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第3章 百合園生徒会の未来

 探索、調査に向かった人々がシャンバラに帰還した翌日。
 百合園女学院では、臨時の生徒総会が予定されていた。
「あら?」
 生徒総会開始前、ホールに向かおうとした生徒会役員たちは、入口に袋が二つ、置かれている事に気付いた。
「差し入れと書いてありますわね」
 片方には、茶菓子が入っていた。
「こちらは……」
 もう片方には、百合園の制服と、白百合団の腕章が入っていた。
「退団希望者、でしょうか」
 少しさみしげに言い、役員は袋を生徒会室のテーブルの上に置いた。

「リナさん、どちらへ? これから生徒総会ですわよ」
 事務室の前で、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、前白百合団団長で、現在は百合園の職員である桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)に呼び止められた。
 リナリエッタは総会が行われるホールではなく、外へと出ようとしていた。
 振り向いて、鈴子と向き合うと、リナリエッタはぺこりと頭を下げた。
「……地球人とパラミタ。ヴァイシャリー。なんだか仲良くやれるのか腹の探りあいのままになるのか判んないわよねー」
「……リナさん?」
「私、もうちょっと頑張ってみようと思う。鈴子さん、また会いましょう」
 笑みを残して、リナリエッタは鈴子に背を向けて、昇降口から外へと出た。
 リナリエッタの表情から何かを察したのだろうか。鈴子はリナリエッタを止めなかった。
 ただリナリエッタの耳に「連絡くださいね」という、心配そうな声が届いた。
 リナリエッタは振り向かなかった。
(私はヴァイシャリーで学んで、卒業する……私みたいな女はこれ以上、誰かの未来を邪魔してはいけない)
 目を伏せて歩きながら校門をくぐり。
 それからは前を見る。
(まずは御堂さんに会いたい)
 だが、誰の手も借りずに、立場も捨てて、会える相手ではないから。
 自分の名前と共に、百合園女学院、白百合団員の肩書を記した手紙を、第七龍騎士団に送ってあった。
 返事は龍騎士団の事務方から届いた。
 彼女はまだ、入院中だとのことだ。
 全ては自分達軍人の責任。巻き込んで申し訳なかった。早く忘れて、百合園の皆には、普通の女性として生きて欲しい。
 晴海は、そう言っていたそうだ。
(……あの時、私が判断を間違えなければ彼女は血を流さずに済んだ)
 命が助かったことは本当に良かったと思う。
 だけれど、彼女は子供が産めない体になった、とも聞いている。
(奪われた彼女の魔道書――どうなったのかしら)
 行方についての情報はリナリエッタの耳に入ってはこない。
 脱走兵は生き埋めになって死んだと、白百合団からは聞いている。
 だけれど、あれだけの力を持ったパートナーと一緒だった彼が、生き埋めになる姿はリナリエッタには想像できなかった。
 だから、自分の目で確かめようと――ケジメをつけようと思っていた。

○     ○     ○


 百合園女学院のホールに、学院に所属する全校生徒が集まっていた。
 教員が見守る中、生徒会執行部、執行部長である風見 瑠奈(かざみ・るな)から、今後の生徒会執行部の活動について、重大な発表がなされた。
「ヴァイシャリー警察発足に伴い、百合園女学院の生徒会執行部としての白百合団は終りとし、今後はボランティアとして、警察の一部である百合園警備団に協力する形で百合園を守っていってはどうかと思います」
「異議があります」
 瑠奈が発表を終えてすぐ、手を上げたのは橘 舞(たちばな・まい)だった。
「ブリジットに言わせてしまうと、場が荒れてしまいそうですからね」
 ちらりと舞はブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)を見た。
「舞?」
 隣に座っていたパートナーのブリジットが驚く中、舞は演壇へと登った。
 マイクの前に立った舞は、厳しい口調で語りだす。
「解体が全百合園生の総意ならば何もいいませんけど、団長と一部の幹部やラズィーヤさんだけで、話がまず解体ありきで、生徒たちの頭の上で決められているように思えます。それは、変じゃないですか?
 何のための白百合会ですか?
 総会で決議をとり、皆で決めるべきだと思うんですよ」
「舞……変なものでも食べたのかしら? それともお酒飲んで……」
 それは席で聞いているブリジットがひやりとするような、発言だった。
「白百合団の廃止については、個人的にも残念に思いますが、個人的感情を除いても、この度の風見団長によってなされようとしている白百合団の廃止については、その手続の有効性に疑問があるのではないかと、思います。
 白百合団、生徒会執行部は生徒会本部と並ぶ白百合会の極めて重要な百合園女学院内部の組織であり、その廃止のような重大案件については、全校生徒の総意を反映する生徒総会の決議によるべきです。
 そもそも、白百合団団長の生徒会長を筆頭とする生徒会本部役員のような正当に選挙された全校生徒の代表とも言えず、その権限は生徒会本部の信任を根拠とした指揮監督権に限られたものであって、解散の権限までも委任されていたと解することは困難でしょう。
 廃止が団長と白百合団幹部、本来部外者であるラズィーヤ・ヴァイシャリーとの間で決められる事実も、学生自治の理念に反します。
 したがって、風見団長は白百合団廃止案を総会の議題として提案された上で、総会の決議を求められるのが、正しい手続きだと思います。
 その上で、全校生徒の多数が白百合団の廃止を望むならば、その通りにされれば、よろしいかと思います」
 意見を言った後、舞は静かに礼をして壇上から下り、ブリジットの隣に戻ってきた。
「舞、まさかあなた……」
「飲んでませんよ。ただ、こういうことは皆で決めてほしいと思いましたので」
 舞は真剣な目で、生徒会役員の出方を見ている。
 ブリジットは大きく息をついて、腕を組んだ。
「解体って上辺だけで、実際はただの鞍替えよね?
 警察の中に旧白百合団っていう勢力ができるってだけの話でしょ?
 白百合団って一般の百合生の身辺警護とかが目的の組織だったはずだけど、いまさら、そんな仕事はしたくないのよね?」
「そういうわけではないでしょうが……」
「私としては、いつかパラミタ人から団長が現れるのを、見たかったけど……設立当時の理念を忘れて、ただ暴れる権利と場所が欲しいだけなら、そんな危ない集団は百合園には不要な存在かもしれないわね」
 舞とブリジットのそんな会話は役員の耳にも入っていた。
 瑠奈が立ち上がり、再び壇上に立った。
「皆様に、疑問をいだかせてしまっていますことを、深くお詫び申し上げます」
 最初に、瑠奈は深く頭を下げた。
 それから、ゆっくりと説明を始めた。

