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リアクション
2 After the first story ――Start――
「おみくじのP.Sってこれかよ……!」
外に出て状況を目の当たりにし、瀕死のモブ男を背負ってラスは呻いた。正月に引いた大凶の内容を思い出す。あのくじにはやはりそこそこの信憑性があるらしい。認めたくはないが。
モブ男の怪我は、いざ状態を見てみると思った以上に酷かった。抉られ、食われた傷は一箇所ではない。計五、六箇所にもなるだろうか。顔面の半分程が爪で引っ掛かれ、血で塗れておまけに片目が潰れている。異常に早くなった鼓動が伝わってくる所為で生きている事は判るが、小耳に挟んだ『シャッターが閉められている』という言葉が気に掛かった。もし脱出が不可能ということであれば、この男の生存は殆ど望めないと考えざるをえない。
「耳が長いことから見ても、兎だろうな。半端な数じゃない」
「シャッターだけじゃねえ。エレベーターも止まってるみたいだぜ。しかも、手でこじあけようとしても開かないって話だ」
様子を見に行っていたレンとザミエルが戻ってくる。二人はラスの背でぐったりしているモブ男を見て一瞬目を見開いた。そして、状況を説明する。
「戸が開かない? じゃあ、まさか本当に脱出は無理なのか? でも、何か妙だな……」
客の中には、自分達と同じ契約者も多くいる。その力を以ってしてもエレベーターの戸が開かないというのはおかしい。シャッターも同様だ。
「メティスとノアにテレパシーで連絡してみる。ちょっと待っていてくれ」
レンがこちらに背を向け、メティス達と連絡を始める。ラスもピノとファーシー、どちらに確認しようかと迷ってから携帯を出してピノに掛けた。移動しながらではない。逃げるべき場所が判らない以上、無闇に動くべきではない。モブ男の命も徒に縮むだけだろう。お互い口には出さなかったが、三人はそう考えていた。
電話に出たピノは『あ、おにいちゃん?』と緊張感の欠片も無い声で応対してきた。背後からは、クロエの楽しそうな声が聞こえてくる。のんびりと買い物中、としか思えないが。……にしても、人を背負いながらだと電話がしづらい。
「お前今、何処に居るんだ?」
『あたし? B棟にいるよ! 何か用?』
「……いや、あんまり調子に乗って買い過ぎるなよ」
『分かってるよ! カードの上限額までだよね!』
とんでもない一言を残して、ピノはぷちっと一方的に電話を切った。「は……!?」とつい画面を凝視するが後の祭りである。デパートの服は何かと値がするから、とカードを預けたのは致命的な間違いだったようだ。本気かどうかは不明だが、彼女に30万遣い切りという前科があるのは事実である。
「…………」
『私は大丈夫です。どうやら、地下二階以外に異常はないようですね。今はA棟の一階に居るのですが、混乱等は起きていません』
一方、メティスと会話していたレンは、彼女がフロアの外に居ることにひとまず安心していた。話を聞き、素早く頭を巡らせて指示を出す。
(……そうか。じゃあまず地下一階に降りて、そちら側に居る一般人を安全な場所に誘導してくれ)
『分かりました。レンも気をつけて』
会話を終えると、次にノアに連絡する。彼女は少し、おろおろとした声で応答した。
『あっ、レンさんですかっ? なんですかこれー。兎さんたちがー』
(地下二階に居るのか?)
