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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~

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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~
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【西暦2024年 10月某日】 〜白姫、転生〜


二子島(ふたごじま)に行きたい」

 突然、白姫岳の精 白姫(しろひめだけのせい・しろひめ)がそんな事を言い出したのは、四州連邦成立記念式典から、しばらく経ってからの事だった。

「どうした白姫?やぶから棒に」
「やぶや棒などどうでも良い。わらわは二子島に行きたいのじゃ。連れてゆけ」
「……バカか、オマエ?」
「誰がバカじゃ!」

 この後、お定まりのケンカがひとしきりあり――。

「母上が呼んでおるのじゃ。わらわは、二子島の母上に会わねばならぬ」
「母上って?」
「決まっておろうが!二子島の、白姫岳の本霊の事じゃ!」

 白姫の言葉に、エヴァルトは軽い違和感を覚えた。
 これまで白姫は、二子島の白姫岳にいる自分の本霊の事を、『母上』などと呼んだ事は無い。いつも『本霊』と呼んでいた。
 本霊と分霊であれば、両者はあくまで同一だが、母と子となると、これは明らかに別人である。

(白姫の中で、本霊に対する認識が変わったと言う事か――?)

「何かある」と考えたエヴァルトは、白姫を二子島に連れて行く事にした。
 念のため御上 真之介(みかみ・しんのすけ)五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)にも、その旨を報告しておいた。
 これで自分達に何かあれば、御上達が捜索隊を出してくれるはずだ。


 二子島に着いたエヴァルト達は、まず島の外れにある慰霊碑に向かった。
 数年前、この島では金鷲党(きんじゅとう)との間で激しい戦いがあり、多くの人が亡くなった。
 その霊を慰めるために建てられた慰霊碑であるが、明らかにここしばらくは訪れる人も無かったようで、慰霊碑は薄汚れていた。
 エヴァルトは慰霊碑とその周りを綺麗に掃き清めると、花を手向け、死んでいった者達に、金鷲党が滅んだ事を伝えた。
 その間、白姫は文句一つ言うでもなく、ただ静かに、エヴァルトを待っていた。

 しばらくぶりに訪れた二子島では、早くも戦火の後が密林に呑み込まれつつあったが、活発な火山活動が続いている白姫岳だけは、その例外だった。
 エヴァルトと白姫は、その白姫岳の頂上にある、カルデラの淵に降り立った。
 そこから数十メートルも降りれば、火口である。

「エヴァルトは、ここで待っておれ。わらわは、母上と会ってくる」
「おいおい、一人で大丈夫か?」
「大丈夫に決まっておる。わらわはこの白姫岳の分霊なのじゃぞ。むしろ、おぬしの方が足手まといになのじゃ。下手に火口に落ちられでもしたら、助けるのが面倒じゃからの」

 エヴァルトは、その白姫の口調に、いつもの虚勢とは違う何かを感じて、その場に留まった。
 白姫は、カルデラを埋め尽くす白い溶岩石の上を、駆けるに降りていく。
 火口に着いた白姫が、二言三言言った時――。
 火口の溶岩の中から、巨大な人影が姿を現した。
 溶岩のように紅く煌めく身体と、揺らめく焔の様な瞳を持ち、雪のような純白の衣を身に纏った、圧倒的な威厳と、神々しさを兼ね備えた女性。
 それが、エヴァルトの初めて見る、白姫岳の本霊だった。

 白姫岳の本霊は、エヴァルトの方を一瞥すると、それきり彼には注意を払うこと無く、足元の白姫を、静かに見下ろしている。
 白姫が、身振り手振りを交えて、白姫に何か訴えているようだが、遠すぎてエヴァルトには聞こえない。
 気を揉みながら、白姫の様子を見つめるエヴァルト。
 すると突然、白姫の身体が、ゆっくりと横に倒れた。

「白姫!?」

 咄嗟に駆け出そうとするエヴァルト。

『お待ちなさい』

 その瞬間、彼の頭の中に、まるで荘厳な音楽のような、不思議な声が響いた。
 何者かが、彼の頭に直接思念を送り込んでいる。

『あなたは――』

 同じ様に思念で語りかけながら、エヴァルトは、目の前の白姫岳の精を振り仰いだ。

『そう。私です』

 白姫岳の精は、静かに頷いた。

『白姫はどうしてしまったのですか?白姫に、何があったのですか?』
『安心なさい。この娘(こ)は無事です』
『この娘……?』

 オウム返しに聞き返すエヴァルト。
 白姫が白姫岳の精を母上と呼んだ様に、白姫岳の精は白姫を娘と呼んでいる。

『白姫は今、力を失い、眠っているだけです。この娘を四州島に運び、その身体を、この娘が喚び出した火山の火口に投げ入れなさい。そうすれば白姫は、目を覚ますでしょう』
『火口に投げ入れる!?どうして、そんな事を?』
『それは、言われた通りにすれば分かります。これは、白姫が一人立ちするために、必要な事なのです』
『一人立ち……』
『勇者よ。私は貴方の叫びを聞き、貴方に我が力を分け与え、助けました。貴方は、その力に『白姫』という名を与えました。つまり、私が白姫の母であるように、貴方もまた、白姫の父なのです。その事を、忘れないで下さい』
『俺が、白姫の父親――?』
『私達の娘を、頼みます。勇者よ――』

