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消えゆく花のように

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消えゆく花のように
消えゆく花のように 消えゆく花のように

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●Η、Ι(2)

 柊真司、セレンフィリティ・シャーレットは巧みに行動に出た。
 声には出さない。
 だが行動に、語らせる。
「Ηcの弱点は知っている」と。
 重力攻撃の範囲はせいぜい二メートル程度で、しかも、同時に複数の重力操作を行うことはできない……それを知っていると、行動で示した。
 といっても決定的なダメージは与えない。重力制御が鉄壁の防御をΗcにもたらしているのは事実だが、これはこれでいいのだ。
 狙いは、Ηcを焦らせること。
 こちらの実力は大したことがないが、戦いを長引かせるのはまずい、と認識させること。
 やがて、これがΗcの行動に変化を起こした。
「……もう、もう来ないでください……!」
 しびれを切らしたのか、これまで消極的だったΗcがついに、クマの縫いぐるみを抱いたまま進みはじめたのだ。
 ――来ないで、と言いながら近づいてくる……やはり精神のバランスを欠いているようだな。
 真司はわずかに良心の痛みを感じた。
 だがここで鬼にならねば、もっと悲劇が起こるかもしれない。
 ポイントシフト、発動。
 真司の体は瞬時空間を飛び越え、Ηcの間近に出現した。
 それこそ、軽く手を伸ばせば彼女の縫いぐるみに触れられそうなほど近くに。
 だがΗcの反応も早かった。
「……嫌です! やめてください……っ!」
 真司の体は足元の地面ごと空に持ち上がり、天地が逆になったように『空に向けて』『落下』しはじめた。
 だがこれこそが彼の狙いだ。
「イオリ、頼む!」
 祈るように呼びかけると、そこにイオリ・ウルズアイの援護射撃が入る。
 はっとなってΗcは重力を操り銃弾を止めた。
 すると真司を操っていた逆転現象は消え、彼は本来正しい方向に落ちて着地したのである。
 好機到来! このとき、隙あり、とばかりにセレンがポイントシフトを発動させた。
 今度はセレンがΗcの懐に飛び込む番、彼女の手には剣が握られている。
 だがこのとき、遠く離れたΙcのスコープはセレンの姿を捉えていたのである。Ιcとて移動を繰り返しながら、スナイプポイントを探していたのだ。跳弾は不要の直線方向に……!
 しかし引き金にかけたΙcの指が止まった。
 そればかりか、虚を突かれたようにΙは身を強張らせている。
 スコープのなかに見えるセレンの姿が、
 姿が、
 姿が……!
 水着姿になっていたからだ。
 見間違いではない。セレンは本当に、着ていた国軍制服を脱ぎ捨てて水着になっていたのだ。
 夏の水着姿、これが何を引き起こすか。
 クランジの機能不全を引き起こした。クランジは意外な行動に弱い。
「気に入った?」
 ふっと微笑するとセレンは、逆手にした剣を横に薙いだ。
 Ηcが背を『く』の字に曲げていた。
 剣はクマの縫いぐるみの胴を断ち切り、その下のΗcの腹部も切り裂いていた。
 そして陽炎の印、これは、真司の切り札だ。
 赤い光が一瞬輝いたかと思いきや、エネルギーの塊が一気に剣状に具現化し飛び出した。
 これはガラ空きになったΗcの背を貫いていた。
「……あ……あ……」
 Ηcは空を仰いだ。
 次の瞬間には、泥へと戻っていた。Ηらしきものは、2秒もしないうちにどこにも存在しなくなった。

 このときイオリはすでに、真司から遠く離れた場所にいた。
「あれは過去の僕だ。できれば僕の手で決着を付けたい」
 そうあらかじめ真司に断っていたのである。つまり、Ηcが倒れるより先に、Ιcのところへ向かうと。
 このとき真司は、
「わかった。ただし本当に危なくなったら助けに入るぞ」
 と言って許可を出している。
 イオリはかつてのクランジΙではない。
 一度半壊したため、あの頃のように、猛烈な射撃能力は持っていない。
 そればかりか、つい先日までは銃を握るのにもリハビリが必要だった。スナイパーライフルを自在に使いこなすΙcとの能力差は絶望的なほど広がっている。
 しかし現在のイオリにも優位点はあった。
 それは、過去の自分の行動予測を立てやすいということだ。Ιcが潜みそうなポイントを直感的に割り出し、着実に迫っていく。
 ――今の僕には以前のスナイプ能力はない……だから当てるには近づかないと。
 ロングレンジライフルよりも対物ライフルをイオリは選んでいた。
 カムフラージュとテイクカバーの技能を生かし、汚れで顔も髪も黒くしながらイオリは進んだ。
 まだΙcはΗcが倒されたダメージから立ち直れないのか、一発も撃ってこない。
 それは好都合だ。
 イオリはいよいよ建物の目星をつけ、一気に距離を詰めるべく駆けだした。この位置からなら今のイオリでも敵に届く。
 物陰を見つけて小休止する。陰からそっと首だけだして安全を確認しようとする。
 そして、
 イオリは、、額の中央を撃ち抜かれて転倒したのである。
 見通しが甘かったというほかはない。Ιcは一発でカタを付ける気だったのだろう。
 その上見事なスナイプだった。眉間の間を綺麗に抜かれたのだ。
 イオリ・ウルズアイは目を見開いたまま大の字になって倒れている。
 ぴくりともしない。
 即死だ。

 高層ビルの一室では、Ιcが銃を構えた状態で片膝をつき、次の標的を探していた。
 Ιcはイオリのクローン体である。
 かつてのイオリ同様、郵便配達人のような制服、それも、サイズオーバー気味の制服を着ている(袖と裾は折り曲げていた)。
 やはりかつてのイオリと同じで、郵便配達人じみた制帽を目深に被っていた。
 Ιcはイオリを片付けたからといって油断はしない。
 すぐに真司とセレンの姿を探してスコープを経巡らせているのだ。
 きらっと光るものが一瞬だけスコープに映った。
 驚いてその方向にスコープを戻すと、やはりスコープをのぞいてライフルを構えた姿が、こちらを見ているのがわかった。
 イオリ・ウルズアイだった。
「チャンスは一度、狙い撃つ」
 イオリは、絞るようにトリガーを引いた。
 驚愕の表情のまま、Ιcは額を撃ち抜かれていた。こちらはそこまで綺麗なスナイプではなかった。中央からかなり右に寄っている。
 だからといって、Ιcが即死だったのは変わらないが。

 イオリは立ち上がって、膝の埃を払った。
 帽子を被り直そうとして、随分前から帽子を被っていないことを思い出していた。
 イオリのそばにはコピー人形が落ちていた。
 ついさっきまでイオリの等身大コピーになっていた人形だったが、今は壊れ、30センチ程度の大きさになっている。
 人形の額には、綺麗にくり抜いたような小さな穴があった。
「終わったよ……」
 イオリは真司とセレンに、モニターを見ているリーラに、そして自分に言い聞かせるように言った。