百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

リアクション公開中!

栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

リアクション

 そうこうしているうちに、昼食の時間になった。
 「おーい、食事が出来たぞー!」
 中華なべを叩きながら叫んでいるのは、食事を作る専門部隊である給養部隊の総指揮、陳教官だ。
 『健全な身体には健全な精神が宿る。そして、健全な身体をつくるのは、日々の食事である』
 を信条に、日々の食事から携行用の戦闘糧食、見学者用のみやげ物と、教導団の『食』全般を取り仕切る彼は、道路の敷設に伴って大型の野外炊具の使用が可能になったため、給養部隊を連れて乗り込んで来たのである。これまではレトルトを温めて食べるだけだったが、これからは調理したてのものを食べられるようになったのだ。
 陳の声を聞いて、生徒たちはぞろぞろと野外炊具の前に集まった。アレルギーや宗教的な信条が理由で食べられない食品がある生徒も居るため、数種類の料理から自分が好きなものを選べるようになっている。
 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)とパートナーのヴァルキリー松本 可奈(まつもと・かな)松平 岩造(まつだいら・がんぞう)とパートナーの英霊武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)は、龍部隊の薔薇学生クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)とパートナーのヴァルキリーローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)と英霊ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)と一緒に食事を取ることにした。
 「レトルトもまずいわけじゃないけど、やっぱりこっちの方が美味しいなあ」
 ショートパスタにポークビーンズをかけたものを匙ですくって口に運びながら、クライスは微笑む。
 「このような場所でこれだけの甘いものを揃えて来るとは、やるな教導団……」
 一方、ジィーンはトレーに中華スイーツを並べ、親の敵と戦うような表情で桃まんをぱくついている。
 「戦闘糧食に甘いものはつきものですが、これだけ種類が並ぶのは教導団くらいかも知れませんね」
 真一郎が苦笑した。
 「甘いものが好きなら、良かったらこれもどうぞ」
 ジィーンのがっつきぶりを見て、可奈が紙袋から自作のクッキーを取り出した。
 「おお、ありがとな! ……うぶっ」
 可奈のクッキーを一口かじって、ジィーンは激しくむせた。
 「何だよこれ、甘くねえぞ! 塩っ辛い……っていうか、苦い!?」
 「最近流行りの塩スイーツにしたから、確かにちょっと塩味はすると思うけど……苦手?」
 首を傾げる可奈に向かって、ジィーンは思わず怒鳴った。
 「いや、これは塩スイーツってレベルじゃねえよ! つか、『スイーツ』がどこにもないって!」
 「どれ」
 真一郎はジィーンの手からクッキーを取り上げた。
 「おい、やめっ……」
 そして、ジィーンが止める間もなく口に放り込んだ。
 「別に、食べられますよ」
 「ねえ、大丈夫よね?」
 平然とクッキーを飲み込んだ真一郎を見て、ほらみなさいと可奈は胸を張る。
 「……正直なところどうなんです?」
 ローレンスがジィーンに耳打ちをする。クライスも心配そうにパートナーを見る。ジィーンは黙って首を横に振った。
 「ところで、あなたたちはどうして、今回の道路作りに参加したんですか?」
 コーヒーを一口飲んで、真一郎はクライスたちに尋ねた。
 「いや、疑っているわけじゃないんです。ただ、楊教官は《工場》から出て来た技術を機密として扱うつもりのようですし、他校の人がこの作戦に参加しても、得るものがないような気がして……」
 「俺も、それを聞きたかったんだ。お前たちは何を目指して、この作戦に参加してるんだ? 俺の目標は階級を上げること、自分の部隊を持つことなんだが、他校生のお前たちにはそういうこともないだろう?」
 岩造が身を乗り出す。
 「得るものはありますよ」
 クライスはにっこりと笑った。
 「今、パラミタにある各学校の関係って微妙じゃないですか。もしかしたらこの先、教導団と薔薇の学舎が対立することもあるかも知れません。個人レベルででも仲良くしておいたら、そういう時に選べる道が増えないかなーって……。まあ、関わっちゃったことを途中で投げるのも嫌だとか、一緒にやれる間はなるべく一緒にやって行けたらいいなとか、『積極的に何かを得たい』って気持ちだけじゃないのも確かなんですが」
 「むぅ……おぬしは、なかなか大局的にものを見ているのでござるな」
 弁慶が唸った。
 「そうね。教導団の中だけじゃなく、みんなで仲良く出来た方がいいもんね」
 可奈はうなずいて、クッキーを取り出し、今度はクライスに向かって差し出した。
 「お近付きのしるしに、クライスさんも一つどうぞ?」
 「……えーと……」
 騎士としては、女性からくれると言うものを断るのはどうかと思う、が、さっきのジィーンの反応を見ると、積極的に手は出しかねる。
 「い、今おなか一杯なので、後で頂きます! さあ、そろそろ仕事にかかろうかな!」
 結局、クライスは引きつった笑顔で立ち上がった。我も我もと、ローレンスとジィーンも立ち上がる。


