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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

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第3章 レイちゃん

 ラズィーヤの弟であるレイル・ヴァイシャリーは事情により百合園女学院に通うこととなった。
 地球に向かった時もそうであったが、百合園女学院でも身分を隠し、女の子に扮して行動することになる。
 執事や護衛の男性達とは校門前で別れて、白百合団に護られてレイルは毎朝生徒会室にまず顔を出す。
「レイちゃん、ココにいる為には覚えないといけない事があるんです。ちゃんと出来たらご褒美あげるから頑張って下さい」
 にこっと微笑みかけたのは、白百合団のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だ。
 ヴァーナーはレイルの秘密を知っており、世話係を申し出た百合園生だ。
「ごほうびってなに〜。美味しいもの? 楽しいこと!?」
「ちゃんと出来たら毎晩あげます。ちなみに、レイちゃんは何が欲しいですか?」
「んと……危険なことがないところで、みんなと楽しく遊びたい!」
 レイルの素直な答えに、ヴァーナーは微笑みながら頷いた。
 普段から時折女装をさせられているようで、レイルは自分で女の子用の服を着ることが出来た。
 トイレやお風呂での注意事項や、座り方にたいしての注意などを、優しく丁寧にヴァーナーは教えていく。
「はよー。今日も早いね」
 続いて、白百合団の笹原 乃羽(ささはら・のわ)が生徒会室に顔を出す。
 白百合団の所属する乃羽はレイルの世話係を申し出たところ、団長の鈴子からレイルがラズィーヤの弟であることの説明を直接受けた。
「おはようございます」
「良い朝ですね」
 マリアンマリー・パレット(まりあんまりー・ぱれっと)よしの なんちょうくん(よしの・なんちょうくん)も現れて、レイルの傍へと近付いた。
 2人は白百合団に所属をしていないため、レイルの正体についての説明は受けてはいないが、本人達の申し出と生徒会長の推薦を得てしばらくの間ヴァーナーと乃羽に協力し、レイルのお世話をすることになっている。
 レイルについては、百合園女学院と密接な関わりのある大貴族の娘だと説明を受けていた。
「ここはよい学園です。とても平和ですし。特に校長先生がとても和やかな人でわたしは大好きなんです」
「桜井こーちょー? うちに住んでるみたいなんだけど、あんまり話したことないんだよね」
「家に住んでる?」
「あ、レイちゃんの家に校長がご挨拶に行ったそうなんです。でもレイちゃんとはお話できなかたみたいで」
 きょとんとするマリアンマリーに、ヴァーナーは微笑みかけながら誤魔化そうとする。
 桜井静香はヴァイシャリー家で暮らしているが、レイルと敷地内で会うことはないらしい。
「桜井校長は皆が仲良くすることを望んでらっしゃいます。学院内だけではなく、パラミタの全ての方々が」
 マリアンマリーは特に気にすることなく、レイルに校長の博愛主義精神について語っていく。
「けど、仲良くしたくないと思ってるヤツと仲良くするのは難しいよ」
「ええ、時々はイラつくこともあるでしょう。許せないこともあると思うのです。でも大事な事は許しあう気持ちだと思うんです」
 マリアンマリーの言葉に、レイルはちょっと難しそうな顔をしていた。そして……。
「いたずらしても許してくれる人ならボクも許すよ」
 にっこり笑ってそう言った。
「今日は白百合団主催の歓迎懇親会があるそうですから、沢山の人とお友達になりましょうね」
 なんちょうくんが、レイルの手を引いて教室へと誘う。
