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リアクション
【そう遠くない過去の経緯】
某月某日、晴天。
随分前というほどでもなく、つい最近とも言えないような、ほんの少し前のとある日の事だ。
「リーダー。神狩りの剣ってどこで手に入れたんでふか?」
空京のオープンカフェで軽食を取っている最中の、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)の突然の質問に十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は目を瞬かせた。
“神狩りの剣”というのは、宵一が愛用している剣である。どうやって作られたのかはさっぱり判らないが、イコンの装甲にも立ち向かえるという、その名前に相応しい威力を持った剣だ。愛用し始めてから幾らか経つものの、その手に入れた時の経緯を、リイムに話していなかったことを思い出して、宵一は息をついた。恐らくずっと気になっていたのだろう。じっと見つめてくる目に、さてどうしたものか、と宵一は飲みかけのコーヒーを飲み下した。
(これを手に入れた時は相当の苦労を――していないんだよな……)
そう、それを手に入れたのは偶然、と言うのか、なんと言うべきなのか。ある種違う苦労はした気もするが、と回想しながら、宵一はその時のことを語るべく口を開いた。
「あれは丁度―――……」
そう、丁度今と同じように、宵一が一人、空京のオープンカフェを訪れていた時の事だ。
天気も良く、気候も穏やかで、外でゆっくりするには丁度良い。問題なのは、咽るほど苦いコーヒーの方だったが、これも嗜みと口に運んでいた。そんな、時間までゆっくりと過ぎて行くような穏やかは、唐突に、本当に唐突に破られた。
「よっちゃん! 元気〜?」
「アイエエエエエ!?」
正面から声、と思った時には“その人”は目の前にいた。あまりの唐突さに、宵一の口からは裏返った声が上がる。通りすがりや他の客たちが怪訝な視線を向けてくるのに、慌てて口を押さえると、宵一はまだ戸惑ったままながら、浮きかけた腰を下ろして“その人”を眺めた。
「おばさん!? いつの間に?」
気配を微塵も感じさせることもなく、現れた“その人”は、自らを『おばさん』と称している。だから、宵一も倣ってそう呼んではいるものの、はたから見ればその呼び方が酷く不釣合いに感じるだろう。『叔母さん』の方だと思ったかもしれない。だが、二人の間に血縁関係は無かった。
緩やかに流れる艶やかな金の髪は白磁の肌に映えて黄金のようであり、芸術品かのように美しく整った顔を更に鮮やかかつミステリアスに映す銀の眼。下品にならない程度の露出が高いドレスが、その身体の女性らしい曲線美と、世の男性をころりと射止める魅力を、溢れんばかりに主張している。高級そうな日傘をさすことで少し隠れてしまうのが勿体無いぐらいの姿は、どう見ても二十代も前半といったところだ。これをおばさんと呼ぶのはあんまりな気もするが、何しろ本人の希望である。
(おばさんって呼ばないと機嫌悪くするしなあ……)
その理由も全く不明である。そういえば何故なんだろう、と思いながら、格好にあわない包みを横に立てかけ、正面に腰掛けるのを見ていると、おばさんはニコニコと笑った。
「相変わらず元気そうね。はい、トマトの砂糖漬け♪」
「あ、ありがとうございます」
言いながら、トマトの砂糖漬けの入った瓶を手渡してくる。正直、あまり好きじゃないんだよね、とは内心の呟きだ。宵一は微妙な顔にならないように気をつけながら、大人しくそれを受け取った。
「……いきなりトマトの砂糖漬けを渡すんでふか?」
「うん、会うたびに渡してくれるんだ」
そこまで聞いて、リイムは首を傾げた。聞いている限り前ふりもなかったし、お土産といった類でも無さそうだ。会うたび、というが宵一の好物と言うわけでもない。どんな理由があるのか知りたげなリイムの顔だったが、宵一は肩を竦めるしかなかった。
「どうしてだか俺にもわからない」
古くからの付き合いだが、毎回何故それを渡してくるのかもわからない。血縁関係はなく家の近所に住んでいるというわけでもないから、お土産と言うのも可笑しな話だし、恐らくいつも手作りだ。第一、いつも唐突に顔を見せるその毎回に用意されているというのも不思議な話だ。
(どうして持ち歩いてるんだろうな)