「まず、ご存じのとおり百合園女学院は蒼空学園や、薔薇の学舎のような地球人が設立した地球の学校ではなく、設立者はヴァイシャリー家であり、パラミタの方が運営する学校です。
 発足当時や少なくても先代までの白百合会役員(白百合会本部役員、白百合団役員)は、教員に勝る発言力を持っていました。
 しかし、今はその力は存在しません。普通に、教員の指導の下、生徒会は活動を行っています。
 そして自治活動を逸脱する行為、特に武具を用いる白百合団の活動については校長、理事の承認は必須となっています。

 白百合団の役員につきましては、生徒会本部の役員とは違い投票による多数決ではなく、任命制です。
 全校生徒による信任投票の結果から、現職役員と運営者であるヴァイシャリー家――いわば監督者である、ラズィーヤ・ヴァイシャリー様との話し合いで決定されます。
 これは、白百合団の活動では、学生活動を超える人の命に係わる重大な選択を迫られることや、兵器を……現在では大量破壊兵器を集団で扱うことさえもあることから、票を集めただけでは、団長は任せられないためです。戦闘能力と実績も重要な選考基準となります。
 投票につきましても投票数だけではなく、投票と共に記された生徒達の『理由』も重視されます。
 そのような全校生徒による投票と、審議を経て去年私は団長に任命していただきました。

 日本の学校に通ってらした方はご存じのとおり、部活動とは違い、生徒会役員会、生徒会執行部は通常任期を終えれば解散します。
 ただ、現制度の白百合団の解散につきましては、ご指摘もありました通り私の独断で決められるものではありません。
 そのため、今回こうして全校生徒による臨時の生徒総会を開きまして、私の案を支持していただけるか、支持せず、白百合団存続を願うか、全校生徒による投票の場を設けた次第であります。

 では、私の案が支持されなかった場合。
 現体制の白百合団を続けられるかと申しますと、事件後の現状を踏まえまして、現体制の白百合団の次期役員として、任命できる人物がほとんどいなたいめ、存続は難しいものと考えています。無理に選任したとしても、理事からの承認は下りないでしょう。つまり現体制の廃止は免れないということです。
 また、警備団が発足しましたら、百合園のツートップとしての白百合団団長の存在理由がなくなる、と思います。百合園に関する業務は校長と生徒会本部で行われていますので、生徒会本部役員の下に、委員会や部活動として、生徒達のグループは存在すべきなのではないかと思っていますが、来期の生徒会の組織編制については、卒業をする私が意見申しあげることではないと思います。

 ですが春からも、団長として現体制の白百合団を率いていきたいという方がいるのでしたら、この度の生徒総会で、皆の前で意見を述べて立候補してほしいと事前に団員達にお話してあります。
 今から白百合団の立候補者が、檀上で演説をします。
 今日お集まりいただいた皆様、そしてお休みをしている百合園の生徒の方にも、この白百合団の信任投票に参加をしていただきたいと思っております。
 現体制の団長を任せられる人物に、支持の投票をお願いいたします。
 皆様が新たな団長と共に、現体制の存続を望まれるのであれば、私も全力で団長候補を支援し、その結果を持ってヴァイシャリーの皆様と交渉していくことを約束いたします」
 瑠奈は再び頭を深く下げて、演壇を後にした。