「うん!」
 レイルは元気よく返事をして、皆と共に小学校へと向かう。

 放課後。
 白百合団、そしてレイの秘密を知る他校生の協力者によるレイルの白百合団への歓迎懇親会が開かれた。
 蒼空学園のあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)の提案により、屋外でバーベキューが行なわれることになった。
 白百合団員達はテーブルと椅子、日除けのパラソル、機材を用意し、材料はアイリスが手配した。
 少し離れた場所に設置したテーブルには真っ白なテーブルクロスが掛けられて、花壇から摘まれた花が飾られている。
「こっちは食後のティータイム用のテーブルです。レイちゃんの席は真ん中ですよ」
「大きなお花が飾ってあるところです」
 マリアンマリーとなんちょうくんがレイルの手を引いて現れる。
「レイちゃん」
 可愛らしい声を上げて近付いてきたのはシーツをすっぽり被った白百合団の遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)だ。
 隣には、ジャックオランタンの被り物をしたレイ・ミステイル(れい・みすている)の姿もあった。
「……ゆうちゃん?」
 レイルが不思議そうに言った。遊雲はレイルと同い年であり、日中もよく一緒に過ごしている。
「うん、そう」
 シーツの中から顔を現したのは、やっぱり遊雲だった。遊雲は可愛らしい笑顔を見せる。
「こんにちは」
 レイもかぽっと被り物を外す。レイの方は対照的に困り顔をしている。
「ハロウィンの練習してるの。ハロウィンでは一緒にかそうしよ? ね?」
「仮装かあ、ボク今も」
「レイちゃん! 面白そうです。是非ちっちゃな魔女とか、カボチャお化けやりましょう!」
 すかさずヴァーナーがレイルの言葉を遮る。
「うん、やろ、やろ〜。ヴァーナーお姉ちゃん、色々教えてね」
「教えてねっ」
 レイルと遊雲が純粋な目をヴァーナーに向ける。
 ヴァーナーは「はい」と答えて、身を屈めて2人を撫でてあげた。
「お化けだぞ〜」
 遊雲はまた、シーツを被ると歩き回る。
「よろしくお願いします」
 レイはヴァーナーに穏やかな微笑みを見せた後、遊雲にあわせて、再び被り物をすぽっと被った。
「ボクは……あれ着て行こうかな!」
 レイルが指したのはやはり、段ボールロボ筐子だ。
「今日はプレゼントがあるんだよ」
 筐子は段ボール箱を1つ運び、レイルの前で下ろす。
「おおーっ!」
 箱の中に入っていたのは、新作の段ボールロボ、子供サイズだった。
「凄いこれ凄いね、これ」
 単なる段ボールをくりぬいて作ったものではない。それは素材が段ボールなだけで、精巧に作られた本格的な鎧のようなロボットだった。
「ありがとー!」
「どういたしまして」
 レイルのお礼に、筐子はVサインで答える。
「よかったですね。壊れやすい素材ですから、大事にして下さいね」
 マリアンマリーは嬉しそうなレイルに優しく語りかける。
「汚れますから、段ボールの中にしまって、机の下においておきましょう」
「うん!」
 なんちょうくんと一緒にレイルは段ボールロボを片付けて、机の下にしまった。
 レイルはバーベキューは始めてらしく、ものめずらしそうに機材を見ているだけで、どうしたらいいのか分からないようだった。
「自分で焼いて食べるのがB・Q・Pの醍醐味ですよね」
 アイリスは自分で焼くようにレイルや百合園生達に勧めてみるも、危ないからとレイルは止められてしまう。
「アイリスが焼いたら黒こげになるもんねぇ」
「え、決してワタシが料理下手の言い訳じゃないですよ」
「あたっ」
 せっせと準備を進める筐子の手をアイリスは後ろ手でぎゅうっとつねった。
 白百合団のメンバーの中にも、自分で焼くという行為になれていない者は、椅子に座って焼きあがるのをただ待っているだけだ。
