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リアクション
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
ククク、ついに名実ともに悪の天才科学者となったこの俺の力、この劇場を乗っ取ることで見せつけてやろう!」
両腕を腰に当て、やや胸を出し反り返りつつ。
正しいポーズで名乗りを上げたドクター・ハデス(どくたー・はです)は、ビルの動きが慌ただしい事に漸く気付き、あれ? と首を傾げた。
「あ、あのハデス先生……それどころじゃなさそうなんですが……」
ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)がおずおずと申し出ると、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が何かを見つけ「あっ」と声を上げる。
「ミリツァさん!」
「咲耶! 一体どうし……たのかは聞かなくても分かったわ」
ハデスがバックにぞろぞろと背負っていた戦闘員達を見て、ミリツァはこくんと頷き彼等に状況を説明した。
「――ふむ。なるほど。例のハインツの一件か……」
腕を組んで状況を飲み込むハデスに、咲耶が釘を刺すような視線をみせる。彼女にとってミリツァは大事な友人だから、今の視線は、――兄さん、空気を呼んで下さいね! というところだろうか。
ミリツァも一緒に居た仲間も、半信半疑でハデスの様子を見ていたが、ハデスはふんっと鼻を鳴らして結果を出した。
「ま、まあ、咲耶が言うからミリツァたちに協力してやらんこともないかな!
べ、別にハインツのためじゃないんだからなっ!」
「………………最後の一言が気になるわね」
「何か変なフラグが立っているよーな気がするんだけど」
「あいつら……何かあったのか……」
ミリツァと美羽とかつみの声に、コハクらは乾いた笑い声を漏らすが、協力者が増えるなら、それも悪の天才科学者なら力強い味方になるだろう。
「さて、何処へ行く?」
足は地下へ向かっているようだが、皆から具体的な話は出ていない。ハデスの質問にミリツァが答えた。
「地下よ。他の階は皆が向かったし、ビルでは地下の食品販売コーナーが何時も混んでいるものだわ! ね、咲耶」
「そうですねミリツァさんっ! 別に何時も二人で見て回っているから知っているだなんてそんな事ありませんよね!」
「ええ、試食コーナーが楽しいだなんて、そんな事一切無いのだわ!」
二人のやり取りは、語るに落ちるだった。
「大体皆、出入り口に固まっていると思う。俺はそこに敵がきたら足止めするからお前達はサポートに回ってくれ」
かつみの指示に、パートナーたちはそれぞれの動きを逡巡する。
「ミリツァ、お客さんの位置を特定してくれる?
私とコハクが救助に向かうから」
美羽にミリツァが頷くと、
「ミリツァさんっ!
何があっても、私がミリツァさんを守りぬきますね!」
走る咲耶が瞬く光りに包まれて行った。彼女の姿が魔法少女に変わっていくのに、ペルセポネは自分も――と、ハデスへ振り返る。
「ハデス先生、ご命令を……」
「機晶変身だペルセポネ」
「了解しました、ハデス先生っ! 機晶変身っ!」
今度はペルセポネのブレスレットが瞬き、彼女が纏っていた制服がパワードスーツに変わる。さあ戦いだと意気込んだ矢先、彼女の主からこんな言葉が飛び出た。
「さあ、咲耶よ。お前はミリツァを守るのが任務だ。
ククク、悪の天才科学者となった俺の技術でパワーアップさせてやろう!」
[ハデス様より合体命令を受信しました。ターゲット、咲耶様]
音声メッセージが流れると、ペルセポネの装着したばかりの装甲がブルブルと震え出した。
「ふ、ふぇっ?」
そして装甲は磁石に引っ張られるようにパージされ、咲耶のコスチュームを強化していった。
つまり、今のペルセポネは…………全裸だ。
「って、わ、私、何のために出てきたんですかあ〜」
……というあざとい読者サービスが行われている間に、契約者達は丁度地下のエスカレーターロビーへ辿り着いた。
「さあ、我が部下の戦闘員たちよ!
ミリツァが『反響』で見つけ出した一般客を、1階正面入り口まで誘導してくるのだ!
