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横山ミツエの演義(第2回/全4回)

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横山ミツエの演義(第2回/全4回)

リアクション




おっぱい疑惑の犯人達


 クイーン・アリスが倒され、発電機器も機能停止に追い込まれたが、牙攻裏塞島はそれで全てが止まるほどやわではない。すぐに予備電源に切り替わり、権造は何事もなかったかのように不健全動画にニタリとする。
 南鮪と風間光太郎は顔を見合わせると、やれやれと首を振った。
 こいつは現状を理解しているのか、と。
 もっとも鮪はすでに見限っているが。
 もう間もなく侵入者達が降りてくるはずだ。
 ──ガタンッ、バタンッ!
 ほら来た。
「閃光のパシリ、参上!」
「純白将軍が引きこもりの権造を成敗しに参りました」
 魔法の箒で突っ込んできたのは、エル・ウィンド(える・うぃんど)ホワイト・カラー(ほわいと・からー)だった。将軍より先にパシリが名乗っている理由はわからないが、権造の意識を向けることはできなかった。
 エルとホワイトはミツエから預かった兵をすべてギルガメシュ・ウルクに任せ、城壁がある程度壊され敵兵が減った隙に忍び込んだのだ。その後は見回りの不良をぶちのめしつつここまで案内を頼んだのだった。
 エルは権造の背をビシッと指差して声を上げた。
「ボクはキミを倒して、ミツエ様のおっぱいを揉んで姫宮番長の素肌を拝む!」
 権造はモニターの向こうの二次元の世界に逝ったままだったが、ホワイト達は「何を言っているんだこいつは」という冷めた目でエルを見つめた。
「いざ、尋常に──」
「待て! 待て小僧! その勝負、わしに預けてくれまいか?」
 エルがスラリとライトブレードを抜いた時、別の入口から男の声が待ったをかけてきた。
 片手に敵兵をぶら下げて見事な肉体美を見せ付けるような威圧感を放ちながら、水洛 邪堂(すいらく・じゃどう)がゆっくりとサーバの森の薄暗がりから姿を現す。
 白くなった髪は逆立ち、顔の半分を覆う髭もまた白い。褐色の肌によく映えた。
「わしの名は水洛邪堂。権造よ、わしと一戦交えようでは」
「毎度ありがとうッス! コスプレ宅配ピザ、ラブ&ピース、権造さんにお届けにあがりましたッス!」
 邪堂のセリフを遮り、ピザのいい匂いと共にピンクを基調にした特撮ヒーローが着るような戦闘用スーツ装着の何者かが、サーバを飛び越えて登場した。
 一気に賑やかになったわけだが、鋼の精神なのか現実の世界などどうでもいいのか、権造はパソコン台のあいているスペースを指で示す。ここにピザを置けということだろう。
 正義のヒロイン・ラヴピースとしてインパクトも考えて登場したサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)としては、もっと派手なリアクションを期待していたのだが。
 サレンは指示された場所にピザを置きながら、権造の顔を覗き込むようにしてそっと声をかける。
「権造さん、えっちぃのはいけないッスよ」
「代金は鮪から受け取れ。帰っていいよ」
「俺が払うのかよ!?」
 まったくもって相手にされていないことと、勝手に財布にされたことにムッとするサレンと鮪。
 年長者としてか、邪堂はこの怠惰な人物に生活指導が必要だと感じた。
 エルもひどくやりにくさを覚えたが、同じ目的の人がこれだけいるならミツエが来る前に権造を倒し、一番に生おっぱいに触れることを許されるかもしれないと、よこしまな期待をふくらませた。
 それにはまず、権造の目をこちらに向けなければならない。
 ホワイトはおもむろにカルスノウトをサーバに向け、轟雷閃で真っ二つにした。
 サレンもリターニングダガーを起動中のパソコンに突き立てていく。
 権造が見ているパソコンの画像がぶれた。
 ギシリ、と椅子を鳴らして体ごと向き直る権造。
「ガタガタ騒いでんじゃねぇっ!」
 権造はすでに中身のなくなったマグカップをサレンに投げつける。
 まるで消える魔球のような速さで飛んできたマグカップは、サレンの被るピンク色のヘルメットに当たって割れた。
「あいたっ」
 と、うずくまるサレン。
「今いいとこだったのに! どうしてくれんだコレ! お前ら絶対許さねぇぞ!」
 非常にくだらない理由で、しかし権造にしてみれば重大な理由で両者の戦いは始まることになった。
 第三者の位置から事態の成り行きを見守っていた鮪と光太郎は、こんなものに巻き込まれてたまるかと、ジリジリと扉へ近づいていく。
 うまいこと気づかれずに扉を細く開けた時、二人が見たのは権造が可愛らしくデコレーションされたステッキを持ち上げたところだった。
 閉じた扉の向こうで、破壊音と叫び声があがった。

