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ホワイトバレンタイン

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「こうやってみんなで集まって何かするって楽しいよね」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)の言葉に東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)はうんうんと頷いた。
「楽しいし、それに……みんながいてくれなかったら、私きっとチョコが完成しないと思う……」
「なんだか妙に切実だな。誰か渡す相手でもいるのか?」
 荒神 龍司(あらがみ・りゅうじ)の質問に秋日子はちょっと頬を染めた。
 片思いの要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)に渡すためにチョコを作りに来たからだ。
「聞かないでも、分かった」
 龍司は小さく笑い、沙幸にも渡す相手がいるのかというのともう一つ聞いてみた。
「義理チョコは渡さないのか?」
 その問いに沙幸はうんうんと頷く。
「ねーさまのためにチョコを作りに来たからね。義理とかの予定はないよ」
 沙幸の言葉に、龍司はガクッとうなだれる。
「やっぱりそうそう、女の子からのチョコにありつけるわけないか……」
 すごすごと立ち去ろうとした龍司だったが、その耳に秋日子に話しかけた沙幸の声が耳に入った。
「ねえ、チョコってどうやって作るのかなあ。お湯に何かと入れて溶かせばいいんだっけ?」
 家庭科の成績は悪くない方なのだが、料理をあまりやったことがなく、お菓子作りはもっとやったことがない沙幸は首を傾げる。
「ハッキリと断言するけど、私のほうがキミよりきっと作り方を知らないと思う」
 変に自信満々に秋日子が答える。
 2人の話を聞き、龍司はあわてて戻った。
「待て、2人とも! そんな調子じゃ焼く気もないのに焼きチョコみたいなのが大量に出来てしまいそうだ。俺が教えてやるから、まずは材料をもらって来い」
 龍司は2人にそう言って、材料を持ってこさせたのだが「隠し味になるから」と妙な物を持って来る2人を止めるところから、指導を始めなくてはいけなかった。

 龍司がチョコレートケーキを作りながら教えてくれたおかげで、秋日子も沙幸もそれなりの見た目のチョコが出来た。
「ありがとう!」
「お世話になりました」
 2人のお礼に「いやいや」と答えた龍司だったが、沙幸はいくつも並ぶ見事な出来栄えの龍司のケーキを見て首を傾げた。
「そういえば龍司さんは誰にあげる予定なの?」
 普段は人の名前にさんを付けない沙幸だが、今日初対面と言うこと待って、ちょっと龍司に丁寧に言った。
 すると、龍司は苦笑混じりに言った。
「別に誰ってことはないんだが……妹分である空にあげるくらいかな。後は考えてないんだ」
 今はパートナーたちとお出かけ中の如月 空(きさらぎ・そら)の名前を龍司はあげた。
「あ……」
 空の名前を聞き、沙幸はどこかで聞き覚えがある気がした。
「知ってるのか?」
「ええとね、同じ蒼学で空ちゃんを知ってる男の子がいて、その子が私の知り合いなんだ!」
「知り合いの知り合いかなんだ。やっぱり同じ学校だとそういうことってあるんだね」
 百合園の友人知人が少ない秋日子はちょっと羨ましい気がした。
「じゃ、そのチョコレートケーキはお嫁入りの先が決まってないんだ」
「そうなるな。後は俺が甘いものが好きだから……と、でも余っちまうだろうし、食べるか?」
 女の子2人の質問の糸をやっと察し、龍司が進める。
 2人はうんうんと頷いて、チョコレートケーキを頂いたのだった。