従わぬ客には武力行使を許可する!」
「えッ!?」
ハデスの指示に仲間達が全員振り返るが、ミリツァと咲耶は「何してるの早く!」と急かしている。少々ひっかかるところはあるが――
「ま、まあ……ミリツァもああ言ってる事だし……」
「別にいいか…………」
美羽とかつみが諦めの声を出し、彼等は地下の客達を助けようと、救助活動を開始した。
*
「うぅっ、どうしていつもいつも玲亜ちゃんは迷子になっちゃってるのかなぁ……」
奈落人の川村 玲亜(かわむら・れあ)はアリスの川村 玲亜(かわむら・れあ)に憑依した状態で、館内放送の流れるビルの中を彷徨い歩いていた。
奈落人の玲亜が、アリスの玲亜が迷子になったと気付いた時には、事件はすでに発生しており、逃げる客に押し出されるようにして更に良く分からない場所へ辿り着いてしまっていた。
「えっ、なぁに玲亜ちゃん? ……やっぱり、私迷子なの〜」
なんてアリスの玲亜は相変わらずな反応をしていたが、こうなっては任せていられないと即座に憑依したところだったのだ。
吹き抜けを覗き込んでみれば、此処がビルの真ん中あたりで、あちこちに様々な種族の少女が現れ人々を襲っている事が分かる。
「良く分かんないけど危なそうな……」
「分かってるなら、しっかりしなッ!」
突然叱咤されて振り返ると、玲亜の背中あとほんの少し、というところに剣の花嫁の槍が迫っているのが見えて息を呑む。
「ぼーっとしてないで動け!」
口調は強く、命令にさえ聞こえるものだが、ツインテールを翻す声の主は身長は玲亜よりも少し大きいくらいだ。大人では無い。
「えーっと……」
「アタシはトゥリン、アンタは?」
「玲亜、川村玲亜。奈落人で、今は玲亜ちゃんに憑いてて――」
「は? まあもうどうでもいいや、ついてきて!」
腕を引かれ、玲亜は訳も分からぬままトゥリンについていく。吹き抜けの店内は見通しが良く、店の方から隠れて襲ってくる少女たちを、トゥリンは身の丈程の槍で薙ぎ払い進んで行く。
上空からの攻撃は、玲亜がサンダーブラストを放つ事で時間を稼ぎ、その間にトゥリンが追撃してくれた。
エレベーターホールに辿り着き、他の客の波を見つけたところで、向こう側から呼ぶ声に気付く。
「玲亜!? 良かった、心配したのよ!?」
飛びつくようにやってきたのは、玲亜と一緒にビルへ買い物にきていた川村 詩亜(かわむら・しあ) とミア・マロン(みあ・まろん)だった。
玲亜の横にトゥリンが居るのを見るなり、詩亜は状況を理解したようで
「すみません、うちの玲亜がとってもご迷惑かけたみたいで……」
と頭を下げる。
するとトゥリンは食ったようなを見せ、避難する客の波を指で示した。
「下に逃げて。一階にうちの軍隊がきてる」
「軍隊? あの……」
詩亜が質問をしようとした時だった。機晶姫の少女が両手剣を後ろに、此方へ駆け寄って来た。
トゥリンはそれに気付き、舌打ちをして槍を握りなおす。反動をつけた剣と、トゥリンの槍の柄がガンッ!と音を立てた。
「詩亜!」
ライトニングブラストを放ちながらミアが呼ぶ声に、詩亜は真空波を少女へ向ける。
二つの術を受け止めよろめく少女に、トゥリンは上にあった右手に地へ押し込むように体重を乗せた。
『――ッ!』
少女が倒れたところへぐるりと回した穂を打ち込むと、トゥリンが敵の横に居ると確認し、ミアが火炎を一直線に放つと、次の瞬間。
少女は霧散し、その場にふわふわとした光りが現れ、消えた。
「今のは…………」
玲亜が戸惑う声を出していると、トゥリンが振り返り首を横に振る。早く逃げろという意味だろう。
「ありがとう!」
詩亜とミアに手を引かれ、二人の玲亜はエスカレーターを下りて行った。
*
「駄目だ、反応無いね」
はっと息を吐き出してジブリールは肩を落す。ローゼマリーが強化人間だと聞き、精神感応能力で接近を察知しようとしたのだが、全く引っかかる気配がない。
ラブなどは「このラブちゃんが目をだます事なんて出来ないのよ!」と指をさしポーズを決めたというのに、それは下へ逃げて行く全く別の――普通の客だった事もあった。
「劇場側の状況を聞いている限り、あのローゼマリーさんは本物の身体を持っている訳では無く、アレクさんの魔法陣の影響を受けた仮の――器とでも言えばいいんでしょうか――に入っている状態でしょう。
俺達に言った言葉も、意味を成していないものでしたから、意思や存在が酷く曖昧で、薄弱なのだと思います」
「器に魂が定着していねぇから、より希薄なのかもしれねぇな」
ベルクはそう言って、ツライッツへ頷いてみせる。
ローゼマリーはあの後矢張り彼等を後ろから追い掛けてきた。彼等はビルのエスカレーターを登り、今は三階の雑貨屋に紛れている。
壮太が見つけ「ここで遣り過ごそう」と提案してきたのだが、天井から玩具がつり下げられ、本やぬいぐるみが積み上げられた店内だ。早々に見つかりはしないだろう。
