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リアクション
少し時間を巻き戻す。
外に残り時間稼ぎをすることを選んだ者たちと分かれて古代遺跡内部へ進んだ者たちは、下へと続く階段を下りていた。
周囲には足元を照らす申し訳程度の明かりしかなく、それも半分以上壊れて点かなくなっているようだった。しかも下って行くにつれ、暗さは増しているように見える。しかし先頭を行くルドラの機械の両眼は問題なく光を捉えられているようで、前へ踏み出す足にためらいの乱れはなかった。アストー01は自然とルドラの白いコートの腰のあたりを掴んで歩いていっている。
「美羽、暗いから気をつけて」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)を心配し、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は振り返って手を差し出した。
「あっ。ありがとう、コハク」
美羽は少し照れながらも手をとる。
その様子に、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は2人の仲が着実に以前のときより進展していることを感じて、ほほえましい思いでふんわりと胸を温かくする。
たぶん、そんなことを考えるのは、2人が恋人同士になったきっかけがあの事件だったからだろう。
あのとき、コハクはドルグワントに覚醒し、美羽とベアトリーチェは元の彼に戻すために、それこそ死にもの狂いで動いた。はたしてコハクは元に戻るのか、そのことを考えると真っ暗な闇に飲み込まれそうで、不安で、つらくて、こんな事になっているのが腹立たしくて……。
自分がそうだったのだから、美羽の不安はその比ではなかっただろう。ベアトリーチェは、自分までそんなふうではいけない、美羽の支えにならなくてはと奮起した。
あれから、もう1年近く経たとは。コハクが今も美羽のそばにいて、2人が笑顔でいるのをこうして目にしていられることを、あらためてうれしく思う。
そして、その前を歩いているルドラ。
肉体は蒼空学園生徒の松原 タケシ(まつばら・たけし)のものだが、中身は5000年前に創られた人工知能のルドラだ。1年前の事件での彼は敵だった……。
ところが今は味方とは完全に言い切れないものの、同じ側にいて、彼の力になろうとしている。
(正確にはアストー01さんの方で、違うのかもしれませんが……でもやっぱり、不思議ですね)
同じようなことを美羽も考えたのだろう。
美羽は前をいくルドラをしばらく見つめたのち、おもむろに切り出した。
「ねえルドラ。そろそろ教えてくれたっていいんじゃないかな?」
ルドラは意味が分からないというような視線と沈黙を美羽へ向ける。
「ここはアンリが造った遺跡だ」
「それは聞いてる。聞きたいのは、あなたの目的!
アストー01さんの方は分かるよ? そのマスターデータチップとやらに導かれてるんだよね。でも、あなたは? ここに何を求めてるの? ただ彼女を助けたいってわけじゃないんでしょ?」
この遺跡は彼の創造主であるアンリ・マユ博士が造ったものだというのは聞いた。だがそれだけだ。ルドラはここで、何をしたいのかがまだ分かっていない。
もしもそれが自分の倫理に反するものだったら――もしも、この遺跡にドルグワントが眠っていて、かつてのルドラのようにそれを目覚めさせて何かしようというのなら――手助けはできない。
「…………」
ルドラは前を向き、止めていた足を動かし始めた。
間に立っていたアストー01がとまどったようにルドラと美羽の間で視線を往復させる。しかし自分が口をはさむことではないと思ったのか、開きかけた口を閉じると黙ってルドラに従って歩き出した。
「おいおいルドラ。それはないんじゃないのー?」
後ろで伸びをして、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)がツッコんだ。口調の軽さで真剣みを削っているが、真実の響きがある。ルドラも心当たりがないわけではないのだろう、敏感にそれと気づき、再び振り返った。
ほのかに赤い光を発する無感情な機械の目がメルキアデスを直視する。
「ここにいるのはみんな、おまえたちを助けようと思って集まって、留まっているんだ。たしかにおまえにとって俺様たちは勝手に押しかけてきたのかもしれないけどよ、それでおまえが危ないところで助かったっていうのも事実だろ? せめて質問に対して答える義務っつーか義理っつーか、そういうのあるんじゃね?
たとえば、DivasのCEOのルガト・ザリチュがアストーシリーズを開発した目的とかさ」
「隊長!!」
とたん、後ろについていたマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)がパッと口を押えた。
「まだ味方と確定したわけでもない相手に、そんな情報を与えるようなこと、みだりに口にしては駄目ですよ!」
こそこそと耳元で叱りつける。
「え? でももう言っちゃった」
「……ああ」
マルティナは顔に手をあて、半面をおおった。
(フレイアさん、これは私1人には荷が重いです……)
胸に浮かんだフレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)に訴える。
マルティナが今ここにいるのは、メルキアデスのパートナーのフレイアからメールで応援要請があったからだ。
『うちのバカ、どうやら勝手に飛び出してっちゃったみたい。
私にひと言もなしなんて、超ムカつく。
どうせ今度のことに責任感じて、タケシを助けないとって突っ走ったのよ。
(なんであのバカが責任感じないといけないか、私にはサッパリなんだけど!)
