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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)
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第二章 空京にて



「さっき捕まった空賊、永楽銭の旗印を掲げてたわよね…」
 発着場で起きた捕り物劇を空京のロビーから見ていた明智 ミツ子(あけち・みつこ)は、秀でたおでこを撫でながら何やら考え込んでいた。
「どうしたのよ、ミツ子? 何か気になることがあるの?」
 彼女の契約者であるレベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)が、突然押し黙ってしまったミツ子を心配する。
「永楽銭と言えば上様の旗印だったから…」
 ミツ子は戦国大名の一人明智光秀の分霊だ。彼女の言う「上様」とは、かつての主君「織田信長」を指している。
「私同様、上様もまたパラミタで甦っていてもおかしくはないのだけれど」
 天下人であった信長が、パラミタで空賊に身をやつしている。仮にそれが事実であるとすると、どうにも腑に落ちないのだ。
「捕まった人達に話を聞けないかしら?」
 アリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)が提案するが、ミツ子は渋い顔だ。
「薔薇学の責任者が、空賊と上様の関係性に気がついていれば、話の持って行き方次第で何とかなるかもしれないけれど。あいにくコネがないわね」
 どうしたものかと考え込むミツ子の横で、レベッカが突然歓声を上げた。
「ちょうど良い所にイエニチェリ発見!」
 レベッカが指さした先にいたのは、空京に残留していたイエニチェリ中村 雪之丞(なかむら・ゆきのじょう)だ。
 外務大臣を無事に送り出したことで、少し心のゆとりができたのだろうか。同行する薔薇の学舎の生徒達と談笑をしながら、空京の廊下を歩いてくる。
「ダメモトで話してみよ!」
 そう言うや否やレベッカは、はち切れんばかりに豊満な胸を揺らしながら「すみませ〜ん!」と雪之丞の元へ駆け寄った。
「どうしたの、お嬢さん?」
 足を止めた雪之丞の視線が瞬間、レベッカの胸に落ちたのは、しょうがないことだろう。何せレベッカはショートパンツにスポーツブラという、恐ろしく露出度の高い格好をしていたのだから。
「さっき捕まった空賊のことなんですけど」
 先ほどの騒動で、無関係の少女達を驚かせてしまったと、雪之丞は勘違いをした。人好きをする笑みを浮かべると、レベッカ達に優しく話しかける。
「もう大丈夫だから、安心していいわよ」
「えっと、そうじゃなくて。この子は明智光秀の分霊で…」
 誤解されたことに気がついたレベッカは慌てて事情を説明する。
 レベッカの話に雪之丞も表情を改めた。
「永楽銭の旗印か。私も気になっていたのだけれど。ちょっと別室で詳しい話を聞かせてもらっても良いかな?」
「もちろんです!」
 手を叩かんばかりに喜ぶレベッカ達を見やりながら、雪之丞はポケットに手を突っ込むと携帯電話を取り出した。
「ちょっとごめん」
 そう断りを入れると、素早く通話ボタンを押し、携帯を耳元に当てる。
 瞬間、雪之丞の顔色が変わった。
「何よ、それ?! アンタ、何のためにこっそりルドルフに付いていったのよっ?!」
 思わず大声を上げた雪之丞だったが、周囲に一般人もいることに気がついたのだろう。レベッカ達に背を向けると、声を抑えるようにして電話の主に問いかける。
 タシガン空峡付近では通常の通話ができないため、雪之丞は契約者であるゆる族ブルーノ・ベリュゲングリューン(ぶるーの・べりゅげんぐりゅーん)を密かに同行させておいたのだ。
「不細工すぎる」と雪之丞が嫌な顔をするため、ブルーノは常に光学迷彩を使い姿を隠している。ルドルフに気づかれぬよう乗船することなど簡単なことだった。
「…とりあえず外務大臣は無事なんでしょうね?」
「あぁ、心配はいらねぇ」
 ブルーノは雪之丞の問いに、きっぱりと断言してみせた。歴戦の傭兵を彷彿とさせるブルーノの低い声は、それだけで相手を安心させる効果がある。
 手早く飛空艇墜落の顛末を聞き出すと、雪之丞は今後の行動について指示を出す。
「…分かった。アタシはすぐに救援に向かうから。大臣のことはルドルフに任せて、アンタはその奇妙な力について調べて頂戴」
 通話を終え、同行している薔薇学生達に指示を出そうとした雪之丞に、レベッカが恐る恐る問いかける。
「あの…なんかあったんですか?」
 咄嗟のこととはいえ、部外者であるレベッカ達に話を聞かれた迂遠さに雪之丞は内心舌打ちをするが、すぐに考えを改めた。小さく頷くと、少女達に問いかける。
「アンタ達、波羅実の娘よね? 銃は使える?」
「…使えますけど」
「悪いけどここでゆっくり話を聞く時間がなくなったわ。話の続きは移動中ってことで。ついでにちょっと手を貸して欲しいことがあるんだけど」