 権造が武器としたのは、魔法少女が持っていそうな変身用ステッキだった。
 何かに変身するのかと思いきや、鞭のようなビームを放ってきたのだ。
「何て凶悪な魔法のステッキ!」
「フン、わしの拳で粉砕してくれる」
 エルと邪堂が言葉を交わすのと少し離れたところで、サレンも隙を伺っている。
 エルは光精の指輪を示し、邪堂に囁く。
「ボクがこれで目くらましを仕掛けてみよう。そこにキミとサレンで突っ込む」
「了解じゃ」
 サレンには聞こえていないようだが、こちらが行動に出ればきっと意図に気づくだろう。
「行くよ」
 エルは指輪を権造に向け、光の魔法を発動させた。
 薄暗い室内に、その光は通常以上にまばゆく輝いた。
 まぶしさに反射的に権造が目を手で覆った時、邪堂がバーストダッシュで突進する。
 邪堂に負けず劣らずの体格の権造の鳩尾に邪堂の剛拳がめり込んだ。
 ほぼ同時にサレンの蹴りが権造の首筋を打つ。
「……む」
 邪堂の顔がわずかに歪む。
 彼の手首が権造に掴まれた。毎日動画を見ているだけの人間とは思えない握力だった。
「なるほど……強いな。お前も、なかなか」
 もう片方の手はサレンの足首を捕らえている。
「だが、俺の楽しみの邪魔をするにはいま一つ足りないな!」
 体重の軽いサレンは放り投げられ、それが不可能な邪堂は膝蹴りをくらった。
 飛ばされたサレンはホワイトにぶつかり、その二人を支えようとしたエルが下敷きにされた。
「もう邪魔するなよ。……おお、イテェ」
 権造は腹と首をさすりながらサーバやパソコンの点検を始めた。
 まったく手が付けられないほど強かったわけではないが、頑張れば勝てる相手というわけでもなかった。
 けれど、それがとても悔しくてエルはギリギリと歯噛みする。

 おっぱいのためボクは絶対に負けたくないんだ! 
 おっぱいのために魂を燃やし尽くしてみせる!
 おっぱいのために諦めるわけにはいかない!
 おっぱいのために必ず勝利を掴んでみせる!
 この戦いが終わったらミツエ様のおっぱいを……

「うるさいのよ!」
 バーン、とこのフロアにいくつかある扉の一つをぶち破って、エルの求めるおっぱ……いやミツエが怒鳴り込んできた。
「おっぱいおっぱいって、あんた後で覚えてなさいよ!」
 ギロリとミツエに睨まれ、エルは初めて全部口に出していたことに気づいた。
 それからミツエはその視線を権造に向けて鋭く責める。
「あんたね! あたしのあんな噂を流した奴は! おかげでとんでもないことになったわ!」
「知るか。お前が勝手に揉ませてやると言ったんだろう。だいたいアレを流したのは俺じゃねぇ。今調べてやる……」
 ブツブツ文句を言いながら権造はキーボードを打ち始める。
 少し待つと「こいつらだ」と画面を指した。
 権造のもとに近寄り、画面を覗き込むと三人の名前が挙がっていた。