追い掛けてくるスピードはまるで足ごと存在しないかのように速く、振り切る事は容易くは無かったが、ローゼマリーは通常亡霊と言われれば皆が想像するそれのように――突然目の前に現れたりする事も無ければ、強化人間らしいスキルを使う訳でもない。あのローゼマリーはもしかしたら自分が死んだという現実も、強化人間であるという自覚も受け止めていないのかもしれない。
ローゼマリーが別の場所へ行ってくれるのを願って、確認を機晶姫のフリーダに任せ、彼等はタイミングを計りながらその場に留まっていた。
「しかしよ。よく考えたらあの時俺の身体を奪いかけた奴が、アロイスなんだよな……ゾッとする話だぜ。
でもって今その名を言いながら女が追いかけてくるっつーのも、結構ホラーな展開だよな」
ベルクはそう言ってぶるりと身を震わせる。実はそう言った話がめっぽう苦手なツライッツは、状況を考える事に没頭することで、その部分を頭から追い出していた。
「ローゼマリーに事情があるのは分かったが……、アクアマリンの欠片はジゼルの魂の源。渡すわけにはいかぬ」
ハーティオンが落したトーンで言う。
「事情とか、過去とか、誰が正義で誰が悪だとか、まあちょっとは同情するけど、
そんなんオレが実際に見てきたわけじゃねえんだから、全部は全部分かんねえよ」
膝に肘をついた壮太がぼそっと言うのを聞いて、フレンディスはジゼルの手をそっと握った。彼女とて思う所はあるが、アロイスは以前フレンディスの恋人のベルクの身体を奪おうとした人物で、もう死んだ人間だ。そしてローゼマリーの思いよりも優先したいのは今生きている人々の未来、大切な親友の方なのだ。
「ジゼルさんのお身体が誰の物であろうと私には関係御座いません。
ジゼルさんはジゼルさんなのですから」
「ジゼルちゃんとローゼマリー、どちらか片方しか選べないのなら、私は壮ちゃんが選んだあなたを選ぶわ」
フリーダが柔らかい声で言う。二人の真っ直ぐな言葉に励まされ、ジゼルは一人悩ませていた思いを吐き出す事にした。
「アロイス……ね。私が小さかった頃、まだ生きてて…………」
――あんまり思い出せないけど。と、ジゼルは話す。肉体を持つ前の彼女の記憶は曖昧だったが、彼に可愛がられていた事は覚えている。
それからジゼルが初めて身体を貰った日に、その姿を見てわんわん泣いていた事も思い出された。
「きっと後悔してたんじゃないかな……、ローゼマリーの事。
私や皆を騙したのも、ベルクの身体を奪おうとしたのも、……今も酷いって思うけど、
本当の心は、優しい人だったと思うの…………」
先程から出ている話題――ベルクの身体を奪う――の事情が分からず、ツライッツは
「どういうことです?」と首をかしげた。
「アロイス達は三賢者は、死んだ後に、アクアマリンの中に魂を宿していたの。
それで私に契約者を連れてくるように言って…………」
「俺たちの身体を奪って、もう一度肉体を得ようとしやがったんだ」
ベルクがそう言って眉を寄せる。
「私ね、アクアマリンに還った時から、アロイスがちょっと変わったなって思ってたわ。
元々そういうところはあったけど、冷たくなって、ちょっと意地悪で……近寄り難いっていうか。
お兄ちゃんがウィリの事を、セイレーンにする時の影響で、色んな種族の女の子の魂が解け合ってしまったって言ってたけど、それと同じような感じなのかな。
三人の心が溶けて、アクアマリンに還った時に、本当のアロイスは消えてしまっていたのかも……」
その言葉にぞわりと背中を嫌なものが這い上がって、ツライッツは眉根を寄せた。ハインリヒはアクアマリンが魂を閉じ込める事の出来る封印の魔石と同じような効果を持っていると言っていたが――
(アクアマリンが取り込んだ魂を区別しないのなら、実体を持たないものが混ざり合う危険性が強いということでしょうか……)
ツライッツは自らの指に嵌るアクアマリンの指輪に、無意識に触れていた。
ツライッツのマスターであるクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)が、その身に別の魂をおろしたのは少し前の事だが、彼女の中にはその影響が未だ残り続けている。
(それと同じ……いえ、それ以上に……)
胸に渦巻く悪い予感は止められず、ツライッツは指環を改めて託された時の事を思い出す。
「ずっと理由が欲しかった」と嗤うハインリヒの声を再生してしまい、耳を塞ぎたくなる。今ツライッツが踵を返してアクアマリンの欠片を遠ざけてしまえば、起こりうる可能性はゼロになる。
しかし彼は自分にこの指輪を託してくれたのだ。頭を過ぎったものをかき消すように首を振って、ツライッツは「ハインツ」と聞こえる筈のないと知りながらその名前を口にした。
(俺は、二度と……同じ失敗をするわけにはいかない)
そんな風に思いを巡らせていると、フリーダが壮太に声をかける。どうやら彼女はローゼマリーを見つけたらしい。
「壮ちゃん、彼女さっきそこを通り過ぎて行ったわよ。
今の内に反対側から逃げちゃいましょ」
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