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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●再会

 椎堂 朔(しどう・さく)が、夫の家に入り専業主婦になると宣言したとき、惜しむ声が各方面から上がったものだ。
 けれども朔の意思は固かった。彼女はそのまま二度と表舞台に立つことはなく立派に双子の兄妹を育て上げ、さらにはたくさんの孫やひ孫を引き受けて面倒をみたという。歴史に名を刻むようなことはもうないものの、誰からも慕われる幸せな人生だった。
 今、戸を開けた朔は、すっかり悪くなった目をくしゃくしゃにして、実に久々の再会となる二人の客を迎えていた。
「やあ、カリンにスカサハ、いらっしゃい」
 可愛いお婆ちゃんというのは、今の朔を表現するのにぴったりの言葉だろう。顔はしわだらけだが血色はよく、ころころと笑う様がよく似合う。
「やっふー! 朔様! お久しぶりなのでありますよ! お元気にしておりましたか!」
 と言うスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)には、まったくと言っていいほど容貌に変化がなかった。定期的なメンテナンスを欠かしていないためである。朔の引退後、スカサハは『アクアのアトリエ』という工房で友人の機晶姫たちと働いている。忙しくも充実した日々が続いていた。
「……おう。ま、健康ではあるみたいだな」
 ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)のほうは相応に年輪を重ねていた。といってもやはり視線は鋭い。若いチンピラ程度ならきっと、彼女の眼光を目の当たりにしただけですくみ上がってしまうことだろう。
「久々だね……いったい、何年振りかしら……」
 言いながらいそいそと、朔はふたりを和室に案内する。背こそ丸くなってしまったものの、足取りはしっかりしていた。
「待っててね、今お茶を出すから……」
 と盆を運んで来て、朔はちょこんと座った。
 茶が湯気をあげている、葉をかたどったちんまりとした和菓子は、なんとも趣深い姿であった。
「カリン、あなたのお店、もうすぐ地球にも支店を出すんでしょ? 楽しみだわ」
「……ん、ありがとう……」
 カリンは照れくさげに頬をかいた。地球への出店は長年の夢だったのだ。
「スカサハも工房の皆とはどう? フフ、そろそろ貴女も引退かしら?」
「皆も元気でありますよ! 妹様も『朔お姉ちゃん、元気にしてるかな? お義兄さんに迷惑かけてないかな』とおっしゃられてました!」
 ここまで一気に言って、
「引退のほうは……うーん、考えたり、考えなかったり、であります」
 と、スカサハは自分のあごを撫でるのであった。
「それで、朔様のほうはどんな感じでありますか?」
「私? うふふ……最近は腰が悪くてね……あまり激しい動きはできないんだよ。昔のことを思うと、本当に体が動かなくなったものだわ」
 朔の言葉には、わずかに寂しさがにじんでいた。
「……ったく、朔ッチは相変わらず無理しようとしてんじゃねーよ、もう年なんだから、体をいたわって大人しくしておけよな……まあ、それを言ったら僕もなんだけどな」
 カリンが言う。なんとなく渋い顔をしている。けれども、
「でもここの暮らしは本当に幸せよ。……可愛い孫達に大切な息子、娘夫婦……そして最愛の夫……ふふ、こんなに大切なものがいっぱいですもの、幸せじゃないはずがないわ……とても、昔は復讐の為に生きてたとは思えないぐらいに……」
 と語るとき、朔の目には輝きが宿っていたのである。
 ほっとしたように、カリンは表情を緩めた。
「まったく、うらやましいことで何よりで………っちは仕事にかこつけたせいで完全にいき遅れだよ、スカ吉もだけど。……まあ、お互い子どもはいるからいいけど」
 カリンもスカサハも母親ではあるが、シングルマザーの境遇なのである。どちらも自分で選んだ道、後悔はしていない。
「しかし……こうしていると最初の頃を思い出すのであります……悲しいこと、辛いこともありましたがこうしてお二人と昔話に花を咲かせるのは楽しいでありますよ!」
 スカサハが言うと、朔はどこか、遠いところを見ているような目をして語った。
「そうね。色々とあったわ……。同じパートナーでも、仲たがいして別の道に歩んだ子、満足げに逝った子、消息不明のままの子、幸せに暮らしてる子……本当に色々だもの」
 茶のおかわりをふたりに注いで、
「どうしても最近は、思い出ばかり浮かんでくるの……そろそろ寿命かしら?」
「おいおい、縁起でもねーな」
 カリンは眉をひそめる。
「うふふ、最近ちょっと寝込むことが多くなってね」
「マジかよ。無理はよくねーぞ。今日だって楽じゃないようようなら横になって……」
「ありがとう。でも寿命どうこうは冗談。まだ大丈夫よ。まだ、可愛い子たちのことを見ていきたいから」
「それならいいのでありますが……」
「いや頼むぜ、本当」
「でも……ふふ、いつのたれ死んでてもおかしくなかった人生……こんな満ち足りた人生に変わってるもの、いつ死んでも悔いはないわ」
 と満足げに笑むと、朔は言ったのだ。
「それもこれも……最初に貴方達と出会えたことがきっかけ。ありがとう……心からパートナーだったことを誇りに思うわ」
「こちらこそ、であります!」
「まあ、そうだな……たしかに最初はこの三人だったな」
 へへ、とカリンは笑って、
「……ったく、懐かしい限りだぜ。またこの三人で集まりたいもんだよ。今度は温泉に浸かりながらでもどうだ?」
「おおー! それは願ってもない話でありますよ」
 スカサハは即応じたのだが、朔はなぜか、カリンの提案には明確な返事をしなかった。
 ただ、
「カリン、スカサハ……これからもよろしくね」
 と、ふたりに手をさしのべたのである。
「もちろんであります」
「精々、長生きしてくれよ、朔ッチ、スカ吉……僕の大切な相方たち……」
 スカサハも、カリンも、しっかりとその手を握り返した。
 これが、三人が顔を合わせる最後の機会となった。

 この再会から数週間後、朔は家族に見守られ、満ち足りた顔で大往生を迎えた。
 よく晴れた、雲ひとつない日の朝であったという。