 椿 薫(つばき・かおる)
 幻 奘
 仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)

「この椿って奴は『おっぱい三国志』の製作者だ。なかなかいいデキだったな。お前が騒いだせいで現在逃亡中。次回作が出るかどうか怪しくなっちまった」
「そのままくたばってしまえばいいのよ」
 肩を怒らせるミツエに、権造は呆れたようなため息をつく。
「横山ミツエ、動画はいいぞ。お前の綺麗な姿がネット上で永遠に残るのだ。ここなら機材もある、俺が百年先でも褪せない美しさを」
「この痴れ者がーッ!」
 途切れないセクハラ発言にミツエの怒りが爆発した。
 しかし相手は引きこもっていてもB級四天王。いかにこのパラミタでたった一人で生き延びてきたミツエの皇氣でも、彼にとってはどうということのないものだった。
 ミツエの後ろに控えていたイリーナ・セルベリアが、ヘラヘラしている権造に気づき素早くミツエの腕を引いて背に隠す。
 ミツエの皇氣は一瞬で引っ込んだが怒りは収まっていない。
 そのミツエにイリーナは早口に言った。
「ミツエが命じれば私も剣を抜こう」
「命令よ、全員でこいつを倒すのよ!」
 静かに頷いたイリーナがエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)から受け取っていた光条兵器の剣の切っ先を上げる。。
「ステッキから鞭みたいなビームが出るッス!」
 サレンの注意が飛ぶ。
 邪堂とエルはまだ諦めていない。
 さらには曹操にわがままを言ってここに乗り込んできたラルク・クローディスにガートルード・ハーレック達四人も加わった。
「むやみに突っ込むと痛い目にあうぞ」
 一度とはいえ間近に打ち込んだ邪堂の言葉に、突進しかけたガートルードが足を止めた。
 エルが先ほどの戦いを説明した。
「でも、二度はきかないだろうね」
「それなら、まずは遠距離戦よ! 魔法と飛び道具で痛めつけて、とどめに近接武器よ! 囲んで袋叩きにするのみ!」

 戦いの後の要塞の利用のことは、何故かこの時すっぽり抜け落ちていた。
 ラルクがアーミーショットガンで権造の足元を狙い撃ち、反撃に備えてディフェンスシフトを指示したパトリシア・ハーレックの位置からガートルードとシルヴェスター・ウィッカーが時には権造を時には目くらましに機器を狙い雷術や炎術を放つ。
 見かけによらず機敏な権造はサーバの位置を知り尽くした地の利を生かして、死角からステッキビームで一人ずつ倒していこうとしていた。
「そう簡単には、負けないぜ」
 肩口をかすめていったビームで顔を歪ませたパトリシアを、すぐにヒールで癒すネヴィル・ブレイロック。
「俺らも混ぜてもらおうかァ!」
 イビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)のバイク音を轟かせ、跨る五条 武(ごじょう・たける)が権造にリターニングダガーを放つ。彼の頭には身長十五センチのドラゴニュートであるトト・ジェイバウォッカ(とと・じぇいばうぉっか)が必死にしがみついていた。
 ダガーはよけられてしまったが、瞬間できた隙に近接武器組が殺到した。
 しなるビームに打たれて武器は権造には届かなかったが、呼吸を整えた攻撃魔法の呪文が唱えられた。
 頭の上から放たれたトトの雷術に、ピリッとしびれる武。
「何て頑丈な奴なの! 伊達にアリス百人と契約してたわけじゃないわね」
 歯軋りするミツエ。百人と契約する精神力の持ち主だ。ただ者でないことは最初からわかっていた。
「でも、確実に疲労している。見ろ、動きが鈍くなっているぞ」
 イリーナが苛立つミツエを宥めた。
 イリーナの言うことは本当で、権造の足取りは重くなっていた。
「あと少しよ!」
 味方を鼓舞することで自身の焦る心を落ち着かせ、ミツエは魔法のために精神を集中させた。