ふと考えたが、『おばさん』の不思議なところはまだある。
その超絶美女ぶりに反して、現れる時にはまるで気配を感じさせず(これだけ美人なのだから、周囲が何かしら反応していてもおかしくは無いのに、だ)、のほほんとした穏やかな喋り方をしている。が、実は宵一を凌駕する戦闘力を持ち、年齢も宵一の数倍以上、らしい。
(その正体は一体何なのやら……)
ふと、そんな事が気になったが、考えれば考えるほど、何だか気付いてはいけない事に気付きそうな気がして、面倒くさくなって止めた。知らぬが仏、という言葉がある。
気を取り直して、宵一は説明を再開した。
トマトの砂糖漬けを宵一が受け取ると「そうそう」とおばさんは手を叩いた。
「今日は、あなたにとっておきのプレゼントがあるのよ」
「はい?」
突然何を、と宵一が目を瞬かせていると、立てかけていた包みを開いた。そこから顔をのぞかせたのは、鞘に納まった、一振りの巨大な剣だ。
「?」
一体これは、と首を傾げていると、おばさんは「しばらくぶりに片付けをしたら見つけたのよ〜」と、真意の見えないか顔でにこにこと笑った。
「今のあなたなら、この子を使いこなす事ができると思うの」
そう言ってその手が柄を掴むと、宵一の方へとそれを向ける。手を伸ばしかけて、宵一は思わずビクリと身を強張らせた。鞘に入っていても判る、剣の凄み。少なくとも今まで自分が持ったことの無い種類の気配だ。ただならぬものを感じて、警戒した――つまり正直ビビりながら、宵一は訝しげに首を傾げた。
「これは?」
「この子の名前は神狩りの剣っていうのよ」
「は、はあ……」
そういう意味の問いではなかったのだが、と思ったが、にこにこと笑うその顔は、恐らく判っていての回答だろう。答える気は無いらしい。追求しても恐らくは答えてはくれないだろう、と判っていたので、複雑な顔で黙り込んだ宵一におばちゃんは笑った。
「大切に使ってあげてね♪」
「……はい」
殆ど押し切られる形ながら、宵一が頷くと、おばさんは満足そうに頷いて、かたん、と席を立ってくるくると軽く日傘を回しながら肩を竦めた。
「悪いんだけれども、忙しいからこれで失礼するわね」
「え」
「風邪をひかないようにね」
宵一が目を瞬かせていると、それだけ言って、と言うより、言うだけ言って、こちらが何かを言うより早くおばさんはその場から踵を返す。そして、あれほど目立つ容姿だというのに、その姿は不思議と周囲から浮くことなく、人ごみに紛れるとあっという間に見えなくなってしまったのだった。
(もう少しゆっくりと話をしたかったんだけどな……)
嵐のように現れて、と言うほど激しくは無かったが、ひょっこり現れて、何事も無かったのように去っていったおばさんの背中を思い出しながら、宵一は飲みかけのコーヒーに手を伸ばした。まだ、あまり温くなっていないコーヒーは、矢張り咽るほどに苦いままなのだった。
その話を一応は黙って聞いていたリイムは、どこから突っ込んだものだろう、と悩んだ末に「あのう」と控えめに声を上げた。
「片付けしてたら出てくるものなんでふか?」
何しろ大きな剣である。普通なら置いてあるだけで目立ちそうなものだ。それには宵一も「不思議だよな」
と頷いた。
「相当でかい蔵でもあるのやら?」
片付けないと出てこないのだとしたらそれしか思い当たらないが、リイムの顔はそんなまさか、と出かかったツッコミを飲み込んだようだった。色々とツッコミはじめたらきりの無いような話だが、肝心の宵一が色々と考えるのを放棄してしまっている部分があるようなので、おばさんについてはそれ以上ツッコミを入れたところで、何がわかるわけでもないだろう。
……が。リイムはどうしてもそこだけはツッコミを入れざるを得ない、と口を開いた。
「知り合いのおばさんからの貰い物の剣が、リーダーの持っている剣の中で最強なんでふか……」
「う、うん……」
そのツッコミに、宵一は思わず明後日を向いた。それはその通りなのだが、敢えて口にされると複雑な気持ちが過ぎる。リイムはそれ以上ツッコミを入れては来なかったが、その生暖かな目線に、宵一は誤魔化すように、あの日と同じようにまだあまり温くなっていないコーヒーを飲み下す。
そして――現在に到るまで、おばさんの正体は不明のまま、その剣は今も尚、宵一の最強の剣として、今日も戦場でその刃を輝かせているのであった。
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