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リアクション
第2章 新兵さんいらっしゃい
さて、《工場》関係の作戦が仕切り直しとなり、道路の工事などで人数も必要になったため、教導団は引き続き他校生を受け入れることにした。新規に参加する生徒は、軍隊式の生活に戸惑う者も多いだろうということで一つの独立した隊にして『お世話役』(と言う名の監視・督戦隊)をつけるが、以前から義勇隊に参加して、素行に問題がなかった生徒については、扱いを緩和し、教導団の生徒たちと一緒に食事をしたり作業をすることを認めるようになった。なお、他校生の中に扱いが分かれる生徒が出来たことから、以前から義勇隊に参加している生徒を『龍部隊』、新しく参加してきた生徒を『虎部隊』と、2つの部隊に分けることにした。それぞれに、龍または虎を描いた腕章が配られ、作戦に参加する間は着用が義務付けられる。
「噂には聞いていましたが、管理が厳しいですな……」
切り倒した木の枝を落とす作業をしながら、イルミンスール魔法学校のエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)はパートナーの英霊アロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)に言った。自校は閉鎖的なのに、他校の問題には簡単に出てくる現状に、いささか不公平を感じないでもないのだ。
「軍隊というのは、そういうものなのだよ。内部の様子が敵に漏れれば、生死に関わることもあるのだからな」
しかし、エリオットから『機械類には絶対に触れないように』と念を押されているため、普通の斧で木を切り倒しているアロンソは、あまり気にしていない様子で答えた。騎士の英霊であるだけに、こういった雰囲気が肌にあうのだろうか。
「今回は特に、鏖殺寺院という敵が居ることがはっきりしているのだから、外部の者に神経質になる気持ちはわかる。はっきり味方と判らない者は敵だ、くらいの慎重な指揮官の方が信頼できると我輩は思うが」
「そんなものですか……」
エリオットは屈めていた腰を伸ばし、伸びをした。
「やはり、慣れない肉体労働は少々つらいですな」
肉体労働は苦手なので、得意の魔法が生かせる仕事を希望したのだが、あいにくと火術や雷術の出番はなく、仕方なしに自分でも出来そうな作業をしているのである。
「そうね。発破をかけるような、もっと大雑把な破壊作業になるかと思っていたのに、案外細かいことを要求されるし」
エリオットのもう一人のパートナーの剣の花嫁クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)も、少し疲れた顔だ。
「まさか、切り倒した木を丸太にするように言われるとは思わなかったわ」
丸太にするとなると、爆発物で吹き飛ばすような乱暴は伐採方法は使えない。もっとも、吹き飛ばしたら地面に穴は開く、吹き飛ばした木は散乱するで、かえって後が大変になることもあるのだが。
「私語は謹んで、真面目に仕事しようぜ」
そんなエリオットたちに、パートナーの機晶姫ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)と丸太を運んで通りかかった蒼空学園のエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が声をかけてきた。
「休憩は疲れたと思った時に各自で取って構わないから、作業する時は集中してやれって教官に言われただろ。だらだらやってると思わぬ事故起こすこともあるって」
「あそこで休憩所やってる人が居るよ。休んで来たら?」
丸太を担いだロートラウトが視線を向けた先にはイルミンスール魔法学校の瓜生 コウ(うりゅう・こう)と、パートナーの英霊ベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)がタープを貼って、飲み物や梅干を並べている。エリオットとクローディアは、作業を一時中断してそちらへ向かった。アロンソは、まだ頑張って作業を続けている。
「ここで休めると聞いたのですが」
エリオットが声をかけると、コウは小さく苦笑した。
「本当は、こんなつもりじゃなかったんだけどな」
「どうかしたの?」
クローディアが首を傾げる。
「いや、こう、もうちょっと道なき道を切り開くと言うか、こんな大規模な工事になるとは思っていなかったと言うか……備えあれば憂いなしと思って、重装備で来ちまったんだ」
コウは足元を指さした。教導団の生徒たちも作業用の安全靴をはいているが、コウの靴はハイカットのトレッキングシューズだ。
「登山と同じで、飲み物なんかも自分たちで全部担ぐんだろうと思って、梅干とかレモンの蜂蜜漬けなんかも持って来たら、重機入れて、飲み物や食事も配給されるって言うし。で、持って来たものを持って帰るのも何かしゃくだから、皆に食べたり飲んだりしてもらえればなーと思って」
「ささ、どうぞ」