 焼きあがった肉や野菜を、筐子とアイリスが中心になって大皿の上に乗せてテーブルへと運ぶ。
「舞士舞士でまいっちゃうわ。私はまったりさせてもらうよー。よーし飲もー。といってもジュースだけど」
 乃羽はオレンジジュースをだばだばとついでいく。
「子供達は何飲むのかなー?」
 乃羽が訪ねると、レイルはびしっと手を上げた。
「ボク、りんごジュース!」
「ゆうもおなじの!」
 遊雲はお化けの手をにょきっと上げた。
「では、私も同じものを戴いてもよろしいでしょうか。……ハロウィンごっこはまた後でしましょうね」
 レイが遊雲のシーツをとってあげて、自分の被り物も下に下ろした。
「はいよー」
 乃羽はグラスに林檎ジュースをついで、3人に手渡した。
 レイルは不思議そうに目の前にある串に刺された肉と野菜を見る。
「いただきます」
 アイリスは串を1つとって食べ始め、レイルに目で合図を送る。
「美味しいですよ」
 そう言うと、レイルも首を縦に振って串を取って食べ始めた。
「うん、美味しい。やっぱりこういう時間は大切よねー」
 乃羽はほわっと笑った。
 百合園の女性達や集まった他校生も、一緒になって和気藹々と食べ始めた。
「こっちも焼けたよー」
 筐子は忙しく動き回るのだった。

「レイちゃん」
 レイルが声に振り向くと、膝を曲げて、レイルと同じ目線になった少女が3人横にいた。
「ここの学生の葉月可憐です。よろしくお願いしますねっ♪」
 百合園の葉月 可憐(はづき・かれん)がにっこり微笑みかける。
「えへへっ私は玖瀬まやって言うのっ! よろしくねレイちゃんっ♪」
 同じく、玖瀬 まや(くぜ・まや)も明るくレイルに微笑みかけた。
 そしてやや後でアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)がにっこり笑みを浮かべている。
「うん、ボクはレイル……ックスだよ」
 レイルが偽名レイ・ルックスを名乗ることが出来たことに、向かいに座っているヴァーナーはほっと息をつく。
「クッキー焼いてきました。後で一緒に食べましょうね」
「うん!」
 可憐の言葉に、レイルは元気に返事をした。
「私もクッキー焼いてみたんだけど、何か真っ黒こげになっちゃったからっ」
 まや恥ずかしそうに言い、袋から取り出した貯金箱をレイルに差し出した。
「はいこれプレゼント、よかったら使ってね」
「あっ、ありがと。これ、地球でも見たよ! 地球のお金入れておくのに使うね」
 レイルはまやからのプレゼント、ちっちゃいブタさん貯金箱を喜んで受け取った。
「ケーキの用意が出来ました。お茶にしませんか?」
 蒼空学園の菅野 葉月(すがの・はづき)が皆に声をかける。
「なかなかこれは美味しい! こっちのケーキは2つお願い。クッキーも食べるから」
 パートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は、肉を食べながら、デザートを引き寄せている。
「ケーキ食べる〜」
「食べる〜」
 レイルと、遊雲は、一緒に椅子から下りて、白いテーブルクロスが掛けられたテーブルの方へと駆けていく。
 その顔には同じようにタレがついていた。
「はい、こちらに座って下さいね」
 葉月は椅子を引いて、レイルを座らせて、布巾で顔の汚れを落としてあげる。
「美味しそう」
 レイルは並べられたケーキやクッキーに目を輝かせる。
「レイちゃん」
 ヴァーナーがそっと近付いて、レイルの足をきゅっと閉じさせる。
「女の子は足を広げないのです」
 そっと囁いて、隣に腰掛ける。
「あっちの席空いたのね。肉も食べふぁい〜」
 すれ違いに、ミーナは席を立って、バーベキューの片付けをしている筐子とアイリスの方に駆けていった。……クッキーを沢山頬張りながら。