 真一郎たちとクライスたちのように、龍部隊と教導団の生徒たちの交流は日に日に進んで行った。が、なじんできたことで少々羽目を外す生徒も現れた。
 「ふんふんふーん♪」
 昼食後の休憩時間、国頭 武尊(くにがみ・たける)は鼻歌を歌いながら、丸太に何やら彫り物をしていた。
 「ちょっと、そんなことして本当に大丈夫なの? せっかく信用されるようになって来たって言うのに、もとの木阿弥にならない?」
 パートナーの剣の花嫁シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が心配そうに言うが、武尊はおかまいなしだ。
 「武尊の分も私がゴーレム使って真面目に働いてるつもりだけど、あんなもの作って、査問委員に目をつけられたらどうしよう……って言うか、絶対に目をつけられるってば……」
 なにしろ、彫っているのは武尊いわく『妲己様が見てる』というタイトルの彫像なのだ。工事が始まってすぐに彫り始め、今日はもう、目鼻立ちなどの細かい部分がわかるようになって来ている。
 「どうかしましたか?」
 頭を抱えていたら、いきなりその査問委員のトップに声をかけられて、シーリルは硬直した。
 「あああああの、これは」
 言い訳をしようとして思い切り噛んだシーリルを見て、妲己はくすりと笑った。
 「他の方の迷惑にさえならなければ、別に、休憩時間に何をしていても咎めませんよ? ただ」
 そこで言葉を切って、妲己はちらりと武尊を見た。
 「作業中によそ見をして、携帯で他人の写真を無断で撮るのは、あまり感心しませんが。あなたが義勇隊に入ったばかりであれば、誤解を招きかねない行動ですよ」
 「あー、いや、……すいません」
 武尊は反論できずに後ろ頭を掻いてから、はっとした。
 「……てことは、俺たちも多少は信用してもらえてるってことか?」
 「林教官はそう思っていらっしゃるでしょうね。でも私は、誰であっても同じように信用しません。それが査問委員の仕事ですから。写真を撮った時に咎めなかったのは、それがただの写真で、危害を加える意図ではないとわかっていたからです」
 「あ、そう……」
 武尊はがっくりと肩を落とした。
 「その像、出来上がったらどうするつもりか知りませんが、飾るなら皆さんの邪魔にならない場所にしてください。それから、飾って皆さんからどう思われるかは自己責任ですから、そのおつもりで」
 「了解……つか、飾っていいのかよ!?」
 武尊がはっとして叫んだその時には、妲己はもう立ち去っていた。シーリルが魂も抜けそうなほど大きく息を吐く。
 「お願いだから、違う意味で大物になってぇ……」

 「うーん、思っていたのと雰囲気違うなあ……? もっとこう、大勢の取り巻きに囲まれて、偉そうに闊歩してるのかと思ったんだが。服装も、一般の生徒と違っててさぁ」
 最近教導団に入った南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、そんな妲己の様子に戸惑っていた。工事現場だと言うのにぴかぴかの格好をして、偉そうに命令する女王様的な少女を想像していたのだが、目の前の妲己は、作業に参加こそしないものの、他の女子生徒と変わらない教導団の制服で、違いと言えば腕につけている黒地に銀糸刺繍の『査問』の腕章だけ。口調はていねいで、微笑を絶やさず、物腰も柔らかい。確かに、虎部隊を中心に他校生の仕事をチェックして回ってはいるが、命令するのはあくまでも林で、彼女は林の方針に従って注意したり助言したりしているだけのように見えるし、決して作業の邪魔になるようなことはしない。
 「……いや、ああいうタイプが実は一番怖いぞ」
 光一郎のパートナーのドラゴニュートオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)がぼそりと言う。
 「何でだよ」
 光一郎は首を傾げた。
 「つけいる隙がないからだ。例えば、俺たちが用意したこの作業道具を妲己に押し付けて、作業を手伝えと言ったとしたら、あの女はどう答えると思う? 多分、自分たちが団長から命じられた仕事は土木作業じゃない、虎部隊の生徒たちの世話をすることだ、と言うと思うぜ。あの女は、権力の使い方を知ってる。それも、自分がトップに立つんじゃなく、誰かをトップに立てて、その下で上手く立ち回ることが出来るタイプだ」
 オットーは、査問委員たちに無理やり持たせるつもりで用意した工具類を指して答える。
 「なるほど」
 光一郎は唸った。
 「ちょっかいかけるにはちょーっと手強い相手かもなぁ。どーすっかな……」


