シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

思い出のサマー

リアクション公開中!

思い出のサマー
思い出のサマー 思い出のサマー 思い出のサマー 思い出のサマー 思い出のサマー 思い出のサマー 思い出のサマー

リアクション


●スプラッシュヘブン物語(11)

 まさかあんた、とパティ・ブラウアヒメルは言った。
「Κ(カッパ)……?」
 何気なく選んだアイスクリームスタンド、そこに立っていた店員は、明るい色調の制服とは裏腹に、凍土のような表情をしていた。
 カーネリアン・パークス。
 パティにとっては『姉妹』であり、元宿敵であり、目的を共にしたこともあり……と、複雑な間柄の相手だ。
 ところがカーネリアンは特にそれに答えず、無言でアイスを二つ、パティと小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に突き出したのである。
「……ありがとうございました」
 これほど心がこもっておらず、これほど棒読みな「ありがとうございました」を美羽は聞いたことがなかった。心が凍えるような体験である。
「まあでも、Κ……じゃなくて、カーネリアンも、それなりに社会適合しているようで良かったじゃない?」
「あれは社会適合できてるというのかな……ま、あたしもその辺はあまり自信ないけど」
 ややあって、ふたりはひとつのテーブルを囲んで、ガールズトークに花を咲かせている。
 美羽は水着姿、華やかな白ワンピース、
 パティも水着姿、大胆な赤いビキニ、
 そんな少女たちのおしゃべり。そこだけ花が咲いたような空間となる。
 まだまだ、夢見る乙女といって通りそうな、それどころか、年齢制限があるところは断られそうな彼女らである。……でも実は、ふたりとも先日結婚を終え、立派な新妻だったりするのだから世の中ってわからない。
「いやぁ、まさかこんなことになるとは思わなかったよね」
 ソーダとビターチョコのダブルを食べながら美羽は言う。
「そうね。美羽と、『マダム』同士の会話をすることになるなんて」
 対するパティは小倉小豆アイスとストロベリーシャーベットのデュオ、
「なーんか実感わかないよね」
「ねー」
 と、はじけるようにパティは笑うのである。

 やや離れた席では、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と七刀切の『夫ズ』が、おなじテーブルについていた。
「ご結婚おめでとうございます、切さん。そして、お二人を邪魔してしまってごめんなさい。どうやら美羽とパティは女の子同士で、楽しく話しているようですから……」
 コハクは頭を下げるが、
「いや、いいっていいって。ずっとワイがパティを独占しているわけにもいかないよ。ふたりきりになら、いつだってなれるし。……あ、ごめん言い忘れてた。そちらこそ、結婚おめでとう」
 切は笑って応じる。パティと結ばれるという大願が成就したせいか余裕が出てきたようだ。
 なお二人とも、コハクが買ってきたアイスを食している。スマイルゼロのカーネリアンから受け取ったもので、カーネリアンの視線同様、大変に冷たい。
 こうして妻たちの交流を眺めることができるのも、夫としての特権だとコハクは思った。

 一方、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、ステージを無事こなしたローラ・ブラウアヒメルを呼び止めていた。
「ローラさん、お疲れさまでした」
「ベアトリーチェ! 来てたのか。元気か?」
「はい、それで差し入れというか……アイスクリームを買ってきたのですけれど」
「くれるの!? ありがとね」
 あんまりローラは遠慮しないたちなので、にっこり笑って受け取ったが、
「これ、あそこのアイスクリームスタンドでカーネリアン・パークスさんが売っていたものなんですよ」
 とベアトリーチェに言われて、やや表情を曇らせた。
「う……うん、Κが……アイスクリーム売りね……あはは、ちょっと、似合わないかも……」
 かつてローラは誰よりも、ΚやΛ(ラムダ)を恐れていた。すでにラムダは亡く、Κは塵殺寺院から抜けてカーネリアンと名を改めたというのに、ローラのなかの過去の恐怖はまだ消えていないのだろう。パティからはすっかりわだかまりが消えているのとは対称的である。
 ベアトリーチェはローラの様子に気づいて謝りかけたが、大丈夫、とローラは笑顔で言った。
「まだ無理……かもだけど、ワタシ、いつかはΚいやカーネリアンと、仲良くなりたいね」

 美羽とパティの会話は続いている。
 頃合いを見て美羽は切り出した。
「で、パティの新婚生活はどうなの?」
「どうって? あー、まー、あの人、すぐベタベタしたがるのよね。ちょっと一人で出かけるだけでも『いってらっしゃいのチュー』をしてくれだのなんだの……まあ、私もそりゃ、まんざらじゃないんだけどさ……って!」
 ここでハッとなってパティは美羽を見た。
 美羽は、「イイコト聞いちゃった!」と言わんばかりの表情をしている。
「パティ、私は、家事の話を振ったつもりだったんだけどぉ〜?」
 みるみるパティの顔が真っ赤になるのがわかった。
「それに、『あの人』だなんて。すっかりごちそうさま、って気分!」
「あーっ! 今のナシ! ナシ! 忘れて!」
「いやそんなこと言われても〜」
 美羽はあごに手をやって、ふっふっふとほくそ笑む。
「だからナシだってばー! ていうか美羽こそ教えなさいよ〜! 新婚生活の話!」
「仕方ないなあ、パティと私の仲だし……だったら……」
 美羽はパティの耳に唇を寄せ、手で口元を隠してゴニョゴニョゴニョ……となにやら囁いた。
「えーっ!」
 するとますます、パティは赤面するのであった。
 なお、話した美羽のほうも、なかなかの赤面具合であったことは忘れずに書いておこう。
 美羽はなにをパティに話したか?
 それは秘密! ……とさせていただきたい。