ベイバロンが妙にお色気たっぷりの仕草で、エリオットにお茶の入った紙コップを差し出す。が、クローディアには見向きもしない。
「すまないな、こいつは女にはサービスしないんだ。英霊だし、生まれつき根っからそういう存在だと思ってくれるとありがたい」
コウはクローディアに謝って、紙コップを渡した。
「ふぅん……。まあ、世の中色々な人がいるものだしね」
クローディアは鷹揚に言って、お茶を受け取る。その目はコウとベイバロンではなく、別の方向をじーっと見ていた。
「ん? ……何だ、あれ」
クローディアの見ているものに気付いて、コウは首を傾げた。
「駄目だ!今力を使おうとしたら最悪の封印が解ける!」
「私を……崇めよ……私を……畏れよ……」
片目を押さえてよろめく桐生 円(きりゅう・まどか)と、右手を押さえて何やらポーズをつけているミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)。セリフが芝居がかっていて、何かのごっこ遊びのようなのだが、
「作業中にやることじゃないよなあ……」
丸太運びから戻って来たエヴァルトが呟いたその時、黒い腕章をつけた女生徒たちがつかつかと円とミネルバに近付いた。
「あれは……『お世話役』でございますわね」
ベイバロンが言う。先に義勇隊に入って行動した経験があり、新しく入隊した他校生たちを指導する役目だと、最初に説明を受けている。が、その実態は、指導と言うより監視役だ。
「あなたがた、そんな風にふざけているのは怪我のもとですわよ。それに、ここでは一人二人の行動が全員の評価にかかわるのですから、そのような行動は慎んで頂けません?」
円に近寄った百合園女学院のジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)は、抑えた声で、しかし厳しく言った。
「あんたたちが怪我するのは別に構わないけど、怪我人が出たら手当てや後始末で作業が遅れるし、それだけ手も足らなくなって、皆が迷惑するじゃん!」
パートナーのアンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)も、円とミネルバを睨む。
「別に、スキルを発動するのにちょっとそれらしくポーズを取っただけであろう。この程度も容認できないとは、ノリの悪いことだな」
だが、円はふん、と鼻で笑った。
(こいつ、協調性ないじゃん!)
アンドレは、心の中の閻魔帳に円の名を書き付ける。
「あの、そういう態度は教導団の心象を……」
ジュリエットのもう一人のパートナー、シャンバラ人ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)が口を開いたそのとき、
「輸送科の佐野さんに誘われて来た方たちですね?」
ジュスティーヌの背後から、柔らかいのに不思議と良く通る少女の声がした。
「査問委員長!」
ジュリエットたちが姿勢を正す。ジュスティーヌの背後から、査問委員長の妲己(だっき)が現れた。
「あれが、妲己……」
ベイバロンが対抗心の潜む声で呟く。
「そーだけど……何で知ってんの?」
ミネルバがうさんくさそうに妲己を見返した。
「査問委員の職分ですから」
妲己は静かに微笑する。
「ジュリエットさんの言うように、あなたがたの行動が他校生全員の、そしてあなた方を誘った佐野さんの評価に影響します。遊びたいのなら休憩時間に……あるいは、ここでない場所でどうぞ」
「やることはちゃんとやるつもりだぞ? ボクたちの主力はオリヴィアだしな」
円は、もう一人のパートナーの吸血鬼オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)の方を振り向いた。しかし、そのオリヴィアは、
「きゃー、ちょっとっ、そっちじゃないってばぁ〜! あ、こら一号、さぼらないでぇ〜っ」
悲鳴を上げながらゴーレム5体を制御するのに四苦八苦だ。きちんと制御できれば戦力になるのだろうが、あちらで掘り起こした切り株をあらぬ方へ運んで行こうとするのを止めようとすれば、こちらでは別のゴーレムが指示待ちで棒立ちになる、という状態で、どちらかと言えば他の生徒の作業の邪魔になっている。
「ちゃんとやるつもりがあっても、きちんとそう態度と行動に出せないのなら、それはやっていないのと同じことですから、私たちはそのように評価します」
オリヴィアの様子を見て赤面した円に、妲己は微笑したまま言うと、ちらりとジュリエットとジュスティーヌを見た。
「はい、査問委員長。彼女たちがちゃんと作業に参加できるよう、わたくしたちが付き添いますわ」
ジュリエットが頭を下げる。
「お願いします」
妲己は軽くうなずき、再び歩き出す。ジュリエットは妲己を見送ると、円たちに向かって振り向き、厳しい表情で言った。
「さあ、ちゃんと作業してくださいませね。まず、そのゴーレムを何とかしてください」
「わかった……」
円はふてくされた表情で指示に従った。
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