行先は見当ついてるんだけど、追っかけて行くのは癪だから、私は行かない。
でも、あれを1人で放置するのって、それはそれで心配だから、
マルティナちゃん、悪いけど添付してある地図の場所へひとっ走り向かって、
あのバカが単独行動したり突っ走ってヘマしたりしないように見張ってほしいの。
PS
ついでに、私じゃやりきれないからあのバカをとことん叱ってやってちょうだい』
はっきり言って、メルキアデスが相談もなしに勝手に突っ走るのはいつものことだった。
それだけだったらマルティナも動かなかったかもしれない。けれど、文章の端々や一番最後の追伸文から受ける印象は「心配」だった。
フレイアはメルキアデスが無茶をして危険な目に合ったりしないか心配して、助力を求めている。
そう思ったから、ここへ来たのだ。フレイアのために。
「ルガト・ザリチュ博士、か」
ぽつっとルドラがつぶやいた。
何か考え込む眼差しを宙に向けている。
「……ああ、なるほど。そういうことか、アンリ。だからきみはわたしを停止させ、封印したのか……」
「へ? どういうことだ?」
「わたしを誘い出したのがあのザリチュ博士であるのなら、1つの推測が成り立つ。
ザリチュ博士とタルウィ博士。あの2人は何か目的を持ってアンリの前に現れた。アンリの理論に並ならぬ興味を示し、スポンサーを見つけだし、共同開発者となって、ディーバ・プロジェクトを熱心に勧めた。彼らと10年以上寝食をともにし、そして彼らの遺伝子を用いてアストレースを創った。アンリはおそらく彼らの不死性に気付いていたに違いない。あるいは、疑っていたか。
アンリは彼らに「アストレース」に関する情報を奪われないための措置として、オリジナルを停止させた。そして起動できないように封印したのだ」
ダフマのルドラは数十年に及ぶアンリやそのほかの科学者の研究をすべて管理し、膨大な情報を蓄えたメインコンピュータだった。その情報をすべて外部へ持ち出すのは――少なくとも短時間では――不可能だ。だからアンリは停止させた。だれにも覗くことのできない奥底へ封じて……。
数千年をかけてアストーはアエーシュマとドゥルジを封印から解くキーワードを探し当てた。ルドラの封印はあの廃棄処分の実験体ドルグワントよりもずっと厳重にかけられていたはずだ。
アストーがグラビトン砲を用いて、偶然ルドラを揺り起すまでは――……。
「――偶然?」
あのアンリの手によるもので、偶然などあるのか?
周囲が暗いこともあり、ルドラが考え込んでいることに気付けず、メルキアデスはさらに問う。
「なんかよく分かんねーけどよ。ルガト・ザリチュっていうのがおまえが知ってるザリチュなら、密林にあった方の遺跡のダフマで一緒に働いてたやつなんだろ? 報告書にはそう書いてあった」
「ああ、また……。
お願いですから、隊長、自重してください。それ、教導団の報告書でしょう」
「もう解決済みとして処理されてるやつだから、たいして重要性はねぇよ」
たぶん。きっと。……そうであることを祈ろう。
内心きゅうっとなりながらも、表では素知らぬ顔をする。
「アンリはともかく、おまえとザリチュは敵対してねえ。なのにやつがこんな回りくどいことしておまえをハメようとする理由は何だ? なんでおまえに直接コンタクトを取らなかった?」
「――長居しすぎた」
「はぁ!?」
「追手に追いつかれる。先を急ごう」
「おいっ!? ちょっと待てよ、おまえ! 推測でもいいから答えろよ!」
しかしルドラはメルキアデスを完全に無視して、 さっさと階段を下へ下りて行く。
「あのやろう。絶対何か気づいてやがる」
「そうですね」
これにはマルティナも同意した。
そしてルドラをじっと見つめ、観察しながら歩いたのち、呼び止める。
「ルドラさん。私も1つだけ、あなたに確認したいことがあります。
あなたは先ほど、ここへ入るためにアストー01さんを利用しましたね? 歌か、声かは分かりませんが。そして今も、タケシさんの体を利用している……。
私たちは自らここへ入ることを選びました。その責任を負う覚悟はここにいる全員が持っています。でもタケシさんは、あなたに利用されているだけです。それに、アストー01さんも。この先に進んで、おふたりの安全をあなたは保証できるのですか?」
「わたしは……利用されてるとは思っていません……。もしそうだとしても、それでもいいと思っています」
アストー01は静かに告げて、ルドラを見た。
「たとえ利用するためであっても、この人が命を賭けてわたしを守ってくれたことは事実なんです。この人が連れ出してくれなければ、あのステージでわたしは死んでいたでしょう。その行為に見合うのは、やはり命を賭けた行為です。わたしは彼のために、命を賭けようと思います」
信頼の目で見つめてくるアストー01を、ルドラは無表情で見返した。そして背を向ける。
再び歩き出す前に、言った。
「――ここへ入るのはわたしも初めてだ。この先に何があるかなど分かりようがない。
善処する。わたしに言えるのはそれだけだ」
そして踏み出した右足は、長かった階段が終わり、目的の階へ着いたことを告げていた。
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