 そして、工事開始から一週間。完成した道路は、樹海外縁から《工場》までの道のりの三分の二を超えた。
 「倒れますよー!」
 クライスの声に続いて、
 「『フェイタルブロウ』!!」
 ジィーンがヒロイックアサルトを叩き込むと、木がめきめきと音を立てて倒れて行く。岩造や弁慶も木を切っていく。後の切り株を掘るのは真一郎や可奈の仕事、ローレンスは後に残った下草や藪を刈って行く、武尊は相変わらず少々タラタラしているが、シーリルはゴーレムに切り倒した木を運ばせる、と教導団の生徒と他校生の連携も取れてきた。
 「だいぶ《工場》に近付きましたね」
 汗をぬぐいながら可奈が林に言う。
 「そうだな。だが、気を抜くなよ」
 中国風の槍を片手に、林は生徒たちを見回す。
 「林教官みたいに中国風の槍術や棒術使う教官、居そうなのにあまり居ないよネ。今度教えてくださイ」
 連絡係と称して林について回っているサミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)は、そんな林に話かけた。
 「俺、いっぱい強くなって、団長守りたイ。そのためには、いろんなことたくさん学ばないとダメと思ウ。林教官も、団長守るためにパラミタに来て、強くなったノ?」
 「いや、俺は爺に家を追い出されてここへ来た」
 林は苦笑した。
 「追い出されタ? ナゼ??」
 サミュエルは首を傾げる。
 「俺の実家は、代々続く武術の道場でな。今は俺の祖父が道場主をしていて、俺も子供の頃から武術を習った。武術は好きだし、純粋に強くなりたかったんだが、実家の道場で修業するだけじゃ飽き足らなくなって、他所の道場や流派に殴り込んで……まあ、色々と問題を起こした。で、そんなに戦いたいなら実家に迷惑をかけない所でやれと、爺にここへ送り込まれたわけだ」
 林はサミュエルがチャームポイントと思っている、無精ひげの浮いた顎を掻いた。
 「親父は紅生軍事公司の関係者だから、パラミタに送り込まれたのは『そういう』意図もなくはなかったんだろうが。李鵬悠のように最初から団長の側近として育てられたとか、団長を守れと言い含められたことはない」
 「デモ、教導団にとって団長はとても大事な人だヨ。林教官モ俺と一緒に団長を守ろウ!」
 サミュエルは拳を握って力説したが、ふと顔を上げた。
 「……アレ?」
 ひくひくと鼻を動かす。
 「何か、きな臭イ……煙の匂い、すル」
 「野外炊具の燃料の匂いじゃないのか」
 夕食の準備をしている給養部隊を振り返って、林が言う。
 「いえ、違うと思います」
 『超感覚』を使って匂いを確かめた真一郎が首を振った。犬耳犬尻尾になっているが、緊迫した場面なので可奈もからかったりはしない。固唾を飲んで、パートナーを見つめている。
 「教導団の野外炊具は薪を使いません。ですが、これは木の燃える匂いです」
 「どこかで火の不始末でもあったか?」
 林の顔色が変わる。
 「見て来ル! 教官はソコで待ってテ」
 サミュエルはひょいひょいと手近な木で高そうなものを選んで登り、周囲を見回した。煙が登っているのは、今道路の工事をしている、彼らが居る周辺ではなく、行く手の……
 「教官、大変ダ!!」
 サミュエルは血相を変えて木の上から怒鳴った。
 「樹海の中で何か燃えてるヨ! 多分《工場》の方!!」