでいるのか。まだ分からないが、おそらくあと数時間もすれば知ることができるだろう。
 まだ何も見えない、ただ風が黄色い砂埃を巻き上げて通りすぎるだけの彼方に目をこらし、鉄心はまんじりともせず、その人物が通りかかるのを待つことにしたのだった。