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別れの曲

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【薔薇】


 ヴァイシャリーのとあるコーヒーショップ。
 キアラのアルバイトする店舗に現れたのは、国頭 武尊(くにがみ・たける)だった。
 突然の友人の訪問にキアラは驚いたものの、休憩の合間に店の近くで落ち合うことになった。


「流石に百合園に乗り込むのは無理なんで、突然仕事場押し掛けて悪いな」
 今の行動よりも更に上を行く突拍子もない発言に、キアラは目を丸くしつつも吹き出す。近頃は彼のこういったところにも慣れて来て、笑い飛ばす余裕も出来ていた。
「ほんとおっかし、もう。
 ……えーっとなんか用事あるんスよね?」
 キアラが笑いを止めて質問すると、武尊はいつになく真剣な顔――と言ってもトレードマーク的なサングラスの姿に表情は良く分からないが――で、キアラに逆に問いかけた。
「地球の軍学校に進学するって話を聞いたんだが、本当なのか?」
「――あ」
 友人には成る可く皆には自分から、と思っていたが、もたもたするうちにもう話しは彼にも届いていたらしい。その事に彼女は表情を強張らせ、それから意思を見せるような表情でこくりと頷く。武尊は続けた。
「オレが軍隊事情に詳しくないって前提で聞くけど、
 教導に編入すれば済む話なんじゃないか?
 そうすりゃ、こっちに居られるし、プラウダの連中やトーヴァさんとも離れないで済むだろ」
 パートナーのトーヴァ・スヴェンソン(とーゔぁ・すゔぇんそん)『お姉様』と慕うキアラが、彼女と離れて生活する事を寂しく思わない筈がないだろう。直球の質問に、キアラは眉を寄せ何処から話したものか考えた。
「ん、ん〜……それは……えーっとね。まずシャンバラ教導団はウチの軍隊とは、違う軍隊ってのは分かるっスよね。
 そうすると階級からして違ってて、一応『この階級はここに当たる』トカ基準みたいのはあるけど、一口に陸軍つっても色々違うもんなんスよ、んー……なんて説明すればいいんスかね…………。
 あ! 会社で例えるなら? コーヒーショップのチェーンでも、お店が違うと扱ってるコーヒー豆は同じじゃないっスよね。そんでマグカップの大きさや柄が違うし、カップサイズの呼び方も違うし、作り方や入れる量も違うし、みたいな?」
 なんとか丁寧に分かり易く、と考えている様子のキアラへ彼は相槌をうって返した。
「んでー……、シャンバラ教導団って母体が中華系なんスよね。
 シャンバラ教導団の金団長は軍人って言ってもウチの隊ち……旅団長みたいに根っからの軍人って訳じゃなくて……国策でああいうのやってる人でー……。
 なんだかんだ全部が中国の国益の為の、政治家的な人なんスよね」
 一旦の間を置いて、キアラは続ける。
「なんでそーゆーので始まった軍隊がシャンバラ国軍なのかキアラにはよく分かんないけど、とりあえずそれだから、私の目指してるものとは違うんスよ。
 私が目指してるのは、
 『どっかの国のため』じゃなくて、『国に暮らす人の為』」

 勿論教導団所属の生徒全てが金の考えに妄信的に殉じている訳では無い。キアラの言うように国のため、人々のために――と学び、戦う者も存在している。
 だがそもそもがそういう風に作られた学校なのだから、「違う」と感じたキアラの考えも尤もだろう。まして彼女は欧州出身なのだ。学校の目的や理念だけでなく、単純な選択肢として考えても自国の軍隊に入るのが当たり前だった。
 無事卒業した暁に連合軍へ選ばれればパラミタへ戻れるだろうし――既に契約者であるキアラはその点ではかなり有利だ――、アレクの口利きでまたプラヴダに所属出来る可能性も高い。
「プラヴダに最初入ったときはお姉様と一緒に居たいってそんだけで、後先とか考えて無くて、入ってからも色々メンドクサーとしか思わなかったんスけどね。
 リュシアン君が……居なくなって、隊長がジゼルちゃんと契約して、色々変わったじゃないスか。
 そん時に皆と、武尊君たちと一緒に戦って私も……」
 ふっと息を吐いて、キアラは言った。
「ちょっと変わったかなって」

 そうして見せたはにかんだ笑顔に、武尊は彼女の志を受け取ったのだ。
「そうか、自分の意志で決めた事なら仕方ないか。
 もし、キアラ嬢が誰かに強制されて地球の軍学校に進学って話だったら、
 キミを攫って大荒野に潜伏し、相手が折れるのを待つってのも有りだったんだがなぁ。
 大荒野でだったら、結構顔が利くし、半年でも一年でも粘る事は出来るんだぜ」
「あはは! まさか!
 私の親なんて私が真面目に軍学校入るなんつったら爆笑するか、有り得ないってバカにするかどっちかっスよ!」
「そりゃ酷いな!
 でも……もしそうだったとしてもキアラ嬢はそんな事望まないんだろ?
 キミが望まないなら、オレも無茶はできないな」
「うん…………これは、ほんとに私一人で決めた事なんス。
 決める切っ掛けをくれたのは、皆だけど」
 話が終わるその折に、丁度キアラの休憩時間が間もなくで終了し、アルバイト先へ戻なければならない時間になる。
 実は今このアルバイトも、進学の為の資金稼ぎなのだと聞けば、無理に引き止める訳にもいかず、早歩きでアルバイト先まで戻った。


「じゃあ、私もう戻るんで…………って、これで多分最後かあ……
 なんか、実感沸かないけど…………とりあえず一旦お元気で?」
 にこっと笑ったキアラに手を振りかけながら、武尊も別れの言葉を紡ぐ。
「まぁアレだ。どこの誰が言ったか忘れたけど、
 三日ぐらい会わないでいると、すっげー成長しちゃってびっくり
 って言葉があるじゃん。
 だから、キアラ嬢もこっちに戻ってくる時には
 こう言うのが似合うようになってると、オレ的には良いかなーって思うな」
 腕組みを解いて空いた片手は、キアラの上に非物質化していた何かを生み出した。
「わっ!」
 と反射で思わずそれを受け取ったキアラは、塊になっていた柔らかな布を開いて、一度かたまり、そしてぼんっ爆発でもするように真っ赤になった。
「なっ、これ、ぱん……ぱん…………!」
 水彩調のピンクのローズプリントに、レースを施したちょっと大人のデザインが特徴のそれは、まごうことなき世界的下着メーカー『セコール』のパンツである。
 ぐっとサムズアップする武尊の笑顔に、キアラは笑い飛ばす余裕を失くして真っ赤になったまま悶えている。
 ただ罵る言葉も出て来ないようで、ローズプリントのパンツごとぐっと一度振り上げた拳は、その後コーヒーショップのエプロンの中に収まった。
「貰って……おくから!
 次に会うときは、お姉様みたいに、こういう下着も似合う、超美人のセクシーな女になってやるっスよ!!」
 覚悟しておけと言わんばかりに啖呵を切って、キアラは赤い顔のままアルバイト先へと戻って行った。