 秋日子は百合園に帰ると、要を探した。
「要〜」
 すると、しばらくして、外に出かけていた要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)が戻ってきた。
「どこに行ってたの?」
「チョコを渡しに行っていました」
 要の簡潔な説明に秋日子の胸がチクッと痛んだ。
 実際にはお世話になったセシリア・ライト(せしりあ・らいと)などに購買で買ったチョコを渡してきただけなのだが、曖昧な言葉に、一瞬、戸惑ったのだ。
(もし、要が誰かにチョコを渡してもらっているなら……こんなチョコ渡さないほうがいいのかな)
 秋日子としては龍司の名誉のために言うと、龍司はちゃんと教えてくれたのだ。
 しかし、秋日子の作り方がどうにも雑で、甘いような味がしないような、生チョコのような焼きチョコのような……なんとも不思議なチョコが出来たのだ。
 食べられないこともないが美味しくない。
 料理が下手という子や危険料理を作る子はたくさんいたが、秋日子のような微妙料理の作り手はなかなかいなかった。
「ああ、そうだ。はい、秋日子くんにはこれを」
 秋日子が迷っている間に、すっと要がチョコを差し出した。
「…………」
 前衛的、というには禍々しすぎるラッピングの中には、サイケデリックとでも表現すればよいのか何なのか分からないチョコレートが入っていた。
(こういう奇怪建築物あるよね……)
 私が言うのもなんだけど、チョコには見えないと、秋日子は思った。
「あの、もしかして、私以外の人にもこのチョコレートあげたりしたの?」
「手作りのってことですか? いいえ、先ほどあげてきたのは購買のチョコです」
 購買のチョコと聞いて、秋日子はいろんな意味で安心した。
 それと同時に手作りチョコレートは自分だけと知って照れた。
 要はそんな秋日子の安堵を知ってか知らずか、説明を続けた。
「一番お世話になった人に渡すチョコは、手作りじゃないといけないのだと聞きました。自分にとって、一番大切なのは秋日子くんですから」
「要……」
 要の大切が自分が望む意味ではないと言うのは理解していた。
 それでも要にとって一番という言葉を使ってもらえるなら……と思いながら、秋日子は恐る恐るチョコを渡した。
「味は……はっきり言って美味しくないよ。けど、でも、私にとっても要が一番大切だから」
「ありがとうございます」
 秋日子がくれたチョコレートを要は喜んで受け取った。


 一方、荒神 龍司(あらがみ・りゅうじ)は「結局、誰からもチョコレートはもらえなかったなあ」とぼやきながら、ロザリーン・セルビィ(ろざりーん・せるびぃ)と合流した。
 頭に薔薇の花をつけた黒と赤のドレスが美しい金持ち然とした美しいお嬢様であるロザリーンだったが、実はこっそりと龍司がいない間に慣れないチョコ作りに挑戦していた。
「出かけていたようだが、どうであった?」
 ロザリーンの問いかけに龍司は作ってきたチョコレートケーキを見せた。
「一応、こんなものを作ってみた」
 龍司が一応と言ったそれは、とても出来栄えがよく、ロザリーンは凹んだが、ここでめげてはいけないと顔を上げた。
「龍司、これを受け取るのだ」
「ん?」
 黒いハートの箱に情熱的な赤い薔薇がついたロザリーンらしいチョコの包みに、龍司は驚いた。
「へえ、ロザリーがチョコを作るとは……」
「今日は好きな人に手作りのチョコをプレゼントをして告白する日だと聞いた」
 珍しいものでも見るようにチョコの包みを見つめていた龍司は、ロザリーンの言葉を聞き、視線をロザリーンに移す。
「好きだ、龍司」
 直球の言葉に、龍司は一瞬、もらったチ子レートを落としそうになったのだった。


「おねーさま! おかえりなさい!」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)は用事から帰ってきた藍玉 美海(あいだま・みうみ)を迎え、ニコニコと笑顔で作ってきたハート型のチョコレートを渡した。
「あら、ありがとう。わたくしからもありますのよ」
「え、本当?」
 期待に満ちた沙幸の瞳を見て、美海はふふっと笑い、沙幸に言った。
「ただ渡すのだと面白みがないですから、沙幸さん、目を閉じてくださいな」
「目?」
 沙幸は目を開いたら、何かすごいのが目の前にあるのかなと思いながら、目を閉じた。
 がさがさっと美海が袋を開ける音がする。
 そして。
「ん……」
 甘い味がした。
 チョコレートの味。
 そして、それと共にむにゅっとした柔らかい感触が沙幸の唇に触れた、
「んんっ!」
 目を開けた沙幸は驚いた。
 チョコレートを口に入れた美海が自分にキスをしていたからだ。
 顔を真っ赤にする沙幸を見て、美海は体を撫でるように抱きしめ、沙幸に囁いた。
「チョコ、美味しかったですか? 私はとてもおいしかったですわ」
 もちろん沙幸さんの唇もね、ともっと沙幸を恥ずかしがらせようと、美海は耳元で囁くのだった。