校長室
黄金色の散歩道
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過去は懐かしく、未来は優しく 「赤ちゃん!」 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の妊娠の報告に、ハルカは飛び上がって喜んだ。 「わあ! 素敵なのです! 二人とも、おめでとうなのです!」 「ありがとう! えへへ、何か照れるね」 何やらとても喜びと期待に満ちた眼差しで、じいっ、と美羽のお腹を見つめるハルカに、 「まだ見た目には分かんないよー」 と、美羽は下腹部を押さえる。 「とっても楽しみなのです。お母さんも、お父さんも、頑張るのです」 「うん。皆で幸せになるよ、きっと」 自分のことのように喜び、祝福するハルカに、美羽の夫であるコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も礼を言う。 「それで、今日は色々買い物したいの。ハルカにも選んで欲しいな」 「お任せなのです!」 そうして、シャンバラ一の近代都市、空京で、皆で色々と今後の為の準備の買い物をしていて――ハルカが迷子になった。 「し、しまったー! 気をつけてたつもりだったのにー」 予想されていた展開に頭を抱える美羽に、コハクも苦笑する。 「最近あまり迷子になってなかったから、油断してたね。とにかく探そう」 二人は空京の町中を探し回るが、見つからない。 「もしかして、空京の外に出ちゃったのかなあ? 前にオリヴィエ博士と一緒に住んでた場所辺りなんか、郊外だし……」 「そうだね、範囲を広げてみよう」 と、美羽とコハクはあちこち探し回り、ついに見つけたその場所は、空京の外、そしてパラミタ大陸の外れだった。 「あっ、みわさん、コハクさん、何処に行ってたのです?」 「こっちの台詞だよー! でも、此処……」 手を振るハルカの無事にほっとした後、美羽はそっとコハクの様子を窺う。 この場所には、憶えがあった。 コハクも物思いに耽る表情で辺りを見渡し、そして、この場所から遥か遠くに見えない、空の彼方を見つめる。 コハクは、セレスタインという、遥か遠島の出身だ。 通常、自力飛行では到底到達することの出来ない距離を飛び、この大陸に辿り着いたのである。 その場所が、此処。 全ては此処から始まった。 「……久しぶりだ……」 「……うん」 空京に来る機会は何度もあっても、二人は今迄、この場所に近づくことを避けていた。 コハクは空の彼方を見つめ、失われた故郷の景色や、死んで行った人々、そして、敬愛するアズライアのことを思い出す。 「コハク……」 表情に影を落とすコハクを案じて、美羽がそっと寄り添う。 コハクは振り返り、笑みを浮かべた。 「……大丈夫。今はもう。 だって此処は、悲しいことばかりじゃない、皆と……美羽と出会えた場所でもあるんだから」 あの時、自分は確かに絶望の淵にいた。 けれど、悲しみを乗り越えて今、自分は美羽の隣にいる。 今はこうして、幸せで、皆に、そして美羽に、とても感謝している。 美羽は自分を孤独から掬い上げ、唯一無二の愛しい人となって、そして今、新しい家族をも齎してくれた。 勿論、思い出せば今も胸が痛むけれど、悲しみは静かに胸の奥底に沈み、今は、平和で幸せだったかつての故郷をただ、懐かしいと思う。 「……うん!」 あの悲しみを克服したのだと、美羽は安心して、ぎゅっとコハクの手を握った。 ハルカもまた、じっと彼方を見つめていた。 セレスタインは、ハルカの祖父、ジェイダイトの最期の地でもあった。 「……ハルカ」 呼ばれて振り返ったハルカは、少しだけ寂しげに微笑む。 「……皆、天国で元気だといいのです」 「うん……そうだね」 そうして、皆でその場所からセレスタインの方を見つめた。 犠牲になった人々の冥福を祈り、また彼等に、今の自分達の幸せが伝わればいいなと思った。 「皆ー! 私達、元気だよ――!」 山彦のノリで、美羽が空に向かって叫ぶ。そんな美羽に、コハクが幸せそうに目を細めた。 勿論、美羽の声すら返ってくることはない。 それでも三人は、美羽の声がきっと彼等に届いたと信じた。