 葉月はそんなミーナの様子を気にしながら、席に着いた百合園生達に、切り分けたケーキを配っていく。
「お口にあえばよろしいのですが……」
「ん、美味しいよ」
 真っ先に口にいれたレイルの言葉を聞いて、葉月はほっと息をついた。
「紅茶をどうぞ〜。砂糖はどうしますか」
 アリスは淹れ立ての紅茶をレイルと遊雲に出した。
 レイルはケーキを頬張りすぎたこともあり、出されたままごくごくと飲む。
「熱っ」
「あちっ」
「大丈夫ですか? アイスティーにしましょうか?」
 慌ててアリスが声をかけるも、レイルと遊雲「へいきー」「だいじょうぶー」と可愛らしい笑顔を向けて、クッキーを競うかのように食べ始める。
「甘くて美味しいね」
「おいしいね」
 可憐の作ったクッキーはふんわり柔らかで食べやすく子供向けの甘めの味だった。
「レイちゃん、お洋服汚さないように気をつけて下さいね」
 バクバク食べる様子が女の子らしくないとは思いながらも、今日はしょうがないかとヴァーナーは布巾でレイの頬を拭いてあげた。
「もし攫われた時は、これを鳴らしてくださいね?」
 アリスは防犯ブザーをレイルにそっと差し出した。
「ここを引っ張ると大きな音が鳴るんです。誘拐犯にすぐに止められちゃうかもですが、多少でも音で追跡が出来れば何かの手がかりが手に入るでしょうし」
「うん、面白いどうぐだね、これ……」
 マスコット型の防犯ブザーを興味深げにレイルは摘み上げる。
「レイちゃんはいつもどんな事をしてるのかな? お勉強は好き?」
「庭でおっかけっこをして良く遊んでるー。勉強は嫌いじゃないよ。お姉ちゃんは?」
 まやの問いに、クッキーを頬張りながらレイルは答える。
「私は苦手なんだけど……勉強よりも体動かす方が楽しいもんっ♪」
「それじゃ、今度一緒に鬼ごっこしよっ!」
「うん、やろやろ〜」
「その時はワタシも呼んでね。ボールなんかも用意しておくといいかもね」
 軽く片付けを終えて筐子が近付く。
 本当はレイルと男の子の遊びをしてあげたいところだが、レイルの正体を知らない人達も沢山いるこの場では無理なようだ。
「ところでレイちゃん。お姉さんのことは、好きですか?」
 アイリスがそっと近付いて訊ねた。
「……嫌いじゃないよ。喋ること全然ないから、よくわかんないけどね」
「そうですか」
 色々興味はあるのだが、この場ではこれ以上聞けそうもなかった。
 皆で美味しいケーキとクッキー、それから高級紅茶を飲んで。
 百合園生達と、レイルの正体を知る他校生は夕方の一時を楽しむのだった。

「……そろそろお迎えの時間ですね」
 日が暮れかけた頃、可憐が立ち上がり、レイルに手を差し出した。
「悪い人が迎えにきたら、退治してあげます。お友達ですから」
「ありがと」
 レイルは可憐の手を掴んで、椅子から下りた。
 個人的に、可憐とまやとアリスは、何か事情がありそうなレイルの護衛をしたいと思っていた。
 白百合団に所属していないので、任務として任されることはなかったけれど、必要なら団に正式に所属して事情を聞いてみることも検討していた。
「それじゃ、行こうかー!」
 のんびり過ごした乃羽は身体をぐっと伸ばす。同じく世話係のヴァーナーも立ち上がり、皆に片付けを任せてレイルを送ることにした。
「皆ありがとね。これからよろしくお願いします!」
 レイルは勢いよく頭を下げた。……一緒に遊雲もぺこりと頭を下げる。
 2人の可愛らしい態度に、場に微笑みが溢れた。
 それから、レイルは段ボールロボが入った段ボール箱に貰ったものやお土産を沢山詰めて、お迎えの場所まで皆と一緒に歩いていく。
「あ、それもあれも、これも貰って帰るから!」
 そして、残り物の全てはミーナがパック詰めを要求した。
 葉月はレイルを見送った後、レイルのことなどすっかり忘れて終始食べ物に夢中なパートナーの姿に苦笑するのだった。