リアクション
――会議後。
百合園女学院生徒会執行部、通称白百合団団長の桜谷鈴子は、会議に出席した白百合団員だけを会議室に残した。
ただ、テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)だけは団長の指示により桜井静香を護衛して、皆の集まる部屋へと戻っていった。
「主に分校の件について、皆さんにお話しておきたいことがあります」
班長のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)、綾の監視と護衛を行なっている氷川 陽子(ひかわ・ようこ)とベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)。それから、神楽崎分校の分校長を担うことになった崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)を前に、白百合団団長は真剣な目で語り始める。
「パラ実の分校は、百合園女学院にとって不要です。あくまで、ヴァイシャリーに雪崩れ込もうとしたパラ実生達を抑えておくため、同じことが起きることがないよう、パラ実生にパラ実生を抑えさせるためであるともいえます。百合園としてすべきことは、いかにこれ以上百園が干渉せずに、その体制を築かせるかということです。知ってのとおり、パラ実と教導団との激しい戦いがありました。そういった時に百合園が戦争において支持すべきは、教導団です。ヴァイシャリーは主に現地人のヴァイシャリー軍により警備をされていますが、シャンバラの警察機関となる教導団員の契約者も若干名ではありますがヴァイシャリー内に駐在し、警備を担当して下さっています。その教導団や他校を差し置いて、パラ実と協力関係を築こうとしている、肩入れしていると思われてしまうことは百合園にとって大変危険なことです……。いえ、今回の件においては既に教導団からは疑問視する声が多少なりとも上がっています。百合園が関われば関わるほど他の学園にも発展途上地域への百合園の侵出に見えるでしょう」
息をついて4人を見回した後、言葉を続ける。
「ラズィーヤ様は、この分校の件に関して、何も意見を仰いません。副団長の四天王就任に関しては、是認したような素振りを見せただけす。これは反意はないとお示しになったのだと思います。そのような態度だけ見せておけば、副団長の性格からして彼女が汚名を背負ってでも百合園の為に動くだろうとお考えになり、無言で、干渉していないというポジションを保ちつつ、副団長がそう動くように仕向け、操っているともいえます」
団長は軽く瞳を揺らした。
「……私と、ここに集った貴女方が生徒会役員としてすべきことは、ラズィーヤ様が行っている『それ』なのです。純粋に各勢力との調和と協調を目指している桜井校長と校長を愛する清純な百合園の生徒達を真に守り、百合園の顔である校長達に平和を築いてもらうために」
団長は少し表情を緩めると、1人1人に語りかけるように続けるのだった。
「ハロウィンの時。組織がパラ実生を率いて、百合園に攻めてくると知った時に、ラズィーヤ様がどういう手段を取られたのか、思い出して下さい。百合園に大切に想う人がいて、厳しさと優しさを持った皆さんなら、凛々しく冷徹に立ち回れるはずです。白百合団が百合園を守る手段は武力ではありません。難しいと思いますが、百合園、そしてパラミタを護る為に皆さんの知恵をこれからもお貸し下さい」
白百合団団長は、目を閉じて深く頭を下げた。
その少し前。
会議出から退出した静香は、銃を構えて独自に警備についていた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)と合流をする。
「こち、行くよ」
「……はい」
リナリエッタに呼ばれて、会議室の中を興味深気に眺めていた南西風 こち(やまじ・こち)がパタパタと歩み寄る。
会議室の中にいた、マリル、マリザの姿。