 白姫岳の精は、最後にえも言われぬ美しい笑みをエヴァルトに向け、火口の溶岩の中へと溶け崩れていった。
 白姫岳の精の言葉の意味を考えながら、エヴァルトは、白姫の元に駆け寄った。
 白姫の身体には力がなく、エヴァルトの呼びかけにも全く反応を示さない。

「これを、火口に投げ入れろってのか……?」

 エヴァルトは、そう独りごちると、飛空艇目指して溶岩石を駆け上がった。


 エヴァルトの足元の大地に、一筋の裂け目が走っている。
 ここが、白姫が新しく喚び出した、火山の火口である。
 エヴァルトは、腕の中の白姫を見た。
 白姫岳で倒れた時のまま、一向に目を覚まそうとしない。
 別に、白姫岳の精の言葉を疑っている訳ではない。
 だが、目の前の白姫を見ると、どうしても手放す事が出来ない。
 白姫岳の精の「貴方もまた、白姫の父なのです」という言葉が、思い出される。
 それではこの躊躇いは、自分が白姫の父であるが故の躊躇いだと言うのだろうか。

「ハッ、バカバカしい。父親なら、母親の言葉を信じろっての」

 エヴァルトはそう言い捨てると、白姫の身体を天高く差し上げ、勢い良く火口に投げ入れた。
 白姫の身体は、見る間に、溶岩の中に沈んでいく。

「し、白姫――!」

 エヴァルトが、内心「しまったか!?」と思ったその時。

 ゴゴゴゴゴ……。

 大地が、激しく揺れ始めた。
 揺れと共に、大地の割れ目から、溶岩が激しく吹き出し始める。

「な、なんだ!?」

 叫びながら、飛び退って火口から距離を取るエヴァルト。
 しかし地面の揺れはますます激しくなり、そこここの地面に地割れが走り始める。
 不意に、足元から突き上げるような力を感じ、エヴァルトは思い切り跳躍した。

「火口が……どんどん高くなって……!」

 宙を舞うエヴァルトの眼下で、火口を中心とした大地が、激しく隆起していく。
 空中でトンボを切り、火口から十数メートル後方に着地するエヴァルト。
 その眼前に、小高い火山が、聳え立っていた。
 高さは、数十メートルはあるだろうか。

「火山が隆起した……?そうだ、白姫!」

 慌てて火口を駆け登るエヴァルト。

「白姫!!」

 一気に頂上に辿り着き、火口を覗き込むエヴァルト。
 そこには――。

「わらわを呼んだかの、父上?」

 以前よりもほんの少し背が高くなった白姫が、泡立つ溶岩の上に立っていた。


「母上は、わらわに言ったのじゃ。『自分の火山を持ったそなたはもう、わたくしの分霊ではありません。これからは、新しい火山の地祇として、一人立ちせねばなりません』とな。わらわはもはや、母上の分霊ではない。この新しい白姫岳の、本霊となったのじゃ」
「新しい白姫岳?」
「そうじゃ。わらわの名前が白姫なのじゃから、この火山の名も、当然白姫岳じゃ」
「両方とも同じ名前か……。ややこしいな」
「なら『四州白姫岳』とか『南濘白姫岳』とでも、呼べばよかろう」
「なあ、どうして『岳』じゃないといけないんだ?『山』じゃダメなのか?」
「山?」
「そうだ。白姫山だよ」
「その方が分かりづらいじゃろうが!白姫岳は白姫岳じゃ!いくら父上の言葉でも、これは譲れぬ!」
「おい、オマエ!その父上っていうのよせ!なんでまだ結婚もしてないのに、オマエみたいなデカい子供の父親にならなくちゃいけないんだ!」
「だって、母上が言ったのじゃ!『これからは、あの勇者の事は父上と呼ぶように』と」
「な、ナニィ!?……だ、ダメだダメだ!大体オマエ、俺が父上だって言うんなら、なんでそんなに態度がデカいんだよ!!」
「それとこれとは話か別じゃ!地祇が人間よりエラいのは、当たり前であろうが?」
「認めん!俺は絶対に認めんぞ!!」
「一体、何が気に入らんのじゃ!――……!はっは〜ん、ナルホド」
「な、なんだよ……」
「なんじゃなんじゃ〜。そんなにヨメが欲しいのであれば、母上と結婚すればよかろう?母上も、父上の事を好ましく思っておるようじゃったぞ?」
「断る!」
「なんじゃと!わらわの母上の、ドコが不満なのじゃ!!」
「あんな、神様みたいなのと結婚出来るか!――って、だからそういう問題じゃねえっ!!」


 こうして『白姫岳の精 白姫』は、『四州白姫岳の精 白姫』となった。
 これ以後白姫は、小さいながらも北嶺山脈の白峰輝姫(しらみねのてるひめ)と並び立つ存在として、次第に四州の人々の尊崇を集めるようになる。