『はいー。ペットショップに行こうとしてー』
ノアは現在地を簡単に説明した。
(分かった。すぐに迎えに行く。あまりそこから動かないようにな)
そして、レンは二人を振り返った。
「ザミエル、ノアを迎えに行ってくれ。ペットショップの近くに居るそうだ」
「りょーかい。ペットショップだな」
すぐに方向転換し、ザミエルは走り出す。多くの棚が倒れ、そこはかとなく血の匂いが漂うフロアを行きながら、契約者に倒されていく兎達を見遣る。狩人の英霊としては、兎狩りなんて面白くもないし珍しいものでもない。
(……が、あんな風に身体を弄られたモノを狩るのは、面白くないを通り越して胸糞が悪くなるな)
⇔
時間は少し、遡る。
レンたちと共に買い物に来たノアは、ペットショップへと向かっていた。
フロアマップを見るに、ペットショップはそこそこ大きいようだ。店の名前も聞いたことがある。大手ショップのオープンセールは、色々と期待ができるので楽しみだ。
「ねっこかーんねっこかーん」
適当にリズムをつけ、歌うように口ずさみながらノアは歩を進める。今日の目当ての品である猫缶を目指して。
しかし、途中でふと気付いた。何やら切羽詰った顔をしてこちらへ駆けてくる人間が多いことに。
「……?」
思わず足を止め、横を通り過ぎた人の背を目で追う。怪我をしていたように見えた。さらに、その後を小動物らしきものが走って追いかけていくのも。
小動物、と思ったが、ノアの頭はそれを否定する。小動物? まさか。あんな、紫色をした生き物なんてこんなところにいるはずがない。
なんとなく胸騒ぎがして、あたりをきょろきょろと見回しながら歩いた。悲鳴のようなものが聞こえる。脳で警笛が鳴る。近付かない方がいい。進まない方がいい。足を止めた。曲がり角の手前だった。
直後、曲がり角を曲がってきた人物がいた。
「きゃっ!」
「わっ……とっとっ!」
真正面からぶつかって、ノアは尻餅をつきそうになった。そうならないで済んだのは、ぶつかった相手が腕を引っ張って転ばないようにしたからだ。
「あいたたた……危ないですよ、走ったら!」
抗議の声を上げてから気付く。相手の顔に見覚えがあったのだ。
「あれ? 紡界さん?」
目の前にいたのは紺侍だった。彼もまた、表情に焦りの色を浮かべている。さすがにただ事じゃないと、ノアは背筋を伸ばした。すると紺侍はノアの肩を掴み、真っ直ぐに見つめてくる。
「ノアさん」
「は、はい?」
「逃げて」
「はい?」
何から、と思う間もなく異様な鳴き声がした。声の方に視線を動かす。ノアの左手にある壁の、天井付近に紫色の物体がいた。さきほど走っていったものと同種のようだ。そしてそれは、小動物ではないというノアの判断に反して、よく見知った姿かたちをしていた。
「う……兎?」
目はぎょろつき、牙が生え、重力を無視し、体毛の色まで変化させていたが、長く伸びた耳や体格は紛れもなく兎のそれだ。
ノアが呆然と『そいつ』を見ていると、『そいつ』は牙を剥いて壁を蹴り、ノアに向かって跳んできた。戸惑いから反応が遅れたノアの前に、紺侍が立った。右腕を振るう。その手にはナイフが握られていた。今の一撃で兎に傷を負わせたらしく、引かれたナイフの刃には真っ赤な血が付着していた。
「逃げて!」
もう一度、紺侍は同じセリフを繰り返す。ノアは回れ右をして走った。
わけがわからない。
あれは兎なのだろうか。
わけがわからない。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせていると、レンからの連絡が入った。
*...***...*
レンからのテレパシーを受け、メティスは地下一階へと急いだ。
地下一階は、一階よりはいくらか騒ぎの気配が読み取れるらしい。何人かは不安そうな顔をして、そそくさと地下を出て行こうとしてメティスの横をすれ違っていった。懸命な判断だ、とその背を見送る。
地下二階への道を確認すると、僅かな混乱の原因がそこにあることを知った。階段への道はシャッターが降りて閉ざされ、エレベーターは地下二階のボタンを押しても反応がないようだ。エスカレーター付近も防火シャッターが降りていて隔絶されてしまっている。
ざわめいている人の話を断片的に拾い集めると、シャッターは突然閉まり、エレベーターは急に下への動きを止めたということがわかった。デパート側からの案内はなく、そのため事件じゃないか事故じゃないかと不安に思っているのだということも。
「落ち着いてください」
さざなみのように広がっていくざわめきを、メティスは一声上げて制する。幾人かがこちらを見たので、一呼吸置いて言葉を発した。
「地下二階では現在、火災が発生しているようです」
嘘だった。地下二階での阿鼻叫喚を伝えても信じてもらえるとは限らないし、逆にパニックを煽ってしまっては元も子もない。メティスの役目は、一般人を安全な場所に誘導することだ。
わかりやすくかつ起こりうる災害を選ぶと、効果は絶大だった。
「火事?」
「だからシャッターが?」
「逃げなきゃ!」
再び広がるざわめき。メティスは再度、「落ち着いて」と声をかける。
「慌てないで下さい。ご覧の通りシャッターも降りていますし大丈夫です。慌てず、騒がず、落ち着いて外へ。一階への階段はあちらにあります。さあ、走らないで、行って」
誘導人員は自分だけだったが、やり方が良かったのか人々は素直に従ってくれた。シャッターの傍から、ひとけがなくなる。そうした状態になってから、メティスはしばらく様子を窺った。シャッターが開く様子は、ない。
このまま待っていても状況が好転することはないだろうと判断し、メティスはパワーチャージと正義の鉄槌を乗せた拳をシャッターに叩き込んだ。
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