そして、時々すれ違う妖精の子供達を、こちはきょろきょろと眺めるのだった。
無口で無表情な機晶姫のこちだけれど、内心は妖精が話をしている姿、飛び回っている姿に心を弾ませていた。
こちにとってここは絵本の中の世界だった。
「折角皆さん集まった事ですしぃ、会議の疲れを癒しません? ここ露天風呂もあるみたいなんですよぉ」
リナリエッタはニヤニヤと笑顔を浮かべながら、静香の腕をぐいっと引っ張った。
「い、いや、僕は……ほ、ほらお腹空いたね。僕は食事が先がいいなー」
静香は食堂に向かおうとするが、リナリエッタはそれを許さず、ぐいぐい引っ張って、テレサや皆の元から遠ざける。……といっても、部屋の中に連れ込むとか、遠くへ連れ出すわけではなく、多少皆と距離をとっただけだ。間には、こちがいる。
「とりあえず校長先生の正体については何もいわないわぁ……今のところ」
静香を壁際に追い詰めて、いつもよりも真剣な顔で、目を覗き込んだ。
「う、うん……」
静香は戸惑いの表情を見せている。
「ねえ校長。あなたさぁ……もしあの子達の誰かが闇組織と繋がってたらどうする?」
言って、首を軽く振る。
リナリエッタが示した先には、食堂で華やかに笑っている百合園生と、協力者の他校生達の姿があった。
「そんなことないよ。そうだったとしても、騙されてるだけだと思うから助けてあげないとね」
その答えに、リナリエッタは目を細め、軽く首を傾げて静香の瞳の中に切り込んでいく。
「そうやってへらへらして他人に自分の手を全て見せていくつもりぃ? いい校長、百合の生徒も守れなかった人間が、ヴァイシャリーの未来を考えるっていうもっと大きなことが出来ると思う?」
「……」
「私はね、自分のファミリーを守れない奴は大嫌いよ。ああ、貴方のせいで百合の生徒が傷つくかもしれないからぁ、ラズィーヤさんはその前に貴方を捨て駒にしようとしているのかしらねぇ」
リナリエッタの言葉に、静香は何も答えることが出来なかった。
「巻き込まれるなんて嫌だわぁ」
ぽんと、肩を押して、リナリエッタは百合園生達の方へと駆けて行く。
「お風呂入りましょ〜。全てさらけ出して語り合いましょう」
笑い合いながら、リナリエッタは少女達と一緒に風呂の方へと向かっていく。
「どうかした?」
考え込んでいる静香の元に、護衛を任されていたテレサが歩み寄る。
「ううん、何でもない」
リナリエッタは静香に校長としてのあり方を考えさせたかった。単純に皆仲良くしたいから、だけの理由でファミリー……百合園生以外の人物を受け入れていいものか。百合園は百合園として独自に情報網を持ち、校長は自分の意思を持って一定の距離を保って付き合えるべきだとリナリエッタは考えていた。
「僕も部屋でお風呂に入ったら休むよ」
静香は微笑みを浮かべた。
校長として全く未熟だけれど……ただ、皆を心配させないために、笑顔でいた方がいいということだけは、分かっていた。
○ ○ ○ ○
パーティが終り、部屋に戻った
どりーむは、入浴を済ませた後ベッドに座って大きな溜息をついた。
「あたしのいうこときいてくれない子がいるし」
同じく風呂上りの
ふぇいと・てすたろっさ(ふぇいと・てすたろっさ)を前に、涙を浮かべる。
「ケンカだめって怒ったらあたしのこと避けちゃうし、それに……」
まだ初日。一生懸命子供の世話をしようとしたけれど、なかなか子供達は言うことを聞いてくれないのだ。
「どり〜むちゃんはちゃんとやってると思うよ……絶対だいじょうぶだよ。子供たちもまだ慣れてないだけだよ」
隣に腰掛けて、手を頭の上に回して、ぽんぽんと優しく叩く。
「子供相手は根気が大事だよ。いつもそばにいてあげて、いつもやさしくしてあげて、どんなことでも一緒につきあってあげて、でも悪い事はちゃんとしかってあげて……どり〜むちゃんは間違ってないよ。みんなすぐどり〜むちゃんのこと好きになってくれるよ」
ゆっくりゆっくりそう語りかけると、どりーむはこくりと頷いて、浮かんでいた涙を拭う。