「ったく、アイツもホント無茶するぜ」
 シャンバラ教導団輸送科所属佐野 亮司(さの・りょうじ)は、大きなため息とともに携帯を閉じた。
 携帯に届いたメールの主は、同じく教導団所属のレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)。彼は現在、外務大臣の来訪に伴い活発化した地球人排斥派の動きを探るために、とある空賊の一味に潜入している。
 レオンハルトは空賊に潜入を試みる際、亮司にも同行するよう声をかけてきたが、断ったのだ。輸送科に属する亮司には荷が重すぎる。それに亮司は、スパイ的な行動よりも補給物資の調達や管理の方が性に合っていた。そのため今回、薔薇学から教導団に大臣護衛の依頼が届いた際にも、補給部隊の所属を希望したのだ。
 補給…と言っても、外務大臣の乗る飛空艇の物資は薔薇学で用意していた。亮司がしていることと言えば、外務大臣が帰る際に渡す予定のパラミタ土産を手配した程度だ。万が一に備えて、食料や武器弾薬の類も準備してはあるが。
「まぁ、もしかしたら先々、地球とパラミタで商売するときに役立つかもしれねぇしな」
 そう独りごちる亮司だったが、やはりレオンハルトから届いたメールの内容が気になっていた。最後に受信していたのは今朝方。商売に関するメールなら逐一チェックを怠らない亮司だったが、空京で起きたテロ騒ぎのドタバタに紛れて、僚友からのメールをついさっきまで見落としてしまっていたのだ。
 空賊の名は「第六天魔衆」。
 頭の名は「織田信長」とメールには記されていた。
 以降、レオンハルトからの連絡はないが…無事なのだろうか。
「とりあえず雪之丞さんに報告しとくか」
 亮司が重い腰を上げたとき、彼の契約者である剣の花嫁向山 綾乃(むこうやま・あやの)が保管庫へ駆け込んできた。
「大変です、亮司さん!」
「どうした、綾乃」
「そっ、それがぁ!!!」
 わたわたと両手を動かす様子から、綾乃が何かを伝えようと必死になっていることは間違いないが、慌てているため言葉になっていない。
「落ち着け、綾乃!」
 どうにかこうにか冷静を取り戻した綾乃の口から聞き出したのは、第六天魔衆の襲撃で飛空艇が墜落したという驚愕の事態。雪之丞率いる一隊は、これから救援に向かうという。
「備えあれば憂いなし。補給の準備なら万全だ」
 亮司は用意していた物資を飛空艇に積み込むべく、保管庫を後にした。



 その頃、一人の男が空京のエントランスに飛び込んできた。
「お待ちくだされ、御影殿。儂もすぐにはせ参じますぞぉ!」
 足軽風の軽鎧を身につけた男の名は豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)。薔薇の学舎に所属する北条 御影(ほうじょう・みかげ)の契約者一人だ。
 全力疾走してきたのだろう。顔を真っ赤にして走る姿は野生の猿そっくりである。
 秀吉の鋭い目は、他校生に囲まれ何やら困ったような表情を浮かべる御影の姿を捉えた。
 どうやら空賊の襲来を知った者達が、大臣に同行している知人の安否を問い糾しているようだ。その横ではパラミタパンダのゆる族マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)が、何を勘違いしているのか「空賊を捉えた勇者様のサインが、今なら握手付きでたったの1000Gアルよ〜」などとのたまっていた。
「御影殿、ご無事でござるか?!」
 人混みをかき分けるようにして御影に近づこうとするが、秀吉の小さな身体は興奮しきった人々にはじき飛ばされた。
「むむっ。鳴かぬなら鳴かせてみよう、ホトトギスじゃ!」
 床に打ち付けた腰をさすりながら立ち上がると、秀吉は腰に手を当て仁王立ちになった。それから大きく息を吸い込み、一喝する。
「喝〜〜〜〜〜ツ!!」
 腹の奥から沸き起こったような大声に、御影の周りに集まっていた人々の身体が一瞬、びくりと硬直する。
「落ちつかれぇい、皆の衆! 話なら儂が聞こうぞ」
「お願いします。お友達が飛空艇に乗っていたんです。私も一緒に救援に連れて行ってください!」
 いの一番に口を開いたのは、百合園女学園の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だ。大臣の接待役に選ばれた同級生の高潮 津波(たかしお・つなみ)を見送るために空京に来ていた歩は、そこで墜落事故について知った。救援隊が向かうことを聞き込んだ歩は、居ても立ってもいられず、薔薇学生に直談判を試みることにした。
「友達が心配なのは、俺達も同じだ!」
 蒼空学園のシルバ・フォード(しるば・ふぉーど)雨宮 夏希(あまみや・なつき)も同意する。
「落ちついてくださいっ。今、責任者に問い合わせていますから!」
 必死宥める御影の前では、椎名 真(しいな・まこと)が男泣きをしていた。
「頼む…早く連れてってくれよ。俺も友達が心配で心配でしょうがないんだっ」
 友人の安否を気遣うあまり完全に我を失った真は、御影の肩を大きな手でガッツリとつかみ必死の形相で嘆願する。
 見かねた原田 左之助(はらだ・さのすけ)が、自身の契約者を諫める。
「落ち着け、真。彼も今、責任者とやらに問い合わせてくれているところだと、言っているだろう」
「だけど、だけどさぁ! ヴィナさん、エルさん、みんな無事ですかぁーー!!!」
 これはもう殴ってでも落ちつかせるしかない。左之助が拳を握りしめたそのとき。一人の薔薇学生が空京の奥の方から走ってきた。
「皆さんの同行が認められました! すぐに飛空艇に乗り込んでくださぁ〜い!」