「今晩はあたしがなんでもわがままきいてあげるから……ね?」
「ありがと。明日も、頑張るね」
そして、一緒のベッドに入って、手をぎゅっと繋ぎあう。
明日も明後日も頑張ろうと思いながら。
コンコン。
静香の身の回りの世話や、別荘の雑用を手伝っていた
アピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)が静香の部屋のドアをノックした。
「はい」
ドアを開けたのは、静香本人だった。
静香は1人部屋ではなくて、白百合団員の
ミズバ・カナスリールと同室のようだ。
「静香さん、また一緒に寝て貰って良いですか?」
「えっ!?」
目を潤ませながら、アピスは静香を見上げる。
「ええっと……」
「……隣のベッドで」
「え、ああ、う、うん……」
アピスは7歳の女の子だけれど、7歳とはいえ、一緒のベッドはまずいと思った静香だったが、アピスも今回はそれは承知のようだった。
「他の人には内緒ね。皆と一緒に寝れるほどのスペースはないし、信用できる人しか部屋には絶対いれちゃダメだって言われてるんだ。……っと、ミズバさん、アピスさんはいいよね」
「はい、構いません」
「今日は、シリルも一緒なの」
「こんばんはー」
アピスがそう言うと、アピスの後から
シリル・クレイド(しりる・くれいど)がひょっこり顔を出す。
「うん、2人ともどうぞ」
静香は2人を部屋の中に入れる。
ミズバは仕方ないなあという顔で了承をする。
「静香さんのベッドはこちらかしら。この隣で眠らせてもらうわね」
アピスは静香の荷物が置かれているベッドの隣のベッドに近付いた。
隣ではなく、本当は一緒のベッドがいいけど……。
以前、一緒の布団はダメだと言われているので、アピスは一緒のベッドがいいとは言わずに我慢した。
(……シリルが来てから毎日が騒がしくて楽しい日が増えたけど、夜の寂しさだけは変わらないのよね。また寝る時に手を繋いだりしてくれないかしら……)
そう思うけれど、ベッドではそれは難しい。
(どうして一緒の布団はダメなのかしら? ……もしかして私、本当は静香さんに嫌われてる? だから一緒の布団では寝たくないとか? 本当は一緒の部屋も嫌だとか……でも、静香さんは優しいから我慢して付き合ってくれてるのかな)
そんなことを考えながら、アピスは寝間着に着替え始める。
アピスの不安そうな顔をドアの側で見ながら、静香の腕を掴んで、シリルが静香の耳に小声で話しかける。
「アピスは強がってること多いけど、本当は寂しがり屋で……。世間知らずなのも冷徹なのも、両親との関係が上手くいかなかったからみたいなんだよね。親の愛情を知らずに育ったって感じ。甘え方も良く判ってなくて不器用だし、両親を煩わせると関係が悪化するから、我慢してきたみたい」
「年齢の割りにしっかりしているというか、しっかりしすぎてるんだよね」
静香の言葉に頷いて、シリルは言葉を続ける。
「だから、甘えたい人がいてその人が甘えさせてくれるなら、甘えられる時にいっぱい甘えて欲しいな。だって元気なアピスと遊びたいんだもん。静香、アピスの事よろしくね」
シリルがそう言うと、静香は微笑みを浮かべて頷いて――アピスの傍に近付いた。
「おとぎ話しようか。眠くなるように、羊さんのお話がいいかな」
椅子を引っ張って、座って、ベッドに入ったアピスの手を静香は優しく握り締めた。
「目を瞑って聞いててね。……むかし、むかし。羊飼いの――」
ゆっくりと静香の声がアピスの耳に流れ込んでいく。
シリルもアピスの隣のベッドに微笑みながら飛び込んで、大きな兎のぬいぐるみのうさちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「おやすみ……」
アピスと共に静香の心地よい声を聞くのだった。
静香は優しい笑顔を浮かべて、2人を愛しみが込められた目で見つめる。
ゆっくり休んでね。皆がいい夢を見ていられるように、僕も頑張るから――。